第1話 ゲームになった世界を生きよう
ねえ、この世界がゲームだったら、って考えたことはない?
例えば現実世界にダンジョンができて、僕らはそこでレベルを上げて強くなれる、みたいな。
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迷宮型ダンジョンは光源もないのに暗くない。
遠くは靄がかかったように見えなくなるけれど、灯りを持ち込まなくても困らない。
一歩、一歩、石畳でスニーカーの底が擦れる音が聞こえるほどに静かだ。
呼吸や、衣擦れが聞こえるほどに。
手にした地図がガサリと音を立てる。
僕は実際の道と地図を見比べながら先頭を進む。
今にも物陰からモンスターが躍り出てくるかもしれないから、地図ばかり見ているわけにもいかない。
隊列を組んで進むとき、一番危ないのは先頭だ。
だから僕は先頭を歩かされている。
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実際にそうなったんだ。十年も前に。
今ではダンジョンに挑む人を探索者と呼んで、法整備も進んでいる。
国が率先して国民にダンジョンに入ることを奨めているのが現代日本だ。
何故ならダンジョンでモンスターを倒すと手に入る魔石は電力を取り出せるからだ。
まだ国内電力需要のほんの一部を担う程度だけれども、将来的には火力や原子力の発電所が不要になるのでは? とさえ言われている。
夢のクリーンエネルギー。
環境負荷の全く無い発電手段。
中学を卒業していれば探索者として登録ができるし、国も推奨している。
モンスターを倒せばレベルが上がり、そうすると身体能力も、思考力も上昇する。
受験に、就職に、そして実際の業務においても、レベルが高い者が有利になる。
それがゲーム化した新しい世界だ。
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心臓が胸を打つ音がうるさい。
怖い。
ダンジョンの中は夏でも暑くなくて、むしろ涼しいくらいなのに汗が止まらない。
何故ならここは橿原ダンジョンの3層で、僕のレベルは2だからだ。
一般的に挑戦する階層は自身のレベルよりも下に留めるべきだとされている。
階層が進むほどモンスターは強くなり、自分のレベルより上の階層のモンスターには敵わない。パーティを組んでいてもレベルと同じ数字か、ひとつ上まで。
探索者になるときの講習で繰り返し言われたことだ。
僕は一人ではないけれど、パーティは組んでいない。
僕の後ろを付いてくる三人は僕のパーティメンバーではない。
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現代のアメリカンドリーム、ゴールドラッシュ。
それがダンジョンで、探索者だ。
第一線で活躍する探索者は1日ダンジョンに挑戦するだけで数百万円を稼ぐ。
子どもたちのなりたい職業堂々の一位。
現代の英傑。
だけど物事が良い側面ばかりであるはずがないよね。
先ほど法整備が進んでいると言ったけれど、裏を返せばまだ追いついていない。
今のところ日本の法律においてダンジョン内は日本国内とは認められていない。
つまり日本の法が及ばない。
無法地帯だ。
『ダンジョンに入ると全てが自己責任となります。だから必ず信頼できる誰かと一緒にダンジョンに入ってください』
講師は言っていた。
その通りだと思う。
本当にその通りだ。
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そして僕は地図にない道を発見した。
基本的にダンジョンは形状を変えることはないんだけれど、例外として代表的なものがいま僕らの前にある『地図には無い通路』だ。
ダンジョンの各層はあまりにも広大で探索され尽くしているわけではないから、出入り口から離れすぎると地図が間違っているということもある。
だけど4層への道からは外れているとは言え、3層に入ったばかりの辺りで、ダンジョン管理局が販売する地図が間違っているということは考えられない。
つまりこれは無作為に出現するイベントで間違いない。
「あん? なに突っ立ってんだ?」
立ち止まった僕が背負ったリュックを檜山健次が後ろから蹴飛ばした。
僕はつんのめってその場に転ぶ。
両手で地図を持っていたから受け身も取れなかった。
倒れた拍子にリュックから魔石がいくつか零れ落ちる。
「あーあ、ちゃんと拾えよ」
ニヤニヤと笑いながら相田蒼太が言った。
僕は慌てて魔石を拾い集め、リュックに入れると今度はちゃんとチャックを閉めた。
「どっちだ?」
久瀬弘樹が端的に聞いてくる。
檜山たちはレベル3になって初めて3層に挑んでいるところで、自分たちの力がこの層のモンスターに通用するか試したい。
