どんでん返し
青とグレーのジャケットを着た白髪の老人は護衛の男女二人を従え、部屋に立ち入った。
「お待ちしていました。局長」
あらかじめ部屋にいた、作業着を着た青年が頭を下げる。彼とともに老人を出迎えたのは、巨大な端末と、それに埋め込まれた無数の計器たちである。
間髪入れずに老人は尋ねた。
「作業の進捗状況は?」
「順調です。ゴッデス・ブレスは予定していた13機中、10機までが完成。残りの3機もまもなく完成の予定です」
「ほう、予定をはるかに上回るペースだな。さすがは世界一の設備を誇る最新鋭工場というだけある」
「先日作業効率をアップするよう、スタッフたちに指示を出しましたので。例の事件での損失分は、我が工場で巻き返さなければなりません」
老人は眉にしわを寄せ、厳しい面構えをした。
「フン。あの片っ端から工場を破壊して回っているテロリスト、ハルドどもの話か。まったく、愚かなものよな。ゴッデス・ブレスを用いたユウキ様による統治こそが絶対正義だというのに。貴様もそうは思わんか」
青年は頷き、相槌を打つ。
「ええ。まったくもって同感です」
「あの方は人類の恒久な繁栄を心から願っておられるのだ。この神なる装置は元々、選ばれし者にのみ究極の幸福を提供するものだった。だが人民はあろうことか、悪魔の囁きによって堕落してしまった」
「それもあのハルドとかいう男の仕業ですね」
「そうだ。ゆえにゴッデス・ブレスのお恵みを人民に広く分け与え、いま一度ユウキ様の偉大さを思い知らせる必要があるのだ。それが本計画の趣旨なのだ」
老人はまるで、神の言葉を代弁するかのように荘厳に語った。
「おお、ユウキ様はなんと寛大なお心の持ち主なのでしょう。私もはやくこのプロジェクトを完遂し、お恵みを頂きたいものです」
「この調子でいけばそれももうじきだ。だがくれぐれも用心しろ。万が一この工場が奴らの手に落ちるようなことがあっては元も子もないからな」
「その点はご安心ください。この工場のセキュリティは万全ですので」
「私は精神の話をしているのだよ。そういう油断が大きなほころびを生んでからでは遅いのだぞ」
「はっ、肝に命じます。ところで局長、この映像を見てもらえますか?」
青年が手元の端末に手を触れると、壁に設置されたモニターの電源が入り建造中の巨大機械の映像が映し出された。
「なんだ、わざわざ映像で見せんでも今から直接視察に行くところだが」
「いえいえ、ここからが面白いのですよ」
「なんだと?」
「さて問題です。このボタンはなんでしょう?」
青年は悪戯っぽい笑みを浮かべ、机の引き出しからクイズのバラエティー番組で使われていそうな、大型の押しボタンを取り出した。
「なんのつもりだ」
「とりあえず押してみますか?」
「馬鹿な。そのようなよくわからないものなど押せるか」
「まあそうですよね……。それなら代わりに俺が押しときますよ」
青年が白い歯を見せ、ボタンを押す。
すると大きな破裂音が轟き、部屋は激しい揺れに包まれた。
「な、なにをした貴様っ!?」
「なにをしたですって? 知りたければモニターをご覧あれ」
老人が振り向いたその画面の向こうには、轟々と燃え盛る炎に包まれ崩れ落ちる、アンテナ状の機械たちが映り込んでいた。
老人は大きく目玉を見開き、青年の顔を睨み付けた。
「貴様っ、何者だ!?」
青年が深く被った帽子を、勢いよく脱ぎ捨てる。
「この顔に見覚えあらへんか? 聖刃党幹部、マルコス技術局長さん」
「なっ、ハルド・ゴレイザスだとっ!?」
「くっくっく、ええ反応やな。テロリストはすでに潜入し、爆弾を設置しとったんやで」
青年、もといハルドが手を叩くや、老人の護衛であった二人もまた変装を解く。
ナラドゥとイレーヌはそれぞれ老人を挟み込むように、ゆっくりとにじり寄った。
「なっ! 貴様たち、いつの間に」
「マルコス技術局長。悪いが少しの間身柄を確保させてもらうぜ」
「悪いようにはしませんよ。私の魅了で情報を聞き出し、少し働いてもらうだけです」
「く、おのれ……」
