処分と後始末
やはり信じられないといった表情で、ハルドは口にした。
「嘘やろ? だってここ、どう見ても俺の働いとった合同庁舎やん」
「いいや、ここは“お前の元いた世界”によく似た仮想現実だ。この部屋に来る途中、誰とも会わなかっただろう? あれは容量の節約だ。ここはお前とこうして話をするためだけに用意した世界ゆえ、人物を配置する必要がなかったということだ」
「そんなこと言われても、握った手の感触も現実そのものやし、実感湧かへんわ」
「実感が欲しいなら、この建物から一歩外に出れば無の空間が広がっている。まあ、それも面倒というなら、手っ取り早い証拠を見せよう」
突然部屋の景色全体に、モザイクのようなノイズが混じる。
ノイズはまるでハルドを嘲笑うかのように、空間のあらゆる物体を一度歪ませ、すぐに元の安定した姿へと戻した。
「はは、マジか……」
ハルドは項垂れた。
そして次第に肩が震えだし、口元から引き攣った笑いが止まらなくなった。
「もしかしてこれは罰なんか? あの世界を無茶苦茶にした罰を受けさせられとるんか?」
「お前は一体なにを言っている」
ハルドはユウキに向かって捲し立てる。
「とぼけんでもええ! これは罰として俺の意識をこのままこの世界に永劫閉じ込めようっちゅうことやろ?」
「落ち着け。お前はなにか勘違いをしている」
「確かに俺は好き勝手やった! 途中で住人が嫌になってこの手で世界終わらせたわ! けど、こんなペナルティがあるなんてあんまりやで!」
「私はお前に『尋問をする』とだけ言ったはずだが?」
「…………」
「安心しろ、お前はちゃんと元の世界に帰れる。私の質問に正しく答えたらな」
「ほんまか?」
ハルドは前のめりになっていた上体を戻し、椅子に深く腰掛けた。
「わかった。そういうことなら何でも答えるで」
「ずばり、聞きたいのはお前自身の感想だ。シミュレーションID・278809を人類誕生から約一億年、総プレイ時間にして約400年、やってみて実際にどう感じた」
「感想、か……」
言葉を詰まらせた後、ハルドは呟いた。
「なんだかんだ、今思えば楽しかったな」
「ほう」
「確かに住人たちの醜い争いは絶えなかったけども、今思うと、だからこそ美しくもある世界だったように思う。少なくともエクスカリボーグでの生活に比べれば刺激的な日々やったわ」
「意外だな。お前の口からこうも肯定的な言葉が出るとは」
「全部終わってからの感想やからな。せやから今は、俺が犯してしまった愚かな過ちが残念でならんのや」
「ならば何故私が聖刃ユウキとして忠告しに行ったときに活動を止めなかった」
「忠告って、ガチで殺しに来とったやんか。まあ仮に、あのとき穏便に話し合ったとして聞く耳持たんかったやろな、あんときの俺は。本当に、大変なことをしてしまった」
ハルドは時折唇を噛んでは言葉を途切れさせた。
ユウキは小さく溜め息を吐き、言った。
「ふむ。その様子だと心から反省しているようだな。安心しろ、すべてはプログラム内で起こったこと。お前に殺人罪は適用されない」
「本当にお咎めなしなんか」
「ああ。それに、更生プログラムでお前の身勝手な性分を修正する必要はあるが希望ならもう一度新たな仮想現実の任務に就くことも可能だろう」
「冗談やろ。また一からなんて勘弁して欲しいで」
「まあそれならそれで構わんが。ところでハルド。あの後、278809がどうなったのか、知りたくはないか?」
「……あの後、やと?」
ハルドは渋い目をした。
そんな彼に対し、ユウキは人差し指を天井に向け、上を見るように促した。
「こ、これは……どういうことや!?」
ドーム型の天井全体がスクリーンの役割を果たし、様々な映像を映し出す。
それはハルドのよく知る278809・地球の、かつてハルドのよく見た光景だった。
「繰り返し言うが、高度文明人滅亡回避のためのシミュレーションとして、278809の途中経過は非常に良好と言えた。ゆえにこのまま終わらせるのは勿体ないとメインコンピュータは判断したのだ。ゆえに現在、278809は時間巻き戻しコマンドによって、お前が妙なことをしでかす以前の状態に戻してある」
交差点に群がる大勢の人の前を颯爽と車が横切る、生きた都市。
一面緑の畑に農夫が並び収穫に励む、暖かな農村。
ハルドは映像を延々と見ていた。
その目はどこか、ほっとしているようだった。
「これが、今の地球の光景なんか?」
「そうだ。この部屋の時間の流れは278809に同期させてあるがゆえこれがリアルタイム映像と思ってくれていい」
「ま、マジか……。はは、時間巻き戻すとかチートやな」
「たとえシミュレーションマスターには無理な奇跡でも、仮想現実の運営元であるメインコンピュータなら可能なことなのだ」
ユウキは立ち上がり、ハルド肩をポンと叩いた。
「ハルド・ゴレイザス、お前は278809において追放処分が決まっている。仮にお前がシミュレーションマスターとして復帰したとしても、この世界に干渉することは出来ない」
「まあそれは、当たり前だわな」
「お前の後釜には私がなる予定だ。私は他のシミュレーションから採取した様々なデータを踏まえながら、278809の人類をより良い方向に導いてみせるつもりだ」
二人は見つめ合った。
ハルドはあらためてユウキの濁りない眼差しをよく見ていた。
「お前、まさかそれを伝えに俺を?」
「なに、シミュレーションマスターの思考分析のついでだ。今のお前なら、気になっているんじゃないかと思ってな」
「女子大生のお前といい、ほんまにつくづくよく出来たプログラムやな。まあ、後は頼むでと言っておくわ」
「任された、と言っておこう」
「なにはともあれ、あの世界が元通りになって本当に良かったで。その、ありがとな。ユウキ」
照れ臭そうに、ハルドは笑顔をこぼした。
そして彼は、今度こそ彼の元にいた世界へと転移したのだった。
 




