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「戸籍ってどういうことだ? お前、市民権があるのか?」
勇者さんは不審そうに眉間に皺を寄せながら聞いてきます。
やっと勇者さんが喰いついてきましたね。
これはひょっとして懐柔できるかもしれません。
「まず魔王と呼ばないで下さい。 私はアザレア市オイロケヨコ町3丁目にあった、ハートフルエクスタシーという娼館の娘です!『絶倫魔王、絶倫魔王♪』」
あらあら、フクゾ君。 私はエッチな事には詳しいけど体は清らかなままです。
残念ながら年齢イコール彼氏居ない歴の喪女なのです。
フクゾ君の方を見てニッタリと微笑んであげると、止まり木に止まって身繕いを始めた。
空気が読めるオウムで助かります。
「俺んちの近所じゃないか。
たしか、それは近づいたらいけないって言われたお店だな。
火事でお店ががなくなって、親父が心配してた。
そういえば、同い歳位で家の店にお花を買いに来る女の子の目の下の刺青の形が似ているな・・・」
私の目の下の隈の形はハートマークを真ん中で割った様な形で刺青のように見えますが、調子の良しあしで多少形が変わるので立派な隈です。
今まで私のような目の下の隈をもつ人は見たことがないので、とても特徴的なのです
ちなみにかっこよく『スライスハート』の隈模様と名づけています。
「花屋の旦那さん、常連さんでしたから、有り難いことです。
そういえば花屋さんに男の子がいました。
あなただったのですか?
見た目は他の勇者さんには負けていて普通ですがとても強いです。
それに花屋の跡取りから勇者だなんてすごい出世だと思います」
火事の件はトラウマレベルの酷い出来事だったので、あまり触れないようにします。
勇者さんは『親父ぃ・・・』と呟いたあと、何故か私を睨んでいます。
ご機嫌を取るためかなり褒めたのですが、何か気に障ることをがあったのしょうか?
なぜ睨んでいるか考えていたら、ふと、重大な事実に気づきました。
この勇者さんは、いわゆる私の幼なじみということになるのでないしょうか?
近くに住んことがあり、お花を買いに行ったとき、少しお話をした程度の関係ですが・・・
ここは私の幼馴染として認定しておきます。
この勇者さんは見た目は平均的で良くも悪くもない程度ですが、人柄は悪くない気がします。
異世界からの召喚勇者さん達は顔はいいんだけど、性格がおかしい奴が多いというか、スケベな奴が多いです。
パーティのバランスも考えないで、沢山の異性の従者だけを侍らせてハーレム状態で挑んでくるので、ものすごく不快です。
千里眼でご近所さんとの戦いを『爆ぜろ爆ぜろ』って念じながら観戦していました。
この勇者さんのパーティーは男性が4人で女性が2人、どっちかわからない人が1人です。
とても心穏やかに観戦できました。
ちなみに召喚勇者さんたちは召喚時に女神さまから若返りや容姿の整形、一部の勇者は性転換を受けているらしく、フィリアさんから入手した異世界で居た時の姿絵と比較して全くの別人になっています。
そして、召喚勇者さんのビフォー&アフターの姿絵を大量に用意してあります。
もし、召喚勇者ご一行様が私の個室まで到着したら、私が死んだら世界に拡散する手筈は整えているということを交渉材料にするつもりでした。
「お前、物凄く失礼だな! それにおかしいだろ、あの目つきの悪い女の子は普通の人間だぞ。 お前のような異形な姿じゃない!」
物凄く失礼? やはり何かしら怒っているようです。
それより私のことを目つきが悪いって失礼な勇者です。
これが幼なじみに言う言葉でしょうか?
「はぁぁぁ(溜息)、人を姿形で判断してはダメです。 こんなの初等教育の道徳で習うことです。 『差別ヨクナイにゃ』と獣人のリンダ先生がおかしな猫語で言っていたのを思い出してください。」
「え? リンダ先生知ってるのか・・・ はっ! お前だって、俺を見た目で判断してるだろ!」
勇者さんは容姿が普通レベルと言うことを気にしているのでしょうか?
