第七章 明かされたエレクタクノロジーの真実
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「研究の進捗状況はどうですか? ライ教授」
「大方順調だよ。エレクタクノロジーを引き出すにはまだ一〇年近くかかるだろうが、計画に支障はないよ」
「大分疲れているんじゃないですか? 昨日も徹夜だったはずですよ」
「大丈夫だ。と言いたいところだが私もさすがに疲れてきたよ。やっぱり戦場で暴れまわっているのが性に合ってる気がするよ」
「疲れは早めにとった方がいいですよ。奥さんにも負担がかかっている頃でしょう? まだお子さんが生まれて一ヶ月もかからないでしょう。上の子は二歳でしたっけ? 奥さんが一番忙しい時に旦那さんの手助けがなかったら大変じゃないですか?」
「そうなんだ。早く家に帰ってきてとよく言うんだ。気持ちは分からなくもないが、今の俺にはこの研究の方が重要なんだ」
「そんなこと言ってると、奥さんに逃げられますよ」
「かもな。まぁ笑い事ではないかもしれないが・・・。で、妻から子供の顔を忘れないようにって、いつも写真を持たされているんだ」
「あら、可愛らしいお子さんですね。上の子が、なんて言う名前でしたっけ、ハルトくんでしたっけ? そうですよね。で、生まれたばかりの下の子は・・・」
「リブって言うんだ」
「あぁ、そうだ、リブくんでした。すっかり忘れてました」
「本当に忘れていたのか? 最初っから覚えてなかっただけじゃないのか?」
何気ないやり取りの会話が続いている。どこにでもあるような研究室の一室での光景だ。薄暗い照明にコーヒーをこぼしたと思われる焦げ茶色のシミ、膨大にかさばっている書類。会話から察するに、この部屋でエレクタクノロジーを研究しているらしい。カレンダーは今から十五年前の年月を指していた。
エレクタクノロジーに興味を持った科学者はそうはいない。常識を重視する科学者には向かない研究である。それどころか、エレクタクノロジーとは何だ? と聞かれても何のことかさっぱり分からないだろう。そもそもこのエレクタクノロジーを研究していること自体、他の科学者は知らないはずだ。それどころか最高責任者だって知らないだろう。一緒にいた助手のような立場ですら怪しいところもある。その助手が疑問に思っていたことを改めてライに聞いてみた。
「ライ教授、お話があります。エレクタクノロジーはどのようにして発見したのですか。過去の学会発表や膨大な文献を見ても単語すら載ってませんでした。私も詳しいことがわかっていないのが現状です」
「そうだな・・・強いて言えば、過去の遺産だな。はるか千年前、世界は東西に大きく別れた戦争があったことは、君でも知っているな」
千年前の戦争は歴史を大きく揺るがす出来事のため、学校の教科書にも重要な出来事として載っている。
「はい、学校で習った程度であれば私でもそれなりには存じています」
「数年前、この本を見つけたんだ。当時の文字のためわからない者にはただの落書きと思ったに違いない。だが、考古学を専攻していた俺はこの文字をすぐに解読することができた。そこには、西軍の領主マルコルを倒す力と書かれていた」
得意げに話を進めるライ。手にしていたのは巻物のようなもので古びた様子が見てわかる。力を加えれば、今にも破れてしまいそうなもろさである。
ライはやがては立ち上がり見事なまでのプレゼンテーションを披露していた。話は延々と続いた。要約すると、この巻物を作った人物というのが『ユウト』と呼ばれる東軍の領主だ。この巻物には戦況が詳しく書かれていた。どうやら東軍は西軍に負けることが濃厚であった。西軍のマルコルがどうやら悪魔に魂を売ったように強大な力を手に入れたと書かれていた。このままでは人間である東軍に勝ち目はない。
そこで、領主のユウトが東軍のある人物に禁断の力を植え付けた。対悪魔となる力が『エレクタクノロジー』であった。ただ、その人物の名前はここには書かれていなかったが、備忘録として、エレクタクノロジーの起動方法が書かれていた。
“エレクタクノロジーは、神の力というよりは気まぐれな天使という方がしっくりくるらしい。起動するにも本人の意志ではコントロールできないし、起動しなくてもいい時に発動するそうだ。ある人物にエレクタクノロジーを施しても何ら反応がない。実験は失敗だったのか。”