老人は皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにし、声を絞り上げた。
「誰かっ! この侵入者をつまみ出さんかっ!!」
「無駄やで。ほんのちょこっとだけおねんねさせてもらったからな。さあ、一緒に来てもらうで」
ハルドは余裕たっぷりに笑い、眼前に黒い渦を発生させるお馴染みの文言を口にした。
「……あれ?」
小首を傾げ、ハルドは再度詠唱を試みる。
しかし渦の出現どころか、僅かな空間の歪みすらもまるで起こらなかった。
「おかしいな。ワープホールがでえへん。どういうこっちゃ」
「おいハルド。いくら余裕の状況だからっていらん冗談はよせよ」
「いや真面目にでえへんのや」
「コマンドの記憶違いをしてるんじゃないですか」
「いやいや、さっき来たときに使ったばっかやぞ」
今度は念を押すようにゆっくりと、ハルドは口を動かす。
「……駄目みたいや」
「原因はなんでしょう。しかしこれで帰るのが相当ダルくなりましたね」
するとこれまで項垂れていた老人が突然肩を揺らし、薄ら笑いをした。
「なんや。なにがおかしい」
「せっかくここまで上手く行っていたのに、という顔だな。まったくおめでたい奴よ」
「なんやと?」
「貴様の動画に煽動され、人々は要らぬ夢や楽しみを見だした。ユウキ“様”は失われた支配力を取り戻さんがため、貴様の作り出した機械を量産し、世界人類の洗脳を試みた。貴様はそのことを偶然聖刃党員の口から耳にし、止めに来た。よく出来たシナリオだとは思わんか?」
「……なにが言いたいんや」
「私は貴様たちが来ることを最初から知っていたぞ」
「ま、まさか」
「ああ、そうだとも」
老人が前へ出る。
蛇に睨まれた蛙のように、ハルドは立ち竦んだ。
「この計画自体が貴様を捕らえ、葬るための罠だったのだ。今はもうあの時とは違う。貴様のこの世界における、あらゆるデータは分析している。つまりこの工場にワープコマンドを阻害する特殊な細工が施すことも可能ということだ」
「なっ!?」
絶句するハルド。
その傍ら、ナラドゥは素早く手を伸ばし、老人の肩を掴みにかかった。
「ふざけるんじゃねえ! とっととその細工とやらを解除しやがれ」
「ナラドゥか。貴様のコンテンツは特に有害だな。ちょうど最優先で排除したいと思っていたところだ」
「枯れたジジイに俺の番組の良さが分かるかっ!」
「まだ私の正体に気付いていないのか。勘の悪い奴だ」
「っ……!!」
老人の手から伸びた一本の光の筋が、ナラドゥの背中を突き破った。
身をくの字に折り曲げ、ナラドゥは倒れこむ。
「ナラドゥッ!!!」
「悪ぃハルド……俺はどうやら、ここまでらしいな」
ナラドゥは口元に笑みを浮かべ、ハルドに向けて親指を立てた。
彼の背中に開いた光の穴は、みるみるうちに広がっている。
「……一足先にあっちの世界に帰らせて貰うが……ここの生活はなかなかに楽しかったぜ……欲を言えば俺自身、もっといい思いがしたかったがな……」
「お、お前の集めたお宝動画コレクションに心救われた男たちは数億はいると思うで」
「ハハ……あのお宝、持って帰りたいけどさすがに無理か……」
彼が最後に残したのは、なんとも満足そうな笑顔だった。
穴はナラドゥの身体をあっという間に侵食し、そのすべてを呑み込んだ。
「くそっ、ナラドゥ……」
「フン、安心するがいい。奴は自身の言うように元の世界に帰っただけだ。そしてハルド、直に貴様もそうなる」
「その見覚えのある光の剣。確信したで。お前の正体……」
ご名答と言わんばかりに、老人が頷いた。
しわがれた顔は瞬時に崩れ去り、代わりに凛然とした女性の顔が現れた。
「この世界の私の姿はアバターのようなものであるからして、外見を変更することなど容易い。それはお前も十分知っていることだな」
「聖刃ユウキ、やはりお前か……」
「ああそうとも。そしてやはりこの世界にお前は必要ないのだ。排除させてもらうぞ。ハルド・ゴレイザス」
宣告とともに、光の剣はハルドの首元に向けられた。




