ハルドVS聖刃③
「よぉ社長さん! いや世界大統領やったか。こんな豪華なビルのてっぺんでふんぞり返るとは、随分景気よさそうやな」
威勢のいい声が、広大な執務室に轟く。
聖刃ユウキはパチパチと、瞬きをした。
「馬鹿な。イレーヌの防衛ラインを突破してきたのか? いや、そうではないようだな」
ユウキが見据えるは豪快にドアを開けたハルドではなく、その背後で手を振る美女であった。
「私イレーヌ、本日付けで秘書やめます。ついでにハルドの側に付くことにしま~す」
「なんだと」
「私はもともとハルドの野望を手伝うために作られた存在ですからね。あ、ちゃんと言いつけ通り、お二方を通さない戦いはしましたよ。なかなか楽しめましたが、まあ十分もやれば飽きちゃいますね」
ユウキは小さく溜め息を吐いた。
しかしあくまでもその落ち着き払った顔は崩れない。
「まったく身勝手なことだな。そもそもお前は秘書として、今まで大した仕事をしていないだろう」
「だってユウキさんつまんないんですもん。ハルドに付いた方がよほど楽しそうです」
即答するイレーヌは見せ付けるようにハルドの腕に掴まり、体を寄せた。
恨めしそうな顔をするナラドゥを尻目に、当の雇い主であるユウキは一貫して冷めた目をしている。
「そうか。なら好きにするといい」
「もう、そういう無関心そうなところがつまらないのですよ。もうちょっと困った顔して引き止めたらどうです?」
「引き止めるもなにも、私はお前がいなくなったところで構わないし、もともとお前を消すまでの期限付きの採用だからな。そうしたいなら勝手にするがいい」
頬を膨らませるイレーヌの手を押しのけ、ハルドが前に出た。
ユウキとハルドの視線は激しくぶつかり合い、火花を散らす。
ユウキは鋭い目を細め、言った。
「ハルド・ゴレイザス。なぜお前がこの世界にいる?」
「知るかいな。お前が呼んだんやないんか?」
「私がそんなことをするものか。そこのイレーヌの出現といい、この世界には少々バグが起きているようだ。また、調べることが増えそうだな」
ユウキはハルドから目を逸らし、忙しいと言わんばかりに書類と向き合った。
そんな彼女に対してハルドは、さらに詰め寄った。
「……なんだ、まだなにか言いたそうだな」
「お前は確か俺の代わりに、人類をより良い方向に導くとか言っとったな」
「ああ、言ったな」
「これのどこが良い方向なんや。世の中から色んな楽しみ奪いやがって、まるで閉塞したエクスカリボーグの世界やないか」
ユウキはハルドを睨み返し、答えた。
「不満そうだな。だがリタイアしたお前に文句を言う資格があるのか?」
「住人の不満の声も聞いとるんや。お前が世界大統領になってから世の中がつまんなくなったって、歌舞伎町の皆が言ってたで。俺はな、あのときお前を信じてバトンを渡したんやぞ? 俺はこんな世界、望んどらんわ」
「ならば問うが、はたしてお前の思う面白い世界が良い世界なのか」
「なんやと?」
どんな熱意すらも通さない冷たい口調で、ユウキは返す。
「私の目的は人類種を最も永く繁栄させること。私はその目的を遂行するためのプログラムだ。人類一人一人が欲望のままに行動し、好き勝手をしたらどうなる? 人は欲を持つから憎しみあい、闘争をするのだ。これは無数のシミュレーションを通じて、メインコンピュータが出した結論でもある」
「前任者としてお前の言いたいことはわかるけども……。なにもゲームや漫画までなくすことはないやろ。限度ちゅうもんがあるで。ストレスで死ぬ連中絶対おるで、なあナラドゥ」
「そうだ、世界にエロは必要だ。それをなくすなんてとんでもないぜ」
ハルド、ナラドゥ及びイレーヌの眼光が一斉にユウキの背中に突き刺さる。
するとユウキは、呆れたような溜め息をした。
「創作は人の願望を満たすためのものだ。それは欲望を肥大化させる。いかがわしいものなどもってのほかだ。なに、娯楽を封じられた世界も最初は苦痛だろうが、人はいずれその不便にも慣れていくだろう。その調整にハルド、お前の作った人を幸福にする電波を微弱にして使わせてもらっている。すべてはコンピュータの計算通りだ」
「なっ、お前は俺と同じ過ちを繰り返す気なんか!?」
「過ちではない。世界を滅ぼしたお前と違って世界を存続させるための、完全な存在による完璧なる統治だ」
ハルドは拳を震わせた。真っ赤に染まった顔は、今にも沸騰しそうである。
「あのときは少しは情のあるやつかと思ったが、見損なったで。聖刃ユウキ」
「見込み違いだな。お前が見た情とやらはお前の思考を読み取り、分析するための実験に過ぎない」
「この世界の元担当として、俺は絶対にお前のやり方を認めへん!」
「どの口が言うのか。ならばお前が代わりに人類を十億年存続させるもっといい案を出せるのか? 否定するのは簡単だ。それが出来ないから、お前は世界を畳もうとして退場となったのだろう」
「せやけど……。それでも……」
「まあいい。どんなバグで紛れ込んだか知らないが、どうもお前たちは私の目的の障害となりそうだな。最優先で排除させてもらう」
ユウキは振り向き、右手を前方にかざした。
魔法陣のような光輪がその手の前に出現し、周囲の空間を歪ませる。
「;.m…//@pin///……管理者コマンド8332……38ol677”#0nn……強制排除、実行」
「くっ、ここまでか」
ハルドは唇を噛んだ。
光は瞬く間に広がり、全てを攫う大波のように彼らを包み込んだ。
ユウキは口元に笑みを携えたまま、ゆっくりと目を開く。
「なに!?」
驚きの声を挙げたのはハルドではなく、聖刃ユウキの方だった。




