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第157話 贈り物をしよう 1

 週末、僕はプレゼント用の包装をした鏡2枚を持ってレザス商会を訪れた。外箱はアーリアの木工職人に作成してもらい、おかくずを敷き詰めて緩衝材にしてある。鏡の上からもおがくずを詰めて、鏡が傷つかないように気を付けた。

 高級な木材を使ってもらったし、こちらの基準でも高級品が入っているという感じになったはずだ。

 日本人感覚では包装紙で包みたいところだけど、日本の包装紙を持ち込んだら、それはそれで大変なことになりそうだ。アーリアで紙と言ったら羊皮紙だから、日本の包装紙は精巧な図柄が描かれた薄い謎の素材ということになるだろう。

 下手すると包装紙のほうが価値があるみたいなことになるかもしれない。


 鏡の入った木箱は嵩があるので、背嚢には入りきらない。メルとひとつずつ手に持って行くしかなかった。


 商会の建物はもう顔パスなので、スムーズに応接室に案内される。鏡の入った箱をテーブルの端に置いて、テーブル上にはいつもの商品を並べる。女給さんが用意してくれたお茶を飲んでレザスさんを待つ。


 僕がコーヒーと緑茶を持ち込んだものだから、レザスさんはありとあらゆるものを煮出して、代替品を探しているようだ。今出てきたのもそういう一品なんだろう。雑味が強くて、あまり美味しいとは思えないけれど、ただの水よりずっとマシだ。


 アーリアで飲み水というと町の傍を流れる川から汲んでくるか、湧水の魔術を使うのだけど、川の水はあまり水質が良いとは言えない。今は僕も慣れてしまったが、当初は腹を下したものだった。

 一方で湧水の魔術によって生成される水は、腹は下さないのだけど、なんというか、味が無い。

 H2Oを飲んでいる、という感じで、無味乾燥なのだ。

 水なのに乾燥とは?


 水が不味いのでアーリアの一般市民は代わりにエールやワインを飲むことが多い。どちらも酒精の強くないものだ。一般流通するワインは、ほとんど葡萄ぶどうジュースみたいなものらしいけど、飲兵衛たちの言うことなので信用できるかどうかは分からない。

 僕はお酒に手を出すのは躊躇ためらわれたのでアーリアにいるときは我慢して水を飲んでいる。


 ふとメルの横顔を見るとお茶?を口に含んで苦々しい顔をしていた。砂糖入りの紅茶をお気に召したメルからすると、この試作品らしきお茶は、美味しいとは感じないのだと思う。


 僕らは感想を口にすることは無かったが、表情は隠せなかった。女給さんは正直そのままレザスさんに伝えるだろう。


 そんなことを思っているとレザスさんがやってきた。


「待たせたかな?」


「いえ、お茶もまだ冷めていませんよ」


「なら良かった。では取引を始めようか」


 レザスさんは商売人だけあって話が早い。大商人である彼の時間はとてもお値段が高いのだ。彼が動けば動くだけ利益が増える。それは逆に言うとそういう価値観の商人がそれほどいないのだろう。

 アーリアにしばらく居て思ったのは、大抵の商売人は日銭を稼ぐことしか考えていないということだ。大店を構えているような商人や、行商人はまた違うのだろうが、僕らのような一般市民が面することになる商人たちは、なんというか大らかで大雑把なのだ。

 食品を扱っている露店なんかにはよくお世話になるわけだけど、夕方まで開いていたり、昼前に閉まってしまったりする。要は売れ残らない程度にしか材料を仕入れず、それが無くなったら、その日はもう商売はおしまい、って感じだ。

 おそらく材料を余らしては困るので、少なめに仕入れているのだと思う。厳密に計算したら、余るくらいに材料は仕入れておかないと機会損失が発生すると思うんだけど、そういう概念が彼らにはないんだろう。


 レザスさんといつもの取引を終える。


「そろそろその箱について教えてはくれないか?」


 金貨を支払ってからレザスさんはそう言った。

 僕の方から敢えて話題にしなかったので、レザスさんも聞いていいか分からなかったのだと思う。自分で言うのもなんだけど、僕という行商人はいきなりぽんと見知らない、価値も分からない商品が出てくるからね。警戒していたんだろう。


「ご心配なく、売り物ではありません。領主様に献上しようかと。ああ、中身は鏡です」


「どういうことだ?」


 レザスさんは訝しげに首を傾げた。

 鏡はいつも卸してるもんね。


「私が手に入れられる中で最高級の鏡です。販売は考えていません。そもそも簡単には手に入らないので」


 平然と嘘を吐けるのはレベル上昇に伴うステータス底上げが地味に効いていると思う。


「今回、偶然2枚手に入れることができましたので、これまでお世話になったお礼代わりにと思いまして」


「開けても?」


「どうぞ。でもおがくずを詰めてあるので、部屋に散るかもしれません」


「それは構わない。だが一応なにか敷いておくか。おい、適当な大きさの布を持ってきてくれ」


 商品を運ぶために部屋にいた丁稚が飛びだして行って、すぐに風呂敷くらいの大きさの布を持ってきた。

 レザスさんは布をテーブルの上に広げて、その上に木箱を置くと、そっと蓋を持ち上げて外した。そしておがくずの中から慎重に鏡を取り出した。かと思うと、すぐにそれをおがくずに埋めて蓋をした。


 そして重々しく言った。


「カズヤ、これは危険な品だ」

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