そこで地図係でなおかつ荷物持ちの僕に『モンスターのいるところに案内しろ』と無茶な要求をしているのだ。
僕が知るわけないよ。
と、言いたいところだけど、言ったところで制裁を受けるのが目に見えている。
僕にできるのは迷わないようにポータル近くを案内しながら、ちょうどいいくらいのモンスターに遭遇することを祈るだけだ。
「右の通路が地図に無くて……、その、妖精の小径かなって」
妖精の小径に入れば必ずイベントが待ち受けている。
お宝があったり、回復の泉があったり、あるいは大量のモンスターが待ち受けていたり、出ている情報によれば割合が良9否1らしい。
つまり大体は良いことが起きるイベントってこと。
「間違いないんだろうな!?」
強く言われると途端に不安が迫り上がってくる。
僕は手元の地図を確認して、前後の流れを確かめた。
前の三叉路を僕らは左に進んだ。
そこから先は直線が続き、その後に左への曲がり角があるけれど、まだ曲がり角には到達していない。
この間、地図上には直線しか描かれていない。
脇道は、無い。
「間違いない、と、思います」
「ラッキーじゃん。行こうぜ」
「いや、待て」
相田が気軽に言って右の通路に入っていこうとするのを檜山が手で制した。
檜山は斜め下のほうに目線を向けて何かを考えている。
「あ、あの、止めておいた方が」
ここが戦い慣れた層でならランダムイベントに挑戦するのもいいと思う。
けれど檜山たちは初めて3層に進んだところで、まだモンスターと戦いすらしていないのだ。
90%は命を賭けるには確率が悪すぎる。
「あぁん! 俺がビビってるとでも思ってんのか!?」
僕はすぐに失言に気付いた。
檜山は普段から見下している僕の提案に乗ることはできない。
それはプライドが許さないからだ。
「行くぞ!」
彼らは檜山を先頭にずんずんと妖精の小径へと入っていく。
恐る恐るついていくと、その先は小さな部屋に繋がっていた。
部屋の奥には宝箱が鎮座している。
当たりだ。
それは両手でも抱えられないほどの大きさで、頭の中で思い描いていた宝箱よりずっと大きいのが意外だった。
だけど考えてみればこれくらいの大きさがなければ武器や鎧は収まらないだろう。
「開けろ」
「えっ?」
檜山が命令口調で語りかける相手はこの場には僕しかいない。
だけど指名されたのが意外で、僕は疑問の声を上げていた。
むしろ彼らは宝箱を誰が開けるかで揉めるのではないかと思っていたからだ。
「いいから開けろつってんだよ。それとも宝箱すら開けられないのか?」
「それはできると思う、けど」
僕のレベル補正後筋力値は小学生高学年くらいだ。
それでも宝箱の蓋を開けるくらいならできるだろう。
「思う、じゃねーんだよ。開けろ」
仕方なく僕は進み出て宝箱の前に立つ。
両手を宝箱の蓋にかけ、上に引っ張った。
鍵は掛かっていなかったのか、思っていたよりずっと軽く蓋が開く。
軽い、なんてものじゃなかった。
むしろ蓋のほうが自分から開いた。
次の瞬間、視界が真っ暗になって何も見えなくなる。
「ミミック!?」
「最悪じゃねーか!」
彼らの声はやけにくぐもって聞こえた。
まるで水中にいるかのようだ。
胸の辺りに強い衝撃が走る。
鋭い痛みに意識が飛びそうになった。
挟まれた。
いや、噛みつかれた!?
擬態箱はダンジョンでは時折見かけるモンスターであるらしい。
伝聞になってしまうのは、僕がミミックと遭遇したことが無いからだ。
遭遇するにしても10階層以降でなければ出会わないとネットには書いてあった。
「助けて!」
そう叫んだつもりだったが、声はほとんど出なかった。
僕の上半身は粘り気の強い液体のようなものに包まれていた。
開いた口から液体が入り込んできて、呼吸が、できない。
「やべぇ、逃げるぞ!」
「あいつの持ってる魔石は!?」
「構ってる場合か! 食われてる間にここを出るぞ!」
その声は遠かったが、確かに聞こえた。
彼らは僕の命より、僕が背負ったリュックに入っている魔石のほうが大事らしかった。
その頃には僕の体はほとんどミミックの口の中にあって、僕は宝箱の大きさにようやく納得がいった。
確かにこれくらいの大きさが無ければ人間を丸呑みにはできないだろう。
バタンと宝箱の口が閉じる音がした。
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そういうことなんだ。
例え世界がゲームになったとしても、誰もが主人公になれるわけじゃない。
第一線で活躍するような英傑になれるのは本当に僅かな選ばれた人だけだ。
ほとんどの人が命を賭けてまでダンジョンに挑戦しようとはしないし、命を賭けられる人は大抵どこかで命を落とす。
ましてやステータスに恵まれなかった僕が、脅されていたとは言え、ダンジョンなんかに付いていくべきではなかった。
