第六章 4人それぞれの想いが交差する
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また暗闇だ。何も見えやしない。手を伸ばしても、その手がどこにあるかわからない。そうか、ガダルとかいうやつと話している時に、なんだか頭が重くなって・・・そこから何も覚えてない。一体どうやって僕は気を失ったんだ? いや、死んだのか。毒でも盛られたのだろうか。そういえば、前にもこんなことがあったっけ? そう、シェインにぶちのめされた時だ。あの時に謎の人物が僕に色々聞いてきたんだっけ。そして、エレクタクノロジーを教えてくれた。あんな凶暴な代物を。あのめちゃめちゃな力で、危うく僕はシェインを殺傷してしまうところだった。できるなら誰の命も奪いたくはない。
「そこがお前の弱みだ」
「わあぁぁっ!!」
「そこまで驚くこともないだろう」
「暗闇の中でいきなり声をかけられたら、誰だって驚くよ。なんだ、また夢の番人さんか?」
「だから、それはあるユニットの曲だと言っているだろ」
「そうでした、闇の番人さん」
「お前、わかってて言っているんじゃないか?」
「どっちかわからなくなりますもん、普通」
「夢と闇のどこが似ているんだ?」
「そんなところにこだわりはありません。〇〇の番人だけで十分です」
とても会って二回目とは思えないほどの、漫才のような会話である。
「ところで、シェインとの戦いを見ていたが、無事にシェインをぶちのめしたようだな」
「よくそんな悠長なこと言ってられますね。危うく僕はあの力でシェインを殺しかけたんですよ!」
リブは闇の番人のそっけない言葉に怒りを露わにした。
「戦いの場でとどめを刺すのは当然のことだ。それくらい常識だろ? それに、お前は闘争心というものが見事に欠けている。それだから、エレクタクノロジーの方も愛想をつかしたのだろう。だから、闘争心丸出しの人格に変えたんじゃないのか?」
「何でそんな危ないものを僕に植え付けようとしたんですか。あんな危ないもの僕に埋め込めさせないでください。あんな凶悪なものはいりません」
「いや、お前は力をつけるべきだ。わかるだろう? 今のお前は四の五の言っている場合じゃないだろ?」
確かにその通りだ。今はエルニア国の村人を救うことが第一だ。そのためには何だってやらなければいけない。
「それは、そうだけど」
「この世にやさしい力など存在しない。力は常に冷酷なのだ。村人を救いたければ、お前はエレクタクノロジーを受け入れるしかない。でなければ、お前はシェインとの戦いで敗北し、村人たちもジ・エンドとなっていただろう」
悔しいが、その通りだ。この闇の番人には全てを見透かされている。戦いのことも、村人を助けることも。
「闇の番人さん、あなたは一体何者なんだ? どうして僕のことやエレクタクノロジーのことをここまで知っているんだ?」
「それはお前たちのことを常に見ているからだ」
「なんだか映画で恋人がクライマックスで言いそうなことだね」
「事実なんだからしょうがない、そんなB級映画と被るのは癪だが・・・」
話せば話すほど謎ばかり出てくるのが現状だ。だが、一つはっきりさせておきたいことがある。それは、シェインとの戦いで目覚める前のことだ。
「闇の番人さん、どうしてエイのことを知っているの?」
一瞬だけ間が空いた。だが、すぐにいつものような接し方に戻した。
「だから言っているであろう、ずっとお前たちを見ていたって」
「いや、僕が気にしているのは、エイのことを気にかけていることだ。ただエイの名前を知っているのなら、話はわかる。だけど、明らかに闇の番人さんはエイのことを知っている口調だった。ずっと見ているからわかるんだろ? エイが千年前の世界から来たことを。なぜ、千年前の人間のエイを知っているんだ?」
闇の番人は驚いた。リブがここまでの洞察力があるのかと。戦いに関しては今ひとつだが、修羅場をくぐって来ただけはある。
「まさか、聞かれていたとはな。ちょっとしたつぶやきだったんだが、この世界では声が漏れてしまうようだ。いかにも、俺は千年前から存在していた。いわば、エイがいた東軍の戦士だった」
「何だって! じゃあ、エイとともに戦ったこともあるの?」
「まぁな」
「じゃあ、あなたはあのユウトさん?」
「残念ながら、俺はユウト様ではない。俺はユウト様の側近と言うべき立場の人間だった」
ユウトでないこの戦士は名前こそ明かさないが、千年前の戦士であった。
「じゃあ、エイの話だと東軍はやっぱり西軍に・・・」
