第四章 エレクタクノロジーの発動と暴走
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リブたち三人は崖の上から見た襲撃された村へ急いだ。マスの運転技術により車を飛ばして三〇分程度でたどり着くことが出来た。一般の人の運転時間と何ら変わりはない。手荒な運転はリブとエイの監視により制限されたためである。
三人の目に飛び込んできたものは、荒れ果てた村であった。爆弾で襲撃されたためか、建物の骨格はかろうじて残っているが、ほとんどが吹き飛んでしまっていた。村の入り口にある数件の家はまだ煙をあげていた。黒こげになった瓦礫が道のあちこちに散乱している。三人は残骸をかき分けながら生存者を探していた。
「変ね・・・」
「エイ、何か気が付いたのかい?」
村に入って一〇分辺り経ったころ、エイが不審な点に気が付いた。
「リブ、気が付かないの? これだけ探してもあるべきものがないのよ」
リブとマスがとんちをきかせて考え出すも『チーン』の鐘が聞こえてこない。どれだけ考えても答えは永久に出てこず『ポクポク』としか頭の中で鳴ることはないだろうと判断した二人は、エイに降参の意思を出した。
「村の半分を探しても何一つないのよ、死体が」
「し、死体・・・」
その言葉に、リブとマスの背筋がゾッとした。
「エイって死体平気なの?」
「元々戦場にいた人間よ。もう見飽きてるわ」
とても一八歳の女の子がいうセリフではない。肝が据わっている。普通の一八歳なら死体を見ただけで卒倒するであろう。
「あれだけの爆発だったのよ、人がいたら間違いなく死んでるわ。でも、この村には生存者どころか死体すらないのよ」
「じゃあ、この村にはもともと人がいなかったってこと?」
「そうなるわ」
リブとエイとの会話の途中で、マスがもう一つの村の異変に気が付いた。
「この村って、今回だけじゃなくて前から爆発に巻き込まれていたんじゃないか」
マスが吹き飛ばされた家の残骸を見て一つの考察を導き出した。先ほどまで燃えていたと思われる壁を触ったときに違和感があったためだ。
「この家、爆弾で燃えたことは確かだけど、壁が熱くないんだよ。さっき通った家はまだ煙が上がっていたことを考えると、この家は今回じゃない爆発で燃えたことになるんだ」
「となると、この村は何度も爆弾の被害にあっていることになるわ」
「そうなるね」
三人の推理を総合して導きだすとこうだ。この村は何度も襲撃を受けていた。そのせいであろう。村には人がいなくなったことになる。村人は、殺されたか逃げ出したかは分からないが。
「つまり、この村は元々ゴーストタウンだったってことか」
リブの一言はマスとエイも同意見であった。ただ、今度はリブが一つの疑問を抱いた。
「さっきの喫茶店のマスターの話では、シェインは自分の城の周りを監視してるって言ってたよな。となると、この村の人たちは逃げ出すことはできないはずだよな」
「確かに、さっきのマスターはそんなこと言ってたな」
「もし、殺されていなければ、どこかに隠れているか。じゃなければ、どこかに連れていかれたか」
『村人が連れ出された!!!』
この言葉にリブとマスが過剰に反応した。どこかで聞いた言葉であったが、まさにエルニア国にいたリブとマスの村人のことであったからである。この村の人たちもリブやマスの村人と同じで、ゼレスに連れていかれたのでは、との思いが頭から離れない。これだけの神隠し、誰が何の目的で行われているのだろうか。謎が深まるばかりのリブとマスであった。
「いや、この村の住人はゼレスには連れていかれてないわ」
エイがリブとマスの推理を一刀両断した。エイが見つけたのは、やや小高い丘であった。その丘のふもとを見ると、ごくわずかな洞穴があった。
「この洞穴は恐らく人の手で作られたものだわ。だとしたら、この村の人たちはあの洞穴の中にいることになるわ」
三人はその洞穴に村人がいるかどうかを確かめるべく、洞穴に向かった。エイの言う通りで、洞穴には明らかに人の手で掘られた跡があった。この洞穴に人がいることを確信した三人は暗闇となっている洞穴に入ることを決めた。マスが車のダッシュボードにあった懐中電灯で辺りを照らしながら進む。
「おばけ、出ないよね・・・」
エイがリブとマスの服を掴みながら、二人の背中に隠れていた。確かにお化けが出てもおかしくはない雰囲気であるが、まさか戦国時代にいたエイがお化けを怖がるとは、予想外の二人であった。死体を見ることは何らためらわないのに。同時に、やはり女の子であるのだなぁと感心していた。もし、ここで英国紳士のように『レディファースト』をもてなしたとしたら、お化けが出そうな場所で先に進めということか! となり、ケンカになりかねない。冗談めいたことを二人が想像していた時であった。
「誰だ!!」
洞穴に入ってから五〇メートルくらい進んでいるときであった。奥の方から男の声が聞こえた。やはり、洞穴の中に村人がいた。見渡してみると、洞穴の中はアリの巣のように、あちこちに穴が開いており、どうやらこの穴ごとに居住地が決められているようだ。なぜわかったというのは、その穴から人が次々と出てきたからである。その人数は一〇名程度であろうか。
が、出てきた人たちは出刃包丁や農具用の鍬を持っている。どうやら三人をシェインの仲間であると思っているのか。助けに来たはずが、三人がここで殺されては物語も進まない。案の定、一人の中年の男が三人に尋問してきた。
「お前たちは、シェインの仲間か? だとしたら、ただじゃおかないぞ」
「違うわ。私たちは、この村が爆弾で襲撃されるのを見てこの村に来た旅人です。辺りを探していたら、人の手で掘られた洞穴があったので、もしかしたら村人がこの洞穴の中にいるのではと思い、ここに来ました」
人間がいると安心したのであろうか、エイが先ほどの億劫として態度から一転し、洞穴の人々に流暢に話す。さらに、これまで会う人から常に敵視されてきた三人だけあって慣れているためか、対応は実にスマートであった。事情を説明したことにより洞穴の住人が納得したため、全面戦争は回避された。これで物語は進むことが出来る。
村人の姿は洞穴で生活しているためか、衣類の汚れがひどく、穴も所々開いていた。髪もひげも伸び放題であり、成人男性でありながら女性のようにやせ細っている体型を見ると、陽のない生活がいかに過酷であるかを思い知らされた。事情を察した村長的な人が住人に武器の撤回を指示した後、突然現れた三人に対して驚いた口調で話す。
「君たちは、一体何者なんじゃ?」
「僕たちはシェインを討伐するためにシェインの城に行くところでした。途中で、この村が襲われたので、駆け付けたのです」
シェインの単語が出てきたことに、周りはどよめきが起こる。
「バカなことはしないのが身のためだ、シェインの城に行けばすぐに殺されるぞ」
だが、三人の覚悟は決まっていた。エレクタクノロジーのカギを握る唯一の人物を尋ねるべく、シェインの城に向かっているからである。
「まさか、あのシェインにたてつくのか。確かに、シェインのせいでこんな暮らしをさせられている私たちから見れば、救世主のような話じゃが」
「ということは、この村がこんなに悲惨になっているのはシェインの仕業なんですね」
「いや、この村を襲っているのはシェインではないのじゃ。恐らくシェインの側近である奴がやっているはずじゃ。確か、シェインの側近には爆弾使いがいると聞いたことがあるのじゃ」
どうやらシェインは周囲を監視しているものの、村を破壊しているのはシェインの手下ということになる。リブが、いつからこんな悲惨な状況になったかと問いかけると、どうやら半年前からだそうだ。
何の変哲もない暮らしをしていたが、ある日突然空から爆弾が降ってきたという。その日以来、ことあるたびにヘリコプターから爆弾を落とすことが続いたそうだ。村人たちは、防空壕での暮らしを余儀なくされたため、この丘に洞穴を掘ったのである。村に爆弾を落とす目的については、村人たちにはわからなかった。さらに、約半年の洞穴生活は精神的に負担が大きく、村人の生きる気力は限界を迎えていた。村人の暮らしを見て居ても立っても居られないリブが口走った。
「任せてください。僕たちがシェインに話をつけに行きます」
「な、何だって? そんなことできるわけがないじゃないか!」
「いや、やってみないとわかりません。僕たちはシェインにエレクタクノロジーの情報を聞き出すために向かうのです。シェインを殺すことは目的ではありません。だから、こんなバカげたことを辞めさせるために、話をつけに行きます」
「君たちが、バカなことは言わん、よしなさい」
突然洞穴に現れた三人組が、自分たちの危機を救うというヒーロー映画であるかのような展開であるが、人命を第一に考えた村長の言葉には重みがあった。しかし、その言葉を真に受けて『では行くのをやめます』という三人ではなかった。三人の意志の固さに村長は心を打たれたのであろう。
「任せてもよいのだろうか。見ず知らずの人たちに全てを任せても」
「こんな悲惨なことを止めさせなきゃ、このままだとみんないつかは死んでしまうわ」
エレクタクノロジーについて何かしらの情報を得ていること、このあたりの大地の支配だけでなく破壊までする暴挙の食い止め。この二つの目的がはっきりしたことで、なおさらシェインの城に行く必要がある。三人の思いは止められなかった。
三人は洞穴から出ていき、シェインの城へと向かった。
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一時間後、車を走らせていたリブたちはシェインの城にたどり着いた。城といてもメルヘンチックな城ではない。。窓は鉄格子で覆われ、壁のあちこちに黒いシミがある。血だろうか。ふと上を見れば、コウモリが数匹飛んでいる。どこまで典型的な悪役の城なのだろうか。いっそ雷も効果に付け加えたいところだ。
「ここがシェインの城か。シェイン、一体何の目的で僕たちを捕まえたんだ?」
「そうだよな、俺とリブを捕まえたことも気になるし、奴がエレクタクノロジーについて何か知っているのも気になる」
「ユウト様の位牌を壊したこと、このあたりの村をめちゃめちゃにしてること、全て許せないわ」
三人は『エイエイオー』と円陣を組んだ後、シェインの城に入ろうも、入り口が分からないため躊躇していた。
「おいおいシェイン、まさか俺たちが来ることを察知して逃げ出したんじゃねーだろうな?」
マスが愚痴っていると、三メートルの高さがある正面の扉が『ギィ』と軋むように開いた。影から出てきた男が物腰のやわらかい口調で三人に
「お待ちしておりました」
ともてなした。極悪非道なチンピラ風情が出てくることを予想していた三人だけに、この男性の登場は予想外であった。一見すると身なりのいい老執事のように見える。白髪に背筋の伸びた体勢に燕尾服、懐中時計を首からかけている辺りが、より身なりをよく見せている。さらに左脇には日本刀を備えており・・・って日本刀!?
