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第一章 突如捕らえられた二人の少年

    1


「おい! 出せよ!! ここから早く!!」

「そうだよ! ここから出せ!!」

 薄暗く狭い牢屋、鉄格子があるほかは周りは壁におおわれている。時折室内に溜まった水蒸気が天井から雫となって落ちていく。『エルニア国』に所在する強制収容所に二人の声が反響するが、決まって聞こえるのが、

「うるさい。静かにしろ」

と、看守の一言だけである。

 二人は運命だけでなく看守に捕えられていた。辺りには捕えられている二人以外の声は聞こえない。しかし、周りに他の人がいるかは分からない。

「ちくしょう! ここから出せっ!!!」

その声も虚しく、ただ反響するだけである。

 捕えられている二人の少年。一人は『リブ』という十五歳の少年である。身長一七〇センチメートル程のやや華奢な体型で、眼球に前髪がややかかり、襟足がすこしある髪型である。やや小顔でつぶらな目をしている。

 もう一人の少年は『マス』という、こちらも十五歳の少年である。身長一六五センチメートル程の中肉中背の体型で、後ろ髪を刈り上げた短髪である。ややがっしりしているスポーツマンといったところか。

「なぁマス、僕たちどうしてこの牢屋に入れられてか分かるかい?」

「分からないな。リブと同じさ、気が付いたらこの牢屋にいたんだ。それより前の記憶がなぜかないんだ」

「同じだ・・・僕もここに連れられる直前の記憶がないんだ。だけど、いったい誰が何のために?」

牢屋の中でリブとマスが悩みながら、時間だけが過ぎていった。

 それから、どれだけの時間が過ぎたころだろう。この牢屋には時計がない。さらに、外の明かりが完全にシャットアウトされているため、時間の概念がないといった方が正しいか。

リブがふと、横になった時だ。

 ―カサッ・・・

 何か紙を踏んだような音が、リブの服の内ポケットから聞こえた。リブがあわてつつも、看守の目を気にしながらポケットに入っていた紙を出す。

「リブ、なんだその紙は?」

「分からない、だけど・・・何かの見取り図のようだ」

 マスが何の見取り図か悩みながら、周りを見渡すと一つの糸口を掴んだ。

「おい、この紙この牢屋の見取り図じゃないか?」

「何だって! マス、どうしてそんな事が分かるんだ?」

「その紙の右下見てみろ」

 リブが手にしている紙の右下を見ると、『強制収容所見取り図』としっかり記載されていた。

「あからさますぎるんじゃないか・・・」

 リブがものすごく不信感を覚えながら、二人で見取り図を見ていた。どうすれば脱出できるか。

 マスが解析した結果、今二人がいる場所は牢屋の中でも最も奥の場所。つまり、脱出するのに非常に困難な位置にある。さらに、その先の一本道を抜けた先には管制室に通ずる。すなわち、この建物の本部を抜けなければいけない。

「脱出できる可能性は、どう思うリブ?」

「真夏に豪雪が吹き荒れるくらいの確立・・・」

 マスがあきれると同時に、この切羽詰まった状態でもジョークがすんなり出るリブの余裕に感心しつつもある。

「けど、ある。あるよ! たったひとつ、この牢屋から抜け出す方法が」

「何だって? リブ、それは本当か?」

「そう、僕、昔から炎を出せること、知ってるよな?」

「うん、リブが近所でマジックショーやってボヤ騒ぎを起こしたことなら知ってるけど。」

「そう、その炎を使ってここから出るのさ」

 あまりの無謀さにマスが「そんなのすぐに捕まるじゃねーか!」と叫び、危うく見張りの耳に届きそうになったが、必死の思いで声を出すのをこらえた。

「いいか、この牢屋の格子は鉄だ。僕の炎ならすぐに溶ける。そして、そこからすぐに脱出するんだ」

「それはいいけど、本部はどうやって抜ける?」

「出たとこ勝負だ!」

 そう言っている間に、リブは自らの炎で鉄格子を溶かしていた。またしてもマスが、

「ああ――――!! 計画もなしに突っ込んだら捕まるぞ!!!」と本当に声を出すのを必死にこらえた。

 リブの炎は手のひらから放出され、リブが豪語していた通り、ものの数秒で鉄格子の一部が溶けた。その大きさは小柄な人なら簡単に抜け出せる大きさであり、リブとマスの体格なら楽々抜け出せる。

