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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第一章
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#8 横小路町子の場合4

(あぁ、あの時どうして私は気付かなかったのだろう、全く接点のなかった横小路町子さんが「待ってたの。乗らない?」などと、車のドアを開けてニッコリと私に微笑むなどおかしかったのだ!!――って二回目!?)


 現在私こと月野めぐるはまたもや同じ過ちを繰り返す愚か者になっている。だけど前回と違うのは、明らかに違うのは、ここが上下左右真っ白な亜空間ではないこと。因みに八神君とさくらちゃんも罵りあってはいない。


 カタン、ポトポトポトポト。


 真っ暗な中、辺りは怖いくらいシーンと静まりかえっている。


(状況からするに、今は夜……のはず)


 現在私の目には何も映らず真っ暗な状態。つまり今は夜なのだと私は現在の時間を安易に予測した。


 けれど、やはり何かがおかしい。


 私が学校から帰宅しお昼寝をしすぎた結果夜になってしまったとしたら、ここは自宅のマンションであるはず。そして私は自宅のある二十七階に位置する北側の五・五畳の小さな、けれど私が唯一リラックス出来るマイルームのベッドの上に寝転がっているはずなのである。


(ベッドにしては背中に当たる畳のような硬い感じが気になるんだけど)


 現在仰向けに寝転がる私の背中には、いつもならば感じるボヨヨンとスプリングが効いた洋風感はゼロである。


 私は一生懸命耳を澄ましてみる。音から現状のヒントが得られるかも知れないと考えたからだ。


 しかし、いつも聞こえるはずの、下の道を通る車の音も、その道の脇にある飲み屋横丁で「安くしておくよー」とキャッチするお兄さんの声も「ありがとうございましたーまたねー」と若いお姉さんが客に媚を売る声も聞こえない。


 怖いくらい人の声が聞こえない。気配も覗えない。ひたすらシーンと静まり返っているのだ。


 カタン、ポトポトポトポト。グゲーグゲー。


「え、カエル?今カエルの声がしなかった?」


 私は急いで暗闇の中、四つん這いになったまま声のした方に進んだ。そして頭をゴチンと何かに当て私は急停止する。そしてそれがすぐに障子の襖だとわかるや否や、そーっと左右にその襖を開けてみた。


 カタン、ポトポトポトポト。グゲーグゲー。ゲロゲロ。


「な、なんとこれは……ししおどし?」


 先ほどから耳に入っていた何とも風流な、カタン。ポトポトポトポトは家族旅行でどこかの老舗旅館に泊まった時。その旅館の中庭に作られた日本庭園で見たようなししおどしだった。


「これはまた、何と優雅な……」


 美しく澄んだ小さな池のせせらぎが聞こえ、その池の脇には石灯籠がぼんやりと明かりを灯している。そしてその奥には数個の大きな石が設置されていた。


(枯山水的なやつだ)


 私は思い切り知ったかぶりを発揮し、それっぽい言葉を頭に浮かべた。


 私が見つめる庭園の中には大小様々な草木がその間隔までもが計算されたように植えられていた。どうみても枯山水だと私は意味もわからず、けれど雰囲気でそう確信した。


 そして何と言っても目を引くのが縁側の上。軒先にかけられたいくつもの赤い提灯。その提灯には火が灯され、ぼんやりと日本庭園に灯りを届けている。


 もはや私の語彙力「枯山水」だけでは表現しきれないほど、雅すぎる光景が目の前に広がっていたのであった。


「何だかお祭りみたい。ひとりぼっちだけど」


 今自分が置かれた状況を口に出してみた。結果とても寂しかった。


(あ、こういう時にきっとアレが思い浮かんだに違いない)


「古池や、蛙飛び込む」


「水の音。松尾芭蕉かよ。古っ」


「うん。ほらあそこ。ししおどしの所にいる蛙がぴちゃんって池に飛び込んだら、私もきっとこの句を思いついたはず。つまり松尾芭蕉より私が先に生まれていたら歴史に名を残す勝ちぐ――えっ、誰?」


 思わず私は寂しさのあまり見えない誰かと会話をしてしまったようだ。それは怖い。幽霊やお化けは流石に無理だ。私はホラー映画も小説も見ない、読めない主義を通している。


 けれど、そんな怖がりな私は襖から顔を出したままキョロキョロと辺りを見回す。怯えながらも「怖いけどチラッと見るだけなら」という私の好奇心が勝った瞬間だ。


「おい、ここだ、月野めぐる」


 フルネームを呼ばれ、私は背後を振り返れない。だって怖い。見知らぬ場所で確実に背後で私の名を呼ぶ男の人の声。振り返ったが最後、ろくろ首にベロリと顔でも舐められたりしたら、私は一生後ろを振り向けない人間になる。だから今自分の名前をフルネームで呼ばれたとしても絶対に振り向けるわけなどないのだ。


