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第140話 映画を見よう

「うぅ、ひぐっ、ふええ」


 メルがボロボロと涙を零している。手のひらで頬を拭っているが、次々と瞳から溢れるその滴は止まらない。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、僕はどうしたらいいか分からない。叫びだしそうなほどの激情を嗚咽に変えて、泣いている彼女を邪魔できない。


 事の発端は些細な雑談だった。

 ゴールデンウィークという日本における長期休みをどう過ごすかについて。

 もちろんメルは日本に来たがった。拒否する理由も無い。だから問題はメルにどう日本で過ごしてもらうかだった。


 個人的にはゴールデンウィークというと、キャンプかゲームか映画って感じだ。キャンプは幼い頃の我が家の習慣で、水琴が虫を嫌がるようになって自然消滅した。メルも含めて行こうと提案すればきっと通るのだけど、キャンプって自然を楽しみに行くものだよね。

 だけどアーリアの森を駆け回ってきたメルは自然は敵みたいに思ってる節がある。基本的に自然の環境ってヤツは人間に厳しいのだ。自然を感じてリフレッシュというのは、都会の喧噪に疲れた現代人の発想ということだろう。


 じゃあゲームだろうか。とは言え世界そのものがゲーム化したせいで、テレビゲームってヤツは斜陽文化だ。新型ハードの話なんかもさっぱり聞かなくなった。辛うじてソフトを出し続けることで産業を維持できているが、緩やかとは言い難い早さで衰退している。

 家は父さんがテレビゲームをする人で、しかもソフトは絶対売らない主義の過激派なのでレトロゲームの類いは沢山ある。テレビゲームに触れたことのないメルには、むしろレトロゲームくらいでちょうどいいかも知れない。


 ちなみに父さんの主張によれば中古市場はガンのようなものらしい。大きくなると宿主を殺してしまう、ということのようだ。もう新品で売られていない古いソフトが欲しくなったらどうするのか聞いたら、メーカーにデータ販売するよう嘆願書を出すらしい。意地でも中古では買わないみたいだ。これは父さんの主張であって僕の主張じゃ無いことは繰り返しておく。

 1度、中古市場もプレイヤーの裾野を広げるためには必要なんじゃない?みたいなことを気軽に言ってしまったことがあるが、中古で安く手に入れることを覚えると、新品で買うことを損だと感じてしまう心理について熱く1時間くらい語られたので、僕はもうこの話題は根本的に口にしないことにしている。


 閑話休題。


 父さんの所有するレトロゲームで遊ぶと言うことも考えたのだけど、父さんがそういう人なので、メルに変な思想を植え付けられても困るので、ゲームは却下となった。


 そして残ったのが映画だ。

 漫画にどっぷりハマっているメルだから、虚構の物語というものに抵抗は無くなっているはずだし、映画館の臨場感というのはアーリアでは絶対味わえないものだろう。映画というのは基本的にその1本で完結しているというのもいい。


 そんなわけで電車で行けるところにあるシネコンに来たのだけれど、現地に到着するまで何を見るのかまったく決めていなかった僕らはそこで迷いに迷うことになった。


 漫画に慣れ親しんでいるメルにとってはアニメ映画くらいが丁度いいのかなとは思うのだが、今年のゴールデンウィークにこのシネコンで上映されるアニメ映画は全て続きものだ。一作一作は完結しているのだが、長く続いているシリーズでもあるって感じのヤツ。作品の知識があることが前提になっているので、メルに見せても意味が分からないシーンがたくさんあるだろう。


 それよりは完全に単独の作品で、なおかつこの世界の常識が関係ない作品が好ましい。舞台背景が一通り説明されるファンタジー作品のような、いや、それだと逆にメルが混乱しちゃうか。SFもワケが分からないだろう。映画館では一々メルに説明はできない。


 ああでもない、こうでもない、と上映されている全作品をチェックした結果、上映時間の兼ね合いもあって、結局すごく普通の邦画の恋愛映画を見ることになった。メルはある程度は日本の常識に触れているし、恋愛というのは世界が違っても共通するモチーフだ。


 邦画、ということに一抹の不安を感じないこともないが、海外の恋愛映画よりはまだメルも理解しやすいと思う。日本人を見慣れたメルが欧米人を見て、なんでアーリアの人が日本に?ってなる可能性もある。そもそも洋画で恋愛モノって聞かないな。僕が興味無いだけかもしれないけれど。


 そして始まった映画鑑賞だったのだけど、これがまあ、よくあるパターンのものだった。最悪な出会い方をする二人、徐々に良くなる印象、突如明らかになる女性の病、擦られすぎて球になっちゃってんの? ってくらいに角の無い王道お涙頂戴展開。


 これが耐性の無いメルに直撃したのだ。

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