 二人は、見張りの目をかいくぐり、牢屋を抜け出した。

「正直、ここの見張りは一人しかいないことに気が付いていたのさ。だから、自分たちの部屋を見てから約五分は戻ってこないことも分かっていた。さぁて、この建物からどうやって抜けだそうかな」

 リブが冷静ながらつぶやいている姿を見て、マスは過去に何度かリブは捕えられたことがあるんじゃないかと疑ってかかる。

 牢屋を抜け出し、奥の一本道を抜けると、管制室が見えてきた。さすがにこの収容所の本部というだけあって、人も多い。約二〇人はいるくらいか。一筋縄ではいかないと二人は肌で感じ取った。

「これだけの人数だ。リブの炎でも全員を気絶させる前につかまるな」

「ふっふっふっ・・・僕の炎は人に害を与えるためにあるんじゃないぜ」

一体どこのハードボイルドな映画のセリフをパクってきたのかと、マスは疑問に思う。そもそも、十五歳でそんな映画を観ているのかと。

「マス、上を見てみろ。あの丸いもの、何だか知ってるか?」

「もしかして、火災感知器?」

「そう、その通り♪」

 なんだか嫌な予感しかしないが、マスが想像したただ一つの方法は

「まさか、火災報知器に向かって・・・」

「あとはマスの想像した通り」

 そして、マスが想像した通り、リブは火災感知器に向かって炎を放出した。

『ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!』

 けたたましいサイレンの音が、強制収容所に響いた。すると、本部にいた人たちは、火災の確認や消火活動、非難の誘導を始めた。いつも訓練をしているのか、消防署のお偉いさんから表彰されるほどの迅速な対応であった。

 リブとマスはこの混乱に乗じて、まんまと避難誘導の中にもぐりこみ、無事に強制収容所から抜け出すことに成功した。

 懸命な消火活動の結果、火災報知機に向けての不審火が原因と突き止めてすぐ、所員が二人の脱走に気が付いた。すると、先ほどの火災を知らせるベルではなく、緊急事態を知らせるサイレンが響いた。

『ウーーーウーーーウーーーウーーー!!!!!!!』

 強制収容所から見える赤いランプを二人の少年が遠目に見ていた。

「脱走したの、ばれたよね?」

「うん。しかも、リブの炎もしっかりと消されてるし」

「それは、大火災になるよりはよっぽどいいんじゃないか? それに、他の捕まってる人がいたら、丸焦げになってたかも知れないし」

「とにかく村に戻ろう。この異常事態を村人たちに知らせなきゃ」

火災が広がらないことを確認した後、二人の少年は、強制収容所を後に村へと急いだ。


    2


 三〇分くらい走ったり、途中で疲れて歩いたりしながら、二人の住む村へと戻ってきた。小さな集落、約五〇戸程度の建物しか辺りには見えない。

「戻ってきた・・けど、何かがおかしい。人の気配がない」

リブがそうつぶやいたのを、マスが同感だと思った。リブとマスは、自分の家や隣の家を見ても、誰もいない。ゴーストタウンと化していることが、二人の中ではっきりと感じ取れた。

「も、もしかしたら、村人全員が自分たちと同じように捕えられたのかも知れない。」

「な、なんだって!!」

 今度は看守がいないので、マスが思いっきり叫んだ。そして、リブの答えにマスも同じ意見であった。

「確かに俺たちだけが連れ去られるのはおかしい。この小さな村なら、村人全員がいなくなる方が都合がつく」

 リブが冷静に物事を整理する中、マスが事態の整理に追いつかない。気が付いたら、牢屋に入れられ、火災報知機にリブが炎を打ち込んで脱出して、さらに村人が全員いない。これだけの出来事に冷静に対処できるリブは、一体何者なのかと。

 マスがリブと出会ったのは物心ついた時から、一緒にいた。というより、小さな集落の同い年だ。自然と繋がるに決まりきっている。

 リブは昔から炎を出せる特技がある。もっとも、マジックショーでボヤ騒ぎを起こして以来見せてはいないが。さっきまでは、お調子者のどうしようもない奴と思っていたが、ここまで頼りになる奴だとは思わなかった。