「なんだよ、俺が見えてないのか?」


「ぎゃぁぁぁぁぁーー!!ってやだ、すごい、イケメン!!キャーー!!」


 人は目の前に急に何かが現れると叫び声をあげる。そしてまた、イケメンが突如目の前に現れても叫ぶのである――月野めぐる談


「お、すげー。月野めぐる。お前には未完結の怨念が物凄いまとわりついてるぞ?最高だな」


 私の体の輪郭部分を見て何故かニヤリと片方だけ口角を上げ赤目を輝かせるえんじ色の和服姿の男。


 よくよく見ると、えんじ色をした着物の下に鳶職の人が履く作業着、通称ニッカポッカという足首がキュツと絞られたズボンを履いていた。そしてそのニッカポッカは何故か迷彩柄っぽかった。和と洋のコラボがまさに今ここで実現――といった感じである。


「おおう。そっちにもうじゃうじゃ、こっちにもうじゃうじゃ。やべーな、月野めぐる」


 私をジッと見下ろしウキウキとした声を出している長身の男。彼の輪郭は提灯の灯りが反射し、まるでオレンジのオーラを纏っているように私には見える。


 すっきりと短く刈り上げた髪と思いきや、彼が「すげーな」と連呼し、私の目の前で動くたび、後ろに一本に縛った長い髪がサラリと揺れている。髪色は漆黒の闇に溶け込むような濡れ羽色。程よく日焼けした感じの肌色を持ち瞳は赤い。


「月野めぐる、やっぱお前は俺が目をつけただけあるな!!」


 つまり何が言いたいかと言うと、現在私の目の前でしきりに私の気を引こうと、私のフルネームを口にする人物は私の知り合いではない。


 それどころか、平凡な知識しかない私の中では、分類する事が難しい全く知らない人種だったのである。


(怖い。超イケメンが私の名前を呼んでる。俺とか言ってるし、まさかオレオレ詐欺?だけど待って。さっき聞き捨てならない言葉を吐かれたような気がする)


 私はひたすら体の中にいつもはぐっすり眠る勇気を出した。だって怨念がまとわりつく方が目の前のイケメンより怖いに決まっているから。


「ええと、初めまして。私は麦田大学付属高等学院2-I組の月野めぐるです。あなたは一体誰ですか?そして私に未完結の怨念がついてると仰っしゃりましたが、一体それはどこですか?早く取ってください。私は完結したいんです!!」


「お前には見えないのか?そこにほら、まとわりついているだろう?右腕の上辺りだ」


 どこ、どこ、どこ、と私は自分の頭を振ってチェックする。けれど一向に怨念らしいものは見えなかった。というか怨念って見えたらどんな形をしているのだろう。まずそれすらわからない。だけど絶対いいものじゃない。だって怨念なのだから。


「ま、正しく自己紹介したお前に免じ特別に名乗ってやる。俺は「全世界を妖怪色に」がモットーの妖怪軍東方参謀、桂かつをだ。月野めぐる、お前を我が妖怪軍に迎え入れるため俺はここに参上した。俺は桂かつをだ。忘れるなよ!!」


「え、私を迎える?妖怪軍に?それって何?かつをさんは妖怪だってこと?それと何で私の周りに未完結の怨念がいるの?」


 私の中は「?」で埋まっている。そもそも私の周囲にいる未完結の怨念って何?早くその答えを知りたい。落ち着かないのだ。


「いちいち説明しないといけないのか。チッ、面倒くさいな」


 イケメンかつをさんは煩わしそうな顔を私に向けた。通常ならば無礼者と思う所だ。けれど普段イケメンに視線を向けられた経験のない私は思わずその顔に見惚れた。あげく若干頬に熱までこもる始末だ。けれどそれは不可抗力。イケメンは正義だからである。


「妖怪軍は現代社会に馴染み、進化し続ける妖怪集団の総称。現在世界征服の為に、人間の怨念を効率よく収集し同志を増やす事を目的とし活動している」


「なるほど。妖怪も時代に合わせて進化するんですね。ふーん、世界征服か。まぁ大体そうですよね。そこはよくある設定なので理解しました。了解です。それでかつをさんは何故ここに?」


「俺は単独で任務についている。優秀だからな」


(えっ、大体自分で優秀とか言い出す人って、駄目な人のフラグなんじゃ)


 私は過去に目を通したアニメや小説の「あるある」を思い浮かべ内心そう気付いていた。けれどそれは敢えて口に出さないでおいた。早くその先に続く言葉を聞きたかったからだ。


「そしてお前、月野めぐるについてだが、妖怪達の母として我が軍に正式に迎え入れるつもりだッ!!」


「つもりだって……ちょっとそれは困る。お気持ちは嬉しいけど、私妖怪軍は無理ですよ。だってその言い方だと私が一生完結出来ないみたいなんだもん」


「は?違うのか?見た所、お前には未完結の怨念が既に通常の人間の三百倍くらいはまとわりついているぞ?怨念妖怪エタルンを誕生させるためにお前の周囲に漂う怨念は最高の触媒なのだが……困ったな」


