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地球という仮想現実をプレイしている男、ネットで煽られたから世界を滅ぼす  作者: 武藤一光
 第二章 終わりゆく世界と、現れし勇者?
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ハルドvs聖刃②

 その日は前触れもなくやってきた。

 ハルドは額に、多量の脂汗を滲ませていた。


「聖刃ユウキの正体が一体何者で、いかにして力を手に入れたか。なにもかもが未だ不明のままやが、そんなことは今どうでもええねん」

「ですね。とてもじゃないけれどそれどころではなさそうです」


 緊張感のある声は、イレーヌもまた同様である。


「やはり逃げますか?」

「いや……」


 ハルドがパンと、自らの頬を叩く。

 その彼が見つめるモニターの中には、険しい顔で歩みを進めるユウキの姿が映りこんでいた。


「これは逆にチャンスやと思う」

「ほう。と、いいますと?」

「こうなったら戦うでイレーヌ。どうやらいよいよ魔王として、ガチで腹を括るときが来たようや」


 強張った顔をしたハルドの周りには、魔王じみた漆黒のオーラが渦巻いていた。


 一方その頃、ユウキは落ちた小石が音もなく奈落へと消える、底なしの大穴の前に佇んでいた。

 時折風が彼女の髪を逆立てると、強い眼差しがより露わとなった。


「四十年前に閉ざされた鉱山にぽっかりと開いた、人々の記憶から忘れ去られし大穴。うむ、確かに奴がコソコソなにかをやるのには打ってつけの場所だな」


 ユウキは岩肌に囲まれた、その地獄の門のごとき奥底を見下ろした。

 まるで怨霊のうめき声のような風音が、しきりに響いている。


「微かに奴らの気配がする。ここで間違いないようだ」

「凄いね、わかるんだ」


 付き添いで来ていた松葉は、驚いたような声を上げた。


「ここまで案内してくれて感謝する。かならず奴を倒し、平和な世界を取り戻してみせる」

「気を付けて。あの人、ああ見えてキレると結構得体が知れないから」

「大丈夫だ。恐れるに足りんさ」


 松葉に手を振り、ユウキは穴の中へと身を投げた。

 直後、フラッシュのような光が煌めき、彼女の身体は松葉の視界から姿を消した。


「ここは……。なにかの工場か?」


 ユウキは両手で光の剣を構え、辺りを見回す。

 張り巡らされた配管およびコードの脇に並ぶ、怪しげなカプセル状の機械。ロボットアーム。

 彼女の視線はすぐにその内のとあるカプセルの上、一点に固定された。

 揃って不敵な腕組みをしているのは、ハルドとイレーヌの二人組であった。


「ようこそ、我が新たなるアジトへ。歓迎するで。聖刃ユウキ」

「ふん。ここにはいつもお前の信者が沢山集まっていると聞いたが、今はお前たちだけのようだな」

「松葉の奴が裏切ってここをバラしたりしなければ、同志たちを逃がす手間もなかったんやがな」

「信者たちは逃がしておいて、お前たちは逃げないのだな」

「なに、本気で貴様を迎え撃つ覚悟を決めたというまでや」


 ハルドの黒マントが機械から噴出される蒸気に煽られ、揺らめく旗のようになびく。

 しかし彼の顔面からは、まだ少なからず汗が流れ出ていた。


「迎え撃つ、か。今更人類滅亡計画をやめろなどと言っても、聞く耳は持たないか」

「当たり前や。ここの設備では我が野望に必要不可欠な素敵物質を作っていてな。ゆえに貴様の破壊から守らねばならんのや」

「ふむ、わざわざ待ち伏せてたということは罠でも仕掛けてあるのか」

「さて、どうやろうな」

「上等だ。お前たちを倒して、ここも潰す!」


 ユウキから放たれた殺気に気圧されたのかハルドは震え、後ずさる。

 しかし、その後退はわずか半歩で止まった。 

 ハルドはユウキを見下ろしたまま、掌から野球ボールサイズの黒い火球を繰り出した。


「今日の俺はこの前とは違うで。思い知るがええ、我が力の恐ろしさを!」


 挨拶代わりと言わんばかりに、ハルドが火球を投じる。

 火球は意志を持つかのように不規則に揺れ、ユウキに襲い掛かった。


「ふんっ!」


 ユウキは剣を振り下ろし、火球を斬り裂く。

 斬られた火球は塵と消えたが、その時すでにハルドは次の火球の発射態勢に入っていた。

 次々と投じられる、火球の弾幕。

 ユウキは涼しい顔で、それらを難なく全て斬り伏せた。


「そんなものなのか? その程度の球では私から空振りは取れないぞ」

「十分や。お前の目を釘付けに出来たならな」