「マス、村人はあの収容所にまだ残されている可能性が高い。村人を僕たちで救い出すんだ」

「俺もそう思う。だとしたら、もう一度あの収容所に行く必要があるな」

今の時刻は一八時。ちょうど夕陽が落ちたあたりだ。

「行動開始は日付が変わるあたり、今から六時間後だ。だから、夜の一二時にまたこの場所に集合しよう」

「リブ、わかったよ」

 二人は約六時間後に落ち合うことを確認し、一旦自分の家へと戻っていった。

 リブの家は中心部からやや外れに位置し、母親との二人暮らしである。母子家庭の理由は、リブが生まれてからすぐに父親が行方不明となっているためである。

 村人が全員いなくなったことで、当然リブの母親もいない。リブは、先祖代々を祭っている仏壇へと歩み寄った。先祖にこれから命がけの救出作戦を遂行することを報告する。

 その時、今まで気にも留めなかった仏壇の下の引き出し。リブはふと、その引き出しを開いた。そこには、古ぼけた書物があり、題材に『炎術者へ』と書かれていた。リブは、その書物を手に取り読んでいく。

『可能性のある炎術者へ・・・清き心を持たねば、たちまち自らの炎で身を滅ぼすことであろう。清き心を得たとき、その炎はたちまち汝の力となるであろう・・・』

「清き心・・・今の自分に備わっているのか。けれど、この炎で村人を助け出せるのなら、全ての力を解放したい」

 リブは、自分の思いを確認しながら、救出の時を待った。

 マスも自分の家に着く。マスの家は、町の中心部に位置し、この集落では比較的裕福な家庭である。マスは、家に着くとすぐに地下室へと向かった。先祖代々言い伝えられている伝説の剣を求めて。

 マスは村一番の剣の使いであり、先祖代々剣術者で育ってきた。言い伝えの中に、伝説の剣『レジェンドソード』を手に入れし者、たちまち世界を手にするであろう。ただし、清き心を持たぬ者は、その剣の前に制裁を受けるであろう。

 マスは、この非常事態の前に、迷わず伝説の剣を求めた。その力で村人を救えるのなら、自分の身が滅ぼされても構わない。

 地下室たどり着くと、奥に厳重に保管されている大きな箱があった。マスは、固唾を飲んで、その箱を開けると、ズシリと重く無骨に光る剣を見つけた。

「これが、伝説の剣・・・」

 マスは、その伝説の剣を握り、構えを取った。今までにない重量感を手に取り、本物の剣の前に、村人の救出を誓う。


    3


 時刻は午後一二時。二人は約束の場所へと戻ってきた。

「準備はいいか、リブ?」

「あぁ、大丈夫。それより、その剣は一体・・・」

「これは代々伝わる伝説の剣さ。名前は『レジェンドソード』だ。それより、リブはいつもと変わらないけど」

「僕は『炎』はがある。これほどの武器は今の自分にとって最高の武器だよ」

 二人は意を覚悟して、強制収容所へと向かった。

 日付が変わる一二時。今回は歩いてきたので、強制収容所にたどり着くのに一時間程度時間がかかった。辺りは闇にさらされているが、三日月が時折顔を出すことで微かに明るくなる。

 先ほどのボヤ騒ぎが響いているのか、強制収容所の外壁を看守が辺りを厳しくチェックしている。約一〇メートルおきに看守が常駐し、周りを囲んでいる。

「脱獄するより、中に侵入する方が厳しくないか?」

リブが周りを監視する看守に、皮肉を込めてつぶやく。看守との距離およそ一〇〇メートル。これ以上の接近は危険と判断し、二人は木に隠れながら侵入する機会を伺っていた。

「とりあえず、さっきのボヤ騒ぎをもう一度引き起こそうよ。その隙に、中に侵入すればいい」

 マスの考えは原始的なものではあったが、この状況ではその原始的な考えが一番だと、リブは思った。リブは右手に気を集中してとりわけ大きな火の玉を作る。

「いっけ―――――!!!」

 リブの撃った火の玉は、狙っていた強制収容所のドアのはるか上を通過し、建物にぶつかり、燃えていった。

「結果オーライ?」

「ノーコン」

その軽妙なやり取りの中で、先ほど聞いた火災報知機のベルが鳴り響く。

『ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!』

 けたたましいサイレンの音が、強制収容所に響いた。すると、外にいた看守たちは、火災の確認や消火活動、非難の誘導を始めた。いつも訓練をしているのか、消防署のお偉いさんから表彰されるほどの迅速な対応であった。