そう書かれているところで、巻物が終わっていたらしい。つまり、エレクタクノロジーの起動方法が書かれてはいるが、成功したどころか発動したところも見たことがないらしい。恐らくエレクタクノロジーを起動させる前に西軍に敗れたのだろう。
「ライ教授は、その発動形態がわからないまま研究をしているのですか?」
「まぁ、そうだな。だが、答えが最初からわかっているものなど、研究の対象にはなるはずがない」
研究者の答えとしては一理ある。
「ライ教授はエレクタクノロジーの発動を信じているのですね」
「あぁ、そうだ。エレクタクノロジーを使えば、あの方ともおさらばできるはずだ。・・・さて、私は少し仮眠するとしよう。もう下がっていいぞ、カールくん」
「はい、ありがとうございます」
仮眠をとるライ教授およそに、その場を去ろうとする助手のカール。
エレクタクノロジーのことを知っているのはライの勤める研究所でも、ライと助手のカールだけであった。このことを所長に報告すべきかどうか悩んでいた。
「どうした、カールくん」
「あ、レクサ所長。お疲れ様です。何でもありませんよ」
現れたのは、白髪頭にやや腰の曲がったいかにも博士です、という風貌のこの人こそ、ライの勤める研究所の所長であった。
「ならいいんだ。あの変わり者のライくんと長い時間同じ空間にいたら疲れるだろう。さ、今日はもう休みなさい」
「あ、ありがとうございます。では私はこれで・・・」
去り際にレクサ所長がふと何かを思い出したかのように言った。
「カールくん、ところでライくんは一体何の研究をしているのだね。この前彼に聞いても完成するまでは言えませんと一点張りでね。この研究所の長としては、所員の研究内容を把握していなければいけないからねぇ」
「そうですね、エレクタクノロジーとかいうものを研究しているみたいですよ」
しまった! うっかり口にしてしった。本来であればライ教授が答えるべきところを私が答えてしまった。だが、時すでに遅しだった。
「ほう、エレクタクノロジー・・・何やら面白いものを研究しているみたいじゃな」
レクサ所長は何だろうという表情でカールの前を後にした。その表情を見たカールは、特に何もないだろうとタカをくくっていた。
(よかった、大事にはならなくて。これでライ教授に睨まれたらとんでもないことになるところだった。気をつけよう)
心臓の鼓動が早くなってから、まだ落ち着かないまま、研究所を後にした。
「ほう、エレクタクノロジーか・・・ようやく神の力に気がついたものが現れたか。一体どれほどの力を出せるかお手並み拝見じゃないか」
研究所の長い廊下に響く独り言。先ほどまでの温和な口調とは程遠い私利私欲に走った人物になっていた。もちろん、こんな彼を見た人物はこの研究所にはいない。すると、迎えから警備員の巡回とあたった。
「これはレクサ所長、お疲れ様です。他の所員がほとんどいない中、所長はまだ仕事ですか」
「まぁ、そんなところだ。だが流石に疲れたから、私もこれで帰るとするよ」
「そうですか、お疲れ様でした」
巡回中の警備員と別れたレクサ所長が、何事もなかったかのように研究所を後にした。警備員は何事もなかったかのように巡回を続ける。
「さぁ、明日からが楽しみだ・・・」
月明かりが照らす夜道を一人歩いていくレクサ所長。やがて、彼は闇と同化したように消えていった。
2
翌日以降も、研究所は何ら変わり無い様相を見せていた。ライはエレクタクノロジーの研究に没頭、助手のカールは時たまライの研究部屋に行ってはエレクタクノロジーのうんちくを聞かされ、レクサ所長は所員たちの研究を暖かく見守っていた。表面上は。
レクサ所長は、カールから聞いたエレクタクノロジーに反応していた。ようやく研究をするものが現れたことに意気揚々としていた。来る日も来る日も助手のカールにエレクタクノロジーの進捗状況を聞くのが日課になっていた。この日もレクサ所長はカールにエレクタクノロジーの状況を聞いていた。カールが常々疑問になっていたことがあった。今日こそはと、レクサ所長に聞いてみようと思った。
「所長は、自身でエレクタクノロジーを研究しようと思ったことは無いんですか? これほどにまで、エレクタクノロジーに執着するなんて、過去に何かあったとしか思えません」
ついに聞いてしまった。言いだした時は、こんなにスムーズに言えるとは思っていなかったのだろう。言えた自分に驚くカールであった。
