元魔王の交渉術
「おかえりなさいハルド、あら」
目深帽とサングラスのハルドは、部屋に戻るなりにやついた顔をしていた。
「おいおい、なにをそんなにご機嫌でいやがる」
「くっくっく。ネオハルド団チャンネル。どこの国の街でも大反響やったで。結構みんな俺らの話しとるわ」
「おおお、そうか!」
「そういった生の声があると俄然こちらもやる気が出ますね」
「一般のネットが制限されとるから、世間の評判を確かめるのも一苦労やけどな」
「しかし評判の調査もいいが、わざわざそのために出たんじゃないだろ。肝心のブツは全部揃ったんだろうな」
「もちろんや」
ハルドは抱えていた紙袋を机に下ろした。
その中には普通の家電量販店には売っていそうもない精密機械が、いっぱいに詰め込まれている。
「それで、先輩の様子はどうや?」
「ああ。あれからああやってずっと椅子に座りっぱなしだよ」
「ユウキさん派の連中に動画を消されては復活させての繰り返しですからね。しかしたった一人で組織を相手にハッキングを仕掛けて主導権を握り続けていると考えると、あの方のスペックはとんでもないですね」
「ほんま、先輩がおらんかったらなにも始まっとらんからな。けど、そろそろ先輩一人に頼りきりというわけにもいかんよな」
机にかじりつく隆平の周辺には、空となった栄養ドリンクの缶が並べられている。
ふと、絶え間なく続いていたタイピングが台風の目に入ったように止んだ。
「先輩、終わったんですか?」
「一段落といったところです。これでしばらく動画の方は大丈夫かと」
「少し休まれた方がええと思います。いつも先輩にばかり負担をかけてしまって申し訳ないです」
「お気遣いどうも。それではお言葉に甘えて休憩します」
隆平はふらりと立ち上がり、覚束ない足取りでドアの方へと向かった。
しかしその途中、思い立ったように振り向いて言った。
「あ、そうそう。聖刃党の公式メールフォームを一部乗っ取って、感想や意見を募集していたでしょう。最初は粛清を恐れてか数が少なかったですけど、今はもうかなりの数が来ていますから良かったら見ておいてください」
「おおそうですか。ということはあの件も?」
隆平は疲れ目で意味深な笑みを残し、立ち去った。
ハルドたち三人はパソコンの前へと集まり、おそるおそるマウスに触れる。
「どれどれ……。ほんまや。こんなに来とる」
「しかも好意的なメッセージばかりだな。なんかこう、すごく応援してくれているのがわかるぞ」
「街での声もそうやけど、こういうのがあると俺らのやっとること報われる気するな」
「よほど娯楽に飢えとったんやろうな。けど映画の感想とか流して欲しいリクエストばかりで、俺らに対するメッセージはほぼないな」
「これ、私たちのあの茶番ウケてないんじゃ」
「というかそもそもあれ、生放送だった意味あるのか?」
「それはありますよ」
「まあ俺らの人気が出ることが目的やないから、これでええねん。ユウキによって失われた文化を皆が少しでも楽しんでもらえればそれで」
「やってることは著作権無視の映画や音楽垂れ流しですけどね。まあこんな世の中に著作権もなにもありませんが」
「けど、確かにそろそろ映画や音楽流すだけじゃない他の番組も作りたいもんやな」
何気なしにハルド口から出た言葉。
ナラドゥとイレーヌは揃って黙りこくり、顔を見合わせた。
「待ってください。確かに色んなジャンルの番組をやるというのは当初の目的ですが、これ以上の拡大をするにはあきらかに人手が足りませんよ?」
ハルドは届いたメールの一覧画面を見ながら、しれっと言い返した。
「うん、だからその人手をこれから増やすんや。先輩の助けになるプログラマーも含めてな」
「だけどお金はどうするんだよ? いくらイレーヌさんのお給金と言えど無尽蔵じゃないんだぞ」
「それなら心配要らんで。実は先輩に頼んでクラウドファンディングを募集して貰っとったんや。ほら、このメール見てみい」
ハルドがどや顔でとあるメールを開く。その差出人名を見て、イレーヌは目を見張った。
「もしかしてこの人ってあの、世界的大企業の社長さんですか?」
「せや。その人本人で間違いないで」
「なになに、ハルド様のすばらしい取り組みを応援します。是非資金援助させてください。マジかよ」
「いやあ俺もまさかこんなにいい返事がすぐに貰えるとは思わなかったで」
ハルドは目尻を下げ、照れくさそうに頭を掻いた。
「まったく、あなたという人は。ハルド団の頃から人を扇動するのだけは得意でしたよね」
「なにをいう、時代が俺らを必要としとるんや」
「その自信過剰なところも変わらねえな」
「まあとりあえずこれで資金面の心配はなくなった。早速世界中から面白そうな人間を見つけ出し、手当たり次第にスカウトや!」
それからというものの、世界各地に神出鬼没の黒マント男の目撃情報が相次いだという。
 




