第126話 考えもしなかったことに気付こう
その後も特にトラブルらしいトラブルも無く僕らは第41層に到達した。
赤の万剣と魔石を分け合って別れる。次回からはパワーレベリングを冒険者ギルドを通さずに赤の万剣に直接依頼という形だ。報酬は1日で金貨120枚。とんでもない金額だが、払えないというわけではない。
今回のポータル開通で僕のレベルは21まで上昇した。メルも同じ21。シャノンさんとエリスさんが24で、ニーナちゃんとロージアさんが20だ。分かってはいたがレベルが上がると必要経験値が飛躍的に増えるのだということを感じる。
これだけ一気にレベルが上がると、流石に自分の能力が拡張されたのだという実感がある。武器や鎧の重さなどまったく感じなくなったし、思考もクリアだ。今まで考えもつかなかったことに気付くことができる。
つまり分け合った魔石が結構ヤバい代物なんじゃないかってことだ。
ポータル開通を始めてから、僕の手元に入ってきた魔石はほとんどを日本で売り払ってきた。僕の預金残高はすでに数十万円に達している。流石に年間売却額が100万円を超えて確定申告になると面倒だと思ったので、いくらか手元に残しているが、第40層の魔石など日本では早々出てくるものではない。
そもそも橿原ダンジョンは何層まで攻略されているんだったか?
あまりに大きい魔石を売却するとその辺から怪しまれる恐れがある。というか、すでに怪しまれているかも知れない。
僕は仲間と別れてメルと2人きりになってからそのことを切り出した。
「ん~、日本で売れないならアーリアで売るしかないんじゃないかな?」
「とは言ってもアーリアでの資金に困っている状況でも無いんだよなあ。日本円も困ってないけど。日本円が必要になったら浅い層で魔石稼ぎをする必要があるかもね」
「パワーレベリングさえ終われば2人で10層で狩りができるんじゃないかな」
「レベル40くらいまで上げるつもりだからね。それくらいなら余裕だと思う」
「じゃあそれまで問題は先送りで」
「それでいいか。魔石は冒険者ギルドに預けておこ」
なぜ売らないのかという話になりそうな気もするが、そこは今更だ。最初期を除いて僕は冒険者ギルドで魔石を売ったことがない。そういうものだと思われているみたいだし、今更訂正の必要も無いだろう。
むしろ問題は日本側だ。第35層までの魔石を僕は売ってしまった。買取所の職員は淡々と処理をしていたが、普通に考えて僕くらいの年齢が持ってくる魔石の大きさではない。裏ではダンジョン局に情報が行っているということはあり得る。
そもそも探索者証はマイナンバーに紐付けされていて管理されているから、ダンジョン局が調べようと思えば、僕が年齢にそぐわない大きさの魔石を売っていること、そしてダンジョンへの入場記録が無いことも分かる。そして1ヶ月間ダンジョン内で行方不明だったということも同時に分かるだろう。
疑われるに足ることをしてしまった。考えが足りなかったのだ。
メルと別れ、日本に戻った僕はスマホで橿原ダンジョンが何層まで攻略されているかを確認する。公表されている範囲で第32層がもっとも深い。第35層の魔石なら誤魔化しが利く範囲だが、それも僕が最前線の攻略メンバーであれば、の話だ。
あるいは最前線の攻略メンバーの脱税に体よく使われているというという可能性をダンジョン局は考えるかも知れない。100万円を超える魔石の売り上げには税金がかかるので、他の探索者に魔石を売らせて現金だけ受け取るという脱税方法は時折摘発されている。
とは言え、僕と攻略メンバーとの繋がりは見つからないだろう。実際に無いわけだし当然だ。今度はじゃあ魔石はどこから出てきたんだ、という話になる。
いざというときのために何かいい言い訳を考えておく必要がありそうだ。