神腕モデラーの復活
昼間から酒瓶を抱えて眠っていた男は、インターホンの音により目が覚めた。
しかし男は起き上がろうとせず、張り出した腹を気怠そうに擦っている。
かつてプラモの紙箱が山のように積まれていた四畳半の部屋には、作業台すら置かれていなかった。
呼び鈴はしつこく、繰り返し押された。
しびれを切らしたのか男は立ち上がり、ため息と同時に玄関の扉を開けた。
「どうも。ネオハルド団チャンネルの魔王ハルドでっす。こちらは超神腕のプロモデラー、ケイジさんのお宅で間違いないですか」
ハルドは例の黒マントを着用していた。
男はただでさえ人相の悪い髭面を渋め、ハルドを睨んだ。
「あの、アポなしでの訪問で大変失礼なんですが、もしよろしければうちのチャンネルに出てみませんか? いま我々は新たな番組を拡充すべく、面白いことの出来る人間をいろいろ集めておりまして……」
「ケイジは私だが、もうプラモはやらんっ」
短い一言とともに、扉は力強く閉められた。
文字通りの門前払いである。
しかし、男が先程の和室の襖を開けた直後、彼は腰を抜かした。
そこには先回りしたハルドが、すでに正座をして待っていた。
「なっ? ば、バカな……」
「ははは。一応俺は蘇った魔王ですので、移動魔法のようなものが使えるんですよ」
男は目を疑っているのか、まばたきを繰り返した。
ハルドはにっこりと笑みを浮かべ、丁重な口調で続けた。
「あー、心配しないでくださいね。別に出演を断ったからといって取って食ったりするつもりはありませんので。ただ、話だけは最後まで聞いて欲しくて」
「話……?」
ハルドは部屋を見回し、畳の色の違う部分を見つけると指差した。
「もしかして、あそこには作品を飾る棚でもあったんでしょうか」
「ああ。その通りだが」
「外の看板も取り外されていましたが、ここって元々模型店だったんですよね? 本当に今は引退されたんですか」
男は長らく黙ってハルドの目を見ていたが、やがて口を開いた。
「ああ、やっていない。聖刃党の連中に禁止されたおかげでな」
「でも同じく販売禁止にされたお酒は飲んでらっしゃるんですね」
「買い置きしてあったものだ。それももう、なくなるがな」
酒瓶は部屋のあちらこちらに無造作に散らばっていた。
それらのうち、封を開けていないものは数えるほどである。
「最近なにか、お酒を飲まないとやっていられないことでも?」
「……聖刃の連中に手先の器用さを買われて工場勤務を進められたが、クビになったんだ。それから新しい仕事を探す気にもならなくてな。どうやら私は、まともな仕事はなにひとつ務まらない屑らしい」
男はハルドに背を向け、淡々と呟いた。
「屑って、そんな言い方はないですよ」
「お前になにがわかる」
「あなたの作品は多くの人の目を楽しませ、感動を与えてきたじゃないですか」
「ふん、知ってようなことを言うな。だがそんな玩具は、今の世に不要なものらしい。私たちの作品は資源の無駄遣いであり、偶像崇拝につながりかねない危険なモノだと。あいつらはそう言ったよ」
「不要なんかじゃないです!」
「……っ!?」
堰を切ったように、ハルドは語勢を強める。
それは熱い炎を滾らせるかのごとく、熱のこもった言葉だった。
「無駄なんかじゃないですよ、ケイジさんの作品は! もう一度あなたの作品が見たいいう、視聴者さんからの熱い要望があるんです! そして俺自身、あなたのファンやったんです」
ほんの微かに、男の背中が震えた。
ハルドはさらに熱く、語った。
「たまたま本屋に立ち寄って見掛けた模型誌の表紙、ケイジさんのリボルバーアローでした。精巧なディテール、重厚感溢れる塗装、配色のセンス。ブラブラのゲームの中の二次元が絵でしかなかった存在が、まるで本物であるかのように見えて鳥肌立ったんです。それまで模型に興味なかった俺が、毎月模型誌を見るようになったんはケイジさんの影響なんです」
「……四年前だな。私が新たな塗装法を編み出した作品だ。あれは確かにいい出来だった」
男の声色は、あきらかに変わっていた。
「魔王ハルドが太鼓判を押しますで。ケイジさんの腕には人を感動させる力がある。そんでもってそのままその技術を眠らせとくのはあまりにも勿体ない! うちに来れば遺憾なく発揮出来る場所を提供できると思います。ケイジさんの喜びそうな激レアキットだって、世界中から探して見せます」
「なるほど。話が上手いことだな」
「もちろん、無理にとは言いません。今日のところはただ、俺の想いを伝えたかっただけです。俺はこれで失礼しますが、もし後からでもよろしければ……」
「いや、その必要はない」
「えっ?」
「その話、喜んで引き受けさせて貰おう」
「ホンマですか」
「ああ。ありがとう、オタクの魔王さん。おかげで私は、目が覚めたよ」
男は振り向き、別人のようなぎらついた目をハルドに向けた。
数年ぶりに作業台についた男は早速、ハルドたちの度肝を抜く。
プラスチックの塊が目にも止まらぬ速さで均一に切り出され、針のごとく細かいパーツが寸分違わぬ精度で複製される。
それらはすぐに男の巧みなエアブラシ捌きにより味わい深く色付き、皿に盛り付けられた料理のように円盤上で複雑に絡み合い、宇宙船を形作った。
その間わずか一時間。
この程度なら朝飯前と言いたげに、男は肩を回してみせた。
「凄げえなあの人。あれほど精密な造形を設計図もなしに」
「いやはや、またもやとんでもない方を連れてきましたね、ハルド」
「ああ、俺の目に狂いはなかった。これは間違いなく神番組になるで」
ハルドのその言葉の通り、男の作業風景を映した番組、「神腕モデラ―の技巧」は主に世界中の模型ファンから大好評を博したのだった。