「あんた執事か。だとしたらその日本刀は何だ?」
自称剣士であるマスが、執事が持つ日本刀に指摘した。
「申し遅れましたが、私はシェイン様の執事兼特殊部隊隊長の『クローツ』という者です。戦士でもある私は日本刀を所持していても不思議ではありませんよ」
クローツは日本刀を見せびらかすように、鞘から抜いた。その光沢から、よく手入れしているのが見受けられる。
「で、その日本刀で何をしようというのかな」
「それは、あなたたちを始末するためです」
クローツは日本刀の先端を上に向け、三人に向かって走ってきた。恐らく斬りつけるためであろう。最初に動いたのがマスであった。背中にかけてあるレジェンドソードを取り出し、クローツの一振りを受け止めた。
『カキィン!!』
剣と剣がぶつかる乾いた音が、シェインの城の前に響いた。
「カンがいいようですな。よくぞ私の一撃に気が付きましたな」
「俺たちは敵陣にいるんだぜ。いつ襲われてもおかしくないんだから、いつでも剣を抜く準備はしてたぜ」
「それにその剣はレジェンドソードですな。貴殿にその剣を使う資格はありますかな」
「どうかな、リブ! エイ! ここは俺が食い止める。お前たちは先に城の中に行け!」
「なんだって!」「なんですって!」
マスの思い付きに、二人は困惑した。明らかにマスが劣勢に見えたからである。味方を過信せず現実を見る冷静な目は評価するが、同時に冷徹人間の判断である。
「そんなことしたら、マスが一人でそいつを倒さなきゃならないぞ」
「敵ながら、私もその案には賛成いたしかねますね。貴殿に私が倒せるとは思えないのでね」
「コノヤロー! どいつもこいつも言いたい放題だな」
「いえ、私はまだ何も言ってないわ」
「さすがエイ、よし、お前だけでも先に行け」
「いや、マスの意見には反対よ」
「お前もか―――!」
この会話中、マスがクローツの一撃を剣で受け止めたままである。しかし、マスにも焦りがあった。よく剣術をやる者は、相手の一振りを受けただけで強さが分かるという。マスも例外ではなく、クローツの一振りを受けた結果、エルニア国での自身の師匠よりも鋭い一振りであったことを感じたようである。
「さぁ、時間が来たようです」
クローツのその一言で、先ほどは縦に剣を振ったが、今度は水平に日本刀を向け、マスの腹部にめがけて斬りかかった。が、紙一重でマスのレジェンドソードが反応し、二撃目もマスの剣で受け止めることが出来た。
「これは、なかなかやるではありませんか」
「これは、なかなかやるな」
「これは、なかなかやるじゃないの」
「お前らさっきから俺をバカにしすぎだ――!!」
マスの剣術にクローツが驚く中、味方のリブやエイまで驚かれる始末である。
「私は、貴殿を見くびっていたようですな。では、私もいささか本気を出すとしましょう」
クローツは燕尾服を脱ぎ、ワイシャツとベストの姿となり、身動きがとりやすくなった。マスに対しての剣の腕を見込んだからであろうか。
「さぁ、本番はここからです。貴殿が私に勝てれば城の立ち入りを許しましょう」
「その言葉、確かに聞いたぜ」
先ほどの不意打ちをしたクローツだが、今度は構えをとってしばらく止まっている。マスの間合いを確かめるように。マスの剣の腕を見込んでいるのだろうか。一方、マスの方も両手にレジェンドソードを握りクローツの攻撃に備えているようだ。
両者微動だにせず、数秒が経った。リブとエイは息をのんでその瞬間を待っていた。
―ザッ―
今度はマスが先制攻撃を仕掛けた。走りながら剣を上に構え、最後はジャンプで一気にクローツの間合いに入った。
「くらえ―――!!」
マスのジャンプにより、予想より早く自分の間合いに多少驚いたクローツだが、長年の経験からか、マスのジャンプ斬りを目で追うようにかわした。
「これで終わったと思うなよ」
マスはこれまでエルニア国の所長、リュウと対峙してきた経験から剣を振った後の無防備を自覚していた。そのため、最初のジャンプ斬りはフェイク。全てはその後の二発目に重点を置いていた。マスは勢いよく振り下ろしたレジェンドソードを地面に突き刺す。ジャンプした勢いをそのままに、レジェンドソードを中点とした円を描くようにクローツの脇腹に強烈なキックがヒットした。通常のキックに遠心力が加わったため、威力も強いのであろう。まともに防御ができなかったクローツは横にはじけ飛んだ。
「へっ、見たかこの蹴りを」
マスの奇想天外な技に、リブとエイは驚きのあまりあんぐりと口を開けていた。その表情からは、信じられないといったことがはっきりとわかる。しかし、その場で一番驚いていたのは、咄嗟の思い付きでこんなにも決まるとは思っていなかったマス本人であった。
さらに、マスの快挙はさらに続き、クローツが落とした日本刀を拾い上げた。結果として、右手にレジェンドソード、左手に日本刀を手にし二刀流を完成させた。そのクローツの首に向けて剣先をクロスさせた。
「これで勝負ありだな」
クローツは万事休すと言った表情で、降参の辞を示した。
「確かに、この状況では私の負けだ。潔く認めよう」
去り際の美しさに驚きを隠せない三人であったが、クローツの言葉通り、シェインの城の中へ入っていく。その前に、疑問に思ったことがあった。なぜこれだけの紳士がシェインという極悪非道な者に仕えているのか。マスが問いかけると、クローツはおもむろに話をした。
「私はかつて、別の王室で仕えていました。しかし、ある日その王室に強盗が押し入ったのです。私は懸命に犯人一味を駆逐しようとしましたが、敵の数が多かったため、王室一族は皆殺しに遭い、私も瀕死の重傷に遭いました。それから、どれだけの月日が経ったかはわかりませんが、シェイン様が私の看病をしてくださり、さらに王室を襲った強盗団を根絶やしにしてくださったのです。私は拾われた身ですので、シェイン様に仕える以外道がなかったのです」
「じゃあ、あんたはシェインの暴挙に賛同はしてなかったのか?」
「もちろんです。できれば止めたかったのですが、私の力ではどうにもできませんでした。ですが、あなたたちに賭けてみたいと思います。この城にはシェインの他に強敵がもう一人います。その人物はこの辺りの村を破壊している張本人です」
その言葉に、エイが過剰に反応した。やはり、ユウトの位牌を破壊したのはシェインの仲間であったのだ。
「・・・急ぎましょう」
エイが少しばかり焦っている表情を見せた。 三人は、シェインの城の内部へ入っていった。クローツを残して。
「私に、もっと力あればこのような悲惨なことにはならなかったかと思うと・・・」
三人を見送ったクローツがつぶやいた。シェインの暴挙を止めてくれる三人に期待するしかなかった。
3
城に入ると、最初に大きな階段がお目見えした。その階段を登り切ると、左右に続く道がある。一階には左右に扉があり、建物の構図からシンメトリーが基本となっている。城の中は外観とは打って変わって、非常に小奇麗であった。所々に高そうな絵画や壺が飾ってある。悪役の城だからといってこれらの美術品を壊して回らない彼らだからこそ、主役というポジションに居座ることができるのであろう。
「城の中は中々凝った趣味じゃない。だからといって、こんな悪趣味の城なんか住みたくもないわ」
エイの意見は同感であると、リブとマスであった。当のシェインと側近は実に贅沢な暮らしであったが、周りの村民はまるで原始時代のような暮らしを強いられていた。独占国家とは、住民を制圧するのが常であるのだろうか。見た目以上に城の中は広く、入ったのはいいもののどこに行けばいいか迷う三人であった。他人の家に見取り図もない状態で入ることは、巨大迷路に迷い込む、さらに大げさに言えば富士の樹海にコンパスなしで迷い込むといったところか。ただでさえ窓が少ない城であったが、マスが数少ない窓の外を見ると『あっ!!』と驚きを見せた。
マスの指さした窓の向こうには、ヘリポートの役割を果たしている地面があった。三人がいる位置からおよそ五〇メートルのところにあった。もちろん、そこにはヘリコプターがあった。間違いない、先ほどユウトの位牌を壊し、近くの村を破壊したヘリコプターそのものであった。