「その通りだ、西軍の領主マルコルの力に圧倒された。奴は化け物、非常に人間離れの力で我々東軍を圧倒したのだ」
エイには悪い知らせだ。やはり、エイのいた東軍は壊滅したのであった。さらにリブはエレクタクノロジー以外にももう一つの疑問があった。
「闇の番人さんは、どうしてこんな闇にいるんだい? 普通人間は死んだらあの世に行くんだろ? やっぱりここはあの世なのか? ぼくは三途の川を渡ってきたのかい?」
「だから違うと前から言っているじゃないか。ここはあの世とこの世をつなぐ世界だって。どうやら、俺まだあの世に行くことは許されないようだ。この世で何か成し遂げなければあの世に成仏することができない。だが、困ったことに、肉体が無くなってしまった。身動きが取れない。この闇の世界にいてしばらくして、俺はこの世界から助言して自分のなすべきことを達成しなければ、成仏できないのではってね。だから、この闇の世界に迷い込みそうな人物をこの千年間見続けていたのだ。それが。リブ、君だったんだ」
リブは理解するのがやっとであった。闇の世界は、闇の番人の無念から生まれた存在しない世界。さらに、闇の番人の無念を晴らすには、リブが大きく関わっていることだ。
「それじゃあ、闇の番人の無念って何?」
「それは、エレクタクノロジーを扱える者を見つけることだ」
「何だって!?」
リブはエレクタクノロジーの力を放棄してもいいくらいの思いをした。だが、それを扱えと言うのなら、この闇の番人は何を言い出すのか。
「もう一度僕にあの力を使えと言うのか? さっきも言ったけど、あの力はもう使う気にはなれないね。あんな人殺しの力なんか」
「さっきの説明に不足があったな。エレクタクノロジーは人を選ぶ、お前がしっかりしていればエレクタクノロジーを思うがままに扱うことができるだろう」
「その力を手に入れたところで何になるって言うのさ。俺たちは村人を助けるためにこの冒険をしているんだ。あなたの無念なんて全然関係ないよ」
「表面上はな・・・だが、最後は俺の無念とお前の希望は交わる日がやってくる」
「一体何の関係があるのさ」
「それはエレクタクノロジーを扱えるようになってから言うんだな」
この闇の番人は、あの手この手で僕にエレクタクノロジーの力を手に入れさせたいようだ。自分が手に入れられなかった無念があるのだろうか。それにこの凶暴な力を、一体どうやって扱うというのか。
「それに、エイだって一体何のためにこの千年後の世界に来たの? エイとあなたの関係って・・・」
「おっと、そろそろ時間だ。お前はもうじき目を覚ます」
「ちょっと待ってよ。まだ聞きたいことがたくさんあるんだよ」
「今のお前にそんな時間はない。今のお前は敵に捕まった身なのだ。今から俺の言うことを聞かなければ命が危ない。聞けるな?」
「わかった」
リブはエイとの関係について知りたいところであったが、この際やむを得ないと察知したため、しぶしぶ闇の番人の意見に従うことにした。
「現世に戻ったら、まずは牢屋から脱出することだ。一緒に捕まっている奴と行動をする事でより目的を達成しやすくなる。ふたつは、お前をさらった犯人の目的を聞くこと。みっつは一刻も早くゼレスに向かうこと。これが今のお前に与えられた使命だ! 覚悟はいいな!?」
リブはゆっくりと、うなずいた。やがてリブの姿が消えていくのが本人にもわかった。
「エレクタクノロジーを使うも、エレクタクノロジーに使われるも、全てはお前次第だ」
闇の番人が最後にリブに言葉をかけた時、リブの姿が消えていった。
(エレクタクノロジーを手に入れて、俺の無念を晴らしてくれ。おっと、この声も奴に聞こえているかな。だが、今の奴にはエイと俺の関係を話すわけにはいかない・・・)
2
「う・・・こ、ここは、どこだ?」
やがてゆっくり目を覚ましたのは、マスであった。横にはまだエイが昏睡状態にあった。
「おい、エイ、エイ! 大丈夫か!?」
マスはエイのほっぺを叩いた。ほっぺである。ちゃんとほっぺである。変なとこは決して触っていない。
「う・・・ここは?」
エイが目を覚まし、辺りを見回していた。意識を失う前と同じ場所であった。
「ま、マス。よかった。あなただけでもいて・・・あっ! ちょっと、私が意識を失っている間、変なところ触ったんじゃないでしょうね?」
「ち、違う! 俺はエイのほっぺを叩いた。ほっぺである。ちゃんとほっぺである。変なとこは決して触っていない!!」
まるで、痴漢の言い訳だ。それでもマスはやっていないと、必死に弁明をし続けた。
「ふーん、ま、マスだったら別に良かったんだけど」
ド――――ン!!!
