#62 読み専革命軍とテンプレ騎士団8
「ミリオタ作家さん、戦車から降りましょう」
「えっ?」
「そこにいると、危ないですから」
私は真顔でミリオタ作家さんの腕をガシリと掴んだ。
「あ、危ないって、お前は何をする気だ?」
今度は前方から私に声がかかる。イタチさんだ。
「復讐です」
私はキッパリ、ハッキリとそう答える。
「あ、それと八神君に無線でお伝えください。月野めぐるは八神君を好きだ好きだと口にするだけの女は金輪際辞めますと」
「え?」
私は体に沸々と愛のミラクルパワーに似た何かが漲るのを感じる。いつもより強烈な気がするが、復讐には丁度いいくらいだ。
「さ、ミリオタ作家さん。降りましょう」
私はミリオタさんを引っ張って戦車から飛び降りた。勿論愛のミラクルパワーを使ってである。通常モードの私なら骨の一本や二本、ポキリと折れているかもしれない高さだ。
ガンガン。
(そうだ。私は八神君にあばらも数本ほど折られたんだ)
ふと、とむにわの世界で八神君と戦って折ったあばら骨の事を思い出した。あの時の八神君は怨念に囚われている状態で正常ではなかった。とは言えあそこまでやり込めるなんてきっと八神はサイコパスに違いない。
ガゴン、ガゴン。
(骨を折られてまでして、好きを連発するとか、私はアホだ)
今までの私は八神君に依存しまくって、完全に馬鹿な女だった。そういう、俗にいう男性依存症みたいな女の人と私は変わらない状態だ。
「あ、あのさ、ちょっと落ち着こうか?おじさんでよければ話を聞くけど」
私が戦車の側面を鉛筆、通称ミラクルペンシルで容赦なく突いているとミリオタ作家さんが恐る恐るといった感じで私に声をかけた。
「私は今日まで八神君が好きすぎて、色々見えていなかった。その事に気付いたんです」
「えーと、八神君って言うのは君と一緒にいた男の子で君の彼氏なんだよね?」
「そうです」
私の口は「彼氏か?」の問いに迷いなく肯定する。それに加え自然とドヤ顔になってしまった。
(駄目!!八神君は酷い男なんだから)
私は自分にそう言い聞かせた。ここでまた流されては何も変わらない。
(いや、変わろうとしている訳じゃない気もするけど)
それでも今日は聖なる日なのである。
八神君が「早く解決出来れば一緒に本屋に行ける」そう言ってくれた事がどれほど嬉しかったか。私だけが彼を好きなわけではないと。八神君の中で自分が一番だとちゃんと知る事が出来て、私は幸せで満たされていたのだ。
(それを男のロマンだか何だか知らないけど、戦車に、大人の女の人に負けたなんて!!全私がショックだよ!!)
「な、何があったかわからないけど、君は見た所若そうだし、嫌ならキッパリ別れちゃえばいいんじゃないかな?」
「別れる?」
「そう。君は案外可愛らしいし、これからもっと女性らしくなって異性にモテる可能性もある。きっと直ぐに次の彼氏が見つかるんじゃないかと、おじさんは思う訳で」
(八神君以外の人と付き合う?)
私は戦車の側面をミラクルペンシルで叩く手を止め、その状況を想像してみる。
私が八神君以外の人の隣を手を繋いで歩く。
私が八神君以外の人のナビゲーターになる。
私が八神君以外の人とキスをする。
そこまで想像して、とても嫌な気持ちになってブルリと体に虫唾が走った。八神君と色々あった全ての事を他の誰かと経験するのは嫌だと思った。八神君だから私は許したのであって、今浮かんだ事を誰か他の人となんて、絶対に無理だ。
(八神君、好き……ハッ、これはまさに八神君依存症の症状……)
ついうっかり八神君の元に収束されそうになる「好き」の気持ちを私は懸命に堪えた。
「あ、やばいぞ」
ミリオタ作家さんが素早く動いた。そして突然私の体を地面に押さえつけたのである。
頭上でキーキーと戦車が音を立てている。何事かと顔を見上げると、私達のいる方に向かって主砲が固定されている。そして次の瞬間私達の頭上にある主砲が爆音と白い煙を吐いたのだ。
(わ、凄い音!!)