 この騒ぎにまぎれて、リブとマスは強制収容所の中へと侵入した。パワーアップした炎により、大きな煙が二人の味方であるかのように身を隠している。

 先ほど脱走した経路を戻ってきたからか、本部である管制室までは難なくたどり着くことができた。脱獄犯から一転、今度は村人を取り戻すヒーローのため怖いものなど何もない。その目は『アイオブザタイガー』かのように獲物を狩ろうとする目でもあった。

 本部の所員が、火災と二人の侵入者と、次から次に起こる異常事態に整理が収まらない。

「お前たちは誰だ? ここがどこか分かっているのか!?」

「知っているさ。強制収容所・・・いるんだろう? 村人がここに!!」

「何!?」

 マスの問いかけに動揺した所員を見て、リブは間違いなく村人がこの強制収容所にいることを確信した。

「さぁ、返してもらおうか、村人を!!」

「ちぃぃっっ、撃て―――!! このガキ共を撃ち殺せ―――!!!」

 まるで『村人たちはこの建物にいますよ』と答えを教えているような対応である。所員は実力行使に踏みきり、管制室にいた看守十数人が一斉にリブとマスめがけて発砲した。発砲と同時に、リブは手のひらから炎を作り、自分の周りを炎で囲った。すると、二人にめがけて打ち込まれた銃弾は炎の熱で溶けていった。

「何? 拳銃が効かないだと? 化け物かあいつらは」

「冗談がきついな。人の命を何とも思っていないお前らに化け物扱いはされたくないな。じゃ、ここからはこの剣で反撃だ!」

 マスは『レジェンドソード』を手に、ひるんだ所員に向かっていき・・・

『ドスッ!!!』

 鈍い音が管制室にいた所員全員から聞こえた。マスは一瞬にして所員を斬りつけた。所員は斬られても何が起こったか分からず動揺している。しかし、一番動揺しているのはリブだった。

「ま、まさか。殺したのか・・・」

 幼馴染が大人十数人を一瞬にして斬りつけた光景に衝撃を与えた。これでは、マスは正真正銘の人殺しになってしまう。

「リブ、まさか。気絶させただけだよ。この『レジェンドソード』は妖魔退治の剣。人間は斬れないよ」

「よ、よかったぁ・・・」

 所員の脈拍があることを確認したリブは、『レジェンドソード』の予想以上の使いやすさに感心したマスと先を急いだ。

「管制室の人が聞く耳を持たないとなると、この強制収容所の親玉に尋ねるしかなさそうだな」

 マスの答えに、リブがポケットに入っていた強制収容所の見取り図を確認した。この建物で一番お偉いさんがいると、向かう先は、

「所長室・・・」

「恐らくこの親玉は所長室にいるだろう。ここから目の前の階段を登ればすぐだ」

 二人は意を決して、強制収容所の親玉であろう所長室へと向かった。『村人を返してもらおう』その想いだけしか所長室の扉を開くまではなかった。階段を登り、二人が所長室の扉を開けた・・・

「ようこそ」

 所長室の扉を開けると、強制収容所の所長が第一声に発した。広い部屋に大きな机が一つ。周りには賞状やトロフィー、さらにはパター練習用のクラブまで設置されている。中小企業の社長室のようだ。所長は身長一八〇センチメートル近くのがっしりとした体型で、顔のあちこちに傷があり、見るからに軍人といった風貌だ。でなければヤクザしかない。