「やっぱりあの爆弾魔はシェインの一味だったんだわ。そうなれば村や森を破壊したこと、ユウト様の位牌を壊したこと、まとめて成敗してやるわ」
エイの語気が上がっていく。普段は物腰のやわらかい女の子であるが、戦場で育った経緯のため喧嘩っ早いところがあるようだ。シェインや爆弾魔を討伐する思いは変わらないリブとマスであったが、エイを敵に回してはいけないと本能が働いた。
三人がヘリコプターを見ていると人影が現れた。ヘリコプターに向かっている。もしやこの人物が爆弾魔であるのか。こいつがまたヘリコプターに乗れば、また関係ない人たちが犠牲になる。もうこれ以上の被害は増やしたくはない。何としてもヘリコプターの離陸を阻止しなくては。
「あいつを止めなくちゃ!」
「だけどここからあのヘリポートに行くには、来た道を戻らなきゃいけない」
リブとマスがあーだこーだと言っている間に、エイが窓ガラスを火球で破り、そのまま窓を突き破ってアクション映画さながらのように飛び降りた。
「「なに――――! エイ、ここは三階の高さはあるぞ――――!!」」
二人は叫んだと同時にエイが華麗な着地を決めて、ヘリコプターへと走った。ヘリコプターに乗り込もうとした人物も、エイの姿に気が付いたようで、足を止めた。
「あなたなの? 村を破壊したのは?」
エイが尋問した相手は、スキンヘッドにタンクトップのマッチョ男。体型が非常にがっしりしており、プロレスラーと見間違えるほどの威圧感があった。男はどこからエイが現れたか分からず、一瞬驚きの表情を見せていたが、平然を装い太く低い声で答えた。
「誰だお前は? まぁ、この俺にそんな口を聞ける度胸は認めてやろう。そうだ。この俺がやったのさ。文句あるならお前も丸焦げにするぞ」
やはりこのハゲが破壊を尽くした爆弾魔であった。エイはあっさりと自分が爆弾魔だと自白し、罪の意識のないふてぶてしい言動にエイの堪忍袋の緒がさく裂した。
『ドオオォォォォンンン!!!!!』
リブとマスが三階の窓から飛び降りる度胸と根性など備わっていないため、来た道を戻って動物的カンでヘリポートにたどり着いたときに爆発音が聞こえた。辺りは煙が立ち込め何が起こったたか分からなかったが、やがて煙が晴れたころには、燃え盛るヘリコプターがあった。
「まさか、エイが燃やしたのか」
そう、ヘリコプターを燃やしたのはエイであった。これ以上この男にヘリコプターから爆弾を落とさせるわけにはいかない。自身の怒りの矛先にはおあつらえ向きであった。
「これであなたはもう爆弾を落とすなんて馬鹿な真似はできないわ。そして、今度はあなたを成敗して爆弾を作ることをできなくさせてもらうわ」
「この小娘がぁ! よくも俺の楽しみを邪魔してくれたな!」
このハゲには反省の余地などなかった。裁判でも情状酌量の余地などないとくだされるだろう。ハゲがエイに向かって爆弾を投げつけた。黒く丸いバレーボール程度の大きさの爆弾だ。ハゲは爆弾を作る能力があるようであり、何もない手のひらから突如爆弾が現れたところを見ると、リブやエイのような炎を操る能力と同じことが言えるであろう。エイは軽い身のこなしで爆弾を難なく避けた。ボールに似た爆弾が地面にぶつかった瞬間・・・
『ドオオォォォォンンン!!!!!』
爆発の規模は半径三メートルは粉々に吹き飛ぶ程度であった。さすがに村を破壊するほどの爆薬ではハゲ自身も被害を免れないため、最小範囲の破壊を想定した攻撃であった。
「偉大なるユウト様の炎術の基、天地天命の如き我に力を。悪の化身となる者に成敗を・・・」
エイが呪文のようにつぶやくと、ハゲの爆弾で辺りが煙で包まれた中から炎の矢を飛ばした。カウンターのような攻撃にハゲもヒヤリとしたが、エイと同様に攻撃をかわした。
「あら、この攻撃でしとめたと思ったけど、まだ生きてたとはね」
「この小娘、どこまでこの俺をコケにするつもりだ? 必ずお前を俺様の爆弾で殺してやる」
リブとマスの二人は、これ以上この二人の間に入るのは危険と判断し、ヘリポートからやや離れたところで戦いを見ていた。やはり、度胸と根性が備わっていないようである。正確には、戦闘経験の浅い二人がプロの殺し合いを見ているようなものだ。行けば確実に巻き添えをくらうことが目に見えていた。
リブとマスは、エイやこのハゲなら自分たちが逃げたデスリーンを簡単に倒すことが出来るのではと思った。事実、彼らは知らないがリュウがデスリーンを一撃で倒している。また、二人はエイの戦いを見るのはこれが初めてであった。リュウとの戦いではリュウの剣に炎を当てただけで終わったが、まさに敵を撃つ覚悟でエイは戦っている。戦国時代となる千年前は、今目の前で起こっていることが日常茶飯事であったのだろう。
ハゲが再び爆弾を投げつけた。今度はソフトボールくらいの大きさの爆弾を二つ作った。その二つをエイの左右に投げつけた。作戦としては、左右の爆弾でエイの動きを封じる考えであった。しかし、百戦錬磨の戦いと肝の座ったエイの前ではいともたやすく破られてしまった。エイはハゲに向かって突進した。爆弾から逃げられただけでなく、カウンターとしても有効な作戦であった。もちろん、これは身のこなしが軽くないと出来ない。エイの身体能力の高さが垣間見えた。
「こしゃくな、貴様何者だ?」
「あなたみたいなハゲには言っても無駄なことだわ」
リブとマスはエイの一言に満場一致の意見であった。事実、この三人全員が「ハゲ」としか名前を呼んでいない。この物語でも彼の名前を「ハゲ」として進めることにしよう。
このハゲの怒りは頂点に達していた。突然現れた小娘に自前のヘリを破壊されただけでなく、自慢の爆弾も小娘の前にさく裂することもなく、登場人物全員から名前を呼ばれることはなく「ハゲ」と呼ばれていたためである。やけになったこのハゲは、自身の最大の出力で爆弾を作り始めた。ここはシェインの城の中庭である。一度爆発を引き起こせばこの城もろとも破壊されることは間違いない。見る見るうちに、ハゲの大きく広げた両手からは大きな爆弾が出来ていく。
見かねたエイは、どうせならシェインの城もろとも爆破させれば全て解決すると判断し、ハゲが爆弾を作り終えるのを見届けていた。当然、リブとマスは大きくなっていく爆弾を前に退却していた。やがて、爆弾もハゲのころ合いが見合った頃に、
「しいぃぃぃぃねええぇぇぇ!!!!!!」
憎しみのこもった爆弾をエイの前に放った。直径一メートル程度の見るからにいかにも爆弾の物体がエイの身に迫っていた。頭に血が上っているハゲ。慌てているリブとマス。その中で一番冷静であったのが、一番慌てるであろうポディションのエイであった。
爆弾を投げつけたのはシェインの城の真下あたりだ。エイは爆弾をさらりとかわし、ハゲの元に走って行った。ハゲの後ろを取ったエイは、ハゲの首根っこを掴んでハゲの投げた爆弾めがけてハゲをぶん投げたのだ。ハゲはなすすべもなく、自分が投げつけた爆弾に向かっていった。
「成仏しな」
エイがレディース映画のような決め台詞を放ち、大きく爆破する様子を眺める・・・予定であった。爆弾が爆発しない。いや、爆弾もハゲも気が付くとなくなっていたのだ。わずかに遅れて遠くで爆発する光景が見えた。ここから一〇〇メートルほどはあるだろうか。さすがのエイでも、ハゲを投げつけたとはいえ一〇〇メートルも投げ飛ばすことはできない。投げ飛ばすことが出来たら、オリンピックのハンマー投げなど、投げる競技に関しては金メダルを総なめにしてしまう。それもモデル系女子が。国民のアイドル間違いなしである。マスがふと口にした。
「エイ、ハゲをあんなに遠くまで投げ飛ばせるくらいの怪力なのか?」
「そんなわけないじゃない。私が投げられるのはせいぜい一〇メートル位よ。あんなに遠くまで投げ飛ばせるなんて、ゴリラでもできやしないわ」
「いや、ゴリラでも一〇メートルハゲを投げ飛ばすのは難しいんじゃないか」
「何ですってぇ? 私がゴリラだって言いたいの? えぇ?」
その権幕は、まるで西軍を打破するかのような鋭い目つきであった。エイの怒りになす術のないマスは、最終手段をとった。