私は咄嗟に耳を塞ぐが後の祭り。キーンと頭に鋭い痛みが響いた。そしてしばらくして爆音と共に主砲から放出された黒い星の塊が地面に着弾する音が聞こえてきた。
地面を伝わり私の体に小さな振動が伝わる。
「もうやだ。早く終わらせないと」
私は地面に這いつくばりながらミリオタ作家さんに口を開く。
「ミリオタ作家さん、あの戦車の弱点はどこですか?」
「えっ、ティーガーは最強だからな。しいて言うなら重量による故障だろうけど。あ、重いからサスペンションに負担がかかるんだ。それに故障して動けなくと回収するのが大変って事かな」
ミリオタ作家さんが説明している間にも、私達の上に伸びる主砲から黒い星が発砲されている。その度車体が反動で大きく後ろに仰け反っていた。そしてキーキーと金属の擦れる音を立てながら戦車は前進し始めたのである。
(動けなくなるまでなんて待ってられない)
私は憎々しい気持ちで目の前を通り過ぎる大きな車輪とベルトみたいな部分を睨みつける。
四角くて、案外スマートで想像していたより実際はとても格好いい戦車。けれど今それを私が認めるわけにはいかないのだ。
(認めたら、八神君が男のロマンとやらに丸のみにされた事を容認する事になる)
だから私にとって、目の前の戦車ティーガーは憎き恋的、悪魔の戦車だ。
「あ、そうだ。障害物に乗り上げる時とかバランスを崩しそうになっている動画を見た事がある。そう簡単には転倒しないだろうけれど。あれも弱点みたいな感じなのかもな」
「それだ!!」
走り去る戦車をうっとりとした恍惚の表情で見つめるミリオタ作家さん。私はそんな彼の隣でスクッと立ち上がる。
「今度は一体、何をするんだ?」
ミリオタ作家さんは起き上がるとパンパンと音を立て、真っ白なテンプレ騎士団の制服を叩きながら、私にそう問いかけた。
「ミラクルペンシルで進路妨害するに決まってるじゃないですか?
「えっ、それはもはや犯罪……」
「こんな日にまやかしの異世界に囚われている人に言われたくないです」
私はムスッとした顔でミラクルペンシルを肩に担ぐ。
「まぁ、確かに……」
ミリオタ作家さんは所在なさげにポリポリと頭を掻いている。どうやら我に返ったのか現実世界を思い出しかけているようだ。
(団体だと厄介だけれど、案外個々の怨念は薄いのかもな)
そもそも今回、事の発端は書き手と読み手の見解の違いだ。それは八神君が口にしていたように、交わる事はないのだろう。
(けれど、その二つにも共通項はある)
私はそこを責め、一気にこの場を浄化しようと思っている。私も先程まで感じていた八神君への怒りを少しだけ心の奥に押し込め、本来の目的を思い出していた。
(ミリオタ作家さんのお陰かな)
むしゃくしゃした時、思いつめた時、誰かにそれを話す事で冷静になり、ふと現状の悩みに対し打開策が思い浮かんだりする。
(ま、八神君に関してはまだ許すまじの心はあるけどね)
私は元気に走行する迷彩柄の戦車を睨みつける。
「じゃ、ミリオタ作家さん。私は行ってきます」
「色々とありがとう。気を付けて」
いつの間にか軍馬を呼び寄せていたミリオタ作家さんに私は小さく頭を下げ、それからふわりと宙に浮かんだ。
(さて、とりあえずあの戦車を止めないと)
私は空中で新武器、ミラクルペンシルを握りしめる。いつもは八神君の事を思うと力が湧いて勝手に攻撃をしている魔法のアイテム。けれど今回は、あまりその力は望めなそうである。
(やってみるしかないか)