「村人を返してもらおう」

「そうだ。この剣で斬られたくなければ、素直に村人を渡すんだな」

 リブに続き、マスも所長に村人の返還を求めた。もっとも、温厚な会談ではなく実力行使になるのは目に見えているが。

「そこで『はいそうですか』と、言うわけがないだろう。それに、そのレジェンドソードは人は殺せないはずじゃないのか?」

「ちっ、ばれていたのか。だったら、この剣で村人の居場所を聞くまでだ!」

マスは先ほど管制室の所員を斬ったように所長に向かっていった。

「甘い」

 所長はマスの一振りを難なく交わし、右足で後ろががら空きとなったマスの右腹部を蹴った。マスはその衝撃で壁に激突して気絶した。リブが慌ててマスに駆け寄った。

「おいっ、マス! 大丈夫か? しっかりしろっっ!!」

 リブの必死の問いかけも、マスは反応しない。仮にも村一番の剣術であるマスの剣が簡単に交わされた。内臓にダメージを負ったのか、吐血をしている。

「レジェンドソードか、その剣はある一族にしか持つことを許されない剣。あの小僧がその一族の継承者か。しかし、剣は身体に当てなければ何の効果もない。一蹴りでこの有様さ。そしてお前は、炎術者か?」

「なぜわかるんだ!!」

「そんなもの一目見ればわかるものさ・・・さて、お前とは楽しくやれそうだ。久しぶりにこの俺を楽しませてくれ。そうだな、俺を倒すことが出来れば、村人を解放してやってもいいかな?」

 リブは自身が炎術者であることを見破られて動揺していた。そのさなか、所長に勝てば村人を解放するとの約束に頭が追いつかない。こうもあっさりと村人を解放するのか。それとも、余程自身の力に自信があるのか。しかし、どんな状況でも答えは一つであった。

「わかった。僕が勝てば、素直に村人を返してもらおう」

「フフッ・・・いつでもこい」

リブは手のひらに炎を作り出し、所長めがけて放った。所長はその攻撃を読んでいたかのようにヒラリとかわす。所長はリブに向かってジャンプし、空中で右足を出した。先ほどマスを蹴った構えと判断し、リブは身体の周りに炎の壁を作った。

「ほう、炎の壁で俺の蹴りをブロックしたのは認めてやろう。だが、これはどうだ?」

 所長の右手にはマグナム銃があった。その威力はリブの炎の壁を貫いた。管制室での所員の銃弾は溶けたが、所長のマグナム弾は溶けなかった。

「この部屋に炎術者が来ることは目に見えていた。先を読むことが出来れば、対策など簡単に組み立てられる」

 打つ手なしか? リブが焦る中、先ほどの炎の球が所長室を燃やしていることに気が付いた。長期決戦になれば、リブもマスも黒こげになる。むやみに炎を使うと身を滅ぼすとはこのことだったのか。

「さぁ炎術者、これで打つ手なしだな」

「ちっ、他になにかないのか?」

「まだあるさ」

 所長のもとに影が見えた。意識を取り戻したマスが所長を斬りつけたのを、リブは確認した。不意を突かれた所長は完全に逃げ切れない。この一撃で所長を倒したと二人は思った。

「やはり、甘い」

 所長が倒れ行くマスにつぶやいた。長年の経験からか、体の神経が反応しわずかにマスの剣に対して急所を避けることが出来た。マスは、またしても所長の右足の蹴りにより、壁にたたきつけられ気絶した。しかし、完全に避けることが出来なかった所長を見ると、マスの一撃は予想外といった表情だ。しかし、所長はヒヤリとしながらも、余裕の表情を見せた。これが長年の戦闘経験だと言わんばかりに。

