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最強人類決定戦

 鉄格子に囲まれた逃げ場のないリングは、圧迫感を演出していた。

 蝶ネクタイを着用したハルドはいつにも増してハイテンションな様子でマイクを握った。


「うおおぉぉっ、ついにここまでやってきたぁっ! ハルド杯・最強人類決定トーナメント! 決・勝・戦だぁあああっ!」


 その声を、数千のギャラリーたちによる滝のような歓声が出迎えた。

 むせかえるような熱気に包まれた会場は、早くも主役の登場を待ち望んでいるかのようである。

 イレーヌは羽根つきの扇子を振り、いつにも増して楽しげに口を動かした。


「いやあ、ここまで漕ぎつけるのも大変でしたねえ。これまで幾度となく聖刃党のみなさんに会場を襲撃され、それでもここまでこれたのはひとえに応援してくださる皆さんの温かい声のおかげです」


 会場中央に設置された大スクリーンが、これまでの試合の名場面を映し出す。

 その合間には開催を妨害せんとする聖刃党員とハルドたちによる激しい抗争の様子が、かなりの頻度で挟まれていた。

 ノースリーブの革ジャンにて、いつにも増してワイルドにキメたナラドゥは声高に喉を震わせた。


「ここまで来たからには最後まで突っ走るぜ。今日のこの決勝はとある資産家の所有する、元要塞が舞台だ! 要塞だけあって、この鉄格子の特設ステージのように守りは強固! 世紀の一戦が終わるまでは、誰の邪魔も寄せつけねえぜ!」


 照明が落ち、音楽が切り替わる。

 リングの四方から炎が舞いスモークが躍り、ボルテージを盛り上げるのに一役買った。

 さらに一段と声を張り、ハルドは口を開いた。


「さてさて皆さんお待ちかね。いよいよ選手の入場や! と、その前に軽くルールをおさらいするで! 本大会は我々ネオハルド団チャンネルが世界各地からかき集めた、選りすぐりのストリートファイターたちによる、文字通りの最強決定戦! 武器の使用はなし、どちらかがノックアウト、または制限時間内に決着が付かなかった場合のみ会場の皆さんのジャッジによって勝敗が決する仕組みや! それ以外のルールはなし! 実況を務めるのはこの私、浄化された元恐怖の魔王ことハルド・ゴレイザスや!」


 会場全体を揺らすような大歓声とともに、北側の入場口にスポットライトが照らされた。

 現れたのは三メートル近くはある、林檎のような体型をした巨漢であった。


「その怪力は未だ底知れず! 北欧が生んだ羆すら逃げ出す大巨人、トムソォォォン・ギャラクシィィィィィ!!!」


 その男はハルドのコールに合わせ、まるでドラミングをするゴリラのように力強く自らの胸を叩いた。

 悠々とリングへと歩むその足取りは、僅かながら、しかし確実に地面を揺らしている。


「対するはまさに血に飢えた獣! 虎に育てられし恐るべき野生の身体能力、ガリンパロォォォゥ・ガァナッッツ!!!」


 続いて南側入場口より登場した男は、異様なまでに痩せ細っていた。

 その長髪は夜叉のように禍々しく、また両手の爪は肉を断ち切るナイフのごとく鋭く尖っている。


「おおっと、早速リング中央にて、両者が睨み合っているっ! 威嚇しているのか、あるいは相手の力量を推し量っているのか、これは到底二人にしか分からない世界や!!」


 両雄の姿勢が緩やかに、睨み合いからそれぞれの構えへと変わる。

 両拳を顔の前に置くトムソン、背を丸め両手を大きく広げるガリンパロ。

 そしてその瞬間は、会場のカウントダウンとともに訪れた。


「今っ! ゴングが鳴ったぁぁぁぁっ!!!」


 いの一番に飛び掛かったのはガリンパロだった。

 全身のバネを最大限に用いたその跳躍は、さながら藪から強襲する虎である。

 対するトムソンの動きも決して緩慢ではない。しかしながら次の瞬間にはもう、その丸太のような前腕にガリンパロの牙はがっちりと食い込んでいた。


「うおぉぉっとぉ!? ガリンパロ選手、開始早々トムソン選手の腕に噛みついたぁ! 資料によると彼の噛む力はライオンとほぼ互角! 常人なら骨まで砕かれる圧倒的な破壊力っ! しかししかしっ、トムソン選手は涼しい顔をしているぞっ!」


 トムソンはまるで彼の体重など取るに足らないと言わんばかりに、噛まれた方の腕を高々と上げて振り回した。

 遠心力に耐え切れず、宙に射出されたガリンパロはその勢いのまま鉄格子に激突。

 かと思いきや、その直前にてガリンパロは身を翻し、難なく受け身からの華麗な着地を披露した。

 場内はどよめきに包まれている。

 再び睨み合う両者は、まるで互いに余力を残しているのを誇示するかのように不敵な笑みを浮かべた。


「なっ、なんというハイレベルな攻防だっ! トムソン選手の鋼の筋肉はガリンパロ選手の凶暴な牙を通さず、豪快に投げ飛ばすその様はまさに剛よく柔を断つ! 対するガリンパロ選手も持ち前の運動神経でさらっと激突を回避したぁ! さあここからが試合はどう動くのか! 一秒足りとも目が離せないっ!!」


