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第139話 どちらかを選ぼう

 ルキウさんはいつの間にか席を立っていた。


「悪いな。カズヤ。ルキウの爺さんも悪気があるわけじゃないんだが、疑り深いのが難点でな。金の出所とか痛い腹を探られてたんだろ?」


「ええ、まあ、そんな感じです。っていうか、痛い腹って」


「おっと、深く聞く気はねーよ。事情は誰にだってあらーな」


 ヘイツさんは手をひらひらと振って去って行く。


 この場はヘイツさんに助けられたが、状況が解決したとは言えない。冒険者ギルド長が僕に対して疑念を抱いていることに変わりはしないからだ。しかもお互いにあえて口にはしなかったが、僕が転移能力を持つことに気付かれている可能性も高い。


「二つに一つ、か」


「ひーくん?」


 選ばなくてはいけない。このままアーリアに留まるのか、立ち去るのか。もちろん20層のドラゴンは倒すが、その後の話だ。


 20層のドラゴンを倒せばメルの目的は成就される。彼女をこの地に縛っていた両親の仇という枷から解き放たれる。その後、メルがどうするのか、どうしたいのかを僕は聞いていない。


 メルの望む未来と、僕の選ぶ未来が一緒とは限らない。いつまでも一緒だと思っていた。勝手にいつまでも今の時間が続くものだと思っていた。


 メルがどうしたいのかを聞くべきだ。

 だけど怖い。

 本当は選ぶまでもなく、僕は僕自身がアーリアに留まるべきではないと考えている。でもメルはアーリアに残ることを選ぶかも知れない。そうすれば僕らは離ればなれだ。だから聞くのが怖い。


 本当の選択肢はメルに聞くか、聞かないかの二つに一つだ。


 いずれ来る別れの可能性の最初のひとつ目。


 でも僕はメルとは離れたくない。それを本当に望むのであれば、メルの選択がどんなものであっても受け入れなければならない。


 でも僕が留まるべきではないと思う気持ちもとても大きい。ルキウさんは僕が及ぼした影響によって内乱が起きる可能性を示唆していた。僕のせいで人が死ぬのか。それを受け入れなければ、メルと一緒にいられないのか。


 もちろんそうならない可能性もある。メルが僕と一緒にアーリアを、この国を離れるという可能性もある。だけどそうならない場合の覚悟を決めておかないと、一歩も前には進めなさそうだった。


 メルと出会って、いつの間にか好きになっていて、もしかしたら最初から好きで、幸せなことがたくさんあって、そしてこれからもずっとそれだけが続くのだと思っていたのに。


 人を好きになるとこんなに辛くて、苦しいこともあるんだ。


 駄目だ。涙が溢れそうだ。赤の万剣のせっかくの祝いの席だというのに。


 そのとき、ふわっと温もりが僕を包み込んだ。


「メル?」


 僕の視界で揺れる赤い髪はメルの色だ。


「あ、やっと気付いた。ほっぺた突いても全然気付かないんだもん」


 メルが僕を後ろから抱きしめている。僕の後頭部はメルの胸に埋められているようだった。


「なんだかよく分からないけど、大丈夫。ひーくんなら大丈夫だよ」


 優しい声に包まれる。l

 僕が失いたくないものを再確認させられる。


 20層のドラゴンを倒したら、伝えよう。気持ちを。想いを。願いを。優先順位を見失うな。何があろうと20層のドラゴンは倒す。僕らの手で倒す。それをしなければ始まらないのだ。それをしなければ終わらないのだ。


 僕は僕を抱きしめるメルの手にそっと触れた。


「ありがとう。元気が出たよ」


 多分、メルは僕らの置かれている危機的な状況を分かっていない。でもその純真さを今は守りたい。


 メルが20層のドラゴンを倒したいのは両親の仇だからだ。でも彼女から憎しみは感じない。メル自身が言っていた。誰もやらないから、自分が倒すのだ、と。両親を喪った彼女はそうして目標を打ち立てることで前向きに生きてきたのだろう。


 今はその邪魔をしたくない。


 僕は選択する。何も聞かないことを選択する。僕は苦しんでもいい。メルの未来が明るく照らされていて欲しい。


 メル、君は僕の光だ。

 だから僕は君の光になりたい。

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