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悪友からの懇願

 中庭は相変わらずの度が過ぎる光量により、景色の輪郭そのものがぼやけていた。

 ナラドゥは両手を顔の前で合わせ、のっけからいきなり頭を下げた。


「頼む。ちょっとだけでいい。あのマシンを使わせてくれないか」

「なにを言い出したかと思えば」


 ハルドは肩をすくめ、溜め息を吐いた。


「あのなあ。マシンの使用はシミュレーションマスターの資格を有した者に限るんや。そんな基本的なことお前も分かっとるやろ」

「そこをなんとか。お前今、マシンの整備係だろ。せめて向こうの時間で半日程度でいいんだ。それだったらこちらの時間でせいぜい一秒くらいのものだろう」

「つまりそのくらいなら無断使用してもバレへんやろと? 俺に不正の片棒を担げ言うんか」

「無理を承知でお願いしているのはわかっている」

「ふん、お前の目的はだいたい察せるけどな」


 ハルドは天を仰ぎ見た後、再びナラドゥの顔を見てた。


「まあ、メンテナンスモードで短時間使用限定なら別に罪にならんやろ」

「い、いいのか? まじか」

「なんやその意外そうな顔は」

「いや、かなり駄目元で頼んだんだが思っていたよりもすんなりいったんでな」

「実はな……。俺もちょうど半日くらい、もう一度仮想現実に行ってみたいって思っとったとこなんや」


 ナラドゥは目玉を見開き、心底意外そうにハルドの顔を覗き込んだ


「驚いたな、お前でもそんなアンニュイな表情することあるんだな」

「失礼やな。ちょっと仮想現実シックなだけや。それよかコンピュータのアーカイブから情報を引き出せば、俺がいた頃の278809とほぼ同じ設定の世界を再現できるはずやで」

「なるほど。俺の考えは筒抜けというわけか」

「きっと“ええ”思いが出来ると思うで」

「ふふふふ、想像が捗るな」


 二人は互いに目を合わせ、似たような含み笑いをした。


「やるなら同僚がおらん時やな。次、職場で一人になるタイミングが分かり次第連絡するわ」

「ああ。了解だ」

 

 作戦が実際に決行されたのは、それからほどなくしてのことである。

 白昼堂々、ハルドはさもいつものように、扉の施錠を解除した。

 静まり返った室内に、ただ機械の無機質な駆動音が延々と鳴り響いていた。


「確認するが本当にバレたりしないんだろうな」

「大丈夫や。この時間帯、少なくとも二時間は絶対誰も来んへんよ」

「そうか。お前がそこまで言うなら安心だな」

「なあ、ナラドゥ。俺らこれからいけないことをするんだと思うとワクワクせえへん?」

「まあ分からんでもないな」


 多くのマシンの小窓からは、中で眠る人々が安らかな寝顔を覗かせていた。

 ハルドは素早く、こなれた手つきで端末のキーを叩く。

 するとマシンのうちの二つの扉が開いた。


「しかしお前の言うように本当に二人同時に同じ世界に飛べるのか?」

「ああ、最近マシンのアップデートがあったばかりでな。今は複数人同時にダイブできるんや。……よーし、終わったで」


 ハルドとナラドゥは仲良く並んで棺桶に乗り込んだ。

 すぐさま四隅を光らせながら、棺桶の扉が自動で閉まっていく。


「嗚呼。この感覚、久しぶりやなあ……」


 ハルドは再び、青い空の下の大地を踏みしめた。



 * * * *



 駅前の雑踏。人混みに次ぐ人混み。

 軒を連ねる大型百貨店の奥にて威光を放つ、双頭の高層ビル。

 行き交う人々の早足は、ハルドが過去いた世界のそれとなんら変わりがなかった。


「す、すごいな。これが278809の大都会か」

「ほう。よう再現されとるなあ。俺が前いたときにそっくりや」


 ハルドは端から力強く頷いた。


「ここは新宿って言ってな。278809で俺のおった日本って国の心臓部みたいなもんや。この街ならお前の求めとるような場所が間違いなくあるで」

「確かにこの人口の密集ぶりはエクスカリボーグでは考えられないな。で、早速行くのか?」

「いや、せっかくやし目的のいかがわしい場所に行く前にちょっとこの辺案内したるわ。どうせならなんか旨いもんも食いたいやろ?」

「そうだな。確かにこの世界の食文化というのも気になる。しかし、その前に」

「なんや」

「お前、格好がおかしくないか」

「へ?」


 ハルドはここで初めて建物の窓に反射した、自らの姿と対面した。

 そこにいたのは黒髪を下ろし、草臥れたビジネススーツを着用した、サラリーマン風の男であった。


「ああ、これは前にこの世界に溶け込むようにと使っとったアバターやな。しかし、設定した覚えないんやが、なんで勝手にこの姿になったんやろ」

「俺に聞かれてもな。しかしこうなると向こうの制服を着ている俺一人だけ浮いている気がするが」

「自意識過剰やで。この世界の連中は基本忙しくて他人を見とる余裕はない。それにコスプレなんちゅう文化もあって、それぐらいの格好は大して注目集めんって」

「そうか? さっきからちょくちょく痛い視線が俺の心臓に突き刺さっているんだが」

「気のせいや、気のせい」


 俯くナラドゥの背を押し、ハルドは足を踏み出した。

 東口エリアはかつて多くの飲食店が密集する、商店街であった、はずの場所である。


「んん……?」

「どうした?」 

「いや、なんやこの違和感は……」


 ハルドはしばし、立ち並ぶ看板たちを眺めていた。

 そしてなにかに気付いたのか、鯉のように大口を開けて、呟いた。


「ない……」

「ないって、なにが」

「ないんや。居酒屋も、ゲーセンも、カラオケ店も。ネットカフェも、雀荘も、ありとあらゆる娯楽施設が綺麗さっぱり無くなっとるんや」

「は? なんだって?」

「馬鹿な。俺が会社勤めしとったころの278809をそっくりそのまんま再現させたはずやで……」

「どういうことだ。なにをそんなに驚いているんだ?」

「いいから来いナラドゥ。嫌な予感がする」


 ハルドはナラドゥの手を強引に引っ張り、全速力で走り出した。

 人混みの間を縫い、大の男二人は駆ける。

 向かった先は欲望の街の代名詞、であった新宿・歌舞伎町。

 しかしその街並みは、実に変わり果てた姿となってハルドの前に現れた。


「やっぱりそうか」

「一体どうしたって言うんだ」

「口にするのも心苦しいけども、お前の目的だったエッチな店、すべて消えとるで」

「なにぃぃぃぃ!!?」


 ナラドゥはがっくりと肩を落とした。

 その脇、オフィス街へと変貌したその通りを、ただひたすらに堅苦しい服装をした人々が通り過ぎていく。


「そうだハルド。なにかコマンドでなんとならないか? 例のなんでもあり空間でエッチなお店を再現して」

「残念やがハルド空間は正式なシミュレーションマスター限定の力や。メンテナンスモードで入っとる俺らにそこまでの権限はない。ここはもう諦めて帰るしかないで」

「そんな、折角来たのに」

「仕方ないやろ……ん?」


 ふいにハルドの視線が、あるものに釘付けとなった。

 そのとき偶然彼らの前を通った人影は、ハルドにとって、実に懐かしい顔であった。


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