「甘いのは、誰かな?」

リブが一言つぶやくと、所長の腹部に炎の球がヒットした。マスの一撃に気を取られたときの一瞬の隙をリブは見逃さなかった。所長はその衝撃で壁にたたきつけられた。

 リブの炎で所長室はあと少しで火の海と化する。所長の周りには炎が、後ろには壁、ドアの前にはリブと気絶したマスがいる。所長の逃げ道はなかった。

「さぁ、僕の勝ちは決まりだ。村人を解放してもらおうか」

「あぁ、わかった、私の負けだ。炎の使い方ひとつでこうも勝負が決まるのだな。全てを話そう・・・残念ながら、村人はここにはいないのだ」

「何だって?」

 所長の突然のカミングアウトに、リブは動揺を隠せなかった。所長が降参の意思を示したことで、村人が帰り全ては終わるはずであった。

「じゃあ、どこに行ったんだ!」

「それは、この地図に示してある。もっとも、今のお前たちにはたどり着けそうもないがな」

 所長はリブにめがけて巻物のような地図を放り投げ、リブがその地図をキャッチした。

「その地図の場所に行く前に、ひとつ大事なことがある。それは、『エレクタクノロジー』というお宝がキーアイテムとなる」

「エレク・・・タクノロジー?」

「そうか、その表情だとわらないようだな。『エレクタクノロジー』ってのは、いわばこの世界で最高のお宝だ。もっとも、それがどんな現物か、どんな効力があるのか誰もわからない。だが、『エレクタクノロジー』を手にしたものは、必ず自分の理想とする世界が作れるそうだ」

「そのお宝を手に入れて、一体何になるんだ」

「おまえらだけで村人が連れて行かれた場所に行くのなんか自殺行為だ。だから、せめて強力な武器として、『エレクタクノロジー』のお宝を使えば、村人の救出も夢じゃない」

「エレクタクノロジー、それは一体どこに?」

「・・・さぁな。だが、今のお前たちに見つけるのは至難の業かもな」

「エレク、タクノロジー・・・」

 リブがエレクタクノロジーについて口走った時だった。

『ガラガラガラッ!!!!!!!!』

 リブの炎によって燃えていた強制収容所だが、天井が崩れリブと所長の間に落ちてきた。リブはすぐ後ろのドアから脱出することができるが、所長は炎に囲まれもはや逃げ道はなかった。

「フフッ、これで俺の逃げ道はないか・・・村人の地図をお前らにやったんだ。裏切り者の報いとして、俺は『あの方』にすぐに消されるか・・・どっちにしても俺の命は短いというわけだ。さぁ、行けわが息子よ、ここから早く脱出するんだ!!」

「む、息子・・・息子だって!!!!?」

 確かにリブの父親はリブが産まれてすぐに行方不明となっていた。母親や警察の決死の捜索も虚しく、父親は帰ってこなかった。それが、村人をさらい、自分の息子まで監禁した首謀者である。父親が生きていた喜びと村人の敵の主犯格が父親という悲しみが、リブの精神に応えているが、次から次へと判明する新事実にとても簡単に処理できるものではなかった。

「なぜ、今まで姿を見せずに強制収容所の所長となって、村人をさらったんだ!!」

「全てを話すには、時間がない。だが、その地図のありかにたどり着けば、答えがわかるだろう。さぁ、はやくここから脱出しろ。でないと、炎術者の掟である自分の作った炎で身を滅ぼすぞ」

「だめだよ。簡単に死ぬなんて。行こう、父さんも一緒に」

「父さんか・・・一度は息子からその言葉を聞いてみたかった。最後に夢が叶ったよ」

「最後じゃないよ!」

「だが、もう遅い。俺は所長という肩書を使い、色んな罪を犯してきた。どのみちここから出ても裏切り者として、すぐに刺客に殺される。村人は地図の場所に必ずいる。村人の救出は、任せたぞ! そして、『エレクタクノロジー』を必ず手に入れるんだ!!」

「だめだよ! はやく父さんもここか・・・」

『ガラガラガラッ!!!!!』

 またしても天井が崩れ、今度はリブの父親を完全に瓦礫や炎が覆っていた。瓦礫の量が多く、リブの父親の姿が完全に隠れていて生死が確認出来ない。

「父さん!!」

 リブの問いかけにも、何の反応もない。リブの父親を完全に炎が覆っていた。気が付くと、リブの周りも炎が迫ってきていた。このままではリブも巻き添えになってしまう。

 気絶していたマスが目を覚まし、目の前の瓦礫と炎の光景を目の当たりにし、身の危険を感じた。

「おい、リブ、この瓦礫と炎は何だ? それに、所長はどこに?」

「所長は、あの炎の中さ」

 リブが、先ほど自分の父親と対面していた炎の壁を指さす。自分の父親ということは、あえてふせた。

「そうか・・・俺たちは勝ったんだな。で、村人はどこにいるんだ?」

「残念だけど、村人はこの強制収容所にはいないみたいだ。だけど、村人のありかを示している地図をち(父親と言ったらまずいな)・・・所長から。この地図の通りに行けば村人を救出できると言われた。けれど、今はここを脱出することが先決だよ」

