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そして最後の戦いへ

「で、急に付いてきたいだなんてどういうつもりや?」


 信号が青になるなり、ハルドは小気味よく右足を前に踏み出した。


「だってハルドがしばらくぶりに日本の以前住んでいた場所の様子が見たいだなんて言い出すから、気になるじゃないですか」


 イレーヌはハルドの一歩後ろを下がって歩く。

 車の列は二人を悠然と見送った。

 ゆったりとしたワンピースにニットのカーディガンというコーディネートは、彼女の本性を見事なまでに包み隠していた。


「なんでや。ハルド空間にずっとおったお前にノスタルジーもなにもないやろ」

「いえ、だからこそですよ。ハルドがその目で見て私に話し聞かせていた外の世界の景色、是非我が目で一度見て見たいというのは当然の発想です」

「ほーん。そういうもんか」

「そういうものです」


 街路樹はこの季節特有の黄金色に染まっていた。

 ハルドは小さな屋台の前で足を止めると、チョコバナナクレープを購入し、イレーヌに手渡した。


「おおっ、これは美味しいです」

「実体化して味が分かるようなって良かったなあ。レシピ本見てつまらん顔しとったあの頃を思い出すわ」

「そんなこともありましたね。でもあらゆる娯楽施設が禁じられるなか、よくこのお店はやっていましたね」

「車で移動できる屋台やから、上手いことユウキの手先の連中の目を盗んどるんやろな」

「本当、聖刃党員の青とグレーのジャケットは至るところにいますよね」


 ハルドたちは歩きながら定期的に周囲を見回していた。

 風紀を守るためと銘打ち街中に配置された聖刃党員は、おおよそ三百メートル間隔で彼らの視界に現れた。


「しかし私は前の景色を知らないので比較はできませんが、道行く人々の顔をみてもそれほど暗いようには見えませんね。これがユウキさんの言う順応なのか、私たちの活動が実ってる証拠なのか、はたしてどちらかは分かりませんが」

「楽しそうに番組の感想を話す声もちらほら聞こえとるし、やってる側としては後者と思いたいところやな。しかし来たばっかりのころと比べて、確かに通行人の顔色はよくなっとるな」


 ハルドは街の人間の顔を見るたび目を細め、歩くペースを速めた。


「あの、そろそろ歩き疲れたんですが。休憩にしませんか?」

「もう疲れたんか? 生身になってから体力落ちすぎちゃう」

「足を使って長時間歩くというのは、普段飛行している人間からするとしんどいものなんですよ。って、言ったそばからお誂ええ向きの公園が」

「あの公園は」

「あら、もしかしてなにか思い出スポットだったりします?」

「いいや、ちょっと見覚えがあるような気がしただけやな」


 ハルドは自販機で飲料を買い、ふらふらとベンチの方へ向かうイレーヌの後を追った。

 すると隣のベンチでは、すでに“小さな先客たち”による熾烈なゲームが始まっていた。


「リリースドドラゴンでゴウカゴーレムに攻撃!」


 丸々太った少年は高らかに宣言した。

 短パンの少年が目を凝らし、ベンチに置かれた紙切れを見る。


「えっ意味ないでしょ、ゴウカゴーレムの防御力の方が高いじゃん」

「よくみろよ。アンデッドアルセーヌの効果でこのターン攻撃力上がってるぜ」

「なにぃ」


 短パンの少年が唇を噛む。

 彼らが現在手にしているのは正式なトレーディングカードゲームではない。長方形に切り取られた厚紙に手書きでイラストやテキストを記載した、不格好な贋作である。


「ハルド、あのカードは」

「ああ。俺らがこないだ対戦企画やったときのコピーやな。最後に全員分のデッキ公開したからおそらくそれを真似したんやろ」

「可愛いですね。今やお店では売られていないのに、ああやって手作りしてスリーブに入れて」

「まあ、これはさすがに俺らの活動の成果と言ってええんちゃうか」


 傍観者の存在に気付いたらしく、少年たちは前屈みになって手元のカードに覆い被さった。

 ハルドは笑みを浮かべて、前に出た。

 そしてまるで一流のスターであるかのように仰々しくサングラスを外してみせた。


「おいおいお前ら。なにもそんなに警戒することないやろ。俺らは聖刃党の風紀委員ちゃうで」

「あっ! ハルド!?」

「いかにも。われこそは浄化された元魔王、ハルドや!」

「わー凄い、本物だ!!」


 少年たちの顔が一気に明るくなる。

 ハルドは意気揚々と彼らのカードにサインを書き込むと、しばしの間彼らと歓談をした。

 

