男、悪魔将姫を仲間にする
「なるほど、事情は察しました。要するにネットで炎上してムカついたから腹いせで人類を滅ぼすってことですね」
「ま、まあそうやけど。なんかその言い方やと俺がくだらんことで腹を立ててしょーもないことやらかす小物みたいに聞こえへん?」
「違うんですか」
「実際に体験してみないと分からんことかも知れんけどな、言葉の暴力ってムチャクチャ辛いんやで。心臓をナイフで突き刺されたような感覚になるんやぞ」
ハルドは身ぶり手振りを交えながら、言葉の最後に明らかな激情を迸らせた。
一方のイレーヌは、実にテンションの低い声で返した。
「まあそれはわかりますよ。あなたの喋り方は特に感情がストレートに出ますから、よく伝わってきます」
申し訳程度に正座をしてはいるものの、くねくねと落ち着かない尻尾は話に集中していない様子を如実に物語っている。
しかしハルドの長い話は、それで終わりでなかった。
「確かにネット上の俺は元々ちょいと痛いキャラやったと思う。けどそれは同じ趣味を共有する仲間内だけでの話であって、あそこじゃそれがウケてたんや。まあ廃課金で強なって、上位に入賞して、少し調子乗り過ぎてしまってたのは認める。ぶっちゃけウザイ感じに自慢してしまったのは反省すべき点やと思う。でもそれやったら直接声かけてくれれば済む話やんか。なんで仲間内でしなかったような痛い発言を、わざわざ匿名掲示板で晒す必要あんねん。ひどい裏切りやないか! そう思うやろ、イレーヌ」
「私は第三者なのでなんとも言えませんが、確かにそれはよくないですね」
「やろ! その真実を知ったとき、俺はほんまに悲しくなったで。やっぱり出る杭は打たれるんやなって。人間同士の友情なんて、所詮表面上だけやったんなって」
「ハルドの自慢がちょっとどころではなく相当うざかったのでは?」
ハルドは眉をピクリと動かす。彼はこれまで一度も自分を呼び捨てにしていいなどとは言っていない。
しかしそれでも話の腰は折られることなく、ハルドの話はさらに続いた。
「晒されてからの叩きはまーじで酷かった。特にまとめサイトの記事にされてからの熾烈さは尋常じゃなかったわ。なんも知らん奴が面白がって便乗して、みんなで俺を馬鹿にして。日頃ストレスが溜まっとるのか知らんが、だからといって誰にもやらかした奴を叩く権利はないんや。寄ってたかって袋叩きにして、みんながそれやったらオーバーキルやん」
「それはまあ、その通りだと思いますが」
「……思いますがなんやねん」
ハルドとイレーヌは見つめあった。
二人の周囲を取り囲む暗黒の雲は絶えず揺らぎ、不規則に渦巻いている。
イレーヌは言った。
「自分を叩いた人間にだけ報復すれば済むのでは? シミュレーションマスターとやらのあなたの力ならそれが可能なのでしょう。無関係な人類全体を巻き込んで滅ぼすというのは飛躍しすぎな気がしますが」
「わかっとらんなあ。俺の人類への絶望は別に今回の件で始まったわけやないんや。いじめのなくならない社会構造を生み出す人間の本質、救えなさ。ずっと昔から思っとったことや。何百年も前から、この生物に未来はないと結論は出とった。せやけどこのシミュレーション世界はエクスカリボーグよりかは居心地がええ思って、目瞑ってきたんや。でも、もう限界なんや」
「はあ……」
イレーヌは決して小さくはないため息をついた。
しかしまるでそんなものなど聞こえていないのかのごとく、ハルドは拳を握りしめて熱弁を続けた。
「俺はすべてを終わらせる。もうなにもかもどうでもええ。最近はチートコマンドを使わずに一人の人間としての人生をロールプレイしとったが、それももうおしまいや。いくら文明が発達したところで、人間社会が相変わらずしょうもないことはよーく理解した。だからな、俺が恐怖の魔王になって、この世界を終焉させたるんや。この亜空間を生み出してお前を呼び出したのはその決意の表れや」
イレーヌはなにも言わなかった。