「ご、ごめんなさぁぁい」
「分かればよろしい」
単なる平謝りで切り抜けた。千年前の戦いもこれくらいで収まればどれだけ世界が平和になったであろうか。
「おい、お前ら、どうやら悠長なこと言ってる場合じゃないぞ。あれ見てみろよ」
リブが二人のコントを制止し、指さす方向には一人の男が立っていた。身長は二メートルを超えており、ボディービルダーのような筋肉モリモリのマッチョがいた。マントのようなものをみにまっとているせいか、プロレスラーがこれからリングに入るときの光景が思い浮かぶ。ハゲはシェインに首を掴まれ宙づりにされていた。ちっ、生きていたか。
「せっかく楽しく戦っているところを申し訳ないが、このハゲを殺すには少々惜しいのでね。そこのお嬢さんがこのハゲを殺す前にこちらの不戦敗ということで勘弁願いたい」
「あら、悪党のくせに案外命を大切にするのね。まぁいいわ。そいつの命を奪ったら、そいつのように村人を爆弾で殺していることと同じだもの。それにあなた、シェインよね。一つ聞きたいことがあるんだけど、聞いてもらえるかしら」
「なんだ?」
「あなたまで、そこのハゲをハゲと言うのね」
エイのとんでもない快心の一言に、リブとマスは放心状態であった。一体どこまでが本気でどこまでが冗談なのかが分からなかった。
「こいつの名前は『ハゲ』という名前だ」
「何ですっっってぇぇぇぇ!!!!!」
シェインのとどめの一言に、エイがムンクの叫びのように驚いた。それもそのはず、人間にあなたの名前は『ヒューマン』と名付けるように、固有名詞をそのままその人の名前にすることなど、死ぬまで生き地獄を味わなくてはいけない。エイは、ハゲを殺すほどの勢いであったが、今ではその気持ちなどどこかに飛んでしまった。
「名前がハゲなわけあるかぁぁ! これはシェイン様のお得意のギャグだぁぁ! 俺の本当の名は・・・」
「生きていたか」
『ゴキッ!!』
首のあたりから鈍い音が聞こえてきた。シェインがハゲの頭と顎を掴んで時計回りに回転させたのだ。その後、ハゲの意識がすっとんだのは言うまでもない。
「あんた、味方でも問答無用なんだな」
「当然だ。能無しに時間を与えている暇はないのでね」
まるでどこかの鬼上司の対応であった。尋ねたリブは、きっと自分の父親も強制収容所ではこんな上司で部下に怒鳴り散らしていたに違いないと判断した。
「ちょとまて、俺と戦ったクローツはどうなるんだ? やつはこのハゲと違って人格者だ。お前のような奴とは一切接点がないはずだが」
「お前らぁぁ!! いったいどこまでこの俺をコケにすれば気がすむ・・・」
「まだ生きていたか」
『ゴキッ!!』
首のあたりから鈍い音が聞こえてきた。シェインがハゲの頭と顎を掴んで反時計回りに回転させたのだ。その後、ハゲの意識がすっとんだのは言うまでもない。
「あなた、味方でも問答無用なのね」
「当然だ。能無しに時間を与えている暇はないのでね」
まるで鬼上司そのものの対応であった。尋ねたエイは、ユウトが領主でよかったと思い、改めてユウトの偉大さに感謝した。
「で、この辺りの領土は私の先祖が収めていた土地なの。千年も前の戦国時代で戦った領主直系の血筋を私はひいているわ。なぜあなたのようなイカれた思考の持ち主がのうのうとこの城にいれるのかしら?」
エイはあえて自分が千年前から来たことはふせた。シェインの城はユウトの墓があった場所からさほど離れてはいない。もしかしたら、シェインは東軍の生き残った子孫の可能性があった。だとしたら、東軍の領主の側近としたエイは非常にいたたまれなかった。命がけで東軍の領地を守った結果、村人を苦しめるような奴が東軍の末裔である事が分かると、このけじめをつけなくてはいけなかった。
「ひょっとして、お前は千年前の大戦争のことを言っているのか?」
「えぇ、あなたが分かっているなら話は早いわ。さぁ教えてちょうだい」
「そう、俺はその戦争で生き残った末裔だ」
(やはり・・・だとしたら、私たちの守ってきたものって、なんだったのかしら)
「西軍の領主マルコルが東軍のユウトを打ちのめしたとき、この領土は西軍のものとなった。だが、さすがに東軍の領地だけあって、東軍の人間がしぶとく生き残っていた。そこで、マルコルが東軍の人間を監視するよう西軍の人間を配置したのだ」
(!!!)
エイは察知した。
「じゃあ、あなたは東軍の人間を懲らしめていた西軍の人間の末裔なのね」
「そういうことだ」
エイの中での思考回路がヒートアップした。いや、感情の起伏が激しくうれしいのかかなしいのかわからなくなっていた。村人を抹殺するゲスな人間が東軍の末裔ではないことにまずは安心した。しかし、シェインの話からすると、ユウトが必死に守っていた東軍の領地は、エイが千年後の世界に飛ばされてからは西軍の植民地と化していた。西軍が東軍の人間を奴隷のようにしていたのは目に見えている。だとしたら、シェインの城に着く前に洞窟の奥にいた人たちこそが、東軍の人間の末裔である可能性が高かった。
「ひょっとして、村に爆弾を落としたり、この辺りの監視している人たちって、その東軍の末裔なの」
「カンが鋭いな、まさにその通りだ。お前、見た目通りの年ではないな」
「やはり・・・」
エイは、東軍の人間がどれだけ勇敢か非常に誇りに思っていた。領主のユウトのカリスマ性、エイだけでなく一人一人が戦士の称号を誇らしげにしていたのだ。ところが、あの日マルコルが人間とは思えない強さでユウトを殺した。その日から誇り高き東軍の威厳はなくなり、奴隷として千年もの時間屈辱を受けたことを目の当たりにすると、そこに希望という文字はなかった。
リブはエイの感情の変化をいち早く察知した。ユウトの墓がシェインの城の近くにあるということが引っかかっていた。なぜ敵の城の近くに墓があるのか。それも森の中にあったため墓の存在が分かるのはごく一部の人間だけだったはずだ。つまり、敵に見つからないようにユウトの墓を建てるには、森の中にひっそりと建てることしかできなかったのだろう。所々引っかかっていた疑問が化学反応のように結びついていた。一方のマスは何が起きているかわからなかった。
「ひとつだけわかったわ・・・やっぱりあなたは倒すべき奴だってことを」
「何が何だかわからんが、この俺に逆らうような奴は誰彼構わず殺すのが俺の使命だ」
「まるで悪党が言うセリフそのものね」
シェインの城の中庭、中庭と言っても東京ドーム一〇個分はあろうかというくらい広大な敷地である。先ほどハゲが大きな爆弾を作ったためシェインが始末をしたことから、城本体からは少し離れた場所で、第三戦の火ぶたが切って落とされた。
先制を切ったのはシェインであった。シェインは持っていたハゲをエイに向かってぶん投げた。エイもハゲをヒラリとかわしてシェインにファイヤーボールのような火炎弾を投げつけた。ハゲは投げられた勢いそのままに、遠くへ飛ばされてしまいました。めでたしめでたし。
エイの火炎弾もシェインはひらりとかわした・・・と思いきや、火炎弾をエイの向かって蹴りつけたのだ。これにはエイもさすがに驚いた。しかし、百戦錬磨のエイは動揺せず、自分の作った火炎弾を鮮やかにかわした。なぜ蹴った足が燃えなかったのか。エイが疑問になっていた。
「ハゲを投げ飛ばした攻撃は予想外だったわ。にしても、よく私の炎を蹴っ飛ばせるのね。普通はそのまま燃えるわよ」
「なんだ、そんなこともわからんのか。俺のローキックは光速並みの速さなのだ。だから、お前の炎が俺の足を焼き尽くす前に離れるのだ」
「初めて会ったわ、私の炎を受けても無事だった奴は」
光速=三×一〇の八乗m/s、一秒間に地球を七週半もするその速度のローキックは、空想科学論の話であれば、シェインの片足は今頃はるか彼方へすっ飛んでいるであろう。けれど、あながち遅くもない蹴りのスピードは、クローツやハゲとは格段に強いことがはっきりとわかる。
シェインが右足に力を入れ、エイに向かってジャンプをした。シェインはその恵まれた肉体からの肉弾戦を好むようだ。剣のクローツ・爆弾のハゲの得意技を考えると、バランスのとれた集団である。エイもシェインの肉弾戦のパターンに持っていきたいことは察知していた。炎を使う者は遠距離戦に強い傾向である。エイも遠距離の方が自身の能力を発揮できると確信していた。