 同時に、それは父親との決別をも意味する。しかし、リブの生きる決心は固かった。リブと所長がリブの父親と知らないマスは、強制収容所を後にする。

 火の回りが激しくなってきたためか、強制収容所には所員を含め誰もいない。リブとマスは楽々と管制室を通り、強制収容所を脱出することに成功した。

 リブとマスは、強制収容所から少し離れた小高い丘に向かい、燃える強制収容所を眺めていた。

「リブ、その巻物に描かれてる地図を見ようよ」

 父親もあの強制収容所の炎の中にいるのかと、あっけにとられていたリブであったが、マスの言葉で我に返り、父親からもらった地図を広げた。

「な、なんだ!! この地図は!!!」

 二人して同時に驚いた。そこに描かれていた地図は、地球でいうところの世界地図だ。リブとマスは、自分たちの住む村の『エルニア国』の大地しか世界を知らなかった。村人がとらわれた『ゼレス』という場所は地球でいうところの真逆の位置に描かれていた。そこまでの道のりは西の方角へ海を渡り、大陸を渡った先にあった。

「自分たちがいたエルニア国ってすっごく広いと思ってたけど、実はこの世界では小さな存在だったんだな」

 マスが世界の広さに驚愕していると、リブが頷く。

「けれど、村人はこの『ゼレス』という場所にいるんだよ。間違いなく」

「このエルニア国しか知らない自分たちだけど、世界と戦うことになるのかな?」

「行こうよ、自分たちがまだ見ぬ、知らない世界に! この地図に描かれているゼレスにたどり着くにはものすごく時間がかかるとしても、いつかは必ずたどり着けるよ!!」

 リブがやけに興奮気味なことに、マスが驚く。しかし、強制収容所が崩壊し、村人がいない中、もはやこの村に残る意味など皆無であった。

「この村を出ようよ、マス。そして、村人を取り戻そう!」

「そうだね。世界へと旅立とう!」

 二人は旅立ちの意思を固めた。リブが、父親から教わった『エレクタクノロジー』について、ふと思い出した。

「なぁマス、『エレクタクノロジー』って知ってるか?」

「なんだそれ? そんな言葉初めて聞くな」

 リブだって、父親に教わるまで知らなかったことだ。中々なじみがないのであろう。

「さっき所長が、その地図の場所に行く前に、その『エレクタクノロジー』を手に入れることが先決なんだってさ」

「何のために?」

「僕も同じことを思ったよ。だけど、この『エレクタクノロジー』を手に入れれば、『ゼレス』に行くのも容易いんだって」

「そうか・・・じゃ、その『エレクタクノロジー』を早く見つけようじゃないか!!」

「そうだな」

(親父、これでよかったんだよね。必ず村人を取り返して、エレクタクノロジーの真実を見つけるよ―)

 こうして、リブとマスは村を出ることを決意した。たった二人で、世界と戦う・・・


    4


「ほう、エルニア国の強制収容所が燃えたか。となると、あの二人は死んだか」

 小説ではおなじみの、まだ姿を出すことが出来ない黒幕が語る。推理小説ならさしずめ犯人の心境であるところか。小説は文章だけで世界を作るので、早くから黒幕の参加が許されている。これが実写やアニメとなったら、黒の全身タイツで真っ暗な部屋で語っているところだろう。

「いえ、エルニア国の強制収容所所員の話によりますと、どうやら例の二人の少年は脱獄した模様です」

こちらは、黒幕の部下と言ったところか。やはり小説はまだ顔を見せることが許されない配役も同等に扱えることが出来るので便利である。

「当たり前だ。『エレクタクノロジー』のカギを握る二人が、やすやすと死ぬわけがないだろう」

 どうやら、この黒幕みたいなのはエレクタクノロジーの存在を知っているかのようだ。この二人のシルエットだけは何とか見える。黒幕的存在は巨漢の筋肉マッチョ風、手下みたいなのは・・・髪の毛が・・・ない。

「奴らがエレクタクノロジーを手に入れるか、それとも滅ぼされるか・・・まぁ、それは、この俺が対峙しなければわからないことだが」




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