第5話 明かされる真実 前編
その日の夜、ハンナは久しぶりに夢を見た。
眠る彼女の脇に聖女が降り立ち、真っ直ぐに彼女を見つめていた。
その両目は涙で濡れ、悲しそうに揺れていた。
『あなたにだって、幸せになる権利があるわ。』
聖女はそう言うと、彼女の額に自身の額を寄せた。
『だから、最後まで諦めてはいけませんよ。』
言った瞬間、魔法をかけたように聖女の姿は忽然と消えた。
その跡は、金の粉が舞い散るように、きらきらと煌めいて見えた。
美しく、どこか懐かしさを覚えるその光景は、
不思議と、心地よかった。
♢ ♢ ♢
― 久々に、落ち着いて眠れた気がするわ…
次の日の朝、いつもより早くに目が覚めたハンナは、余裕を持って支度をすることができた。
すっきりと目覚められたのは、彼女の淹れてくれたカモミールティーのおかげだろう。
室内にかすかに残る優しい香りが、昨日の出来事を思い起こさせた。
「不思議な子…」
思わずそう言葉を漏らして、ハンナは洗ってあった紅茶のカップを片付けた。
花のような笑顔を見せる彼女は、この国では珍しい、暗い色の瞳をしていた。
そういえば、名前だってまだ知らない。
「お礼、しなくちゃね。」
臨時で雇われたと聞いていたから、今後もここで働き続けるのかどうかは分からない。
今日、時間が取れた時にでも、あの子の部屋を訪ねてみよう。
昨晩、部屋の前で倒れていたと聞いたから、大体の場所は見当がついている。
それに…
男爵の機嫌次第では、自分はもう、
この土地を離れなければならないかもしれないのだから……
♢ ♢ ♢
夜会当日は、いつにも増して忙しさを極めた。
屋敷の端から端まで走り回り、全ての準備を終えた頃には、既に夜会が始まっていた。
厨房担当同士での交代の休憩時間をもらえた頃には、23時を回っていた。
― こんな時間に訪ねたら、逆に迷惑ね
自室に戻ったハンナは、訪ねる代わりに、手紙を書くことにした。
小さな紙に、簡単なお礼の言葉をしたため、自室を出た。
「ハンナ、あんた、そんなとこで何やってんだい?」
手紙を持って、目的の部屋の前をうろうろしていると、同僚のメイドに話し掛けられた。
「実は昨日、ここの部屋の子にお世話になったの。お礼の手紙を持ってきたのだけれど…」
「ここの?」
ハンナの答えを聞いて、メイドは一瞬きょとんとした後、大声で笑い出した。
「あ、あんた、本気で言ってるの?」
「ちょっと!もし寝ていたら、起こしちゃうじゃない!」
「そんなこと、ないに決まってるさ。だって、ほら。」
そう言うと、メイドは目の前の部屋のドアを開けた。
「ここらの部屋は全部、備品庫になってるんだから。起こせるものなんて、ありゃあしないよ。」
「え…?」
ハンナも部屋を覗くと、そこに人が住んでいる面影は全く見えなかった。
それどころか、床用のモップやブラシなどの掃除用具や、火掻き棒、アイロンなどがあるのが見えた。
「ここら辺、って…?」
「寮の入り口付近の部屋は使わないことになっているらしいのさ。なんでも昔に、強盗に入られたヤツがいるらしくて、それ以来倉庫にしてるって聞いたよ。」
まあ、最近の話じゃないから、あんたは知らなくて当然だ、とメイドは笑いかけたが、ハンナはそれどころではなかった。
「じゃ、じゃあ、最近、新しく入ったメイドのことは知らない?」
「新しいメイド?」
「そう!珍しい、暗い青色の瞳を持った可愛い女の子なんだけど!」
ハンナは必死に訴えかけたが、同僚は馬鹿にしたように取り合わなかった。
「そんな子、いたらこっちがお目にかかりたいね。第一、あたしらの給料でさえ少ないのに、新しく雇う余裕があるとは思えないけど。」
「っ!」
「あんた、変な夢でも見たんじゃないのかい?」
ハンナには、同僚の声は全く聞こえていなかった。
言われてみれば、確かに変だ。
あんなにケチで、金を自分のことにしか使わない男爵が、忙しいからという理由で新しいメイドを急に雇うだろうか。
それに、あの少女は、ほとんど自分が1人の時にしか、姿を現さなかった。
― それなら、あの子はいったい……?
「じゃあ、あたしは先に行ってるよ。あんたも気が済んだら、さっさと来るんだね。」
唖然とするハンナを置いて、同僚は屋敷の方へ戻って行った。
ハンナはしばらく、その場から動くことはできなかった。
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*少し長めだったので、元の5話を前編と後編に分けました。