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地球という仮想現実をプレイしている男、ネットで煽られたから世界を滅ぼす  作者: 武藤一光
 第二章 終わりゆく世界と、現れし勇者?
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閃光の勇者、現る

 ここ最近は動画投稿の頻度は落ち、代わりにこうしてハルド団の活動報告を待つ時間が増えていた。

 苦虫を噛みつぶしたような顔のハルドを指差すと、イレーヌは高らかに言った。


「これでハルドを守るガーディアンはいなくなりましたね。青天の霹靂ナイト・ライアンでハルドに攻撃です」

「くっそぉぉぉ」

「また私の勝ちですね」

「今のは酷い運ゲーやったやん! こんなん認められへんわ」

「じゃあもう一度やります?」

「望むところやないか」


 テーブルに並べられたカードを掻き集めながら、ハルドはイレーヌの顔を覗いき込んだ。


「なんですか? 今さら私の顔なんて、もう十分に見慣れたでしょう」

「いやなんだかここ最近、随分楽しそうにカードゲームするようになったと思ってな」

「ええ楽しいですよ。だってほら、世界が滅びる前にこうしてハルドと遊ぶのも、あと何回あるかわからないじゃないですか」

「イレーヌ。一応、聞いとくがお前、もしかして俺が目的を達成することが怖かったりするか」


 イレーヌは不思議そうな顔をして、ハルドの顔を見た。


「いきなりなにを言いだすんです?」

「晴れて人類が滅亡し、せいせいしたら俺は元の世界に帰る。同時にこの世界は消えて、ハルド空間も当然なくなる。つまり、お前の存在も消えてなくなるっちゅうわけや」

「そんなことは知っていますよ。ですがご存知の通り生物としての本能のない私に、恐怖の感情はありません。きっと心地よく眠るように、それは訪れるのでしょう?」

「せやけど自分の存在した証を残したいとか、そういうのはないんか?」

「勝手に私を生み出しておいて、今更変な情でも生まれたんですか?」

「まあそこは好きに解釈してくれたらええ」


 するとイレーヌは尻尾を立て、微かに振りながら言った。


「ふふん。だからこうして、ハルドのなかの思い出になろうとしているんじゃないですか」

「イレーヌ。お前ってやつは」

「お前ってやつは?」

「いじらしいこと言うやないか! そんなふうに言われたら、俺のほうがお前と別れるの惜しくなるわ」

「ならここで永遠に私と仲良く暮らします? 何億年も何兆年も」

「いや、それはさすがに無理やな」


 ハルドはまるっきり緊張感のない白い歯を見せ、シャッフルしたカードの束をテーブルの上に置いた。

 その時である。

 突然ハルドの背後の空間に、光の十字が走った。

 光はみるみる広がっていき、まるで強い日差しのようにハルドの背中を照りつけた。


「な、なんの光やっ!?」


 左手で目を覆いながら、ハルドは振り向く。

 煌々と輝く光の中心に、薄っすらと人型のシルエットが浮かんでいた。

 シルエットは、やがて猛々しく、凛とした声を上げた。


「世界を破滅へと導く、悪しき魔王ハルドの居城はここかっ」

「なにっ!?」


 挨拶代わりと言わんばかりに、テーブルが真っ二つに割られたのは次の瞬間である。

 何事かとハルドは、瞬きを繰り返す。

 そんな主人の脇を抱え上げ、イレーヌは光から離れるべく瞬時に飛び立った。


「今、光から衝撃波が発せられたようですが、見えましたか?」

「み、見えとったわ。魔王ハルドを舐めるんやないで」

「どういう原理でしょう。ハルド、あれは一体何者なんです?」

「知るかいな。俺の方が知りたいわ」


 やがて光の靄が晴れ、シルエットの正体が露となった。

 右手には光の剣。短髪の頭髪に上下長袖のジャージ。