火炎弾を蹴った時のような鋭いローキックをシェインは繰り出した。当然エイはひらりとかわす。シェインのローキックの足の上をジャンプして、手に炎を集めた。当然シェインの顔面にぶつけるためである。接近戦になれば炎を狙う必要もなく目の前に投げるだけで必ず当たる。エイは接近戦でも自身の戦い方を身に付けていた。
「これだけ近くにいれば簡単にあなたを焼き尽くせるわ」
冷徹極まりないセリフでエイはシェインに炎の球をぶつけた。
『ドオオォォンン!!!』
見事にクリーンヒットした。確かに、炎の球はシェインにヒットした。だが、爆発の煙が晴れたときに姿を現したシェインは、傷ひとつ負っていなかった。
「なに? シェインの体に、確かに炎の塊がぶつかったよな? 奴の身体はダイヤモンドでできてるのか」
「いや、身体には炎はぶつかっていない。奴は気合というか合気道というか・・・とにかくエイの炎を消したんだ」
「ほう、華奢の方の男の意見が正しいな。俺の技をよく見てやがる」
「えぇ、私も分かったわ。あなたが念力で私の炎を消したのね。見た目の割には億劫な技を使うのね」
シェインは二メートルを超える大男。一方のエイは身長一六八センチメートルのモデル体型。しかし、度胸はお互いかなり大きいものがある。場外にいるリブとマスはこの光景がまだ馴染めなかった。エイという強力な人物が自分たちの仲間であるということが。
今度の先制攻撃はエイが仕掛けた。シェインの後ろに素早く回り込み、冗談とび膝蹴りをお見舞いした。今度は明らかにクリーンヒットした。華奢な身ではあるが瞬発力とバネを最大限に活かして、シェインの姿勢を崩した。
さすがにシェインは倒れはしなかったが、姿勢を崩した頭の先に炎を放出した。これにはシェインも想定外であったようで、今度は正真正銘炎がシェインの体に当たった。エイが白い歯を少し出して、やったとかわいらし気な表情をしていた。ものすごいギャップである。
煙が晴れるとシェインは横たわっては・・・いなかった。その頑丈な身は、エイの炎が当たってもかすり傷程度で収まっていた。エイの炎の攻撃に耐えられるその体にはエイも舌を巻いた。きっと千年前にいたら、マルコルの側近として活躍できたであろう。
「小娘、お前は中々腕が立つ奴だ。正直ハゲがやられたときはハゲのふがいなさにあきれていたが、予想以上の強さだ。これならハゲが負けてもおかしくはない」
「ハハッ、ハゲだけじゃなくてあんたも負けてもおかしくはないんじゃない?」
「ほう、口の強さだけは人一倍だな」
次に攻撃を仕掛けたのはシェインであった。マッチョな見た目とは裏腹に俊敏な動きでエイに迫った。エイもシェインの動きの速さに焦ったものの、完全に見えないというわけではなかったため、シェインのパンチ数発をなんなくかわす。同時に右手から炎を作りシェインに投げつける。シェインは左腕を出し炎を遮る構えを作った。焼けてしまえというエイの思いだが、シェインは左腕で炎を防いだ。防御に関しては相当の能力であるとエイは実感した。
戦闘のプロを目の当たりにしたリブとマスは、ただ唖然としていた。ほんの少し前まで小さな村で平和に過ごしていた二人のため、この戦いはテレビでの格闘技番組よりもはるかにレベルの高い戦いであり、同時に自分たちがこの戦いについていけるかがわからなかった。
(また私の炎がふさがれた。この男只者じゃないわ。さっきのハゲは雑魚で千年前の世界にいたら簡単に殺されているけど、このシェインは違う。戦い方をよく理解しているし、私の炎を防ぐなんて数えるほどしかいないわ。このシェインがこの一帯を占めている話が本当なら、普通の村人はなす術がないわ)
エイはシェインの強さに焦りを感じた。しかし、時間は待ってはくれない。そう悩んでいる間にも、シェインはエイに近づきパンチを繰り出す姿勢をとっていた。
「しかたないわね」
パンチを突き出したシェインの腕をエイが掴み、背負い投げの要領でシェインを投げ飛ばした。その動きは柔道よりかは合気道の流れの方がしっくりくる。
「あなたが接近戦を好むのなら、それにお相手してあげるわ」
いきなり体術を受けたシェインは多少の驚きはあり不意を突かれたものの、すぐに受け身を取りエイの方を向いた。
「炎を飛ばすだけの小娘かと思ったら、しっかりした体術も身に付けていたのか。ハハッおもしろい。ハゲなんかよりも数倍強く数倍賢い奴と戦うのは初めてだ」
「まるで『井の中の蛙』ね。あんな雑魚そこらへんにいくらでもいるわよ」
「まさにその通りだ。小娘、お前とは味方として会いたかった」
「そうね、私はあんたなんかとは二度と会いたくはないわ」
エイと出会って数時間足らずの仲のリブとマス。その数時間だけでもエイとはかなり親密になっていた。デスリーンがいた強制収容所からの脱出、リュウとの対決からエイとの出会い、ユウトの墓を見つけてから穴場で生きる人々との出会い、クローツ・ハゲとの連戦でシェインという一筋縄ではいかない強敵との対決。
エイは自分が思っている以上に疲労が溜まっていた。もっとも、本人には自覚はない。千年後の世界に飛ばされて数日、異国の地による環境の変化はより一層疲労を生み出していた。まして、この世界に飛ばされる前にはマルコルとの死闘であった。彼女に休息などあるはずがなかった。その蓄積が今になって、ましてシェインとの決闘で訪れた。
(変ね、体が思うように動かないわ。さっきの体術だって多少は相手にダメージを与えているはず。シェインの防御力が高いのは承知だけど、ここまでノーダメージなわけがないわ。やっぱり、力が入らないわ。まずいことになったわ。このシェインはリブやマスでは到底倒すことはできない。どうすれば・・・)
「考え事をしているところ申し訳ないが、そろそろこの戦いにケリをつけたいのだが」
シェインの無情な戦闘再開コールがエイの耳に確実に伝わった。力が思うように入らないエイには絶望のコールであった。エイにはもう炎を作り出すだけの力はない。けれども、エイは最後の力で炎を作り出そうとしていた。それは、生命エネルギーを使ってでも炎を作り出そうとしていた。
「やめるんだエイ! 自分の命を犠牲にしちゃいけない!!」
リブは気が付いていた。エイが自分の生命と引き換えにシェインとの対決にピリオドを打つことを。
「ありがとう、リブ・マス。そして、さよぅ・・・うっ!!!」
エイの身に衝撃が走った。その瞬間、エイは膝を地面につけ倒れた。一瞬の出来事で何が何だかわからないリブとマス。すると、エイの倒れた場所に立っていたのはシェインであった。
「この戦いに全身全霊をかけられても困るのでね。それに、今の小娘の力では命と引き換えになっても俺には何ら影響なく倒せることが分かっているのでね」
そうつぶやくシェイン。あまりに一瞬の出来事だったので解説すると、エイがリブとマスの方を見ている間にシェインがエイの後ろに回り込んだ。そして手套でエイの首をめがけて気絶させたのだ。ぽかん口のリブとマスに対して、シェインが丁寧に解説した。
「しかし、なぜエイを助けたんだ? エイを簡単に殺せたんじゃないのか?」
「ハゲが死んだ今、俺の楽しみはなくなった。俺を満足させられるほど強い奴などどんなに頑張ってもハゲしかいなかったんだ。そんなときに、この小娘が現れた。この小娘は強い。ハゲの何倍も強い。その上ハゲよりも賢い。だから、ハゲよりもワクワクするのだ」
「それってただの女好きだからじゃない?」
「やかましいわ!!!」
マスの突っ込みにシェインが吠えた。本当はエイの身体が目当てだったのか?
「ちょっと待ったあああぁぁぁ!!! 何度も言うが、俺は死んでねええぇぇ・・・」
『ドゴオォォ!!!!』
「今死んだ」
ハゲが先ほどエイが自身の命と引き換えに出したエネルギー並みにしゃしゃり出てきたが、シェインのグーパンチでハゲははるか彼方へ飛んで行った。先ほどエイの首にチョップをかましたときの何百倍ものパワーでハゲをふっ飛ばした。やはり、シェインは女には弱いのか?
