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生まれ変わった男による新しい生活

 鏡の前に立ち、ハルドは自身の顔を見た。


「今日からエクスカリボーグ人としての俺の一日が始まるわけやな」


 燃えるような赤髪、きりっとした眉毛。

 紛れもなくこの世界で自称・ブイブイ言わせていた頃のハルド・ゴレイザス本人がそこにはいた。

 ハルドはそのまま整髪剤を手に取り、髪型をセットした。

 小気味の良い、リズミカルな手付きである。

 最初に髪を逆立て炎のようなヘアスタイルを作ったが、すぐに下ろし、会社勤めしていた頃のような七三分けにした。


「おお、ナラドンにエキドードーやないか! はは、ひっさしぶりやなー!」


 庁舎のエントランスにて呼び止められた二人は、まるで宇宙人でも見たかのような顔をして立ち止まった。


「なんや二人ともしけた面して。ナラドゥにエキドーラ、せっかく名前わざと間違えてボケてんのに、思いっきしスベっとるみたいやないか」


 二人は揃って反応に困ったような笑みを浮かべ、順に口を開いた。


「お、おうハルド。少なくとも名前だけはちゃんと覚えていてくれたんだな」

「それ以前にツッコミどころが多過ぎてリアクションが、ねえ」


 微妙な空気すらもお構いなしにハルドは親指を立て、ウインクをしてみせた。


「なんやエキドーラ。ツッコミどこあるんなら言ってや。全部受け止めたるから」

「なら、言わせて貰うけど」

「おう。なんや」

「その髪型に喋り方! いくらなんでもキャラ変わり過ぎでしょ、アンタ」


 ハルドは額に手を当て、大袈裟に目を瞑った。


「いやあ向こうでの習慣が板に付いてしもうて。元通りになるまで時間かかると思うねんけど、根本的な中身はたぶん変わっとらんで」


 ハルドの制服のボタンはすべてきちんと止められていた。以前の彼は堅苦しいからと、第一ボタンは外していたものである。


「お前、前は俺らの顔見てそんな気持ち悪い笑顔をする奴じゃなかったぞ。俺の知るハルドはもっと、切れたナイフのような奴だったぜ?」

「そう言うなや。向こうの時間換算で四百年ぶりにお前らに会えたんやで。嬉しくて笑顔にもなるわ。ともあれ、今日からまたエクスカリボーグ中央一区職員として復帰することになったんでヨロシクやで!」


 ハルドは軽やかに敬礼をし、白い歯を見せると颯爽とワープ式エレベーターに乗り込んだ。

 彼の職場であるオフィスには無数のモニターが宙に浮かび、まるで生き物のように空間を行き来している。

 その一角には、すでに復帰した彼のための席が用意されていた。


「おおー、今日の俺の仕事は書類チェックにデータ入力。掃除雑用、その他諸々。よーし、やるでぇ!」


 ハルドは実に手際よく、それらをこなした。

 休憩時間、女性職員が彼の机にコーヒーに酷似した飲料を置く。

 ついでに一言、気味悪そうに言い放った。


「ハルドさん。なんか気持ち悪いです。向こうで一体なにがあなたを変えたんですか」

「なんやいきなり」

「こんなに黙々と仕事をして、以前のハルドさんでしたら自分はエリートなんだからこんな地味な仕事やっていられるかと、文句を垂れていたところでしょう?」


 暑苦しいまでに目を輝かせ、ハルドは答えた。


「ハハ、なにを言うかと思ったら。一度退職した人間が温情を受けて出戻ってきたんや。文句なんて言っていられへんて。それにこんな仕事、チップエンジンの重労働に比べたら楽なもんやで」

