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地球という仮想現実をプレイしている男、ネットで煽られたから世界を滅ぼす  作者: 武藤一光
 第二章 終わりゆく世界と、現れし勇者?
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結成、ハルド団

「あのとき先輩はああ言ったが、計画は順調や。俺の完璧な計算通り、人類は確実に滅亡へと近付いとる」


 今日も変わらずハルド空間内部は、陰気で薄暗い。

 聞かれてもいないのに、ハルドは声高々に主張した。


「それはいいですけれど。それでこの料理本の山はなんなんです」

「見て分かるやろ。世界が滅ぶ前に世界中の美味しいもんを食べてな、食レポするんや」

「なんのために?」

「俺はな、つくづく思うんや。人類そのものは消してしまった方がためやけど、彼らの築いた文化というものは記録し、あちらの世界に報告する価値があると」


 ハルドの周りを囲むようにして無造作に積まれた、本の山。

 その頂を、イレーヌは少しだけ恨めしそうに見ていた。


「なるほど。どうせならその食べ比べの様子を動画で配信してみては?」

「アホか。そんなことしたらせっかく築いたイメージが壊れるやろ。一人で楽しむんや」

「一人で……いいですよ。電子生命体である私は食事をする必要ありませんからね」

「あ、いやスマン。別にそういうつもりじゃ」

「ああハルド、人類を滅ぼす最後の晩餐にあなたがなにを胃袋に収めるのか、実に夢が広がりますね」

「わかったわかった。これはお前のおらんとこでこっそりやるわ」


 ハルドは申し訳なさそうにイレーヌに向かって合掌し、コマンド詠唱にて本を消し去った。


「文化と言えば、なにも食べ物だけやない。音楽とか文学もそうや」

「あら、別に露骨に気を遣って話題を変えなくても良いですよ」

「いや、こっちも元々やろうと思っとったことや。全部聞いたり読んだりしてたらきりないけど、出来る限りは体験しておこう思っとる。最後の日までにな」


 本の代わりに新たに出現させた、大型スピーカー付きの音楽プレーヤー。

 ハルドが再生ボタンを押すと、ある英語圏のロックバンドの曲が流れ出た。

 重厚なサウンド、および爆発して弾けるようなメロディにより、彼らは自然とビートを刻んでいた。


「ええ曲やな」

「ですね……」


 二人はしばらく音楽鑑賞に耽った。

 ソファーに腰かけたハルドは、リズムに合わせて首を振る。

 一方イレーヌは、空中浮遊しながらも小気味よく足をバタつかせた。

 世界中の名曲を詰め込んだメドレーはその後も手を変え品を変え、味気ない暗黒空間を幾度となく彩った。


「腹が減るから食文化が生まれる。人生の苦しみがあるから名曲が生まれる。確かにそれが紛れもない事実なことは、認めなあかんな」


 しみじみと噛みしめるように、ハルドは呟く。


「これで感化されて、人類滅ぼすのやめたくなったりしませんか?」

「それはないな。世界がこれらの芸術を生み出したとして、対価として支払われる悲しみが大き過ぎる」

「また無駄に格好つけた言い方を」

「それに、計画はもう引き返せないとこまで来とるからな」


 それはまるでゲームに勝ち誇ったかのような言い様だった。

 先日隆平の前で顔を凍りつかせていた男と同一人物とは思えない豪語ぶりである。


「もしかして。例の、ハルド団のメンバーが集まったんですか」

「中々の粒ぞろいやぞ。やはり七十億も人口がおれば、俺と似たような答えにたどり着いた有能もそれなりにおるんやな」

「トイッターで集めたってのがまたあれですね」

「今度近いうちに第一回の集会がある。そんときに改めてメンバーを紹介するで」

「まあ楽しみにしてますよ」


 最初の動画の投稿があってから、はや三ヶ月。

 イレーヌとハルドの掛け合いも、もはや熟年の漫才コンビのような空気が出ていた。

 

 そして世界は間違いなく、少しずつハルドの思う方向へ進んでいた。



 * * * *



 汗ばんだ拳を握りしめ、黒ずくめの男は発語した。


「過去の歴史を紐解けば、永遠のものなど何一つありません。いかに繁栄を極めた種であっても必ず最後には滅びが訪れ、いつの日か地球は消滅し、宇宙すらも無に帰します。早いか遅いかだけの差なのです。私は人類の営みが無意味であると、前々から思っていました」

「うむ」


 ハルドは頷いた。

 男の横には同じく全身黒の衣装を身に纏った、男女数人が立っている。

 死んだ魚のような目をした者。

 充血した眼を見開き、瞳孔すらも開ききった者。

 あるいは穏やかで聖人のような顔をした者。

 その誰もが先程黒い嵐と共に訪れたハルドを前に、頭を垂れて跪いている。

 またある者は挙手し、こうも言った。


「ハルド様の仰る話を聞いて、スッと胸のつかえが取れていく思いがありました。それは私自身なんとなく前々から、感覚的に感じていたことでありました」


 ハルドは再び頷き、仰々しくマントをはためかせる。


「うむ、諸君らのような私の話をきちんと理解する者がいて嬉しいぞ。知っての通り、今や世界中で我々の隠れた同士は多い。諸君らはその中でも選りすぐりの頭脳を持った、選らばれし逸材たちなのだ。さあ、ともに人類をあるべき未来へと導こう」

