思わぬ再会
棺桶のようなカプセルの蓋は、自動で開いた。
ハルドはしばらく動かずに、部屋の真っ白な天井をぼーっと眺めていた。
「体は動くか? ハルド・ゴレイザス」
目玉を動かし、ハルドは声のあった方を見る。
軍服を着た女性が、直立不動で佇んでいた。その顔面はマスクで覆われており、素顔を拝むことは叶わない。
ハルドは手足を軽く動かすと、問題なく動いた。
「大きな異常はないみたいや……。少し耳鳴りがするけどな」
「ふむ。その程度なら問題なかろう。では、付いて来てもらおうか」
「ちょっと待てくれ」
「なんだ」
「あんたは一体誰や?」
ハルドはシミュレーション終了後の話は、一切聞かされていなかった。
「関西弁といったか。その喋り方はもう沁みついてしまってるんだな」
「なぜそれを……。って、その階級章バッジからしてかなりのお偉いさんか?」
「まあ来れば分かる。私の正体もな」
女はそう言い、廊下へと出た。
ハルドは気怠そうな顔をしたままその後に続いた。
白い壁だけが続く殺風景な廊下は、彼がマシンに入る以前となんら変わっていない。
そこは普段、多くの職員が行き交う場所のはずであったが、不思議と彼らは誰とも出くわさなかった。
「聞くが、お前はこの施設をなんだと思っている」
「なにって、合同庁舎やろ」
「ふむ、やはり気付いていないか」
「なんの話や。てかどこまで行く気や。こっから先はVIP以外立ち入り禁止やぞ」
「生憎私はそのVIPでな。この先の景色をお前に見せてやることができる」
女は廊下を延々と進み、やがて分厚い金属製の扉の前で立ち止まった。
「ここだ」
女がセンサーに手をかざすと、扉はゆっくりと開いた。
天井が半球形をした、いわゆるドーム型の広場の中心に、椅子が二つ、向き合うような形で用意されている。
女はまず奥の席に腰を下ろすと、続いてハルドに対面に座るよう促した。
「こんなとこに呼び出して、どういうつもりや」
「ふん。まずは答え合わせと行こうか」
徐に、女はマスクを外した。
その顔面はあからさまに、紛うことなく、「正義の勇者」そのものだった。
* * * *
「お前は! 聖刃ユウキ!?」
「向こうではそう名乗っていたな。私のことはお前の動きをチェックするために軍から極秘で送り込まれた、エージェントだと思ってくれていい。ああ、名を呼ぶときはこれまで通りの名でいいぞ」
「エージェントやと?」
「さて、私は今からお前に尋問をする。同時に忠告だが、嘘はつかないほうが良い」
ユウキの口調はかつてハルドと刃を交えたときと変わらない、威厳に満ちていた。
ハルドは目をぱちくりさせながら、その顔を見ていた。
「待て、いきなりなんの話や」
「お前は軍が全てのシミュレーションマシンを所有、管理する元締めであることは知っているだろう?」
「ああ。そりゃあな」
「ならばこの尋問の意味も理解出来るはずだ。私はこれより、お前がたった今シミュレーションID・278809を終わらせたことについて、正当性があるか否かを問う」
ハルドはしばらくユウキの顔を見つめていたが、やがて観念したかのように笑みをこぼした。
「どうやら俺は、今目の前で起こっていることを受け入れるしかないようやな」
「聡明な判断だ。それで、お前がなぜ今回このような結論に至ったのかについてだが、お前が送った報告書はすべて目を通させてもらった。その上で聞きたいことがあって、こうしてお前を呼んでいる」
「は、読んだ? 読んだって、全部読んだんか? いやおかしいやろ」
「質問をしているのは私だぞ、ゴレイザス」
対面に座り合う両者の距離は、まさしく目と鼻の先。
間近から放たれるユウキの眼光は、ハルドを黙らせるのには十分であった。
「まずは確認といこうか。お前は我々がなぜシミュレーションマスターたちを集め、何千回にも渡る膨大な仮想現実のデータを取っているかは知っているな」
「……勿論や。不可避の運命と定められた、エクスカリボーグ人の滅亡。それを回避するヒントを得るためやろ?」
「その通りだ。そのために我々はエクスカリボーグ人の性質とよく似た住人を住まわせた仮想現実を用意し、少しずつ条件を変えながらシミュレーションマスターたちにプレイさせている。お前たちの任務はその世界を見守り、時に適切な介入をしながら、世界そのものを存続させること。そのノルマとは?」
考える間もなく、ハルドは即答した。
「100億年や」
「そう、100億年だ」
「せやから人類誕生1億年で終わらせた俺は失敗やな……」
「いや、失敗してなどいないんだ」
「なに?」
ハルドの眉がピクリと動いた。
ユウキは厳格な表情のまま、続けた。
「お前が担当していた278809の経過は、過去の例と比較して極めて良好だった。しかしその状況はお前が送ってくる報告書の内容からは乖離がみられた。特に直近半年分は顕著にな」
「いや、ちょっと待てや」
「ゆえに私は聖刃ユウキとして278809に侵入し、お前の動向を探りつつ、詳細な調査を開始した。その結果、お前は任務の遂行を放棄し、闇雲にシミュレーションマスターの権限を乱用していることが判明したのだ」
「いやだからおかしいやろ」
「なにか、言いたいことがあるみたいだな。言ってみろ」
動揺、不安、猜疑心。
ハルドの脈は速くなり、呼吸は乱れていた。
「こっちと向こうの時間の流れの違いからして、俺が最近送った報告書を読んで行動するのはいくらなんでも早過ぎる。それに、最後の報告書まで読んだ言うたな? あきらかにありえへんで」
「確かに278809でお前が経過させた一億年、体感時間にして約四百年はエクスカリボーグでの時間軸で換算すると二週間にも満たない。それだけ時間の流れに差がありながら、向こうの時間で半年前に書かれた報告書を私が読んで行動するというのはあり得ない話だろう」
「せやろ?」
「しかしそれは、私がこの世界の時間軸で生きる生身の人間なら、という話だ」
「どういうことや?」
「私はな。実のところプログラムなのだよ」
発言と同時に、ユウキの右腕が透明化し、背景と同化した。
狐につままれたかのごとく、ハルドは目を皿にする。
右腕は消えたり現れたり、まるで信号機のように点滅を繰り返した。
「なっ、ななな……」
「驚くのも無理もない。私はすべてのシミュレーションマシンを管理するメインコンピュータのサーバーが生み出した、自己管理プログラムだ。まあ、お前が生み出したイレーヌとやらに近い存在だな」
「いや意味分からんて! てか嘘やろ? だってお前、俺の開発した装置で廃人になっとったやん」
「あれはお前の機械にやられたわけではない。メインコンピュータがお前を止めるという選択肢を捨て強制ログアウトさせる選択を選んだ以上、私はあの世界で活動する必要がなくなった。それだけのことだ」
「な……」
ハルドは頭を抱え、ふとなにかに気付いたかのように呟いた。
「待てよ。プログラムのお前がこうして実体化出来とるんやったら、この世界は……」
「ああ。察しの通り、私とお前が今いるこの空間も仮想現実だ」
ハルドは今一度、周囲の景色を見回した。