「なるほど、確かにカールくんの言いたいことはわかる。そう、私もかつてはエレクタクノロジーについて研究をしていた。強大な力というのは、誰しもが憧れるものだ。だが、強大の力というのは、時に自身を破壊してしまうほどの力も秘めている。強大な力を制御する能力がないばかりに、強大な力は持ち主を蝕もうとする。だから私は身を引いたのだ」
「何ですって? じゃあ、ライ教授が研究しているエレクタクノロジーは危険だということですか」
「そうなんだ、だから私はライくんの身を気にかけているのだ。このままライくんがエレクタクノロジーの力を手に入れたらどうなると思う。確かにライくんは戦場での経験もある軍人上がりだ。体力はある方だろう。しかし、エレクタクノロジーの力は生半可なものでは無い。私はその力を知った時、エレクタクノロジーの研究から身を引いたのだよ」
「そんなことがあったなんて・・・それで、エレクタクノロジーの研究をライ教授はこのまま続けていいんでしょうか。教授の身に何かあっては遅いのではないでしょうか」
事態が深刻であることがカールにも把握できた。だからレクサ所長はエレクタクノロジーの研究を気にしていた。
「だから、君に頼みがある」
いつになくレクサ所長が真剣な眼差しであった。その表情からはいつもの余裕はどこにも無い。何があるのかと、表情を曇らせるカール。
「エレクタクノロジー、その力が暴走、あるいはライくんが手にしようものなら、それを止めて欲しいのだ。もちろん、逐一私に報告をしてくれることを望むが」
危険な力であるエレクタクノロジー、その力をライ教授が制御できない時には自身の崩壊が免れない。だが、もしライがエレクタクノロジーの力を制御することができたら。カールはそんな疑問がでてきた。
「万が一、ライ教授がエレクタクノロジーの力を制御することができたら、それはそれで結果オーライなのではないでしょうか」
「そこが問題なのだよ」
その言葉にカールはまた驚いた。状況は思ったより複雑であるらしい。
「仮にライくんがエレクタクノロジーの力を身につけたとしたら、どのような結果を生むと思う?」
「どうって、世界平和のために使うのではないでしょうか」
「そこが甘いのだよカールくん。彼がそんな世界平和に力を使うと思うのかね」
「何ですって!!?」
驚愕の連続である。ライ教授が私利私欲にかられているというのか。そんなことは初めて知った。
「彼のことは高く買っている。研究成果を挙げた功績は大きい。だが、彼はどうしても研究の手柄を自分のものにしたい傾向が強いのだ。それは所長である私だから見えるのだ」
驚きを隠せないカール。なぜ、ライ教授が私利私欲に走っていたのだろう。レクサ教授が一冊のファイルを差し出した。その内容はライが書き上げ、賞も取った画期的な論文であった。日付は今から三年前になる。
「この論文に見覚えはないかな?」
「三年前にライ教授が賞をとった論文ですね。当然見覚えがありますし、自身の研究材料としても大変参考にさせてもらっています」
「その論文であるが、彼一人が研究したとされているが・・・実はゴーストだったのだよ」
「そ、そんなことが・・・」
次々と明かされていくライの裏の顔。ライを信じていたカールには裏切られた気持ちでいっぱいであった。
「この事実は私しか知らないのだよ。というより、知られてはいけないことだ。これは所内の沽券にかかわる問題だからね。わかるかい? ライくんがエレクタクノロジーを身につけたら事態がどうなるか容易に想像がつく。だから、ライくんの様子を見て欲しいんだ。このことを頼めるのはカールくん、君しかいない!!」
3
カールの話に困惑するリブである。物心ついた時から父親はいないと母親に教えられており、あまり父親に対して好意を抱いたことはない。だが、実の父がエレクタクノロジーを私利私欲に使うとなれば、黙ってはいられない。
「本当にそうだったのか? 全ては空想じゃないのか?」
「実の父が犯罪者扱いだと聞けば、誰だって黙ってはいられないだろう。だがリブくん、これは現実なんだよ」
同情の余地もないカールの言葉に逐一反応しているリブ。その横で、冷静なリュウがある一つの仮説を立てていた。
「どうも話を聞いていると怪しいな。そのレクサ所長ってのは、一体何者だ? どうにも胡散臭いやつでならないな。そもそも私利私欲に走ったライって言っても、そんな証拠はでっち上げだろう。俺は、どっちかというとそのレクサ所長の方にあるんじゃないかと思うぜ」
「えっ・・・」
