第1話 見栄張りな男爵
ラサル男爵は、自身の行う全てにおいて完璧であることが、とてもとても自慢だった。
自身の服装や髪形だけでなく、邸宅内の装飾や調度品、妻の身なりに至るまで、あらゆるものを豪華に飾り立て、納得がいくまで口煩く注文する。
そしてそれを、夜会などで周囲に見せびらかし、大いに満足していた。
鈍い者でなければ、男爵の話や笑顔の間にも、その巨大すぎる虚栄心が見え隠れしていることに気付くだろう。
人々は彼を見て、こう思った。
― まるで、たくさんの金を背負ったサルのようだ、と。
しかし、男爵が彼らの言葉を相手にすることはなかった。
それは彼の持つ野望を阻む障害に、為りえなかったのだから。
♢ ♢ ♢
暗く、寒い冬が終わり、季節は春へと移り変わる。
今年もまた、ラサル男爵邸では、春の夜会が催されていた。
― 完璧だ。
豪華に飾られた大広間を見渡し、男爵は今日もひとり、ほくそ笑んだ。
夜の訪れを遮るように燈した、いくつもの灯り。
立食形式に即しつつ、コース料理にも劣らない色鮮やかな食事。
更には、プロの演奏家による、上品で華やかな音楽。
男爵家の夜会は豪勢なことで有名だったが、今夜は以前にも増して、準備に何一つ余念がなかった。
他者と比べて少しでも見劣りすることはあってはならない。
― 今夜は確実に…聞き出してやる……
「実に見事な夜会ですな、ラサル卿。」
突然かけられた言葉に、男爵の思考が一時停止した。
「これはこれは、シャルリエ卿!ようこそおいで下さいました。」
王国西部の土地、グラナード領主シャルリエ伯爵。
貧乏男爵家二男であったにも関わらず、その知識と技術を見込まれ、王から伯爵位と領地を得た男。
彼ならば、国王に取り入る術を知っているはずだ。
目当ての人物が現れたことで、男爵はにんまりとした。
― 今度こそ、その善人ぶった顔の下にある、強かな面を拝ませてもらおう
「本日の夜会、楽しんでいただけてますかな?」
「ええ、とても。私の娘も、これほど素晴らしい夜会は初めてだと、とても喜んでおりますよ。」
そう言うと、伯爵は、隣に立つ娘に目線を送った。
「初めまして、ラサル男爵様。シャルリエ伯爵が娘、クリスティナ・シャルリエと申します。本日は、素敵な夜会にご招待していただき、ありがとうございます。」
父親と同じく、明るい黄色の瞳を輝かせた少女は、にっこりと微笑んだ。
淡い栗色の髪を品よく纏めた姿は、とても好感が持てる。
「お褒め頂き光栄です、ご令嬢。今宵は存分にお楽しみくださいませ。」
「ありがとうございます。そうさせていただきますわ。」
娘がそのまま会場の隅へと下がっていくのを見て、男爵は、ほっと安堵した。
「実に美しく、快活なお嬢さんですな!」
「あの娘は昔から体が弱く、なかなか社交の場に出られないものですから…今日は久しぶりで少しはしゃいでしまっているようです。」
「なに、若い娘は多少活発な方が良いでしょう。それに…」
男爵は急に、声を潜めた。
「その方が、王族の方々の目にも止まりやすいのでは?」
「…ほう?私が娘を利用して、王族に近付くとでも?」
「事実、貴方の地位は、元から貴方のものではないと、小耳に挟んだものですから……」
伯爵の纏う雰囲気が変わったのを見て、男爵は一瞬たじろいだが、引くことはなかった。
― さあ、私に教えるのだ。より上位の爵位を得る方法を!
「確かに、この伯爵位と領地は、王に与えられたものだ。が、自ら進んで望んだことではない。私自身、突然の出来事に戸惑ったことも事実だ。」
「ですが…」
「それに、」
伯爵は、畳み掛けるように言葉を続けた。
「私がこの爵位を賜ったのは、先代王アルフレッド陛下がご存命だった頃の話だ。私と同様のことが起こるとは、限らないだろう。」
男爵の顔には、絶望の色が浮かんでいた。
その様子を冷めた目で見た後、伯爵は付け加えるように言った。
「現王陛下は、財を多く持つ者に対して爵位を授けていると噂に聞いている。私が知っているのはそれだけだ。」
「では、私めにもまだ機会が…?」
「それは、私の口からは言えん話だ。失礼する。」
伯爵は苛立たしげに言い放つと、その場を後にした。
― くそっ!参考になるどころか、全く話にならん!
煌びやかな空間の中で、男爵の心の内だけが黒く染まっていた。
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