 性別が辛うじて胸の膨らみで判断出来るボーイッシュな彼女の瞳には、並々ならぬ殺気が満ちてた。


「私の名は聖刃ユウキ。貴様を倒すためにこの世界に舞い降りた勇者だ」

「勇者、やと……?」


 聖刃ユウキと名乗った女は剣を振り上げ、構えた。

 慎重に、言葉を選ぶようにして、ハルドは声掛けた。


「ま、待て。状況は呑み込めへんのやけど、いきなり暴力言うんは穏やかやないな。まずは話をしようや」

「私の要求はただ一つ。今すぐこの悪趣味な空間を消し、お前のこれまでの良からぬ考えを悔い改めろ」

「……いや、それはできん相談や」

「ならば問答無用!」


 人間の運動能力の限界を軽々凌駕する高さで、ユウキは跳んだ。


「世界に絶望したのなら、お前だけが消えればいい。光ある者を巻き込むな、ハルド!」


 振り回される刀身からあちらこちらに斬撃が繰り出される。

 それらは衝撃波となって空間内のあらゆるものに触れては、悉くを粉々に打ち砕いた。


「あ、あの剣。ハルド空間を切り裂いてますよ」

「ありゃ明らかにこの世のものやないな。シミュレーションのバグか、あるいは“外部”からの干渉か……。って、なんや震えとるやないかイレーヌ。恐怖の感情無かったんとちゃうんか」

「そういう私より、ハルドのほうが震えていますよ」

「き、気のせいやろ。なんせ俺はこの世界のシミュレーションマスター。外部からの攻撃で傷つくなんてことはあり得……」


 ひゅんっと、ハルドの頬を斬撃が掠めた。


「痛っ! ……え?」


 傷口からポタポタと、真紅の鮮血が滴り落ちる。

 信じられないといった面持ちでハルドは地上のユウキを二度見した。


「どうやらお前を守る衣も大したことはないようだなハルド」

「バリアごと俺を負傷させた!?! 貴様ホンマに一体何者や!?」

「ここで教える意味はない。お前の命はここで終わるんだからな」


 ユウキは剣先でハルドを指し、挑発するようにほくそ笑んだ。


「なっ、黙って聞いとったら調子に乗りおってぇ! このハルド空間で勝てると思うなよ小娘がっ!」

「ほう。ならば相手になってやる。かかってくるがいい」

「…………」

「どうした?」

「イレーヌっ! 全速力で奴から離れろっ!」

「え、結局逃げるんですか」


 イレーヌは翼を大きくはばたかせ、かつてないほどの速さで飛翔した。

 それを見て、ユウキは剣を大きく振りかぶり、斬撃を飛ばす姿勢に入る。


「逃がすかああっ!」

「#//neiwtp..:..crn40t2ッッ!!」


 背後から斬撃が迫るなか、リング状のワープホールがハルドたちの進行先に現れる。



「突っ込めぇぇぇっ!!」


 間一髪、二人は闇の輪の中に飛び込んだ。



「ふぅ。さすがにここまでは追ってこないようやな」

「ここは?」

「さっきのワープホールはちと特殊でな。ハルド空間とハルド空間を繋ぐためのものなんや」

「……というと、ここもそうなんですか」

「ああ。例の装置を生産するために予め作っておいた、もう一つのハルド空間や」

「なるほど。道理で私が実体を保っていられるわけです」


 彼らが逃げ込んだ空間には先程とよく似た、なにも無い闇がどこまでも続いていた。

 険しい顔のまま一度辺りを見回し、ハルドは溜め息とともに言った。


「しかし、聖刃ユウキか」

「彼女、一体何者だったんでしょう」

「わからん。ひとつ言えるのは厄介な敵が現れたということや」

「そのようですね。今回はなんとか逃げられましたが、いつまたここを嗅ぎ付けてくるかわかりませんよ」

「ここは以前より分かりにくい場所にはあるんやが。しかし、手を打つ必要はありそうやな」


 唇を噛むハルドの横顔には、一時間前までの余裕はまったくもって消えていた。

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