「チップエンジン?」

「ああいや。あー、久々のこっちの仕事は新鮮で楽しいなあ!」


 女性職員は両肩を上げ、付き合い切れないといった様子で去っていった。

 ハルドは飲料を口に含み、作業スピードのギアを上げる。

 ひたすら書類とモニターを見比べては、一心不乱にキーボードパネルを叩く。

 再び手を休めたのは、二度目の休憩時間に入ってしばらくしてからだった。

 ふと思い立ったように、ハルドは懐から携帯通信端末を取り出して眺めた。

 鈍い光を放つその端末にはハイスペックな通信機能が搭載されているが、ゲームをプレイすることは出来ない。


「そういや今日はあっちの世界だったら月曜日、ハッピーマンデーイベントの日だよな」


 しみじみと呟き、ハルドは残っていた飲料を飲み干した。

 エクスカリボーグの飲料の中には278809にあるような刺激的な味のするものは存在しない。

 ハルドのこの生まれ変わったかのような真面目な仕事ぶりは、一週間続いた。



 * * * *



 庁舎の中庭の四方を囲む壁は、光を乱反射する鏡面仕様となっていた。

 それゆえ、ただでさえ白くて眩しい館内の中でも、ひときわ不人気なスポットである。

 その証拠に、昼休み中であるにかかわらず他の職員は誰一人としていなかった。


「わざわざ中庭に呼び出すっつーことは、ランチのお誘いやないようやな。てかエキドーラはどうしたんや」

「彼女は置いてきた。これから繰り広げられる、俺たちの話のレベルに付いていけそうにないんでな」

「ほーん……」


 ハルドとナラドゥは中央の柱に並んで寄り掛かり、僅かに出来た影に身を委ねる。 

 その会話は、唐突に始まった。


「それで、うん百年ぶりにこっちでの生活を一週間やってみてどうだった?」


 少し溜めた後、ハルドはあっさりと言い切った。


「うん、飽きたわ」

「そんなことだろうと思ったぜ」

「こっちの人間は真面目過ぎておもろないし栄養バランス偏重の食事は味がない。家に帰ってもゲームもなければ面白いテレビもない。色々と堪えるわー」

「はは、なんつうか、顔つき含めてお前らしくなって来て安心したぞ。メッキが剥がれるのも、案外早かったな」


 ハルドの第一ボタンはもうとっくに開いていた。

 輝いていた瞳も、以前の濁りを取り戻していた。


「言ったやろ。中味自体は変わっとらんって」

「喋り方は相変わらず変だがな」

「そっちはもう離れんみたいやわ。それで、本題はなんや。そんな他愛のない話だけやったらわざわざこんなとこ呼び出して密談せんやろ」

「さすがだな。話が早くて助かる」


 ナラドゥはただでさえ精悍な印象を受ける眉根を寄せ、シリアスな顔つきになった。

 緊迫感のある空気が、二人を包む。


「ズバリ、あっちの世界でのお前の生活について、もう少し“詳しく”聞きたいと思ってな」


 ハルドは肩透かしを食ったかのように溜め息を漏らした。


「なんやそんなことかい。もっと重大な話かと思って身構えて損したわ」

「では単刀直入に聞くぞ」

「おうなんでも答えるで。なんせお前とは学生以来の仲やからな」

「……シミュレーションの世界ってその、エッチなことは出来るのか?」

「は?」

「なんだよ! 男として大事な話だろう?」

「ああいや、なるほどな。それでわざわざエキドーラ抜いて男二人で話かいな」


 ハルドは吹き出すのを抑えるように肩を震わせた。

 ナラドゥは顔を赤らめ、口を尖らせる。


「た、確かに俺が見た目に寄らずエクスカリボーグ人の中でも指折りのむっつりであることは認めるが、お前だってそういう欲はあるだろう」

「ナラドゥ。俺はお前のそういうところ好きやで。間違ってもシミュレーションマスターにはなれんやろうけどな」


 卑猥な言葉を口にするだけでも犯罪となる法律が施行される中、ここまで踏み込んだ話題を振る人間はハルドにとって彼しかいない。

 ハルドは意気揚々と言い放った。


「向こうの人間は医療が発達しとらんせいか寿命が短く、こっちの人間よりサイクルが短い。だからか知らんが根本的に俺らよりも性欲が強い。だからこそ、“そういう”文化が生まれる」

「ほぉ。それで体験したのか? その文化とやらを」

「いやシミュレーションマスターが行為をして家族を増やしたところで、自分だけが死なずに悲しい思いをするだけやで。おいそれと……」

「かっこつけんなよ、そんな建前はどうでもいいだろ。ただ本能のままにエロいことしたいという欲望がお前にもあるだろう!?」

「お前、よくも堂々とそないなこと言えるなあ。黙っとけば男前やのに」

「俺の話はいい。それで、どうなんだ?」


 ハルドは気まずそうに目を逸らした。

 逃がすまいと、ナラドゥの視線が回り込む。


「ま、まあ……。一度だけ向こうのそういう文化というものが気になって、興味本位で体験しようとしたことならある」

「ほほーぅ」

「なんやその顔は」

「表面的に真面目気取ってるくせにこっそりやることやるとか、一番性質悪い奴じゃねえか。まあお前がそんな奴なのは知っていたがな」


 ナラドゥはまるで鬼の首を取ったように目を細めた。


「……エロ本とかビデオとか薄い本とか、向こうのそっち系文化は凄いんや。あくまでも俺は彼らの気持ちを理解するため、シミュレーションマスターとしての職務を全うしようとしただけやで?」

「下手な言い訳はよせって。どうせコマンドとやらでエッチな子を呼び出して欲望を満たしたんだろう。なんでも特殊コマンドで呼び出せる、固有結界のような空間ではやりたい放題らしいじゃないか」

「なんや、やたら詳しいな。けどそこまではしとらんわ。あくまでも先輩の付き添いで一般客として向こうのそういうお店に行ったことがあるってだけや」

「ほう。で、どんな子とどんなことをしたんだ?」


 ハルドの口から出た、長い溜め息。

 それは敗北宣言というに等しかった。


「財政部のブリンディアさんっているだろ、あの人によく似た子を指名してな。あんなことやこんなことを……」

「ほぉー! 最高じゃないか! あのブリンディアさんと××なことができるとか、シミュレーションマスター最高だな」

「声がデカいて。聞かれてたらしょっぴかれるで。あくまでも行ったのは魔が差しての一回きりやからな」

「おうおう、そうかそうか」


 ナラドゥはハルドの肩を執拗に叩いた。

 鼻の下を伸ばしきったその顔には、もはや普段の二枚目の面影はない。


「言っとくけど向こうではブリンディアさん以上の美女とも仲良くしとったんやで。イレーヌっつってな。やたらとセクシーな悪魔っ娘なんやけど」

「ほう、それも興味深いな。それで、そのときの感触はどうだったんだ? その、例の胸部における隆起した部分は柔らかかったか?」

「そらもう、マシュマロやったで。ああ、マシュマロいっても分らんか。とにかく柔らかくてリアルな感触で……ん?」

「どうした?」


 突然真顔になり、ハルドは呟いた。


「いやな、ふと思ったんやけど」

「おう」

「もしかして、この世界もシミュレーションなんやないかって」

「は? どうした急に」

「あっちの世界の触感も匂いも、この世界のものと全く同じやった。そんでもってこの世界に来る前にも、この世界によく似た世界に飛ばされて、俺は実際それがこの世界やと勘違いした。せやからちょっとそう思っただけや」

「なに言ってるかよくわからんが、単なる思い過ごしだろ?」

「そうか。そうだよな……」


 ハルドは手を握り、その感触を確かめるようにして言った。


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