「なんや不満そうな顔やな」
「ええまあ。ハルド、あなたの自分勝手さに正直呆れているんですよ」
「なんやと?」
「決意の表れだか知りませんが、私は生んでくれだなんて一言も頼んでいませんよ。私は別にこの世界を恨んでも憎んでもいませんし。滅ぼしたければ一人でやればいいでしょう?」
「なっ、お前さっきから生意気やぞ。イレーヌってそんな冷たいキャラちゃうねん」
「知りませんよ。ゲームの中の私のキャラは営業モードなのでは?」
両者はしばし無言で睨み合っていたが、先に音を上げて口を開いたのはハルドだった。
「ったく、ロボットのようではつまらんと自我を与えたんが裏目に出たか」
「私からしてみれば、こんな適当な創造主のもとに生まれたのが裏目ですよ」
「このッ!」
「お、やりますか? 悪魔将姫である私は多分あなたより強いですよ。この距離ではチートコマンドを詠唱するより先に角でブスリでしょうね」
「ああ、うん。いや、ここでお前といがみ合っててもしゃあないな。人類抹殺という偉大な使命を果たさなならんのや。イレーヌ、悪いがこれから俺の作戦に付き合ってもらうぞ。なに、お前の仕事はそう多くはないはずや」
そう言うとハルドは先程イレーヌの衣装を出したのと同じようにコマンドを詠唱し、この場に似つかわしくない機材を次々と繰り出した。
* * * *
「カメラに三脚に照明……。なんですかその素敵グッズは」
「お、興味湧いてきたか?」
「あれですか。可愛い私の撮影でもするんですか? なんだか急に楽しみになって来ましたよ」
先ほどとは打って変わり、イレーヌは好物を前にした犬のごとく尻尾を振り回していた。
そんな彼女を尻目に、ハルドは笑う。
「なにを期待しとるのか知らんが、お前のイメージビデオを撮るわけやないぞ。主役はあくまでもこの俺や」
イレーヌの眉が露骨に下がった。
ハルドは極悪顔となり、悪魔のように笑って見せた。
「くっくっく、人間どもめ。ただ滅ぼすだけじゃつまらへん。奴らには自らの愚かさをとくと認めさせたうえで、自主的に滅びの道をたどらせたるわ」
照明の当たり具合も相まって、その人相の悪さたるやまるで凶悪指名手配犯である。
「笑い方がいかにも小物の悪役っぽいですね。シミュレーションマスターを謳っておきながら、完全に人間と同じ目線でいる気がしますが」
「同じ目線もなにも、そもそもこの世界の人間は俺らエクスカリボーグ人をモデルにプログラムされとるからな」
まるで仕込まれた手品のように次から次へと物が繰り出されていく。
机やらなにやら、新たな物が配置されるたび、無機質な空間が徐々に撮影セットらしくなっていった。
イレーヌは回っていないカメラの前で決め顔になり、尋ねた。
「もう一度聞きますが、本当に人類を滅ぼしちゃっていいんでしょうか?」
「愚問やで。人類とかマジでしょーもないから。長年この世界を見てきてはっきりしたことは、人類含めて生命の本質は邪悪そのもので、その継続に意味なんかないっちゅうことやねん」
「そこまで言い切ってしまうんですか。危険思想語っちゃう俺かっこいいですか」
「人を中二病患者みたいに言うなや」
「まさか自覚がないとは恐れ入りました。ですがこのシミュレーションの中で人類の行く末を見守ることはハルドの仕事なんですよね。勝手に終わらせちゃってもいいんですか?」
「まあ物は言いようやな。“上”の連中を言いくるめる方便は考えてある。やるでー、俺はマジでやるからな」
「いちいち私に同意を求めないでくださいよ」
ハルドの目には、かつて食堂で見せた輝きとは別種の、熱い炎が燃え上がっていた。
イレーヌはというと、どうやらこれから彼のやろうとしていること自体については満更でもないらしく、返事とは裏腹にしきりに髪型などを整えている。
「くっくっく。人類滅ぼす系動画投稿者、ハルド様のハルドチャンネル開設やぁ~!!!! うわぁ~い、パチパチパチパチパチ」
虚空の闇を駆け抜けたのは、なんとも寂しい拍手だった。