私はいつもより少しだけ失敗するかも。そう不安になりながらも覚悟を決め、戦車を上空から追い抜いた。そして、手に抱えた大きなミラクルペンシルのペン先を地面に向ける。そして戦車の進行方向の先にいくつも横に線を引いた。
「ミラクル、ミラクル、くるりんぱ。聖なる日を台無しにされた私に力を!!」
私がミラクルペンシルを高く上に掲げると、私が引いたピンクの横線が太い鉛筆に変化した。しかも四角い形だ。あれはきっと乗り上げにくいに違いない。
「ひとまず成功っと」
私が眼下を走行する戦車に視線を移すと案の定、突然現れた線路の枕木と化した多くの鉛筆にティーガーは頑張って乗り上げている所だった。何もない所を走るより車体が浮いているようで不安定気味に見える。
(よし、お次はこれね)
私は速度を落としガタガタと大きく車体を揺らしながら走る戦車の側面上部で浮遊して止まる。
「ミラクル、ミラクル、くるりんぱ!!」
私は掛け声と共にミラクルペンシルで筋肉質な腕を空中に素早く描く。
私のペン先からキラキラとした赤い光が飛び出した。そして私が宙に書いた絵心のあまりない、かなりデフォルメされた筋肉質な腕の絵をその光が包み込む。
(上手く行きますように)
私は祈るような気持ちでその光の塊を眺める。すると丸くなった塊はまるで爆発をするようにポンと弾け飛び、それなりの筋肉質な魔法の腕が出来上がった。
(何か随分と不格好だけれど、まぁいいか)
現状考えうる最高の出来ではある。
私はミラクルペンシルを今度は戦車に向ける。そして戦車の浮いたキャタピラ部分をミラクルペンシルで丸く囲んだ。すると先程私が生みだした筋肉がそちらを目掛け飛んで行き、キャタピラをガシリと掴んだのである。
「さぁ、テコの原理でひっくり返しちゃって!!」
私の言葉に答えるように筋肉質の腕に血管が浮き上がり、頑張って戦車を横から持ち上げている。
「これを倒せばいいのか?」
いつの間にかさらに小さくなったジャンボな香川さんが私の横に並ぶと、そう私に聞いて来た。
「そうです。ひっくり返せば動けないので。夏の終わりに道端でひっくり返る哀愁を背負う蝉のようにコロンと無慈悲にお願いします」
「蝉か……あれ、もうこと切れていると思ってひっくり返すといきなりバタバタ動き出すから恐怖だよね。ってわかった了解」
香川さんはキュルキュル音をあげる戦車の車輪の下に両手を入れた。そしうて膝を落とし「ぐぬぬぬぬ」と踏ん張った感じで戦車を持ち上げた。そして「うぉぉぉ」と叫んでコテンと向こう側に倒した。
「これでいいのか?」
香川さんは両手についた埃を払うようにパンパンと音を立てて手のひらを叩き合わせながら私に得意げな顔を向けた。
(あ、呆気ない……)
丁度地面がえぐれて傾斜が出来たせいで、斜めにひっくり返った戦車。現在無残に空中でキャタピラーを高速回転させている。流石に夏の終わりの悲しい風物詩の蝉のように綺麗にお腹を見せる形でひっくり返ったりはしていない。けれど片方のキャタピラが完全に浮きあがり、もはや前進出来ない状態である。
「ありがとうございます。香川さん。完璧です」
私が香川さんにお礼を口にすると同時に、砲塔の脇についた脱出用のハッチがパカリと開いた。
そしてその穴から顔を出したのは、ひたすら苦笑いをこちらに向ける八神君。そしてそんな八神君の頭に拳銃のようなものを突きつける、黒い特攻服の女性、江田瑠那さんだったのである。
(八神君、あなた馬鹿なの?)
私は最愛の彼に、初めて心で罵倒する言葉をうっかり発してしまったのであった。