マスはみるみる顔が赤くなっていた。なんて大胆な娘なんだろう。
「なんてコントをやっている場合じゃないわ。リブ! そうよ。彼はどこへ連れていかれたのよ?」
「おそらく、あの塔だよ」
マスが指をさした先に、天まで突き刺さりそうな塔が立っていた。
「そうね、私たちが意識を失う前にガダルが言ったあの言葉・・・」
『こいつらを助けたければあの塔の頂上まで来い。その時には、本気の俺と勝負ができる。では、俺は任務に取り掛かる』
「あのスカしたヤローを一発やるまで気が済まないわ。私たちの時代で勝ち逃げなんか絶対許されなかったわ」
エイの怒りがこみ上げて来た中、マスはリブの身の安否を気にしていた。
「リブは無事なんだろうか。俺はそれが心配だ」
二人の心配はそれだけではなかった。戦いに慣れていないリブがやられるのはわかる。だが、手練れのリュウが簡単にやられるなどとは、想像できなかった。それにマスは戦国時代のエイが簡単に眠らされてしまったことが気がかりだった。きっと俺たちを眠らせたのは何か手があるに違いない。
「マス、行きましょう。あの塔へ」
「もちろんよ」
エイとマスは、リブ、さらにはリュウを助けるべく、さらにガダルとの決着をつけるために、ガダルが指定した塔へと向かう。
エイと二人か、女の子と二人か。つまり、これはデートでは? だめだ、意識しちゃう。村にいた時や村を脱出した時もいつもリブと一緒にいた。女の子とはたまに遊んでいたけど、こんなツーショットなんか滅多になかったぞ。それに・・・
「どうしたの?」
「わあぁぁっっ! な、なんでもないよ」
「ふーん、本当?」
「ほ、ほんとうだ・・・」
「しっ!!」
「ひぃぃぃっっ!!」
「だから静かに、敵が来るわ」
エイの顔が目の前に迫っていた。その先一〇センチメートルといったところか。だが、敵が迫っているとなれば、話は別だ。二人は近くの茂みに隠れた。
「ここでじっとしてて。敵をやり過ごしましょう」
「わ、わかった」
冷静なエイに対して、マスはあがっていた。狭い茂みに隠れている男女、身体がぶつかり合っている体勢、並みの男なら誰しもが狼になる瞬間だ。だが、この女性が普通の女性でない点がある。
「おい、あいつらこの辺にいたぜ。さっさと俺の胃袋の中に押し込んでやりたいぜ」
「うヒヒ肉の話を聞いたら、お腹が減って来たぜ」
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉!!!!」
ガダルが送り込んだ敵だろうか。マスがそっと茂みから目を出すと、二メートルはあろうかという大きさのクマみたいな動物がうようよしていた。三匹はいるだろうか、周辺をグルグルと回っていた。確実にいるとわかっているのか、それとも鼻が効くのか、茂みの周りをグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル・・・
「もーラチがあかないわね、えいっ」
可愛い声とは裏腹に、エイが作った火の玉まとめて三匹のクマ(みたいなもの)めがけて投げ飛ばした。
「ウガー!!」
「ノアー!!」
「ベアー!!」
クマ(みたいなもの)は三匹ともあっけなく吹き飛んだ。その距離一〇メートルといいったところか。そして、最後の叫びはなんだったのだろうか。
「ふぅー、さぁマス、行きましょ」
「は、はい・・・」
彼女が普通の女の子と違う点、圧倒的な戦闘力だ。クマ(みたいなもの)を見ても物怖じせず、しかも三匹まとめてぶっ飛ばすなど、到底女の子にはできない。それどころか、かなりの戦闘能力を秘めている。戦国時代に生きている人だからか。男の自分より女のエイの方が数倍強い。男として、これでいいのだろうか。仮にもマスはエルニア国では一番の剣士であった。だが、それは小さな島国でチャンバラ程度の実力。大陸の大戦争の幹部であったエイとは実績も能力も桁違いだ。シェインと戦っているあたりから、マスには葛藤のようなものと戦っていた。
「どうしたのマス? 何だか元気がないけど、まだ本調子じゃない?」
「い、いや、そんなことはないよ。でも、エイって相変わらず強いね。あんな化け物を簡単に倒してしまうなんて」