「さて、残るお前たちは、どうしてくれようか」
獲物を狩るライオンの眼で二人を睨み付けるシェイン。しかし、二人はそれには屈しない。口を開いたのはリブだった。
「俺たちはまだ死ねない。連れ去られた村人を助けるまでは死ねないんだ。そもそもお前がエルニア国の村人を連れ去ったんじゃないのか?」
「なぜ俺があんな田舎の島国の連中を連れ去らなきゃならんのだ。思いっきり面倒じゃないか」
もっともすぎる答えが返ってきた。リブはこれまでシェインのイメージを勝手に作ってきた。簡単に言うと、怪獣映画の怪獣がシェインで、気に入らないことはすぐに破壊する力のある幼稚園児をイメージしていた。しかし、エイに対する紳士的な振る舞いや割と頭脳明晰な部分があるとことが垣間見える。デスリーンのように破壊のみの考えがある野獣とは違う。
「さぁ、お前らはなぜか知らんが、面倒な予感がしてきた。さっさとケリをつけてやる」
「俺が行く。このレジェンドソードで、シェインをぶった切ってやる」
「ほぅ、クローツを倒したその剣でか。見込みはあるようだな」
間髪入れずにマスが飛び出した。自身の間合いに入ったことを確認すると、レジェンドソードを振り付けた。シェインの体にヒットする。しかし、その一歩手前でシェインは後ろに軽くジャンプした。シェインはマスが振り下ろした剣を右足で踏みつけた。地面に剣が深く突き刺さった。
「あれっ、ぬ、抜けない」
「どうした? もう終わりか?」
「九行で終われるかぁぁ!! エイなんか五ページ近くも見せ場があったのに!」
「安心しろ、せめて一二行にしてやるから」
「なに・・・うっ!!!」
あまりに一瞬の出来事だったので解説すると、マスが地面に突き刺さった剣を抜こうとしている間にシェインがマスの後ろに回り込んだ。そして手套でマスの首をめがけて気絶させたのだ。
「や・・やったぜ、じ・・一五行はかかった・・・ぜ・・・・」
マスは最後にぜひとも伝えたかった言葉を口にして、気絶した。
「お前の仲間は、こんなのしかいないのか?」
シェインがやや呆れてため息をつきながら残りのリブに言い放つ。エイとマスは仲良くおねんねしているようにも見えた。
「確かにあっけなかった。それで、僕をこれからどうしようというんだ? 残念だが、俺は一五行では終わることはないぞ」
「そうだな・・・五行で終わらせてやる!!!」
今度はシェインから攻撃を仕掛けた。
シェインの動きは大きな筋肉質の体の割に俊敏な動きである。さらに、微塵も負けることなど思っていない。だから、フェイクなどする必要もなくまっすぐ向かってくる。リブはシェインの動きの速さを先ほどの戦いから見ていた。シェインの自信もわかっていた。シェインはまっすぐ突っ込んでくると。シェインの得意技は肉弾戦だ。その筋肉質の体を活かして接近してくる。だから、リブは自分の炎でシェインのテリトリーに入らないこと第一と考えた。四方を囲まれたリングで戦うのであれば、リブに勝ち目がないことはリブも目に見えていた。だから、シェインの動きを見るより、自分の目の前に炎を撃ちだす。
『ゴオォォォォ!!!!』
「!!!! おっと・・・」
突っ込んできたシェインは咄嗟の炎に驚いた。しかし、百戦錬磨のシェインはかろうじてかわすことができた。いや、相手がエイであれば難なくかわすことが出来た。リブが炎を出せたことに驚いた。
炎術者は限りなく少ない人種である。この世界に一人いるかどうかである。そんな中三人に二人もいるなど、想定外である。シェインはそこに驚いたため、炎を避けるのがわずかに遅れたのだ。
「ふふっ、五行で終わらせることが、叶わなくなったな」
「当たり前だ! こんなどうでもいいことに詳しく説明しやがって。俺が小説家なら一〇文字で済む出来事だ!!『シェインは炎をかわした』で済むだろ!!!」
「一〇文字超えてるぞ」
「やかましいぃわぁ!!!」
確かにリブの炎をシェインはかわした。しかし、戦闘経験が全くない者と戦闘のプロとの戦いだ。先ほどのマスのように五行で戦闘が終わってもおかしくはない。そのシェインのファーストコンタクトをクリアした。
「ふふっ、この俺に本気を出させたようだな」
「まだ開戦して二分だぞ。そのセリフはもっと後で使うべきだ」
「だからぁ・・・やかましいぃわぁ!!!」
やはり、文字だけでも短気と判断できる男・シェインである。簡単に逆上した。今度こそ、シェインが突っ込んできた。しかし、ただ真っすぐに突っ込んではこない。筋肉質な体の割に動きが早い。リブの眼で追うのがやっとである。リブの後ろに回りケリを入れるシェイン。今度はこれまでのシェインとは違う。ウサギを狩るのに全力な虎のような目をしている。ヘビー級キックボクサーのケリを受けたリブは簡単に吹っ飛んだ。
「う、後ろから・・」
リブはシェインに蹴られてから初めて自分が後ろから蹴られたことを知った。一瞬の出来事で整理するのがやっとであった。
「ってて、なんて力だ」
「だから、本気を出すと言っただろう。引き返すのならば今のうちだが」
「それで本気なのか? そんなんで引き返すのであれば人生の無駄だな」
「無駄口を・・・小僧が!!」
シェインは再びリブに向かっていった。シェインもこれまでの様子見を一切しなくなった。シェインは渾身の右ストレートをリブにぶちかました。リブはこれまでの流れから一変したことを悟った。これは・・・やばい。さっきのマスのようにおちゃらけたようにはいかない。リブは、これまで経験したことのない衝撃を受けた。数メートルは吹っ飛んだだろうか。だが、リブはどれだけ飛ばされたか想像つかなかった。けれども、自分がさっきまでいた場所が全く違って見えた。その時はわからなかったが、ゆうに五メートルは飛ばされていたようだ。
「リ・・リブ!!!」
意識を取り戻したエイが見たものは、シェインにぶっ飛ばされたリブであった。優男のリブがマッチョのシェインにぶん殴られて五メートルは飛ばされている光景であった。一方のマスはいまだ気絶したままである。シェインは手を緩めることはない。殴られ寝転んでいるリブを思いっきり蹴り上げた。それもシェインの身長と同じくらいの二メートルは蹴り上げられていた。
「リ・・リブ!!!」
意識を取り戻したマスが見たものは、シェインに蹴っ飛ばされたリブであった。優男のリブがマッチョのシェインに蹴り上げられて二メートルは飛ばされている光景であった。
「な、なにが・・・」
リブは意識がもうろうとしていた。ヘビー級の一撃を二発も受けていた。殴り合いなど無縁の環境からいきなり生死をかけた戦いを強いらげられている。エイは戦いに身を置いている立場から、今の戦況はリブに圧倒的に不利である。シェイン。最初は井の中の蛙が威張っているだけの弱虫かと思っていたが、実際にはかなり強い。東軍の中でも第一線を張れるくらいの戦闘能力だ。シェインの強さは本物だ。
意識が薄れていく。リブの意識が薄れていく。二発の攻撃を受けただけで戦闘不能になった。これが実力なのか。これが現実なのか。これが世界なのか。目の前に突き付けられた壁になすすべもない。その自分の無力と己のふがいなさに、リブは意識を失った。
4
暗闇が。真っ暗な暗闇だ。ここには何もない。かすかな光も、希望も、時間もない。一体ここは何処なのだろうか。
「さぁ、一体どこなのだろうか」
何もないわけではなかった。誰かの声が聞こえてくる。うっすらと。姿かたちはまだ見えない。けれども、声はハッキリと聞こえてくる。聞いたことのない声だ。誰なのだろう。
「あ、あなたは? 誰ですか?」
「俺か? 言っても分からないだろう」
「じゃあ、名無しの権兵衛さん。ここはどこですか」
「それの名前は嫌だな。じゃあ、『闇の番人』とでも呼んでくれ」
「それじゃあ、夢の番人さん」
「それは、とあるユニットの歌じゃないか」
「冗談ですよ。闇の番人さん、ここは一体どこなのですか」
「ここは、無の世界。先ほどまでいた世界とはまた別の世界だよ。生と死のはざまにある世界と言えばわかりやすいかな」
「生と死のはざまにある世界・・・じゃあ、僕は死んだの?」
「いや、それはまだわからない。君が生きる望みを持っているのなら、それは生きることを意味する。だが、生きる望みを持たなければ、死を意味する」
相変わらず姿かたちを見せない闇の番人。だが、敵ではなさそうな雰囲気である。だから、リブもここから逃げ出そうとはしない。なぜだろうか、どこかで会ったことのある気がする。でも、名前も顔も一切わからない。
「で、なぜあなたは僕の目の前に現れたの? なのに、どうしてあなたは姿を見せないの?」
「まだ君の目の前に姿を現すわけにはいかない。だが、いずれ俺から姿を現すことになるだろう。君は偉大なる力を秘めている。だが、その力を出すには今の君には難しい。だから、俺が現れたのだ」
「偉大な力・・・それが僕に備わっているのか」
「そう。その力を出せば、あのシェインとかいう奴なんか簡単に倒すことが出来る」
「シェイン! なぜあなたがそんなことを知っている?」
「見ていたんだよ、あの戦いを。最も、あの程度の奴ならこの俺で十分だがな」
「相当な自信家のようだね。けれど、僕はそんな力を持ってはいない。今までケンカをしたこともないのに、あのマッチョな奴と殴り合いで勝とうだなんて、どう考えても無理だよ」
現実世界なのか夢の中なのかはっきりしないこの世界で、シェインとの戦いにはやたら現実を突いてくる。この事実がリブをより困惑させる。声だけしか存在を明かさない人物は、今のリブにとっては知る由もない。だが、この闇に番人は今の自分よりもはるかに高い戦闘能力を備えているとリブは直感した。