リュウの推理に驚いたリブ。リュウは敵か味方か今でもわからないけど、中立な立場で判断しているのだ。ただ自分に冷たいだけの人間ではないのだ。
「ほう、なかなか面白い推理をするじゃないか。つまり、この私がレクサ所長にそそのかされたって、言いたいのかな?」
「まったくもってその通りだ」
「笑わせてくれるね、随分と」
リュウとカールの言った言わない合戦の中、やはり生まれ持った冷静さを持つリブがカールの話の続きを気になっていた。
「それで、僕の父はそれからどうなったんだ?」
「最初は排除しようとも考えたが、これまでの研究成果を考えると研究所が成り立たなくなってしまう。だから飼い殺しにしようと、レクサ所長と話したのだ」
「それで、エルニア国に送りつけたのか?」
「そこまでは私も関知していない。ライ教授は突然いなくなってしまった。捜索はしたが、結局見つからずじまいだった。その後の調べで、エルニア国という小さな島国にいるという情報を掴んだが、すでにレクサ所長は退職していた頃だ。今更ライ教授のところに行こうとしても無意味だ。だから放っておいた。まぁ、私もエレクタクノロジーに興味がなくなった、とでも言っておこうか」
突然牢屋に入れられるまで争いごとの「あ」の字もなく過ごしてきたリブ。もしカールがエルニア国に乗り込んできたら、今までの平和な生活が壊されているところだったろう。実質、ライという父親などは母親から存在していないように育てられた。自身の知らないところでドス黒い背景があることにゾッとした。
「それは嘘だな」
リュウが一喝した。
「カール、お前はエレクタクノロジーに興味がないと言ったが、それは違う。お前は今でもエレクタクノロジーの力を追っているはずだ。だからこうしてエレクタクノロジーを持つリブを待っていたんじゃないのか」
リュウの一言にこれまで涼しげな顔をしていたカールの顔が曇った。
「・・・察しがいいな、リュウくん。二年前にこの屋敷に忍び込んできた時とは比べものにならないほど成長したな。そうさ、結局ライ教授がいなくなってからはエレクタクノロジーの力について解明することはできなかった。それが私の心残りであった。だから、こうしてエレクタクノロジーを持つものを丁重におもてなしさしてあげているじゃないか」
「丁重に、ね・・・」
リュウの目線は鉄格子に向けられていた。
「それで、これから俺たちをどうしようっていうんだい? 殺してバラして食うのか?」
「とんでもない、君たちは私の研究対象となるのだ。エレクタクノロジーの研究を今一度復活させるのだ。今度は、私の主導のもとでな。レクサ所長もライ教授もいない、そう、私の主導で今一度エレクタクノロジーの研究を始動させるのだ」
「読めたぞ、私利私欲の研究をしているのは、他でもないカール、お前じゃないのか? お前はレクサ所長とライ教授には敵わなかったのだろう。だが、今となっては二人ともいなくなったという絶好の機会だ。さらにエレクタクノロジーを発動させたリブも捕虜としている。さぞかし自分が思うがままに好きなことができるだろうよ」
攻守の立場が逆転となる論理を立てたリュウ。だんだんとカールの表情に焦りが見え始めてきた。
「ふん、なんとでも言うがいい。早速明日からはエレクタクノロジーの研究に没頭できるからな」
捨て台詞のような言葉を発し、去っていくカール。横にはガダルが腰巾着のようについていった。
コツコツ・・・足音が完全に聞こえないのを確認して、リブが呟いた。
「さて、ここからどうやって脱出するかな・・・」
その言葉に、リュウも同調した。
リブはあたりの設備を見渡し、脱獄できるような設備を見渡していた。これまで二回の脱獄に成功しているリブである。今回も脱獄を簡単にできると思っていた。だが、カールの牢屋はどこにも抜け道がなかった。この辺りは厳重に管理されているのだとリブは思った。
「ここからの脱出はそうは甘くない。相当骨が折れるぞ」
「まぁ、あのカールのことだ。お前はすぐには殺しはしないだろうさ。だが、お前以外の命の保証はないかもな」
「となると、マスやエイの命も」
「そうなるな。事実、奴らのことだ、お前を助けにこの建物にやってくるだろうぜ。」
確かにそうだ。マスとエイは確実にこの建物にやってくる。確実に助けにくる。
「二人を巻き込むわけにはいかないよ、エレクタクノロジーの問題は僕だけだ。マスたちには何も関係ないよ」
「だが、こうなってはもう遅いな」