ママは美形は三日であきるけど、普通顔は三日目から味が出て、残念顔は三日目から慣れ、徐々に渋みが出るので気にすることはないと言っていました。
普通で十分だと思うのですが、容姿を気にしているようです。
なるほど、容姿は勇者さんにとって地雷の可能性もありますので、スルーする事にします。
ついでに不安そうに私と勇者さんを交互に見ているシャロンさんもスルーです。
「ふふ、何か聞きたいことがあるならドンドン聞いてもらっていいです。」
勇者さんは憤慨しながらも、よく見るとなにやら楽しそうです。
ここは友好的でかつオープンな態度を見せて、なんとか見逃してもらおうと思います。
「魔王に命を救われた薬師がいるって話をここにくる前に聞いたんだが、それはお前か?」
「それ、エディオスから聞いたの?」
「ああ、そうだ。 おそらくクヒンジからの情報だろうな。」
エディオスさんは美形♂ヒーラーでこの勇者さんのお仲間と一緒にご近所さんと戦っていますが、クヒンジは知らないです。
シャロンさんは嫌な顔をしてけど何者でしょうか。
まぁ、今はとにかくこの危機から逃れないといけないので、記憶だけしておきましょう。
「いいでしょうか?
まず、私は魔王ではありません。
これ重要です。
南にある村なら私の作った薬を買ってくれる薬師のお得意様がいるので助けに行きました。
後、予め言っておきますが、勇者さんみたいに助けに行って回るようなことはできません。
厄介なご近所さんに難癖付けられたくありませんし、あの連中が私の言うことなんて聞くはずありません、それに私に誰かを助けるほど余裕もないです。」
ほぼ一日中空き城の中にいますが、流石に日用品や食料の買い出しに出かけることはあります。
普通の人は私の姿を見て逃げ出すのですが、ママのお得意様だった薬師さん見つけたので「パパ助けて!」と言って近付いて捕まえました。
薬師さんに色々質問された後、あたりまえですが血縁は完全否認されました。
でも、村の中でパパって呼んで纏わりつくと言ったら、色々助けてくれるようになりました。
やはり、ツンデレおじさんというのは意外と可愛いです。
「そ、そ、そこまで言うなら、わ、わたしが魔法で判定します。 し、質問に答えなさい」
神聖魔法に言ってることが嘘か本当か見破る魔法がありますけど、シャロンさん多芸ですね。
まぁ、望むところです。
とても長い詠唱の後、嘘発見魔法が発動したようです。
少しオドオドしていて、気の弱そうなシャロンさんが凛とした顔つきになりました。
そして、異世界の熱血マンガのように目から白い炎が上がっています。
面白いです。
「貴方は魔王ですよね?」
「いいえ、私は違うと思っています」
シャロンさんはジーっと私の目を見つめながら質問してきましたので、負けないよう目を睨みつけながら、即回答しました。
私は人間。 『天魔』という異能のために容姿が大きく変り、色々なスキルを手に入れましたが、ただそれだけです。
彼女の魔法は私が嘘を言っているかどうかを判定するだけだから、本当に魔王かどうかは別の話。
私は気にせず、自分が思っていることを答えていくことにします。
「さっき、魔王の様に不老の肉体といってたけど?」
「あれは嘘。 死にたくないから交渉材料にしようと嘘つきました。 ごめんなさい」
「嘘って。。。では、人間を憎いと思っているわね」
「ええ。 私の姿を見て酷いことしてきた人は憎いです。」
「。。。じゃあ、人を殺したり、それを命令しましたよね」
「人を殺した記憶はありません。 むしろ彼らと人間の争いが減るように出来ることをやってました。」
異世界本に借金まみれの人を集めて地下都市を作らせると言うのを読んで閃きました。
一括りに魔物といっても、中には好戦的で無い穏やかな者達もいます。
彼らは冒険者達や他の魔物に襲われ、苦渋に満ちた生活を送っていたので、地下都市の建設をしてもらおうと考えました。
比較的温厚で唯一、話が通じる蝸牛将軍に提案してみたところ、了承してもらえました。
安全な隠れ家があれば私も逃げ込むことが出来ますし、人間から逃げたがっている一部の魔物達との争いはなくなるのですから、十分平和に貢献しています。