「まったく、物凄いデレデレぶりでしたね。子供たちにサインをねだられてそんなに嬉しかったんですか」

「なあイレーヌ。俺は一体なにしとるんやろな」

「なんです、いきなり」

「いや。前は人類を滅ぼしかけたくせに、今はそんなやつらの笑顔を見て癒されとる。あらためて考えて、俺ってブレブレやなって」


 イレーヌは目をパチクリさせ、ハルドの顔を凝視した。

 

「はあ……。なにを今さらですね。ハルドはきっと、ハルドの生き様を歩んでいるんですよ」

「なんやその分かったようでなんも分かってなさそうなセリフは」


 早くもオレンジ色に色づき始めた秋空の下、ハルドは笑った。

 そんなときである。

 ハルドのスマートフォンがカラスの鳴き声にも勝る、けたたましい着信音を奏でた。


「え、なんやと? そうか。わかった、すぐに行く」

「なんの電話ですか」

「ジンバブエ第三スタジオが聖刃党員に襲撃されとるらしい」

「どうやら少し油を売り過ぎたようですね」

「ったく、ナラドゥのやつがR‐18番組やるようになってから特に締め付けが強なったな。とにかく行くでイレーヌ」


 唐突に、公園のど真ん中に黒い渦が現れる。

 二人がワープしたその先は、五階建てのビルの屋内であった。

 入り口付近を取り囲む大量の聖刃党員は皆、盾や警棒を装備していた。その集団と目下激しいおしくらまんじゅうを繰り広げているのは、ハルドとともに番組を作り上げているスタッフたちである。

 先頭に立って盾役を買っていたナラドゥはハルドの姿を見るなり、狭めていた眉を開いた。


「おお、来たかハルド。援護頼むぞ」

「おう。ダブルシールドの出力で一気に蹴散らすで」


 ハルドがナラドゥの隣に並び立った瞬間、付近の聖刃党員が突風に巻き込まれたかのごとく吹き飛んだ。

 しかしそれを見ても多くの聖刃党員たちは怯む様子がなく、団結によりさらに肉の壁を厚くした。


「しかしほんま最近こんなんばっかやな。あまりに襲撃が多いもんやから、一般人のスタッフも防衛線にこなれて来とるで」

「油断するな。このスタジオは規模が大きいからな。万が一陥落したら逮捕者が大量に出るぞ」

「分かっとる。その前にワープで逃がすから心配せんでええわ」


 両陣営が睨み合ったまま、一歩も動かない時間が続く。

 そんななか、ふと天から声がした。


「みなさん下がってくださーい! 私が一気に片付けまぁーす!」


 場の全員が一様に空を見上げる。

 はらりと舞い落ちる黒羽の向こう側。そこにはイレーヌの、天女のような悪魔の微笑みがあった。


「なんやイレーヌ! いつもは高みの見物決め込んどるくせして、今日はしゃしゃり出るんか?」

「今日は機嫌がいいんですよ。さて、ハルドが常々疑問視していた魅了の力の本髄をお見せしますよ」


 いつもの衣装に戻っていたイレーヌは手を頭の後ろから腰へと巧みに回し、足を組み替え、その肉体美を遺憾なく見せ付ける。

 その耽美的な脇、太もも、或いはヘソから催眠光線でも出ているのか、聖刃党員の男たちは軒並みだらしなく口を開け、握った武器を悉く放り投げた。


「どうですハルド、恐れ入りましたか? ふふ、彼らが男性ばかりだったのが運の尽きでしたね」

「まるであの時の電波やな。恐れ入るどころか引くレベルなんやが。というかこんなことできるんやったら最初からやれや」

「本気のお色気は安売りしたくないんです。今回はクレープのお返しとでも思ってください」

「まあ、隣の俺の親友にまで効いとるのは置いといて、おかげで助かったで」

「さて、もう彼らは私の言うことなんでも聞きますが、どうしますか?」

「せやったら、こいつらが誰からどういった指令受けとるか聞いてみてくれ」

「了解です」


 頬を赤らめ、まるでそれが極上のご褒美かのように、聖刃党員の男は口を動かした。


「はっ。これは上司より聞いた話ですが、このところの頻繁な襲撃作戦は、実を言うとハルド・ゴレイザスらの注意を引き付ける陽動だそうであります。われらが主、聖刃ユウキ様の真なる狙いは"ゴッデス・ブレス"の量産による堕落を始めた人類の洗脳にあります」


 その瞬間、ハルドとイレーヌは大きく目を見開いた。


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