リブの言う通り、自身の戦闘能力は皆無に等しい。エイの語る千年前の世界ならとっくにやられているに違いない。世界の中心から大きくそれた島国で平凡に暮らしてきたのだ。確かに炎を作り出すことはできるが、牢獄に入れられるまでは手品程度の能力しかなかった。リブはこれまで戦いとは無縁の環境にいた。それが、ある日突然軍の兵士、巨大なバケモノ、謎の戦士と対峙してきた。と言っても、その全ては実質戦いに勝利していない。全ては接戦の果てに間一髪で逃げているのだ。マスは剣術を習っており、村では実力者として名を轟かせていた。だが、リブは炎を出すことはできるが、その炎を使って戦闘をしたことなど、エルニア国の暮らしではなかった。
「君は戦闘経験が皆無である。だが、その戦闘経験を帳消しにするほどのパワーを秘めている。そう、聞いたことがあるだろう・・・
『エレクタクノロジー』を」
「え、エレクタクノロジー?」
夢の中にまでエレクタクノロジーを聞くとは夢にも思わず、だが、これは夢か・・・
それにしても、この闇の番人はなぜエレクタクノロジーを知っているのだろう? そのエレクタクノロジーという言葉は、リブたちの運命を決めたものだ。あの収容所に収監されたときから、エレクタクノロジーとは切っても切れない関係となった。
村人を助けるだけでなく、エレクタクノロジーを探すことも目的とした旅。エレクタクノロジーは目に見えるものなのか、見えない力なのか、それすら何もわからない。だが、そんな見たこともないお宝が自分の中にあるだなんて。使い方も何もわからないだなんて、宝の持ち腐れである。
「君はエレクタクノロジーがどんなものかわからないようだね。使い方を教えてあげようか?」
「使い方も、闇の番人さんは知っているのか?」
「そうさ、この俺はエレクタクノロジーを身に付けようとしていた。発動の仕方を身につけたものの、どうやら俺にはエレクタクノロジーを使いこなせる素質がなかった。だから素質がある君なら、俺のアドバイスを聞くだけでエレクタクノロジーを発動出来る。それは保証するよ」
この闇の番人は敵なのか味方なのか。だが、エレクタクノロジーを知っている以上、この謎の人物から情報を聞き出したい。リブは半信半疑の中、闇の番人からエレクタクノロジーの全てを知ろうとした。
「いいかい、エレクタクノロジーはいわば人間の力を限りなく最大に引き出す起爆剤だ。だが、エレクタクノロジーの力を引き出すには、肉体よりは精神面に左右される。生命の危機に反するような極限の精神状態がまず第一だ。極限状態にならないとエレクタクノロジーは目を覚まさない。エレクタクノロジーは気軽に発動などできない厄介な代物だ。これには当然リスクがある。極限状態を超えてしまって死ぬ可能性もある。今の君はシェインの攻撃で瀕死の状態になっているから、まさに極限状態だ」
「瀕死!? 今の僕は瀕死なのか?」
リブは今の自分が瀕死の状態に陥っていることに衝撃を受けた。確かにシェインの一撃で意識を失ったことは覚えていた。
「それじゃあ、ここはあの世に通じる門なの? じゃあ、僕はこれまでの行いが悪かったから地獄に堕とされるの?」
「だから違うって」
閻魔様・・・もとい、闇の番人は説明の弁解に一苦労。まぁ、かれこれ久々に人前に姿を現したのだから誤解されるのも無理はないが。
「エレクタクノロジーはどれだけ生きたい望みを持てるかで発動の有無が決まってくる。普通、生死の境をさまよえば思わず楽な死を選びたいものだ。だが、そんな短絡的な人にエレクタクノロジーを発動させる資格などない。だが、今の君はどうだい? シェインと戦っている仲間を残して自分だけ楽な道を行こうとは、しないだろう。君にはやり残したことが沢山あるだろう。仲間をシェインの手から守ること。村人を救うこと。エレクタクノロジーを見つけること。君にはこれだけの未練が残っている。だから、まだあの世に行くには早いはずだ」
この闇の番人は何者なのだろう。エルニア国の人を救うことも知っている。いや、今は一刻も早くシェインとの戦いに参戦することだ。
「そう、君にはやるべきことが残っているはずだ。だから今死ぬことは許されない。さぁ、エレクタクノロジーを解放して仲間を救うのだ」
姿形は見えない闇の番人であったが、徐々に姿が消えて行く気配をリブは感じた。
やがて、リブも闇の中から徐々に現実の世界へと向かっていった。
(エイを、任せたよ、リブ・・・)
5
真っ暗闇の中から、徐々に灯りが見えてきた。見えてきた光は、どこかで見たことのある風景であった。デジャヴ? いや、さっきまで戦っていたシェイン、さらに共に戦っていたマスとエイがいた。自分が意識を失ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。マスとエイには生々しい傷が増えていた。明らかにシェインにやられた傷であった。シェインの強さは本物であった。百戦錬磨のエイですら、シェインには勝てなかった。ハゲとはけた違いの強さであった。なぜハゲとつるんでいたのだろうか。
「マス、エイ、大丈夫か? しっかりしろ!!」
リブが傷ついた二人のもとに駆け寄った。二人とも、立つのが精いっぱいなのか、足元がふらついていた。明らかに戦闘は困難であるのがリブの目から見ても分かった。
「ふたりとも、僕が気絶している間に、こんなにボロボロになるまで戦っていたんだね。でも、もういいよ。僕が決着をつける」
「な、何言ってるんだ? お前はさっきまで気絶していた身じゃないか。無茶はよせ」
「そうよ、この怪物は私が全力を出せば簡単に倒せるわ」
言葉とは裏腹に、シェインはピンピンしており、戦いが長引けば自分たちが負けることが容易に想像できたリブ。先ほどの闇の番人との会話でもこのままではシェインに負けることは身に染みていた。この局面を打破するには一つしかない。『エレクタクノロジー』を解放することである。
とはいったものの、正直エレクタクノロジーがどのようなものか全く想像できていない。そもそもエレクタクノロジーはお宝なのか力の源なのか、目に見えるものなのかもよくわからなかった。だが、その『エレクタクノロジー』を使えば、シェインを倒せることが出来るとなれば、喜んで使おうじゃないか。
「ふたりとも、自分気絶しているときに、こんなに傷だらけになって戦っていたんだね。でも、もう傷つく必要なんかない。ゼレスにいる村人を救うまで、僕は死ぬことを許されない。必ず生きて村人を救うんだ」
その想いに同調したマスとエイ。するとなぜだろう。リブの瞳の色が徐々に変わっていった。黒色から透き通るような赤色に。さらに周りの瞳孔の線がよりくっきりと見える。表情はさほど変わらないが、オーラや目つきが流れる小川のように穏やかなものから、火山のように激しさをまとったものになっていた。見た目はリブそのものであるが、精神はまるで別人のように変わっていた。
「リ、リブ、目の色が変わっているぞ」
「それに、表情が何か変よ。こう、好戦的というか、今までのリブじゃないわ」
「そうかなぁ、俺は俺のままだけど。それにシェインを早いとこ殺さないと、村人を助けられないじゃないか」
「お、俺って・・・」
「こ、殺すって・・・」
口調の変化は明かであった。リブはこれまで自分のことを『僕』と言っており、『殺す』だなんて野蛮なことは口にしない。だが、リブ本人は性格の変化に気がついてはいなかった。
「ほう、何だか知らないが、まだこの俺とやる気らしいな?」
シェインだけがリブの変わったところを気にしていなかった。自分より格下な者が本気で来ようと、シェインにとっては何とも思わなかった。
「何か、まずいことになるわよ。あのリブの様子は何だかおかしいわ。千年前にもこんな二重人格のような人なんかいないし、ここまで冷静で好戦的な人もいなかったわ。何か、こう危ない感じがする。それに、私の勘だけど、リブの戦闘能力が格段に上がっている気がするわ」
一歩一歩シェインに近づいていくリブ。その背中は物静かだが闘志があった。ゆっくりと歩いて行ったが、突然姿が見えなくなった。刹那の瞬間であったが、まるで落とし穴に落ちたかのように突然姿がなくなった。
「何!!!?」
シェインだけでなく、マスとエイも意表をつかれた。人間がこんなに簡単に消えることなどない。では、一体どこに消えてしまったというのか。
「ここだよ」
声がした場所は、シェインの後ろであった。シェインが意表を突かれ後ろを振り返った。
「さぁ、はじまりだ」
その一言が合図となり、リブの反撃が始まろうとしていた。まずは始まりの合図として、シェインの首にハイキックをヒットさせた。それは、今までのリブのスピードとは比較にならなかった。あっけにとられたシェインであったが、シェインにとっては裏をとられただけで、致命傷にはなるはずがないと踏んでいた。所詮優男のキックなど効く筈は・・・あったようだ。筋肉質な巨漢のシェインが吹っ飛んでいたのだ。リブの蹴りは蝶が華麗に舞うやわらかい印象があったが、威力は見た目に反して強大である。
「な、なんだと?」
かろうじて受け身を取ったシェインであったが、これまでの動きとは別人のリブに驚きを隠せなかった。だが、こんなところでくたばる俺ではない。とばかりにシェインはリブに攻撃態勢を整えた。だが、攻撃目標としたリブの姿がまた見えなくなった。あたり三六〇度見渡してもリブの姿は見えない。今度は何処に消えたのか。シェインは、また二番堰のことだと判断し、後ろを見た。だが、リブの姿はどこにもなかった。