「。。。盗みをしたことはあるわよね」
「ええ。 ママのお財布からお金をくすねたことはあるけど、他は記憶はありません」
「どうして魔王城に住んでいるの」
「名前を言ってはいけないあの人に安全な住居として提供してもらいました。」
フィリアさんの事は他言無用という事なので、とりあえず名前等は伏せて回答します。
「・・・あの人とは何者ですか?」
「口止めされています。 私に不利益がないなら答えても良いですが、分からないので今は回答保留にしてください」
シャロンさんは勇者さんのほうを見てどうするか伺っていますが、勇者さんが先を促したので、どうやら尋問は続くようです。
「。。。貴方は本当に都市連合の市民なの?」
「はい、市民権は持ってます。 市民税の納税証明書もあります」
「お前、税金はらってるのか!?」
勇者さん、相当驚いたようです。
薬師さんは曲がったことが嫌いな人なので、今後のお付きあいも考えて、市民税の納付をお願いしました。
納税をお願いした後は狙い通り、薬師さんは以前にもまして親切にしてくれましたので、出費に見合う効果がありました。
勇者さんも親切にしてくれる事を期待してます。
私は模範的な市民なのです
「一体、どこの世界に税金を払ってる魔王がいるのですか? 私、嘘をいってますか?」
ちょっとキレ気味に言って、反撃を行います。
ハッタリでもなんでもないので、自信をもってじろりとシャロンさんを睨むと、さっと目をそらされました。
ふっ、勝ちました。
勇者さんはシャロンさんが目を反らしたのを見たあと、青筋を立てて何かブツブツ言っています。
独り言ですか? それとも私の念話みたいなもので誰かと話してるのでしょうか?
読唇術でも読み取れないので気になります。
「たしか、勇者さんと私は、ご近所さんだし一緒にお話したことあります。 幼なじみの言うことをちょっとは信じてほしいです」
「幼馴染か・・・」
勇者さんからの敵意を感じません。
一瞬、なぜか悲しそうな顔をしたのが気になりますが、結構チョロイ人だったようです。
懐柔できましたか?
懐柔できてますよね?
懐柔されましたよね?
そう言えば同年代の男の子と会話なんて久しぶりです。
すごく嬉しいです。
さて、チョロイ勇者さんは大丈夫みたいだけど、シャロンさんからはまだ僅かに敵意を感じますので魅力的な提案を行います。
これは昨夜、彼女が失敗したクリティカルな話題だから念話でこっそり提案することにします
『ところでシャロンさん。
不老って言うのは質の悪い冗談でしたが、我が家に伝わるお肌の若返りと精力増強剤という夫婦円満の妙薬を進呈する用意があります。
どんな物が生えてくるかわからないけど(小声)
他にも身体の欠損部再生する回復薬も作れます!!(大声)
おなら臭いですが体の中にガスを貯めることによって(小声)
さらに空を飛ぶ薬も作れます!!(大声)
他にも色々な効能があるお薬作ってお譲りしますから、ここは穏便に私を逃がしてくれませんか?』
魅力的な提案で友好的な関係の構築を試みると、何か言いたそうにしています。
『口に出さないで頭に中で言いたいことを念じるだけで良いです。 分かりますので』
『ね、念話は知ってます。
あ、あの、もうダルジィも私もあなたのこと退治しようとはしないから、逃げてもらって大丈夫です。』
やりました!! 我、ピンチから脱出せりです!
あ、でも、脱出したら、私の個室を使うのでしょうか?
フィリアさんから頂いた大人向けの異世界の本や、新進気鋭の大人向け作家、ユリ様の傑作『大帝ゴブリンと男の娘ヒーラー』はまだ魔法のカバンに入れてないので、なんとか回収しなければなりません。
『大帝ゴブリンと男の娘ヒーラー』は最強にまで進化したゴブリンの皇帝が超美形ヒーラー君を助けが来るまでの1月間陵辱しまくるという内容なのだけど、横で見ていたのではないかと思うほど凄まじいテクニックに対する細かい描写は違う世界に目覚めそうになるほど素晴らしい物でした。
何としてもこれだけは回収しなければならないです。