 イケメンなかつをさんは眉根に皺を寄せた。それから「かくなる上は……」と物騒な言葉を呟き、額に手を当てて何やら真剣に悩みはじめてしまった。


「普通に誘えば喜んで我が軍に頭を下げ入隊すると思っていたのだが。うむ、困ったな」


 悩まし気な表情を私に向けるかつをさんは目鼻立ちがハッキリしているイケメンだ。けれど、一体どこをどうしたら私が「はい、わかりました」と素直に妖怪軍に入隊する事を了承すると思っていたのか。全くイケメンの考える事はわからないと私も小さくため息をついた。


「ふぅ。というか私も困ってますよ。大体、何で私が好き好んでそんな完結できないみたいな怨念を喜んで受け入れると思っちゃったんですか?いいですか?私は、完結、したいんです!!」


「うお、これは凄い。お前が完結したい。そう願えば願う程、周囲の怨念をまるで吸引力の変わらない掃除機のようにその身に吸収している。なるほど。やはりお前は只者ではないということか。お前の持つそのスキルは完全にわが軍向きだ。さぁ、早く俺とこいよ!!」


 かつをさんはやたら爽やかな笑顔で目を輝かせた。挙句まるで私に恋をしているような、そんな尊い顔で私に微笑みかけている。そして軽やかに「こいよ」と親指を立て肩越しに後ろに腕を振り払ったのだ。


「だから無理です。私は未成年ですし、親の承諾なしに就職先を決める事は出来ません。あ、それに私には既に八神とばり君という私が決めた許嫁がいる――いてっ」


「いないから。許嫁じゃないから」


 私は頭をペシリと叩かれ恨みがましく、けれど口元をニヤニヤさせながら振り返った。するとそこには私の想像通り最愛の人、八神とばり君がいたのである!!


(し、しかも何で着物なんて着てるの?それに髪の毛がちょっと湿ってない?やだ、何かお風呂上りのいい香りがする。オフスタイル風呂上り八神君だ!!眼福ですッ!!)


「あのさ、君は親に教わらなかったのか?知らない人の車に乗ってはいけない。そんな初歩的な事を教わらなかったのか?それとも教わった事を右の耳から左の耳へ抜けちゃうスキル持ちなのか?もしくは三歩歩いたら忘れる。まさか君は鳥なのか?」


「あ、いや。ええと、横小路町子さんは名前を知っているから大丈夫かと……」


 静かに激怒している八神君を前に、私はしょんぼりと肩を落としながらそう答えた。けれど私は俯いて反省してる風を装い、しっかりと八神君の着物スタイルを自分の目に焼き付ける事は忘れない。


 突然現れた八神君は、薄いグレーの着物に紺の帯を腰にぐるりと巻く着流しスタイル。V字になった襟元から丸見えの喉ぼとけが半端なく色っぽい。


(み、見つけた!!八神君の好きなところ、見つけた!!)


 私は大興奮でジッと八神君のぽこんと飛び出た喉ぼとけに集中した。


「悪いけど、月野さんは俺のナビゲータなんで。じゃ」


 かなり不機嫌な様子の八神君は私の手を乱暴に掴むと、スタスタと縁側を歩き始めた。


(えっ、一体どこへ?手、繋ぐ手、もしやこれは愛?)


「だから違うし。それより横小路町子を救わなきゃならない。俺、時間外労働はしない主義なんだけど。全く君が彼女の車なんかに乗るから。チッ、今日は三章を完成させようとしてたのに。君のせいで台無しだ」


 不機嫌そうな声で私への愚痴と共に状況を説明してくれる八神君。その言葉を聞いて私はようやく気付いた。そうだ、私は町子さん。彼女の車に乗ったら何だか無性に眠くなって起きたらここにいたのである。


(一体ここはどこだ?)


「ここは、妖怪が作り出したまやかしの異世界だよ」


「えっ、だって町子さんはちゃんと完結ボタンをポチリと押したよね?八神君だって私と一緒に彼女のスマホで完結した所を見せてもらったじゃん」


 確かにあの時彼女は最後の確認ボタンも押していた。抜かりない私は「町子さん、ここに埃が」と言ってツツツーと窓枠に指を滑らせるお姑さんくらいしっかり町子さんが完結させる所を確認していたのである。


「確かにあの時彼女は完結ボタンを押した。けれどもう時すでに遅しだったんだ」


「え、どういうこと?」


「彼女自身のが心に抱える闇が俺たちが想定するよりずっと根深かった。だからあの時完結ボタンを押した時には既に彼女に怨念妖怪エタルンが纏わり付いていたってこと。そして彼女は何故か君を、というか、絶対にそいつのせいだと思うけど」


 八神君がチラリと背後をうかがい、私達の後を追うかつをさんにうんざりした顔を向けた。


「つまり、横小路町子がエタルンによってリクルートされまやかしの異世界に飛ばされる事は俺達が彼女の面会に行った時点で既に確定していた。そしてそんな彼女の元に現れた君をチャンスとばかり、前々から君の事を狙っていたあいつが横小路町子を利用し、ここへ君を呼び寄せたってこと」


「え、前々から狙っていたって、それってどういうこと?」


「俺にも詳しい事はわからない。けど、君はどうやら未完結の小説に集まる怨念を溜め込みやすい得意体質もちらしい」


 そんなばかな。

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