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怪盗 シンデレラ  作者: 卯月 淳
第1章 新月の夜会には、ご用心
2/6

第2話 男爵家のメイド事情

話は、約1週間前に遡ります。


使用人の朝は早い。

鶏が朝を告げるよりも早く、朝日が昇るより前に起床する。

手早く身支度を整えた後は、その日の業務を確認。

それぞれの仕事を着実に、確実にこなす。

全ては、屋敷の主人が何不自由なく、一日を過ごすために……




♢ ♢ ♢


「ったく、もう!なんで、()()()()()がこんなことやんなきゃいけないわけ!」


無数にかけられた真っ白いシーツが青空の下で翻る。

その横で、1人の女性の声が、裏庭に響いた。


「仕方ないでしょ、唯でさえ人手が足りないのに、洗濯担当のメイドが急に辞めちゃったんだから。」

「だからって、厨房を任されているあたしらに頼む理由にはならないわよ!」

「そうそう。今度の夜会の準備だってあるのに!」

「あのメイド長(くそババア)のことだから、ジャガイモ剝きがよっぽど楽しそうに見えたんじゃない?」

「まさか!」


メイドたちは一頻(ひとしき)り笑った後、残りのシーツを掛け始めた。




ここ、ラサル男爵邸は、王国の東側に位置する町、ミアドの一角にある。

小さな鉱山の麓にあるミアドは、小規模ではあるが、鉱石が採れることでその名を広めていた。

町民のほとんどが鉱業に携わり、町の経済を支えている。


「そういや、あんたの旦那、山からやっと帰ってきたんだって?一週間ぶりの帰宅だから、積もる話が有ったんじゃないかい?」

「そうだと思ったんだけど…。帰ってくるなり、疲れた、って言って、一歩も部屋から出てこないのよ。」

「あら、そう。今回は、よっぽどのことがあったのかねぇ?」


メイドは意外そうにそう言うと、後ろを振り返って、別なメイドに声を掛けた。


「そういや、あんたんとこの旦那も、山入りだったっけ?何か、話は聞いたのかい?」

「………」

「ハンナ?聞こえてる?」

「っ!え、えぇ、大丈夫。聞こえているわ。」


ハンナと呼ばれたメイドは一瞬肩をびくっと揺らすと、今気が付いたかのように振り向いた。


「あんた、旦那から山の話は何か聞いてる?」

「……ごめんなさい、私も夫からは何も聞いていないの…。」

「そう。まあでも、何でもないっていうのが一番、ってね!」


そう言い放ちながら、最後のシーツを勢いよく掛けた。


「よし。これで終わりだよ!」

「ちょうどお昼だし、休憩にしましょ。」

「一応、メイド長に確認取った方が良いんじゃないかしら?」

「なに野暮なこと言ってんのさ。アイツに会ったが最後、二度と休憩は取らせてもらえないよ!」


再び裏庭に笑い声が溢れ、メイドたちはそそくさと、その場を後にした。




♢ ♢ ♢



― 私が何とかしなければ… でも、どうしたら…?



「あの…、ハンナさん、大丈夫ですか?」

「……え?」


ふと話し掛けられて、ハンナは意識を現実に引き戻した。

どうやら自分は、裏庭の隅にある木箱の上に座っていたらしい。

同僚たちは既に休憩に行ったようで、周囲の静けさがそれを物語っていた。


「顔色が悪いですよ?どこか、具合が悪いんですか?」

「いえ、大丈夫よ。ごめんなさいね、心配かけちゃって。」


ハンナはそう言って弱々しく笑うと、自分に話し掛けた少女の方を向いた。

青いプリント地の服を着ていることから、メイドの1人であることは間違いない。

深い藍色の瞳が、彼女を不安そうに見つめていた。


「本当ですか?洗濯物を掛けているときも、大変そうでしたし…。」

「ちょっと考え事をしていただけ。何てことないわ。」

「……ちょっと厳しいかもしれませんが、私からメイド長に相談してみましょうか?」

「っ!それは、駄目よ!!!」


この場を去ろうとする少女に、慌てたハンナは思わず大声を上げ、彼女の腕を掴んだ。


「ハンナさん…?」

「あっ…、ごめんなさい…。でも、本当に大丈夫だから。それに、誰にも迷惑かけたくないのよ。」

「……分かりました。もし何かあったら、私に言ってください。ハンナさんが体調悪いこと、私は知ってるんですからね?」

「…ありがとう。もしもの時は、そうさせてもらうわ。」


少女が頷いたのを確認し、ハンナは安心したように掴んだ腕を放した。

じゃあ、お先に失礼します、と言って、少女は裏口から屋敷の中へと消えていった。


「…危なかったわね……。」


もう少しで、あの気難し屋なメイド長と話をする羽目になるところだった。

ハンナにとってそこまで苦手な相手ではないが、今の精神状態ではきつい。


― もっと、私がしっかりしなければ…




しばらくすると、使用人専用の寮の方から、賑やかな話し声が聞こえてきた。

休憩時間の終わりを悟ったハンナは、木箱からゆっくり腰を上げた。

少し気持ちが楽になったのは、あの少女のおかげかもしれない。

心配した彼女の、頬を膨らませた顔を思い出し、ふふっと笑ったハンナは、突然、ある違和感を覚えた。






「……あんな子、うちのメイドにいたかしら…?」





読んでくださり、ありがとうございます!

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