 ガリンパロはまたもや縮地のごとき飛び込みでトムソンの懐に入ると、爪による斬撃の応酬を繰り出した。

 吹き荒れる嵐のように縦横無尽に、巨体に傷が刻まれていく。

 しかしトムソンは一切の防御姿勢を取らなかった。そして多少の流血など歯牙にもかけず大木のような腕を伸ばし、ガリンパロの手首を掴んだ。


「またもや捕まってしまったガリンパロ選手! やはり重戦車と人間では無理があるのかっ! ガリンパロ選手、この窮地を一体どう抜け出すのか! ……ん、いやこれは!?」


 突如として黒い霧が、リング中央付近を覆い尽くしていた。

 ハルド空間を思わせるその霧から先に脱け出し、姿を見せたのはガリンパロである。

 その一方で、トムソンは一向に闇の中から現れなかった。

 やがて霧が晴れ、朧げにその状況が浮かび上がるなか、ガリンパロが勝ち誇ったように舌なめずりをした。


「なっ!? トムソン選手、膝を付いて苦しそうに蹲いているぞ!! これはもしやガリンパロ選手の口から放たれた霧はなんらかの毒なのかっ!? 事前の身体検査でスプレーの類が見つかっていなかったいうことは、彼固有の能力と見ていいでしょう! トムソン選手、このまま病院送りで決着かぁ!?」


 トムソンの肌はあきらかに青白く、呼吸も細い。

 観客のざわめきが心配の声へと変わり、医療スタッフは慌ただしくリングへと駆ける。

 しかし、そんな空気を一蹴するかのように、咆哮が会場中に響き渡った。

 拳を握り、歯を食いしばり、トムソンが立ち上がる。

 全身から沸き立つ白い湯気は、まるで闘志そのものを具現化しているかのごとく、天高くまっすぐと伸びていた。


「し、信じられない光景だっ!! トムソン選手の血色がみるみるうちによくなっていくっ! まさか気合いで体内の毒を分解し、湯気にして放出しているとでもいうのかっ! ガリンパロ選手が毒霧ならばトムソン選手は超速回復! どちらも人間をやめているっ!!」


 暴走ダンプがごとく、トムソンが走りだす。

 手を振り足を振り、ただ速く走ることのみに特化したフォームは、言うまでもなく愚直な体当たり攻撃である。

 ガリンパロはつま先立ちでステップをしながら、壁際まで引き下がり、迎撃態勢を取った。


「ガリンパロ選手、ギリギリまで引き付けて躱す算段かっ! だがしかしっ、すぐ背後には鉄格子! この速度でぶつかれば全身骨折間違いなしの、極限チキンレースだぁっ!!」


 まさに紙一重のタイミングで、ガリンパロは横っ飛びをした。

 トムソンははち切れんばかりの大腿二頭筋をさらに膨張させ、勢い余った体の停止を試みる。

 しかしその背後から嘲笑うかのように、鞭のような足が伸びた。


「トムソン選手、背後から蹴られて鉄格子に激突ぅ!!! これは痛いっ!!! が、なんとトムソン選手、何事もなかったかのようにすぐに反転しガリンパロ選手の手首を掴んだっ!! 先ほど毒霧対策か、今度は顎をもう一方の手で押さえつつ、握力250キロが細腕を蹂躙していく!! ガリンパロ選手苦しそうだ、顔が苦痛で歪んでいるぞ! ああっとガリンパロ選手っ! なんと自ら腕の皮を剝ぎ脱出したあっ!!」


 困惑と興奮の入り混じった、凄まじい喝采が鳴り止まない。

 両雄は互いに目を合わせ、まるで互いの力量を認め合うかのように微かに笑い合った。


「両者、今一度振り出しと同じ構え合い!! 次の一撃で決めると言わんばかりの凄まじい気迫だっ! 果たして人類最強の栄冠を掴むのはどっちだぁっ!!!」


 気持ち良いほどに拳を振りかぶり、その姿勢のまま、トムソンは疾走した。

 対するガリンパロはよじ登った壁を蹴り、空中から爪を立てて襲い掛かる。

 二人は、互いを引き寄せ合うかのように真正面から衝突した。


「ガリンパロ選手の爪が砕けるっ、しかしっ、倒れたのはトムソン選手っ!!! 決まったぁああああああっ!! 優勝は、ガリンパロ選手ぅうううう!!!!」


 割れんばかりの拍手を身に受けながら、ガリンパロが雄叫びを挙げた。


 この世紀の一戦はネオハルド団チャンネルにて、歴代最高視聴者数を獲得したのだった。


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