「はっ! 人類をあるべき滅びの未来へ!」


 事前にみっちり練習してあることが伺える、綺麗に声の揃った掛け声。

 ハルドは鳥肌を立て、ぶるっと身体を震わせた。


「あの、ハルド様。質問があるのですが」

「なんだね」


 挙手をしたのはとある三白眼の女性だった。


「ハルド様は理想をどのようにご実現なさるおつもりでしょうか? ハルド様のお考えを本気で信奉しているものなど、ここにいる私たちくらいのものであるはず。また私たち賛同するものですら、いざ明日我が身に死が降りかかってくると考えれば、足元が竦むはずです。そのくらいに人間の生きようとする本能は手強いものです」

「うむ、もっともだ。流石は人類学者。職業柄人間というものをよく観察している」

「我々が本格的に動こうものなら、きっとすぐに大きな力で邪魔が入り、潰されてしまうでしょう」


 ハルドはニヤリと笑った。

 彼らの中には彼女のような、ある分野で一流の成績を収めた者が多くいた。


「人間が生きようとする意志は確かに強い。それは我が目的に立ちはだかる大きな壁となる。だがしかし、例えば人類が恐怖そのものを感じなくなったとしたら?」

「それは……具体的にどういうことですか?」


 三白眼の女が目を丸くする。

 ハルドはコマンドによって無色の液体の入った瓶を生成し、軽く振りながら見せびらかした。


「例えばここに健康的副作用の全くない麻薬があるとする。この薬は人々を無条件に幸福感で満たし、一切の恐怖や痛みを忘れさせる。しかも、そこらへんにある材料さえあれば簡単に大量生産できるとする」

「そんなことが……」

「我が魔王の力ならば可能だ。さて、どうなる?」


 女はすぐに回答した。


「おそらく政府が危険性やら法規制の是非を検討する以前に、瞬く間に広まりますね」

「うむ、世界全体が堕落するのは時間の問題と言える。そして本能的不安を克服する代償として、人類は進化を止め、危機にも鈍感になっていく。すると?」

「人類は緩やかに、滅びの道を辿っていきます」

「つまりはそういうことだ」

「……お、おおっ! さすがハルド様」


 一同の声は感嘆した様子で一斉に拍手した。

 気を良くしたのか、さらに生き生きとハルドは演説する。


「従来の麻薬による幸福は刹那的快楽に過ぎない。だがしかし、永続的に提供されるこの薬による幸福は、果たしてまやかしのものだろうか? これは多くの古い思考に囚われた者が考える、人が人らしく生きることによって得る幸福とは違うだろうが、諸君らはどう思うかね」


 声高に答えたのは、先程の女とは別の女である。


「ハルド様、それは真なる幸福に他なりません」

「ほう」

「人が人らしく生きることは苦悩の連続でしかありません。人類は今こそ苦しみから解き放たれ、幸福になるべきです。人は所詮、分子の集まり。幸せは脳内の快楽物質。それ以上でもそれ以下でもございません」


 ハルドは口角を大きく上げ、満悦そうに笑った。


「くくく、諸君らは本当に賢いな。正直、怖いくらいに優秀だ。それが分かっただけでも今回の集会に意味はあったと言えるだろう。今日の集会はこれにてお開きだ」


 ハルドは指をパチンと鳴らした。

 すると黒づくめの者たちの足元から黒い竜巻が吹き上げ、彼らを一瞬のうちに飲み込んだ。

 再びいつもの静寂を取り戻した暗黒空間にて、ハルドはマントを脱ぎ、一仕事終えたような顔をした。


「ふぅ……。信者の期待の目に晒されるっちゅうのも中々に疲れるな」

「お疲れさまです、ハルド」


 ここまで黙ってやりとりを聞いていたイレーヌは、尻尾を振りながら彼の肩を叩いた。


「副作用のない麻薬による人類全体の堕落。まさかそこまでえげつないことを考えていたとは。さすがに悪魔の私もこればかりは引きしましたよ」

「嘘つけ。尻尾が小躍りしとるで。初っ端大虐殺を推奨するような奴が引くかいな」

「はは、バレていますか。それにしても、もう少しですね」

「ああ。本当にもうじきに、世界がひっくり返る」


 二人は悦に入ったような笑みを浮かべ、しばらく黙ったまま見つめ合った。


「ふっふっふっふっふ」

「ふっふっふっふっふ」


 音楽プレイヤーのスイッチが押され、壮大なクラシック音楽が流れ出る。

 ハルドはソファーに深く腰を下ろした。


「しかし、人間は所詮分子の塊か……」

「最後の彼女の言葉ですね。彼女は確か科学者でしたか」

「本当はそうやなくてシミュレーションのプログラムなんやけど、あいつらにそうは言えんわな」


 ハルドの瞳には、失敗の二文字など、微塵も映っていなかった。

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