「あの位どうってことないわ。さぁ、あの塔に行きましょう」
マスは初めて敗北を身に知らしめさせられた。まして女の子だ。挫折感にさいなまれるのと同時に、エイに惹かれるものを感じた。
「あの塔まではどれくらいあるのかしら。一見近そうに見えるけど、実際は遠いよね」
何気ない会話でも意識してしまう。エイは仮にも千年前からタイムスリップして来た女の子。決して交わることのない時間に生きている。こんな娘に『好きだ』と言えば、笑われるだけだろう・・・
「さて、ここからの道のりは険しいわ。いいマス? リブを助け出すためには、数々の試練があると思うわ。ガダルのあの言動。きっと私たちを待っているわ。それも正々堂々とね」
「憎たらしいけど、行くしかないな。覚悟はできている!」
「そうこなくっちゃ!」
そう言って一時間、行けども行けども敵など現れる気配がない。さっきのクマ(みたいなもの)は単なる野生動物であったのだろう。そう考えると何だか申し訳ない気でいっぱいのエイであった。
「何もないけど遠いね」
「そうだね、塔は見えるけど、いつまでたっても辿り着ける気がしないよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙が辛い。何か話すネタはないか、マスはあくせくして考えた結果が・・・
「エイって結婚してるの?」
「えっ?」
(シマッタ――――!!! 俺は何を言ってしまったんだ!!!?)
塔に着くまでに、KOを宣告された気分だ。もう終わりだ。マスはエルニア国の村人を救う前に自分を救えとツッコミが入るのでは? と自暴自棄になった。
「クスッ、そうね、毎日が戦いだったから、そんな結婚だなんて・・・いや、恋愛なんてする時間なかったな。政略結婚みたいなことを両親は考えていただけど、結局は結婚前に東軍は壊滅。結婚どころじゃないわ」
「え、そ、そうだったの。て、てっきりエイならもう子供も・・・」
「バカ言わないの!」
(シマッタ――――!!! 俺は何を言ってしまったんだ!!!?)
塔に着くまでに、KOを宣告された気分だ。もう終わりだ。マスは敵の親玉を撃つ前に自分の心を撃てと自暴自棄になった。
「でも、世の中がもし平和だったら、きっと普通の家庭を築いていたと思うわ」
やや儚げに話すエイ。きっとマスたちの時代に生まれていれば、可愛い女の子として輝かしい人生を送っていたのだろう。生まれた時代がどうして違ったのだろうと、嘆くばかりのマスである。ここで、マスは予想外の発言が飛び出す。
「あ、あの、エイって千年前に好きな人っていたの?」
どんどん果敢に攻めるマス。敵にもその調子で果敢に攻めていただきたい。
「そうね。大好きって人はいないけど、強いて言うならユウト様かな。あの人となら一緒に死んでも構わないと思ったわ」
それは恋愛感情からか、東軍を守るための戦士としての心意気か。そこまではマスにはわからなかった。きっと、あのキザなリュウならわかるんだろうなと、やや羨ましいように思った。
「どうしたのマス? 何だか別人みたい。やっぱり、私が気絶している間に何か怪しいことをしたんじゃ・・・」
「してな――い!!!」
この二人が塔に着くまであと二時間はかかるといったところか。高校生のような甘酸っぱい会話をしながら二人は歩いていた。もっとも、はたから見れば二人はお似合いのカップルである。
「でも、この戦いが終わったら、この世界で過ごすのも悪くないかな」
「ほ、本当?」
マスが満面の笑みで答えた。
「エイ、約束だよ。この戦いが終わったら、この世界で僕たちと暮らそうね!」
「わかったわ、約束する」
マスとエイは、この世界では約束の証となる『指切りげんまん』をした。小指と小指が絡み合った手を、マスはまじまじと見ていた。
3
「う・・・こ、ここは、どこだ?」
「やっと起きたか?」
「り、リュウか?」
「あぁ」
二人はどこかの部屋に入れられていた。陽の光が一切入らない、湿気が多い空間。目の前には鉄の棒が数本組み立てられて、その隙間が約一〇センチメートルというほどか。水滴がポタポタと落ちる音が聞こえる。リブは状況を整理した。ガダルが自分たちを連れ去ると言ったこと。リュウがガダルと決闘中突然意識を失ったこと、さらにリブも意識を失ったこと。そして、どうやらここは牢屋であること。