「なにっ!?」

「つまりはこういうことですよ」


 ユウキがハルドのネットリとした笑みを視界に捉えたときにはもう、“彼女”は懐に入っていた。

 横っ腹から死角を突くような形で、滑空するイレーヌがタックルを仕掛ける。

 ユウキの体は勢いよく飛ばされ、鋼鉄製のタンクに激しく打ち付けられた。


「よっしゃああっ!」

「バッチリやりましたね。この感触、間違いなく手応えありです」

「さすがは悪魔将姫やな。自分で強い言うとっただけのことはあるわ」

「えっへんです。しかし、案外呆気なかったですね」


 イレーヌの長く伸びた爪には鮮血が滴っている。

 さらにタンクの周りは通常の人間なら即死していてもおかしくないほどの、血の海が広がっている。

 しかし、二人が息をついたのも束の間。

 ユウキは平然と起き上がった。


「悪の魔王だものな、当然二人がかりで来るか。私としたことが、女の方への注意を失念していた」

「馬鹿な!? お前、ほんま人間か?」

「ふん、私はお前を倒すまでは死なないさ」


 腹部を深く抉られたはずのユウキの傷は、まるで瞬間接着剤で塞いだのかのごとく超スピードで回復していた。

 ハルドは信じられないといった面持ちで目を白黒させた。


「……本部からはお前の存在の報告は受けとらんが、お前、“外部から来た人間”なんか?」

「なんのことやら。まあ、あらためて魔王を倒すために神より力を授かりし勇者と言っておくよ」


 ハルドは再び手元に火球を繰り出した。


「おのれ化け物っ、最後に勝つのは正当なシミュレーションマスターたるこの俺やっ!」

「バケモノはお前だろう。ハルド」


 先程にも勝る、怒涛の勢いで火球は投じられた。

 ユウキはそれらを剣で打ち払いながら、瞬く間に距離を詰めていく。

 外れた火球は彼方此方に飛び散り、施設を損傷した。

 それでも構いなしに、ハルドは攻撃の手を緩めなかった。


「イレーヌっ! なにしとんねん、はよ援護せえや!」

「そうしたいのはやまやまなんですが、さっきから隙がまったく無いんですよ」


 あれよあれよという間に、ユウキが間合いに入った。

 剣先は高らかに舞い上がり、そして、下ろされる。


「これで終わりだ、ハルドっ!!」

「ちいッ……2cmm;m;cm9@\\22.;^^tッ!!!」

「なにっ!」


 斬撃がハルドの体に触れるその瞬間、ハルドの身体が消滅した。

 さらに背後から飛んできた火球にユウキの背が焼かれたのは、そのほぼ直後である。


「今の動き、ワープか」


 服の破れた背中を押さえながら、ユウキが背後を振り向く。

 ハルドの足元には、ちょうどマンホールほどの大きさをした、闇の穴が渦巻いていた。 


「お前と戦うにあたってこのくらいの準備くらいはしとるわ。この辺、あらかじめ設置したワープポイントだらけやで」


 ハルドは舌を出し、ここぞとばかりに笑ってみせた。


「火球にワープ……。なんでもありだな。この空間でのお前は」

「それはお互い様や。さあ、人を超越せし者同士、存分に戦り合おうや!」


 ハルドは強がりとも愉しんでいるとも取れる笑みを見せ、火球を構えた。

 彼とユウキの壮絶な大立ち回りは、その後しばらくの間続いた。





「はぁ……はぁ……ようやったな、俺」

「なんとか逃げてこられましたが、最後は命辛々でしたね。それにしてもハルドの戦ってる姿、結構かっこよかったですよ」

「そうか? イレーヌこそ、よくいいとこで援護してくれたわ」

「しかし本当に何者なんでしょうね、あの人。まさか最後は空間ごと破壊してくるとは」

「正真正銘の化け物やな。これで新アジトは壊滅、工場設備も破壊され計画はパー……」

「って思って、少しでも安心してくれたら幸いですね」


 大の字になって寝転がるハルドとイレーヌは見つめ合い、笑う。


「俺の演技、どうやった?」

「演技もなにも。ハルドの小物ぶりは本物ですからね。いかにも悔しそうに仕方なく撤退したようでしたよ」

「そうかそうか」

「まあ再生できるとはいえ、向こうもかなり消耗してるようでしたし、すぐにこちらを追う気にはならないでしょうね」

「やな。つまり、時間は十分に稼げる」

「ミッション成功ですね」

「大成功や。フフフ、ハハハ……がはっ、げほっ」


 ハルドの咳は心なしか満足げな音を奏でていた。

 そんな彼の背後には、破壊されたばかりのアジトと瓜二つの設備が、まるですべてを嘲笑うかのように聳えていた。

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