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密林での決意

「なあハルド、俺たちどこ向かって歩いてんだ」

「知らん」

「知らんってなんだよ! なんか凄いとこに入ってるじゃないか」

「たまにはこういう場所歩くのも悪くないやろ。こんな大自然、エクスカリボーグにはまずない景色なんやから」

「いや、いくら大自然でも限度ってもんがあるぞ」


 瑞々しい葉を付けた樹木たちが、入れ替わり立ち替わり挨拶をする。

 いつアナコンダと鉢合わせてもおかしくないジャングルの真っただ中に、ハルドたちはいた。

 木の根が張り巡り、草の生い茂った地面は明確に彼らを歓迎してはいない。

 ハルドとナラドゥの足取りは、お世辞にも安定しているとは言い難かった。


「しっかしイレーヌ。まさかお前が外で実体を保てるようになっとったとはな。ハルド空間の中でしかおられんかったはずやのに、一体どんな進化をしたんやら」

「ふふ、この熱帯雨林を歩くのもなかなかスリリングですね。気持ち悪い虫はいますが」

「歩いとるんやなくて飛んどるやろが」

「あはっ、そうでした」


 ハルドたちをよそに木々の合間を快調に飛行するイレーヌは、わざとらしく額に手を触れた。


「おい、こんなことして呑気にくっちゃべってる場合か! 元の世界に帰れなくなったんだろ!」


 身の丈ほどの草を手で除けながら声をたかぶらせたのはナラドゥである。


「確かに、こっちからシミュレーションを終了させるコマンドまで無効になっとるのは問題やな」

「問題じゃなくて大問題の間違いだろ」

「まあいざとなったら死ねば戻れるんちゃう?」

「随分雑だなオイ!」

「まあとにかく、ユウキのやつが俺らを排除しようとして失敗したとこからして、その辺のプログラムが狂っとるのかもしらんな」


 彼らは退却コマンドに失敗したユウキに吹き飛ばされてここにいた。

 不安げな表情でいるナラドゥとは対照的に、ハルドの目には普段通りの落ち着きがあった。


「なんでお前はそんなに冷静でいられるんだよ」

「これを機にしばらくこの世界で生活ってのも悪くない思ってな。少なくとも向こうの世界よりは退屈しないはずや。まあ、これ以上ユウキのやつが好き勝手がしなければの話、やけど」


 周囲にはひっきりなしに動物たちの声が鳴り響いている。

 無数の鳥や猿などが潜んでいるのは間違いないが、その姿を目視することは叶わなかった。


「なあハルド。終了コマンドは使えなくても、ワープ能力は使えるんだろ?」

「多分な」

「だったらなんでこんなところ歩いてるんだよ。別に目的地がこの先にあるわけでもないだろう?」

「せやかて、行くあてもないし」

「行くあてがないって」


 二人の会話はしばらく途絶えた。

 ハルドは再び口を開くと、ふいに質問した。


「お前はユウキを見て、どう思った?」

「プログラムだかなんだか知らねえが自分は正しいと信じて疑わないんだろうな。聞きしに勝る美人だったが、俺はああいうかたっくるしいのは好きじゃねえな」

「ああ、その通りやな。俺もそう思うで」


 ハルドは気まずそうに天を仰ぎ、続けた。


「けどな。俺も前の世界であいつと同じやったんやで」

「ハルド?」

「俺は自分の勝手な物差しで勝手に世界に見切りをつけ、人を玩具のように扱っとった。今のユウキばりに傲慢にな。まあ、本来シミュレーションマスターってそういうもんなんやろうけども当時の住人には悪いことしたわ」


 返す言葉が見当たらないのか、ナラドゥは沈黙した。

 ハルドの沈んだ声は湿度の高い熱帯の空気に、よく溶けて混じった。


「いえ。ハルドはあの人とは違いますよ」

「イレーヌ……。どこがどう違うねん」

「同じ独裁者でもハルドにはどこか馬鹿っぽさがあって可愛げがありましたもの。あの人は完璧過ぎて可愛くないです」

「いやそれ、フォローになってへんぞ」

「そんなことよりも、あそこ。なにかが落ちていますよ」


 三人の視線はふいに茂みから一部が露出している四角い物体に集まった。

 ハルドが近づきそれを拾い上げると、なにやら古びた本であった。


「これは……」

「どうした、なにが落ちてたんだ?」

「エロマンガやな。しかしなんでこんなとこに」

「な、なんだとっ!!?」


 ナラドゥは目にも止まらぬ速さでハルドの手から本を奪い取ると、早速読み始めた。

 ページを捲るたび、鼻の下が物干し竿のように伸びていく。


「お、おおっ。こ、これは」

「どんな内容や」

「すっ、凄いぞハルド! 大好きな彼女が悪い男に捕まって、滅茶苦茶にされ堕落していく……堪らなく悔しいのに、興奮するッ!」

「なるほど。ようは寝取られモノやな」

「寝取、られ?」

「ナラドゥさんはなかなかいい趣味をお持ちのようですね。と言ってもNTRは性癖の中ではわりとメジャーな部類ですが」

「こ、これでメジャーなのか? 一体この世界にはどれほどの禁断の扉が」

「俺もその界隈は詳しくはないけども、そらもう軽い気持ちで触れようものなら火傷や済まない深淵が広がっとったな。まあ、今はどうか知らんけどな」


 ハルドはしみじみと、その表紙を見つめた。

 両手でピースサインを作る、本の表紙を飾るキャラクターの顔はこびり付いた土汚れで隠れていた。


「にしてもジャングルの真っただ中にこんなものが落ちとるなんて、世も末やなあ」

「もしかしたらユウキさんの弾圧を恐れた地元の人が、ここで隠れて読んでいたのかも知れませんね」

「……。そうだとしたら、世の中捨てたもんじゃないの間違いか」

「ハルド?」


 そのとき、樹葉のカーテンの隙間から差し込んだ光がハルドの顔を照らした。

 ハルドは頷き、そして拳を握りしめた。


「俺は決めたでイレーヌ」

「決めたって、なにをです?」

「こうしてこの世界に残ったのもなにかの縁やと思う。俺はこれから、世界中のありとあらゆる文化を守るために聖刃ユウキと戦うで」


 イレーヌはきょとんと、ハルドの顔を見た。


「戦うといってもどうするつもりですか? 正攻法で勝てる相手では……」

「ネオハルド団チャンネルの開設や」

「はい?」

「世界を再び彩り豊かなものに戻すため、俺らの力で世界中にあらゆるエンターテイメントを発信し続けるんや! ユウキのいかなる妨害も無視してな!」

「ふふっ……」

「どうした。なにがおかしい」

「なにを言い出すかと思えば。でも柄にもなくシュンとしているよりは、その方がらしくていいですよ」


 イレーヌは目を細め、柔らかに笑った。

 そんな二人に割って入るように、ナラドゥが不満げに口を開く。


「ちょっと待て、何の話だか知らんが俺だけ蚊帳の外はやめろ。ネオハルド団チャンネルって一体なんだ」

「それはですね。かつて私とハルドで動画を作って、世界に発信していたことがあったんですよ。そのときのハルドったら変な黒マントに肩パッドを付けて、それはそれは面白くてですね」

「マントに肩パッド……?」

「こらイレーヌ! わざわざ黒歴史っぽく言わんくてもええやろ」

「それで、今回もマントを着るんですか?」

「着んわ。今回は世界を滅ぼす恐怖の魔王やないからな」


 その後、三人は会話に花を咲かせつつ、しばしのジャングル探検を堪能した。


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