会話のやりとりの間にも脱獄できるルートはないかと探している二人。だが、鉄格子は頑丈であり、さらにはカメラで常時部屋の様子が監視されているのだろう。お手上げ状態であった。
「勝負は、この部屋が開いた瞬間だ。それまでは体力を温存させるために下手に動かない方がいいな」
「そうだね」
半ば諦めの気持ちで、二人は一旦落ち着くことにした。
「リュウ、一体君はこれまでどうやって生きてきたんだ? 二年前にカールの城に忍び込んだことだってあったし、いつも自分たちより先回りして現れているよね」
しばしの沈黙から少ししてリブが話しかけた。エルニア国を出た時といい、デスリーンを倒した時といい、列車に乗った時だってそう。謎の預言者のように現れるリュウの存在を気にかけていた。
「そうだな、さっきのカールの話の続きになるかもしれないがな・・・」
どこかに盗聴器がしかけられているかもしれないと思ったが、特に気にすることなくリュウが語り始めた。
4
「あの塔って、近いようで結構遠いよね。行けども行けども塔の大きさが変わらないよ」
「ホントね。リブをさらったやつは一体どうやってあの塔まで運んだのかしら」
リブたちが幽閉されていると思われる塔を目指すマスとエイ。行けども行けども塔にはたどり着ける気配もない。あの塔まで二時間ばかりといったのは、実は二倍近くの時間がかかるのではないかと。シェインの城に向かう時の車が懐かしくなってきた二人である。所々で話をしながらエイの笑顔を見て和むマス。
歩いている二人の目の前にある集落が見えてきた。ここに人がいるのだろうか。マスとエイはリブが幽閉されている塔に近い集落に何か情報を仕入れようとした。二人が見つけたのは、シェインの支配していた街にあった喫茶店のような建物であった。入り口には看板に「WELCOME」と書かれていた。店内を見てみると一枚板の長いテーブルがあり、南国のような雰囲気のお店だ。
店内に入ると、「いらっしゃいませ」と高らかに響いてきた。重苦しい雰囲気はない。この地域は、あの塔の支配者に支配されているわけではなさそうだ。案内された席はテラス席で、目の前には緑の木々が生い茂っていた。飲み物はと聞かれ、
「コーヒーを、二つお願いします」
とマスが答えた。エイには喫茶店にある飲み物はあまりわからなかったからという気遣いだろうか。はて、シェインが支配していた喫茶店ではどうしていただろうか。
マスターがコーヒーを二つ丁寧に作り始めた。マスターの雰囲気は五〇代の落ち着いた白髪が整った男性であった。マスターはどこでも同じ容姿になるのであろうか。五分ほど待った頃だろうか。丁寧に作られたコーヒーが出てきた。砂糖とミルクの使い方をエイに教えた後で、マスがマスターにどでかい塔を支配している人物について聞いてみた。
「あぁ、カール博士のことかい?」
「カール博士?」
悪党の根城かと思った高い塔は、どうやら科学者の研究施設かのようであった。
「カール博士は一〇年ほど前から、あの大きな研究施設を作って、バイオテクノロジーのようなものを研究しているらしいよ。もっとも、詳細なことは素人にはわかりかねるが」
マスターの話では、カール博士は滅多に人前に現れることはないらしい。だから、名前は知っているものの、姿を知らない者は、この街でも珍しくはない。まだ若いながらなんらかの研究成果を挙げたのち、この街に来たらしい。
謎が多く残る。一介の科学者が、どうしてリブを誘拐したのか。それに、一介の科学者が、得体の知れない戦術を駆使している武力があるなど、どう考えても辻褄が合わない。だが、あるキーワードがカールとリブの共通させるものとなった。マスの隣に座っていた老人が、カール博士の話を聞いて口にした。
「長年研究しているものを追求するためにこの街に来そうじゃ。確か、エレク、なんといったかな・・・エレクなんちゃらジーとか言っていたな」
「「エレクタクノロジー!!!」」
間違いない。そのカールとかいう人物は、エレクタクノロジーの能力を発揮したリブに目をつけたのだ。その研究という名目でリブを誘拐したのなら、話の筋が通る。
「じゃあ、奴はエレクタクノロジーの研究をしているのか。それなら、奴はリブを捉えてエレクタクノロジーの研究をするのか」
「研究だけなら生温いわ。今のリブは捕虜同然よ。死の瀬戸際まで追い込まれる実験だって辞さないわ」
「どっちにしても、このままじゃエルニア国の村人を救うことはできないな。ちくしょう。どうしてこう、いつも邪魔ばかり入るんだ」
