世界の真相
口元に黒子のある、ネクタイ姿のその男は紛れもなく小平隆平である。
ハルドは隆平のもとへ、まっしぐらに駆け寄った。
「先輩! 先輩じゃないですか!? どうしてまた東京に」
「ん? どちら様ですか」
隆平は立ち止まり、じとっとした目でハルドを見ている。
ハルドはすぐにはっとしたような表情を浮かべた。
「せや、この世界で俺はいないことになっとるんやった。その、急に呼び止めてすみませんでした」
「なにを言っているのかよく分かりませんが、失礼させてもらいますよ」
「待ってください」
「まだ、なにか?」
「この街って、前からこうだったんですか?」
隆平は立ち去ろうとしたつま先を進行方向に向けたまま、答えた。
「あなた、最近外国から来た方かなにかですか?」
「ええ、まあそんなところです」
「世界中で起こった変化と概ね同じですよ。かつてはこの街も有数の歓楽街でした。それが、三年前に世界大統領になった聖刃ユウキによって出された条例によってすべて変わったんですよ」
「えっ?」
「今、聖刃ユウキって言いました?」
「言いましたが、なにか」
にわかに、ハルドの額から変な汗が吹き出した。
「……あの、参考までに教えてください。今日は何年の何月何日ですか」
「20××年。四月十一日ですが」
ハルドとかつての先輩だった男との会話は、そこで途絶えた。
ハルドは立ち尽くしたまま、その場を一歩も動かない。
「一体どうしたんだよ、ぼーっと突っ立って。今のは誰だ?」
「なあナラドゥ。どうやら妙なことが起こっとるみたいやで」
「は?」
「どういうわけか俺らは複製やなくて“本物の278809”に来ちまったみたいや」
「えっと、それはつまりどういうことだ」
「まず今日の年月日やが、設定した時間から三年ズレとる。つまりここは設定どおりの複製の世界やない。そして、この世界にはここが複製やったら絶対に“居るはずのない”奴がおる」
「いや、なんのことだよ。もう少し事情を知らない俺にも分かり易く説明してくれ」
ハルドは前回のシミュレーションの最後にあったこと、及びユウキとのやりとりを事細かくナラドゥに説明した。
「えー、なんだ。つまり俺たちは今、何故かお前が追い出されて出禁になったはずの本物の278809に来ちまったってことか」
「ああ。なんかの間違いで迷い込んだんか、アイツが直接呼んだんかわからんが、間違いない」
「そんでもってそのユウキとかいう奴が色んな店を潰した張本人なんだな?」
「そうらしい。しかし、奴がこんなことをしでかすとは思えへんのやけどな」
ハルドは今一度悪趣味な看板が一つもない、小綺麗な雑居ビルの並びを見渡した。
彼がかつて愛した文化の数々は、やはり跡形もなく姿を消していた。
「前の世界を壊そうとした俺が言うのもなんやけど、こうも世界が様変わりしとると思うところがあるな」
「俺はエッチな店が消えてなくなったのがただただ残念だ」
「なあナラドゥ。もうちょっとだけ元の世界に帰るの待って貰ってええか」
「どうするつもりだ」
「俺の代わりにあいつが治めた世界でなにが起こったか、もう少し知りたいんや」
それから二人はまるで推理ドラマの刑事のごとく、街の住人から話を聞いて回った。
そして聞き込みを続ければ続けるほど、ハルドの表情は曇るばかりであった。
「まさか風俗やギャンブルだけやなく、ゲームも漫画も、あらゆる娯楽が制限されとるとはな」
「青少年の健全な育成に害を及ぼすから駄目。反社会組織の資金源になりうるから駄目。言っていることは正しいように聞こえるが、エクスカリボーグに通じる息苦しさがあるな」
「ここも俺が居ったころはもっと華やかで胡散臭い街やったんや……。今は見る影もないけどな」
「ハルド……」
「なあナラドゥ。お前は元の世界に先に帰ってくれ。俺はひとつ、やることが出来た」
「やること? 一体なにする気だ」
「聖刃ユウキに会いに行く。世界を滅ぼそうとした俺が言うのもなんやけど、前任者として、やつに一言言わんと気がすまんわ」
ハルドは拳を握りしめ、目に強い光を宿らせて言った。
その肩を、がっちりとしたナラドゥの手が掴む。
「ナラドゥ?」
「水臭いぞ。ここまで来たら、俺も最後まで付き合わなきゃ嘘だぜ」
「せやかて、ユウキのやつの居城はアフリカらしいぞ。むちゃくちゃ遠いで」
「それもコマンドでどうにかならんのか」
「それは……どうやろ」
ハルドは詠唱し、出現した光の文字の羅列を見た。
「いけるな。ワープコマンドはこのモードでも使える」
「決まりだな。よーし、面白くなって来たぜ」
ハルドとナラドゥは戦士たちが互いを鼓舞するように、互いの手のひらを叩き合った。




