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怪盗 シンデレラ  作者: 卯月 淳
第1章 新月の夜会には、ご用心
6/6

第6話 明かされる真実 後編


夜会が今宵一番の盛り上がりを見せる頃、屋敷の周囲は深い静寂と闇に包まれた。

夜会の最中にも関わらず、屋敷の表には1台の馬車が停まっていたが、その不自然さに気付く者は誰もいなかった。

しばらくすると、屋敷の裏口が静かに開き、メイド姿の少女がそっと出てくる。

辺りに人がいないことを確認すると、そのまま馬車に駆け寄り、扉を開け、中に滑り込んだ。


「お帰りなさい、ルシア。」


かけられるはずのない声に、思わずびくっと肩が揺れる。

声のした方を振り返ると、令嬢が1人微笑んでいた。


「ティーナ様…」

「お仕事の最中、私の()()は”アリス”よ。貴女のことは何と呼べば良いかしらね、”名無しのメイド”さん?」


クリスティナ・シャルリエが楽しそうに話している様子を見て、”名無しのメイド”もとい、ルシアはそっと息を吐いた。


「……当初の予定では、私は1人で帰るものだと思っていたのですが…」

「男爵様の夜会は、豪華なばかりでつまらないから、抜け出して来ましたの。それより、貴女とお話をした方が面白いと思って!」


クリスティナはルシアに向かって笑いかけると、御者に合図を送った。

2人を乗せた馬車はゆっくりと夜の坂道を下りだす。


「…今日はなんとおっしゃって、抜け」

「2人の時は、敬語はなし、と言ったはずよ。」

「……抜け出してきたの?」

「『少し眩暈(めまい)がいたしますので、今宵はこれで失礼いたします。』と。何せ、私は”体が弱くてなかなか社交界には出られない、深窓の伯爵家令嬢”らしいですから。」


お父様の流す嘘は、こういう時に利用価値がありますわね、と、彼女は得意げに言った。

その様子は、明らかに軟弱な御令嬢とはかけ離れている。

ルシアは、感心とも呆れともつかないような、ため息を吐いた。


「侍女も連れないで自由に動くと、伯爵様に怒られるよ?」

「こうでもしなければ、私は自由に行動できませんもの。」

「……確かに、そうかもしれないけど…」

「それに、貴女への土産話もありましてよ?」

「私に?」

「ええ。」


ルシアの問いかけにクリスティナは1つ頷くと、横を向いていきなり隣の座面を持ち上げた。

どうやらこの馬車には、()()()のようなものがあるらしい。

令嬢らしからぬ大胆な仕草で座面の下を漁った後、クリスティナは紙の束を取り出した。

ルシアはそれを受け取って、表の紙を一枚捲ると、見慣れた名前が目に飛び込んできた。


《ハンナ・カーター 26歳 女性

 領内 ミアド出身

 夫、実父と3人暮らし 注:一昨年4月に子ども(男)出産

 家柄:特になし(庶民)

 気性:大人しく、従順

 宝飾品等:特になし

 

 備考

 経歴及び職歴についての詳細は、資料1を参照》

 



「これって…。」

「貴女からの情報を元に、少し男爵家のメイド長に探りを入れてみましたの。そうしたら、思いの外、たくさんお話してくれましたわ。その資料も、メイド長からいただきましたの。」


言いながらクリスティナは優雅に微笑んでいたが、その目は全く笑っていなかった。

彼女が言うには、男爵はメイド長と結託して、金目の物を持っていそうで、立場が弱く、抵抗しなさそうな者をリストアップし、金品を奪っていたそうだ。

もし万が一、この土地を離れようとした場合は、法外な金額を”移住金”として請求し、追いかけ回していたらしい。


「因みに、貴女が気にかけていた、そのメイドのご家族は、我が領地で保護しております。明朝には、本人の元にも迎えの者が行く予定ですわ。」

「…ありがとう、ティーナ。流石ね。」

「…”アリス”とは、呼んでくれないのね。」


そっぽを向くクリスティナの可愛らしい照れ隠しに、ルシアはくすっと笑った。

この友人は、あの男爵と同じ貴族とは思えない程、親近感を感じる。


「貴女の方はどうでしたの?」

「もちろん、上手くいったよ。」


そう言うと、ルシアは袖口から今日の獲物(ターゲット)である大粒のダイヤが埋め込まれたネックレスを取り出した。

月明かりのない夜でも、その輝きが損なわれることはなかった。


「先々週にメイドを辞めた子の、祖母の形見みたい。今週中に宝石商に売り渡す予定だったから、間に合って良かった。」

「ミアドはかつて、ダイヤの採掘でも有名でしたものね。」

「人の形見にまで手を出すなんて…。男爵様には人の心があるのか、心配になるよ。」

「仕方ありませんわ。サル男爵様ですもの。…あら、ラ・サル男爵様だったかしら?」


クリスティナの言葉にルシアは思わず吹き出した。



― そのとき



遠くで、午前零時を告げる鐘の音が鳴り響いた。

2人は暫し会話を止め、その音色を聞いていた。


「そういえば、今回は、何を置き土産にしてきましたの?」

「靴よ。」

「靴…?」

「そう。擦り切れるまで履き潰した、私の靴。サイズも合わなくなってたしね。」


ルシアは、盗んだものの代わりに様々な”不要な”ものを置いて、その痕跡を残してきた。

ただ盗むのではなく、一定の方向性を与え、自分の犯行を仄めかすのだ。




貴族たちの関心が危害を与えていた庶民ではなく、自分(ルシア)へ向くように。




それを聞いてしばらく考えた後、クリスティナは何か思いついたように、にっこりと笑った。

まるで、これから悪戯を仕掛けようとする、子どものようだ。


「……何を考えているの…」

「ヒ・ミ・ツです!」

「…勝手に変なこと、しないでよ。」

「酷いですわ!まるで、私が変なことばかりしているような言い方、なさらないでくださいませ!」


表情をコロコロと変える親友を見て、可笑しそうに笑うと、ルシアは男爵家の方を振り返った。






『ラサル男爵家での不正を明るみにし、男爵位の剥奪を促してほしい』



今回の依頼で、達成するべきことは主に2つ。

1つは、男爵の金銭の供給ルートを絶ち、男爵家の財政を立ち行かなくさせること。

2つ目は、男爵の犯罪紛いの行為を暴き、その証拠を見つけ出すこと。

そのどちらも、1週間余りで、終わらせることができた。


いずれ、これらのことは、国王陛下にも伝わるだろう。

社交界の噂からだけでなく、男爵自らの口から。

それが、自身の失脚への足掛かりとなるであろうことを知らずに――




「使用人を甘く見てはいけませんよ、旦那様。」


ルシアは見えない元雇い主に向かって、そっと呟いた。




いつも読んでくださり、ありがとうございます!


この話にて、1章分が完結となります。

2章に向けて少しお休みをいただきます。


面白かったら是非、ブクマ登録してください(^^)/

よろしくお願いします!

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