「牢屋だって? なんてことだ。これでこの一週間で牢屋に入るのは三回目だ」
「それもまた、運命だな」
「最悪だな」
牢屋に入れられることが運命と受け入れらざるを得ない状況のリブ。一方のリュウの様子についてリブが口を開いた。
「それで、リュウは起きてからどれくらい経つ?」
「俺もついさっきだ。どうにか脱獄できないか色々あさってみたが、ここの設備は頑丈だ。で、脱獄のプロの目から見て、ここはどうだ? 脱出できそうか?」
「その言い方は何だか嫌だな。全部冤罪だというのに」
リブも牢屋を調べたが、ここの牢屋はどうやっても脱出できないことがわかった。拗ねてドアを蹴飛ばすリブ。ふと、先ほどの闇の番人の言葉を思い出す。
『現世に戻ったら、まずは牢屋から脱出することだ。一緒に捕まっている奴と行動をする事でより目的を達成しやすくなる。ふたつは、お前をさらった犯人の目的を聞くこと。みっつは一刻も早くゼレスに向かうこと』
一緒に捕まっている奴はリュウか。しかし、リュウが捕まるって余程のことじゃないか。少なくとも、僕やマス以上の戦闘能力がある。だが、リブはひとつ腑に落ちないことがあった。
「リュウ、君とあろうものが、なぜあんな簡単に気絶させられたんだい?」
リブの言葉にやや不満を募らせたが、やがて語り始めた。
「不覚だった。まさか幻覚現象を司る奴がいたとはな」
「げんかく、げんしょう・・・」
「簡単に言えば、催眠術と幻覚を織り交ぜたものだ。気づかぬうちに奴の幻覚現象に引っかかって眠らされたらしいな。別に眠らせる以外のこともできる。奴の目的が俺たちを連れ去ることが目的なら、眠らせた方が合理的なだけだろう」
「それを、簡単にやってのけるなんて、奴は想像以上に強いってことか」
「そうだな、この俺に気がつかずここまで簡単に幻覚現象をやってのけるなんて、相当な奴だ。それに、後ろで俺たちを見ていたカナルとか言う中間管理職みたいな奴。奴はおそらく実態のない奴だ。ここまで器用に使い分ける奴はそうはいない。奴とはシェインのように直接的な攻撃はしてこない。そこが厄介だ」
「それじゃあ、シェインなんか大したことないって言っていたことって」
「あながし間違いではないだろうな」
そんなことがあるなんて。上には上がいるというのか。かつてのデスリーンが赤子に見えるくらい、力の差がはっきりしている。
「ついでに言っておくが、お前たちが戦ったデスリーンとか言う化け物、あんなものじゃない戦いを強いられるだろう」
「戦いを知っているのか?」
「お前たちは逃げ回っていたが、あんなもの俺の一撃で倒せたぞ」
「何だって? あの怪物を簡単に倒したのか?」
「単純に突進しかできない奴だ。真正面に一撃を加えただけで吹っ飛んでいった」
恐るべきリュウ。リブは直感した。きっとリュウ相手では自分はいくらやってもかないやしない。生まれた星が違う。
「だが、お前だってただのひよっこではない。そう、エレクタクノロジーを発動したじゃないか」
「それはそうだけど、あんな物騒な力には頼りたくないんだ」
「そこが甘いんだ。よくそんな意気込みで今日まで生きてこれたな」
呆れたリュウの言葉は、どこかで聞いたことのある言葉だ。闇の番人だ。やはり自分はただの甘ちゃんなのか。
「エレクタクノロジーあれは人間が手にできる最大の力だ。もっとも、誰がどうやって作ったは知らないが。エレクタクノロジーがあれば、俺の力なんか微々たるものだ」
「リュウ、君はエレクタクノロジーをどこまで知っているんだ?」
「俺も詳しくはわからない。だが、エレクタクノロジーは人間でなくては手に入れることができない。それは確かだ。それに、エレクタクノロジーは. 選ばれた者にしか手に入れることができない。そう、お前は選ばれた者なのだ」
選ばれた者など、リブには到底受け入れ難いことであった。
話を遮るように、コツコツと靴の音が響いた。看守役が来たのだろうか。
「やぁ、二人とも、調子はどうかな?」
「ふん、誘拐した身で何を言っているんだ?」
