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怪盗 シンデレラ  作者: 卯月 淳
第1章 新月の夜会には、ご用心
3/6

第3話 傷心のハンナ


「酷い顔…。」


鏡に映った自分の顔を見て、ハンナは大きく溜め息を吐いた。

目の下にできた青黒い隈は、疲労を滲ませた表情を一層暗く見せていた。

最近、あまり良く眠れていないとは思っていたが、自分の想定以上に疲れは抜けていないらしい。


― このままでは仕事に出られないわ


彼女は、気だるげに腕を化粧箱まで伸ばし、醜い隈と格闘し始めた。



― 結局、あれからあの子とは会わないわね…


化粧をしながら思い出したのは、2日前の昼に裏庭で話をした少女のことだった。

彼女とは、屋敷内で会うどころか、すれ違うことすらなかった。

担当業務が違うのだろうが、それにしても不自然すぎる。



― 幻覚…じゃ、ないわよね…?



自分は、本当に少女を見たのだろうか。

もしかしたら、自らの願望が見せた幻なのかもしれない。

あの時は、誰でも良いから、自分に気付いて欲しかった。

助けが、欲しかったのだから……。



はっきりしない頭では、途方もないことを思うらしい。

ハンナは自嘲めいた笑いを零しながら、立ち上がった。

そろそろ、朝礼へ向かわなくてはいけないはずだ。


力の入らない手で自室の扉を押し開けると、ハンナは重い足取りで屋敷に向かった。




♢ ♢ ♢


『旦那様が書斎でお待ちです。本日の業務を確認後、すぐに向かいなさい。』



朝礼後、ハンナを待ち構えていたのは、メイド長だった。

彼女はそれだけをハンナに伝えると、さっさと見回りに出ていった。

嵩んだ仕事を押し付ける、()()()()()()()でも見つけに行ったのだろう。

ハンナはメイド長の姿が見えなくなるのを確認すると、急いで書斎へと向かった。




目的の場所に着き、侍従に取り次いでもらうと、ハンナは1人部屋の中に通された。

ラサル男爵は退屈そうに、書斎の椅子に腰かけていた。


「ようやく、来たか。待ちくたびれたぞ。」

「遅くなり、申し訳ありません。」


ハンナは頭を下げると、ちらりと部屋の中を見渡した。

部屋中のありとあらゆるものが光り輝き、目が眩みそうな程だった。

目の前の絨毯だけでも、売ったら10年、いや20年は食べていけそうだ。


「なぜ、ここに呼ばれたか、お前は分かっているだろうな?」

「……旦那様がご不快に思われるようなことがありましたら、大変申し訳なく思っております。」


ハンナは先程以上に、深々と頭を下げた。

その様子を、男爵は満足そうに眺めていた。


「ここに呼んだのは、お前の夫についてだ。」


男爵の発言に、ハンナは、はっと息を呑んだ。

先日、鉱山へ仕事に向かった夫のマシューは、まだ自宅に帰った様子はなく、連絡も一切なかった。


「先日、鉱山の方で、落石事故が発生した。お前の夫は、運悪く脚に怪我をした。当分、歩くことはできないだろう。」

「そんな…!?」


思わず声を上げたハンナは、素早く手で口を覆ったが、男爵には聞こえていたようだった。

彼女の方をぎろっと睨みつけると、男爵はそのまま話を続けた。


「私は困っておるのだ。お前の夫が働けない以上、得られる鉱石の量は少なくなる。その分、予定していた収入も激減するだろう…」

「!私が夫の分も働かせていただきます!」

「それでは、屋敷の方で働く者が少なくなるだけだ。根本的な解決には至らないだろう。」


必死に訴えかけるハンナを後目(しりめ)に、男爵は手元の書類を興味深げに見ていた。


「1つ、方法がある。」

「方法…?」

「そうだ。」


男爵は書類から目を上げ、不安げなハンナをじっと見ると、にんまりとした。

まるで、獲物を見つけた時の、獣の様だった。


「お前の家には、大層立派な”宝”があるそうじゃないか。」

「…?いえ、自宅に、そのようなものは……」

「…もうすぐ、3歳になるそうだな?」

「…!?」


男爵はそう言うと、持っていた紙をハンナの方に投げ付けた。

床に落ちた紙を手繰り寄せると、そこには彼女の息子の名前が書いてあった。


「物好きな私の友人が、お前の子どもに興味を持ったそうだ。庶民の子のどこが良いのか、私にはさっぱり分からんがな。」

「………」

「奴は、言い値で買うと言っていたぞ?十分”使える宝”じゃあないか!」


男爵は一気に言い放って高笑いをあげたが、放心状態のハンナには聞こえていないようだった。

彼女は、男爵の方に向かって座りなおすと、肩を震わせながら頭を床に擦り付けた。


「…旦那様、無礼を承知で申し上げますが、…どうか、どうか息子だけは、見逃していただけませんでしょうか?私がその分、精一杯働きますので……」

「……聞き分けのない女だな…」


男爵は、ハンナを冷ややかに見下ろすと、静かに立ち上がった。

その手に、鞭を握って。


「聞き分けのないメイドを躾けるのは、主人である私の役目だ…、そうだろう…?」


そう言いながら、男爵は無情に鞭を振り上げた。






―― そのとき ――




「御取込み中のところ、申し訳ありません、旦那様!」


書斎の扉を割れんばかりに叩く音が、室内に響いた。

お楽しみの時間を遮られたことに憤慨しながら、男爵は鞭を隠すと、入口へと向かった。


「私に向かって、大声で騒ぐな!無礼だぞ!」

「申し訳ありません!ですが、()()がどうしても急いで確認していただきたいことがあると、おっしゃっておいでです!」


男爵の怒鳴り声が廊下中に響いたが、扉を叩いた女性はそれ以上に声を張り上げた。

普段は見られないような異常な光景に、男爵の侍従は、おろおろするばかりだった。


「なぜ、こいつを止めなかった!」

「申し訳ございません!この者が、奥様からの伝言があると、急に現れまして…」

「ですから、奥様は夜会のために用意する()()()の最終確認を、旦那様にしていただきたいと、おっしゃっているのです!応接室に()()()を待たせておりますので、お急ぎくださいませ!」


侍従の言葉に重ねて、メイドは高らかに言うと、応接室の方を手で指し示した。

男爵は、一瞬眉を吊り上げたが、考えを宝飾品の方に向けたのだろう。

それ以上は、何も言わなかった。


「3日だけ猶予をやる。それまで、考えを改めておけ。」


室内に向かって吐き捨てると、男爵は駆け付けたメイドと共に、応接室へと向かった。





読んでいただき、ありがとうございます!

男爵は、くそ野郎です。

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