暗黒のティータイム
「ユウキのいない世界は完全に元の自由さと混沌さを取り戻した。ほんま、完全勝利やわ。まあナラドゥに今の様子を見せてやれんのが残念やけどな」
「それに伴って求心力を失ったネオハルド団チャンネルは最終回を迎える羽目になりましたけどね」
「でもあれだけやり切ったわけやから、十分ハッピーエンドやで」
ハルドとイレーヌはテーブルを囲い、向かい合う。
互いの手には数枚のカード、そして盤上は壮絶な戦いの真っ只中である。
イレーヌは手札をテーブルに伏せ、会話の続きを口にした。
「へぇ、最後にユウキさんとそんなことを話したんですか」
「ああ。イレーヌはどう思う?」
「どうもなにも。あなたに作られたプログラムそのものである私にそれを聞きます?」
「せやったな。変なこと言って悪かったわ」
部屋にはまだ、チャンネルの撮影に用いられたセットが置かれたままっだった。
壁の至る所には、出演した著名人のサイン色紙がびっしり貼られていた。
「どした? お前のターンやで」
「ハルドは内心疑問に思っているんですね」
「なにがやねん」
「あなたのいる世界のすべての存在の真偽が」
ハルドはテーブルに積まれた山札からカードを引き、答えた。
「なんとなくやけどな。ときどき自身の存在そのものすら嘘のような気がすることがあるんや。まあこんな仮想世界に入り浸ってるからそう思うんやろな」
「その感覚は正しいですよ」
「なんやと」
「例えばですが、この世界も元いた世界もすべて嘘で、本当は最初からハルドと私しか、世界にいないとしたら?」
「は? なに寝ぼけた言っとんねん」
イレーヌは微笑い、ハルドと目を合わせた。
するとふいに床が抜け、二人の周りの全ての景色が消え、いかなる光もない正真正銘の暗黒空間が広がった。
そこにはイレーヌと、ハルドの二人だけしかいなかった。
「な、ななな……えっ!!?」
「さすがに驚いていますね。このなにもない空間が宇宙の全て、世界の真の姿なんです。そう、ここには私とハルド、あなたしかいません」
「なにを訳の分からないことを言って」
「本当に信じられませんか?」
「そんなん当たり前、いや……なんかそうでもないわ」
「ふふ、朧げながらも思い出して来ましたか。ここってハルド空間にそっくりですよね? それは多分ハルドの深層意識に、ここの景色が残っていたからでしょうね」
「いや待て、やっぱおかしいやろ! そんな馬鹿な話あるかい。エクスカリボーグは? ナラドゥは? ユウキは? 今までの世界は一体なんだったんや!」
「すべて仮想現実のなかの紛い物ですよ。何度も言いますが世界には私とハルドしかいません」
キョロキョロと、ハルドは辺りを見回す。
そして俯き、頭を抱えて言った。
「そう言われてみると、不思議とそんな気がしてきたわ」
イレーヌはにっこりと笑う。
「私たちは基本的にここで二人で仲良く暮らしてるんですが、たまにあらゆることに猛烈に飽きて発狂しちゃうときがあるんですよね。そういうとき、一度記憶を消して夢の世界に現実逃避する。これがいい気分転換になるんです。今回はたまたまハルドがそうしてましたが、逆のパターンもあるんですよ」
「ああもうそれ以上の説明はいい。色々、思い出してきたわ」
「それは良かったです。とりあえず、お茶でも飲みながら少しお話しましょうか。ここでは念じればあらゆるものが出てくるんです。まあすぐに別の世界に逃避できないという制限はありますが」
「言われなくても分かっとる」
ハルドはまるでお馴染みのコマンドを口ずさむようにティーカップを召喚した。
カップの中には暗黒の空間よりも暗い、漆黒の液体が詰まっている。
「やっぱりそれなんですね。前は苦いものなんて大嫌いだったのに、ほんとに趣味が変わっちゃって」
「チップエンジンで仕事しとるときに無理矢理モチベ上げようと飲んどったらすっかり癖になってしまってな」
「知ってますその話。前に聞かされました。私はブラックコーヒーよりも砂糖の入ったものの方が好きですね」
イレーヌもまたハルドのものと同じデザインのティーカップを繰り出し、中の飲料を飲み干した。
しばし、二人は無言で見つめ合う。
「どうでした? 今回の世界は」
「良かったな。すごく面白かった」
「そうですか。これからどうします」
「とりあえず。さっきの対戦の続きしようや」
「そうですね」
先程の盤面を再現したテーブルが二人の間に出現する。
ハルドは意気揚々と手を掲げ、カード名を高らかに宣言した。