やって来たのはガダルであった。挑発的に構えるリュウ。それに対してリブはやや様子を見ている。
「それで、俺たちを誘拐した目的は何だ? まさか、身代金目的じゃないだろうな?」
「お金なんかではないさ、全てはあのお方の命」
「出会った時から、あのお方か・・・で、あのお方ってのは一体誰だ?」
「そうだな、直々に会いたがっておられたから、今連れてこよう」
やがて、コツコツと、靴音が徐々に小さくなっていった。列車を襲撃した時から言っていたあのお方。一体どれほどの人物なのだろうか。リブだけでなくリュウも気になっていた。しかし、それ以上に二人がなぜ同時にさらわれたのか、そちらの方が気になっていた。
「それで、リブ、お前はこんなところで油を売っている暇はないだろう? やるべきことがあるんじゃないのか」
「そうなんだ。早く村人たちを助けなければいけないんだ」
「そこが問題なんだ。さすらいの旅人と村人を助け出す目的のお前が、なぜ一緒にさらわれたんだ。俺とお前の共通点はないはずだ」
「いや、あるとすればエレクタクノロジーだ。お互いエレクタクノロジーを求めている点は同じだ」
「となれば、あのお方と呼ばれる奴はエレクタクノロジーを見つけることに必死になっているってわけか。シェインとの戦いを見てエレクタクノロジーを発動したお前に興味があるのは必然だな。こうしてお前は、これから毎日エレクタクノロジーを望む者から狙われるのだろうな」
現実を直視してゾッとしたリブ。確かに、これからは村人を助けるだけでなく、エレクタクノロジーを狙う輩から逃げなければならない。いや、村人を助けてもエレクタクノロジーの問題は永久に付きまとうのだろう。
コツコツコツ・・・足音が二つ響いてきた。ガダルと先程から話題になっているあのお方だろうか。目に見えたのは背丈は高い方で短髪の三〇代後半の見た目。印象としてはエリート銀行員のような男性であった。身なりに気品があり、上品さを漂わせているあたりにも、あのお方と呼ばれるには相応しいいでたちであった。
「久しぶりだな、リュウ」
「お、お前は、カール!?」
牢屋の鉄パイプ越しに見えた顔は、薄暗い牢屋にはっきり見えた。あのお方をリュウは知っていた。どこかで面識があるのか。リブがあれこれ想像を巡らせている中でリュウとカールが話を続ける。
「リュウよ、まだ生きていたのか。君が我が城に忍び込んだ時、てっきり処刑されたものだと思っていたのだが」
「忍び込んだ? リュウ、君は何をやっていたんだ?」
忌まわしき過去があるのだろう。ひどく動揺したリュウがいた。
「昔の話だ。俺がまだ盗賊だと自称していた時だ。そんな時、カールの城に目をつけたんだ。カールの城とわかるものを持ち出せば、俺の名を挙げることができる。若気の至りだった。結果として、さんざんなめにあった。カールの城に忍び込んだのは良かったが、あっけなく捕まってな。それもカール、お前にな!」
「命知らずがわが城にやってきたと聞いていてもたってもいられなくなったのだよ。だからこの私が直々に出向いたのだ」
「その時は光栄だった。 城の主人が俺を迎えてくれたからな」
当時怖いもの知らずのリュウであったが、その自身を木っ端微塵にされたのだカールだった。リュウの表情が徐々になくなっていくのをリブとカールが見逃さなかった。
「ということは、ここはお前の城なのか?」
「ようやく思い出してくれたのか。まぁ、君が思い出せないのも無理はないがな。何せこの牢屋に入るのは初めてだろうがな、どうだい、あの日のことを懐かしいとは思わないか?」
「ちっ・・・」
「それで、そこから先は、どうした? 話さないのか?」
「くっ・・・」
リュウには話せないことがあるのか。話したくない過去があるのか。そこから先は何も語ることはなかった。
「そうか、話さないなら私から話をしてやろう。リュウ、君が私と対峙した時は覚えているだろう。君は私の一撃で倒れたはずだ。いや、倒れたからこそ覚えていないのかな?」
「・・・・・」
何も言い出せないリュウ。こんな苦虫を噛みしめるような表情のリュウをリブは驚いた表情で見ていた。あの冷静なリュウがここまで追い詰められた顔を見せるなんて、一体何があったのだろうか。
4