やりきれない思いのマスと、長年の戦経験からくる勘が出てくるエイ。一体何のことかと疑問に思うマスター。
「ちなみに、マスターはカールの姿は知っているのかしら?」
「いや、写真はあるんだが、姿は見てはいないのだ。はて、確か去年の新聞にカール博士が載っていたような・・・」
マスターが新聞のスクラップのようなものを奥の部屋から引っ張り出すと、そこには研究成果を発表する学会の記事が書かれていた。だが、記事はエレクタクノロジーとは無関係のものであった。映されていた写真は、まるで銀行員のようなエリート風の男であった。紛れもなくカールであるようだが、エイもマスもこの写真の男には見覚えがなかった。カールの研究発表は「発電機の脱調による火力発電機電源の周波数応動特性」であった。頭の中が『?』マークの二人であった。
「それで、他にはそのカール博士について知っていることってあるの?」
マスが次なる手がかりを求め、マスターに聞いてみた。コーヒーをすすりながら。
「そうだな、本当に外の世界には出てこないんだ。まるで、昔の詩人のヘルダーリンかのように、あの塔に幽閉されているのかもな。科学者というのは、本当に変わり者が多いのかな」
マスターが、おもむろにスクラップ記事を漁っていた。
「これはあまり公にはされていないが、カール博士は人体実験をしているという噂がある」
「人体実験? 科学者の中でもとびっきり危ない人物ね」
「まさにマッドサイエンティストの言葉そのものだ」
だんだんとカールの顔が見え出してきた。狂った科学者のようだとエイとマスはそれぞれ発した言葉からもうかがい知ることができる。
「そうなんだ。これはゴシップ週刊誌の記事だが、この記事を書いたのは僕の友人なんだ。だが、この記事を書いた一週間後、この友人は謎の死をとげたのだ」
「謎の死ってことは、カールの関係者に殺されたってこと?」
「そうかもな・・・奴には奴なりの信念があったのだろう。嘘をつくような奴じゃない。世間ではこの記事は単なるゴシップ扱いだが私はそうは思わない。これは真実だから、奴は、殺されたんだ」
マスターの口がこもっていく。カール。奴も自身のためなら何をしても構わないシェインのような奴なのだろうか。カールは一体あの塔では何を研究しているのだろうか。本当にエレクタクノロジーだとしたら、人さらいを平然とやるような奴には力を渡すことなどあってはならない。さらに、自分に不利益な記事を書いただけで人間を消すような組織だ。
もし、リブのエレクタクノロジーがカールに宿ったら。
もし、リブの身に危険な実験を受けさせられたら。
もし、その代償がリブの命だとしたら。
「「リブが危ない!!!!」」
マスとエイは、とっさに同じ思いを口にした。二人はすぐさま会計をして店を後にした。
「もし、リブを誘拐した目的がエレクタクノロジーなら、やっぱりリブの命が危ないわ。今すぐにあの塔へ向かってリブを助け出さなくちゃ」
エイが焦る。その様子がマスにも感じ取れた。簡単に人間を消すような組織だとしたら、かなり厄介な組織だ。ガダルが典型的な例だ。確かに、ガダルのような特殊能力を持つものであれば、人間を消すことなどたやすいことだ。その厄介な組織がリブを捕虜として捉えているなら、一刻も早くカールの塔に乗り込まなくては。
塔まではここからだと一時間もかからない。マスとエイはリブが幽閉されている塔に向かう。
「エイ、ちょっと気になることがあるんだけど。エレクタクノロジーを発動させたリブは相当な力があるから、力を発揮したリブならガダルたちを一網打尽にできるんじゃないか」
「それはダメよ。あんな強大な力をリブは決して望んでなんかいないわ。あれは単なる殺人兵器よ。たとえ力を発揮しても、人を殺しては、リブはこの先人殺しとして生きていかなければいけないわ。それは絶対にいけないわ」
エイの一言は最もな答えだ。シェイン戦で見せリブのエレクタクノロジーは、紛れもなく殺人兵器だ。もしかしたらリブは、自身がエレクタクノロジーを発動させたことを後悔しているのではないか。下手をすれば、シェインの命を奪っていたかもしれないその強大な力を発動させたことに。
「もしかしたらリブは、ジレンマに悩まされていたかのしれないな。親友でありながら、リブの気持ちには気がつかなかったな」
「そうね・・・リブの気持ちを聞きに行こうよ」
二人がリブの救出を意気込んで、進む足取りが早くなってきた。カールの塔まではあと少しだ。