まず教師や警察に相談するべきだったのだ。
僕は特別ではなかった。
だからそんな特別ではない僕の物語はこれでおしまい。
僕は死んだ。
さよなら。ばいばい。
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胸に強い衝撃が走り、意識が覚醒する。
僕は咳き込み、口からゴボッと何かが吐き出された。
呼吸が楽になり、僕は空気を求めて喘ぐ。
涙で視界はぼんやりとしていて、ただ明るいなとは思った。
「大丈夫!? しっかりして!」
誰かが僕の肩を揺すっている。
だけど返事をするより今は酸素が欲しい。
喉の奥には粘り気のある何かが残っていて、僕は嘔吐きながら、必死に呼吸ができることのありがたさを感じていた。
「生きてる。良かったぁ。間に合った」
緑と、薄い青と、朝日かあるいは夕日のような赤が見えた。
なんとか呼吸が楽になってきて、僕は両手で涙を拭った。
そこは空の見える草原だった。
どうやら僕は横たわっているらしかった。
風に揺れる赤は髪の毛だった。
その先を追いかけるように視線を上げると、女の子と目が合った。
「君は……」
「もう、町の外なのに一人で寝たりなんかしたらメッだよ。スモールスライムに殺されかかってる人なんて初めて見たよ」
「町の、外……?」
僕は首を動かして辺りを見回してみた。
一面の草原に、青い空。
どう見ても橿原ダンジョンの中ではない。
それどころかまったく見覚えの無い景色だった。
「ここは?」
「寝ぼけてるの? それとも死にかかったから混乱してる? アーリアの東だよ。道から少し逸れたところ。私の目が良くなかったら今頃窒息死だったよ」
「アーリア?」
「うんうん。大丈夫だよ。混乱してるんだね。とりあえず今は安全だから落ち着こう」
女の子は一人で納得してしまったようで、僕のすぐ傍にストンと腰を落ち着けた。
一方で僕はまだ混乱の中にいた。
ミミックに食われる恐怖はまだ和らいではいない。
彼らに見捨てられたこともしっかりと覚えている。
だが同時に分かることもあった。
僕は生きている、ということだ。
状況はさっぱり分からないが、胸に痛みこそあるものの呼吸ができている。
「生きてる……」
「うんうん。アンデッドには見えないね」
「死んだかと思った」
「あはは、呼吸止まってたから半分死んでたかも。スモールスライムが集まってるのが見えたから、なんだろうと思ったら人が集られてるんだもん。びっくりしたよ」
どうやらこの女の子には随分と迷惑をかけたようだ。
「ごめん」
「ん? なんで謝るのさ。人に助けられたなら言うべきことは違うでしょ」
「えっ?」
本気で何を言えばいいのか分からずに、僕は女の子の顔を見た。
初めて直視する彼女は、僕と同い年くらいか、もしかすると年下に見える。
最初に目に飛び込んでくるのは鮮やかな赤い髪色。
大きな瞳は深い緑色で、どちらも日本人らしくない。
そもそも顔の作りが日本人離れしている。
日本語を流暢に話しているように思えるけど欧米人だろうか。
だとすると見た目以上に若い、ということもあり得る。
美しい少女だった。
クラスにいればあっという間に人気者になるだろう。
学校全体でも群を抜いているかも知れない。
「え? もしかして本気で分かんないの? 人生で誰かに感謝したことがないとか? え? もしかして偉い人だったりする?」
僕は慌てて首を横に振った。
「とんでもない。僕はただの高校生だよ」
「そうだよねー。偉い人は子どもの頃からある程度はパワーレベリングするし、スモールスライムくらいに殺されかかったりはしないよね。ってコーコーセーってなに?」
ぞわりと脳裏を奔る違和感。
異様の気配。
日本語を流暢に話せる人が、高校生という言葉を知らないなんてことがあるだろうか?
「それより感謝の言葉を私まだ聞いてないんですけど?」
半目で睨まれて、僕はようやく言うべき言葉を見つけた。
「えっと、その、ありがとう?」
「もっとハッキリ!」
「ありがとう」
「うんうん。よろしい。感謝されてしんぜよう。なんてね。私はメルシア。君は?」
「えっと、柊和也」
「ヒイラギカズヤ、呼びにくい名前だなぁ。ひーくんでいい?」
「距離の詰め方えげつな」
思わず本音が口を突いて出る。
「よく言われる」
女の子はそう言って笑った。
目に光が飛び込んできたかのような、そんな眩しい笑みだった。
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僕は死んではいなかった。
それどころか地球とはまったく違う世界で目を覚ました。
原因はわからない。
きっと知っているのはこのゲームの運営だけだ。
そしてここからは特別を手に入れた僕の物語が始まる。