「へっ、カールの城も大したことないな。さっさとお宝もらって逃げようぜ」
今から二年前のことだろうか。当時は名の知れた盗賊、といっても単独だったリュウ。カールの城に忍び込んだリュウはまた自身の伯がついたと心踊るばかりであった。
廊下であたりの部屋を物色していた時だ。コツコツコツ・・・足音が響いてきた。見えてきた姿は、背丈は高い方で短髪の三〇代後半の見た目。印象としては銀行員のような男性であった。身なりに気品があり、上品さを漂わせているあたりにも、奴がカールであることはリュウでもわかった。
「ほう、君が泥棒君か。思ってたより若いな。まだ子供じゃないか」
「お前がカールか? 悪いな、勝手にお前の家に忍び込んで」
「正式に言ってくれたら正面から迎え入れることだってしたのにな」
「そんな必要がないから、今俺がここにいるじゃないか」
「確かに君の言う通りだ。だが、この局面はどうする? 私が出向いた以上、君には何もできないであろう」
まやかしに過ぎないと確信するリュウ。この時は簡単に逃げ切れると思っていた。
「もちろんここから逃げるさ。だが、お宝は諦めるしかなさそうだな。その点は残念だけどな」
隙を伺うリュウ。目の前に窓がある。高さはビルの一〇階程度か。背中に仕込んでいるハングライダーで逃げることができる。逃げられることを確信したリュウ。まさに窓に向かおうとした時だ。
「ほう、窓から逃げるつもりか。迷いがないことを察すると、ハングライダーでも仕込んでいるのか?」
「なっ・・・」
見透かされていた。不意をつかれたリュウは動きを止めざるを得なかった。
「やはりハングライダーを仕込んでいたのか」
「なぜわかった?」
「若者の考えることは単純だ。単純な若者にはお説教が必要だな」
減らず口を。リュウはカールを軽視していた。だが事態は一変する。それは刹那の瞬間だった。一瞬にカールはリュウの懐に忍び込んだ。すぐさまカールはリュウの胸元あたりに手を当てた。その構えは気功術のような型であった。
「えっ・・・」
何が起きたかわからないリュウ。一瞬カールの顔が見えたと思ったら、すぐに元の場所に戻っていた。瞬間移動でもしたのだろうか。このカールと言う奴は薄気味悪い一刻も早くここから脱出しなければ。頭ではそう思っていた。だが、体が言うことを聞かなかった。なぜ? いくら窓に向かおうとも、体が動いてくれない。リュウはその場でうずくまるしかなかった。
「き、貴様・・・一体俺の体に何をした?」
「簡単なことだ。君の体の神経をちょっと麻痺させた。気功術ではよくあることさ」
カールにしてやられた。油断したのが命取りだったのか。いや、油断などしていない。それどころか、この薄気味悪い奴からとにかく逃げなければ命が危ない。本能で感じたことだ。いつも以上に緊張状態だったはずだ。にも関わらず、俺の胸にパンチしただと? 防御する間も無く。リュウは絶体絶命だと腹をくくった。
「ふっ、ざまあないな・・・で、俺をいつ殺すんだ?」
「人聞きが悪いな。私は無意味な殺生は好まないんだ。だが、このまま無傷で返すと懲りずにまたここにやってくるに違いない。ここはきついお灸を私の部下に与えよう」
「ふっ、甘いな。拷問に耐えるのは慣れてるんだ。別になんともないぜ」
「どうかな? おい、そこの君、ちょっとこの侵入者の相手をしてくれないか」
カールが声をかけたのは、全身マッチョの無精髭を生やしたスキンヘッドの男だ。格闘ゲームの筋肉担当がお似合いの人物だ。
「出たな筋肉バカ。今の俺は体が動かないとはいえ、簡単にはやられないぜ」
「甘いなリュウくん。その筋肉バカはゲイだ」
「な、なにいいいいぃぃぃぃ!!!?」
血の気が一気に引いたリュウであった。
「あらぁぁ、こんな可愛いボーヤが私のお相手なのね。嬉しいわ。さぁ、一緒に楽し・み・ま・しょ♂」
「・・・ぎやゃゃゃゃゃゃああああぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「それから、リュウくんはその筋肉バカにたっぷり可愛がってもらってね」
カールの衝撃の発言に驚きのあまり言葉が出ないリブ。まさか、リュウはゲイに襲われたのか。確かに忌まわしい過去だ。