「ここだよ」
シェインが上を見ると、空高く舞っているリブを見つけた。空中に舞うリブは今度はかかと落としをシェインの顔面にヒットさせた。その威力も強大で、蹴り倒されたシェインは勢いそのままに顔面を地面にたたきつけられ、たたきつけられた地面はへこみ、ところどころ小さなクラックが出来ていた。
「あ、あの動きがリブなのか」
「ほんとね、あのシェインをたった二発の蹴りで沈めているわ。あのパワーとスピードは、一体どうしたというの」
何かに覚醒したリブをよそ眼に、マスとエイが呆然としていた。気を失っていた間にリブの身に何があったのだろうか。目の色も変わっていることも気になっていた。
「もしかしたらだけど、シェインに気絶させられて生命の危機に瀕していたから、本能的に自己防衛の機能が働いたんじゃないかしら」
「そんなことがあるのか? リブとは生まれてから今までずっと一緒にいたけど、こんな気性の激しいリブなんか見たことがない」
二人の心配をよそに、なおも覚醒したリブの攻撃が続く。シェインはリブの二発の蹴りを受けて、明らかにダメージを受けていた。動きが鈍くなっていたのだ。二発の蹴りとも脳へ標的を定めていたため、意識がもうろうとしていたのである。だが、またしてもリブの姿が見えなくなっていた。
シェインは焦っていた。これまで自分と互角に渡り歩けるものなど一人もいなかった。生まれついた能力だけで、他の追随を許さぬほど強大な力を秘めていた。かろうじて手ごたえのあったのがハゲであったが、本気を出せば足元にも及ばなかった。だから、自分が追い詰められることはないと、骨の髄まで信じ込んでいた。だが、明らかに強大な敵が現れた。自分を追い詰めることが出来る敵が現れた。こんな経験は今までにはなかった。
「さぁシェイン、最後に言い残すことはないか? あと一分でお前の人生は終わるのだ。最後の一言くらい言わせてやる」
「フッ、お前もなかなかの悪党ぶりじゃないか。俺よりももっと強大な闇の心を秘めている」
「そんなことがお前の最後の一言か、それも良かろう。だが、最後の言葉にしては自分勝手すぎるな。これまでにお前のせいで迫害を受けてきた人々、例えば洞穴にいる人たちだ。あいつらに謝罪の言葉などないのか? お前のせいで人生をめちゃくちゃにされていた人たちを何とも思わないのか?」
マスとエイは放心状態であった。今シェインに対して謝罪を強要させているのは誰なのだろうか。姿形は確かにリブだ。赤い目を除いては。だが、彼の精神は誰のものだろうか。エイにいたっては、もはや泣きそうであった。目の前のリブは知り合ったばかりの人物とはかけ離れていたからだ。あの優しかったリブは何処にいってしまったのか。エイはたまらずリブの殺生を止めさせようとした。
「だめよ、リブ! あなたは殺人をしてはいけない。たとえ罪人であるシェインであっても。リブはこれまで人間を殺したことなんかないはずよ。一度殺しの味を覚えてはもう二度と元の自分には戻れない。それは、戦国時代を生きた私だから言えることよ。好きで殺しなんかしたことはないわ。だけど、今のリブは好き好んで殺しをしようとしているわ。臨んだ殺人なんか、それこそ人間じゃないわ。だから、これ以上はもう、やめて・・・」
エイは泣いていた。ほんのさっき出会ったリブであったが、明らかに別人へと変わっていた事が分かった。リブの本心でないのに殺しをさせてはいけない。エイの必死の懇願であった。そのエイの涙にリブの心は動かされたのか、リブの赤い目が徐々に元の黒い目に変わっていった。やがて、攻撃的なオーラもなくなり、元のリブの雰囲気を取り戻していた。
「リブ・・・僕は殺しなんかしないよ。でも、さっきまでの僕はこう・・・自覚のある多重人格のように、僕の意思でシェインを殺そうとした。それは事実だよ。なぜかはわからないけど、もう一人の僕のようなものが急に出てきたんだ。こう、自分の体が乗っ取られたような感じで・・・」
「その力は・・・エレク・・・タクノロジー・・・」
「「「!!!!」」」
シェインが発した言葉に、三人は度肝を抜いた。まさか、この場所で、しかも敵陣から味方に対してエレクタクノロジーの言葉を聞くとは、思いもよらなかった。なぜシェインがエレクタクノロジーの能力をどこまで知っているのだろうか。
「元々俺もエレクタクノロジーの力を手に入れようと躍起になっていた時期があった。しかし、どうしても手に入れられなかった。そもそもエレクタクノロジーがどんな力を宿しているかなんてわからなかった。だが、いくつか分かったことがある。一つは瞬時に何倍もの力を手に入れることができること。もう一つは、目の色が変わることだ。これ以外のことはわからずじまいだったが、まさか、めぐり合えるとはな。実際に戦ってみてわかったが、この力はまさに強靭だ。世界を簡単に征服することだってできる」
「僕には、そんなことは望んでなんかいないよ」
「だが、望む望まない関係なしに、お前にはその力が宿っている。するとお前を利用する奴がこれから出てくるはずだ。その時、前は世界の敵となることだってある。もはやお前は自分の意志だけでは生きてはいけないんだ。哀れだな・・・」
戦意を喪失したシェインの口からリブに向けて様々な想いが出てくる。確かにエレクタクノロジーの力は強大であることは誰もが分かった。だが、リブの力は本当にエレクタクノロジーだったのだろうか。善の力だと思っていたエレクタクノロジーが闇の力という表現の方がしっくりくる。エレクタクノロジーはこのまま使ってもいい力なのだろうか。
「シェイン、あなたに一つ忠告しておくわ。あなたが支配していたあの町。あの町にいる人たちを解放してあげなさい。あの人たちには何も罪はないわ」
シェインの暴挙に対してエイが諭していた。さっきの洞穴にいた村人たち、パフェをごちそうになったマスターなど、シェインの影響力は計り知れなかった。三人は約束していた。その約束を、エイは今果たそうとしている。
「そうだな、自分の力を過信したいがためにあの村を支配していたのかな。自分の力は絶対だ。それを見せ付けるための行動だったのか・・・」
「これであなたも少しは戒心したようね」
「あぁ、愚かな行為だった。エレクタクノロジーの力は俺より何倍も強大だ。あのままやり合えば俺は確実に殺されていただろう。どっちにしても、俺は『あの方』に消されるはずだが・・・俺はこれから人生を見つめ直す旅に出る。お前らはこれからどうするんだ?」
「これから、西のゼレスに向かう」
答えたのはリブであった。
「ゼレスか・・・なら鉄道に乗って行けば一週間くらいでつくだろう」
「わかった。シェイン、お前とは二度と会うことはないだろうけどな」
別れはあっけないものだった。だが、これまでしてきたシェインの愚業を踏まえると、どうしても元気でねと別れることはできなかった。出来ることならこれまでの罪を償ってほしいのだが、そこまでは口にはしなかった。
無言の別れのまま、三人はゼレスへ行きの鉄道に向かった。
6
「シェイン・・・奴ですらエレクタクノロジーの前では歯が立たないというわけか。しかし、あの力がエレクタクノロジー。あのひよっこですら体格差がまるっきり違うシェインを圧倒するなんて。あの力、いずれ俺が力を手に入れれば、世界を手にすることができるよな。にしても、圧倒的な力を手にしていると噂されているシェインとは、あんなものだったのか。だったら、この俺が手を下してもなんら問題がないようだったな。」
先ほどの戦いを崖の上から一人の金髪の青年が立っていた。物語の都合上、観ていた人物は当然リュ ウである。リュウは最初からリブたちがシェインと戦うことを見通していた。その判断は正しく、決戦の舞台はシェインの根城であることも想定して、その戦いが良く見える崖の上から微笑ましく観戦していた。
シェインという名は一帯では有名であったため、リュウ単身で乗り込むのには腰が引けたようだ。だが、彼の発言を聞く限り、単身で乗り込んでも平気であったことが伺える。本当だろうか。
「ふふふ・・・シェイン様、いやシェインのヤローにぶっとばされたところが崖の上で助かったぜ。墜落死になるところだったからな。しかし、どいつもこいつもこの俺様をコケにしやがって。なんだかムシャクシャしやがるぜ。ん? 崖の先に誰かいやがるぜ。そうだ! あいつにケリを入れて崖から突き落としてやるぜ!! そうさ、シェインのいない俺は、今でこそ世界一の強い男となったのだ。そうさ、ワハハハハハ!!!!」
はて、誰か忘れているような・・・そうだ! ハゲであった。このハゲは奇跡的に生きていたのであった。本当にこういうキャラは悪運が強くて困る。で、このハゲは高みの見物を決めていたリュウに突進した。
「おりゃああぁぁぁ!! しねえぇぇぇぇいいいい!!!!」
ハゲの渾身の飛び蹴りはリュウの体に、あた・・・らなかった。
「!!!!」
「バカが」
リュウはハゲの突進に気が付いていないわけがなかった。ハゲの渾身の飛び蹴りは、リュウがひらりとかわし、ハゲは崖から真っ逆さまに落ちてDESIRAとなった。
「ちいぃぃくしょおぉぉぉぉ!!!!」
「なんなんだ、あの目障りなハゲは」
リュウの言葉は、一般市民全員が満場一致するコメントであった。その後、ハゲの消息はこの物語が終わるまで誰も分からずじまいとなった。ところで、このハゲの名前は一体何だったのだろか。今となっては、誰も知る由もなかった。
「さて、リブたちが西に向かうことは間違いないな。俺も、ここから早く移動するか」
舞台は西へと向かうのであった。