「り、リュウ、き、君の初めての相手って、まさか話に出てきた筋肉バカじゃ・・・」
「んなわけあるか――――!!!!」
「じ、じゃあ、初めてでないにしても男に掘られた・・・」
「それもちが――――う!!!」
リュウの殺し屋そのものの目つきでリブを睨む。
「そもそも途中から全部こいつのデタラメばかりだ。俺はその筋肉バカに窓から投げられただけだ」
「なんだ、リュウくん。はっきりと覚えていたじゃないか。なら、私が過去を脚色しなくてもよかったんじゃないか」
見た目とは違い、ユーモアのあるジョークを繰り出すカール。あの冷静なリュウがここまで取り乱す姿を引き出すことは並大抵のことではない。いや、リブもリュウを取り乱すことに一役買っているがね。
「そして、窓から投げられたリュウ君は、無事に生きていたと言うわけだ」
「あぁ、運良く木に引っかかったから、助かったようなものだ」
「それからこの約二年間、どうやって生きてきたんだ?」
「あぁ、お前にやられて俺の株はガタ落ちだ。カールの城に忍び込んで捕まったって、あちこちに噂が立ってな。それで俺は盗賊をやめ、エレクタクノロジーを手に入れてお前に復讐しようと決めていたのさ」
リュウの過去が語られていく。隣で聞いているリブにとっては、リュウの本性が現れていくことに関心を寄せていた。謎な人の本性はどのようなものか。有名人の自伝を聞いているよう感覚だ。
「運がいいと思ったことがある。私はリュウ君を殺さなくてよかったことだ。でなければ、こうしてエレクタクノロジーを使う者にお目にかかれることはなかったからね」
やはりカールの狙いはエレクタクノロジーか。そのためにリブをカールの城に連れてきたのだ。だがひとつ引っかかっていたことがある。
「カール、お前がエレクタクノロジーを探してたからリブをさらったのはわかる。だが、なぜ俺もさらった? 二年前の忌まわしい過去を思い出させたかったのか?」
「そのとおり」
この男を埋めてやりたい。リュウは心底思ったが、捕虜の身であればここ大人しく従うしかなかった。
「というのは冗談だ。私にはそんなつまらないことに時間を費やしている暇はないのでね」
いちいち余計な一言が多いやつだ。リュウの殺意は最高潮に達しようとしていた。そんな時、一瞬だけカールの表情が険しくなった。
「君たちはエレクタクノロジーについて、一体どこまで知っているのかな?」
「そんなの決まっているだろ。リブの力を見ればわかるだろ。やつの力は絶大だ」
「甘いな、それしかわからないのか。で、リブ君、君はどうかな?」
突然の質問に戸惑うリブ。リブ自身気がついたら強大な力に支配されていた。一体エレクタクノロジーの力はなんなのだろうか。それに闇の番人の存在も気になるところだ。
「正直わからないことだらけです。一体、誰がどのように作った力かも・・・」
「さすがだな。正直な答えでよろしい。今の君には何が何だかわからないだろう。恐らく、勝手に自分の体が乗っ取られて、気がついたら目の前の敵が倒れてた。こんなところじゃないかな」
鋭い。もしかしたら、このカールという人物は今まで会ってきた誰よりもエレクタクノロジーを知っているのではないか。リブの期待が増した。
「エレクタクノロジー・・・それは神が与えた人間を超越する力、というところか。なにかの宗教にも聞こえそうだな」
カールが呟いた。
「エレクタクノロジーは私も長年研究し続けている。私も最初は疑った。そんな神みたいな力があるなど、夢物語だと。だが、研究を進めていくうちに、段々現実味を帯びてきたことが手に取るようにわかってきた。これは、人間が手に負える代物ではないのでは? ってね」
長々と話を進めるカールに耳を傾けるリブ。その隣で妙に苛立ちのリュウがいた。
「で、エレクタクノロジーってのは一体なんなんだ。一言で言うとどんな代物なんだ?」
「そうだな、私も途中段階しか研究に携わっていなかったからよくわからないが・・・詳しくはリブくん、君のお父さんの方が詳しいはずだよ」
「何だって!!!?」
リブはカールの言葉が一瞬理解できなかったが、言葉の意味を理解してからますます理解できなかった。