#51 七尾あみかの場合4
トタンと私はつま先から新たな世界に着地した。
どうやら亀姫様の萌桜のパワーで婚約破棄会場からまた違う場所に飛ばされたようだ。特徴的なのは夜であること。先程まで明るい場所にいたので目がまだ慣れないせいかよく見えない。
それでも私はキョロキョロと辺りを見回し周囲を確認した。
(ここは芝生?悪役令嬢関係だとすると、あ、舞踏会の裏庭か)
大抵こういう裏庭では事件が起こるのがセオリーだ。それに先程から楽団だろうか、音楽の時間で鑑賞した事のあるクラッシックの曲が微かに私の耳に届いていた。だから多分ここは舞踏会の中庭なのだと私は推測した。
(じゃ、いっちょやっておきますか)
私は婚約破棄の会場で萌桜を集めた時に纏ったピンクの靄が未だ自分の体の周りに漂う事を確認する。
私が目を閉じるとフワフワと私の体が宙に浮いた。そして私の体を今まで締め付けていた黄色いドレスがユメカワコスチュームに変身していく。目を瞑っていてもそれがわかるのは確実に殺人兵器コルセットのせいだ。あれがないだけでこんなに息がしやすいだなんてと、コルセットを断捨離してくれた現代社会に感謝する。
そして私の耳の横を風が切る音が通り過ぎる。そして放ったブーメランが戻るようにその音が私に近づいたのを感じ、私は目を開けユメカワラブリンステッキをキャッチした。
そしてお決まりのセリフを口にする。
「ミラクルミラクルくるりんぱ!!悪役令嬢はもう勘弁。ミラクルメグルン、はやく帰りたい、切実に!!」
ユメカワラブリンステッキを前に出し一応ポーズを取る私。
(だけど、何かいつもみたいにパワーが漲らないって言うか、なんか微妙なんだよね)
私は自分のキメポーズを崩し、しょんぼりとその場で肩を落とした。
(パワーが出ない原因。思い当たるんだよな)
この世界の優しく微笑む八神君がイマイチしっくりこないからだ。
(私の大好きな八神君に戻す為にも、早く七尾さんを浄化しないと)
私はパンパンとミラクルメグルンのコスチュームを何となく埃を落とすように叩いて、自分に無理矢理気合を入れた。
「今回は、何か元気がないみたいだけど」
背後からちょっと不機嫌気味にボソボソ喋る懐かしの声が聞こえた。私は慌てて振り返る。勿論満面の笑みでだ。
「え、八神君?シラフに戻ったの?」
(あ、そうか。勝者に褒美をってかつをさんが言っていたような)
きっと亀姫様は先に萌え桜の花びらを五枚集めた私にご褒美として、八神君を戻してくれたのかも知れない。
「ってことは、また俺は何かおかしな事になってたんだ」
八神君はそう言うと顔を下に向けた。そして自分の真っ白な王子っぽい服装を見て深いため息をついていた。
「最低だな」
八神君は眉間に皺を寄せ顔に手を当てる。そして自分だけずるいといった視線を私のコスチュームに送ってきた。
「八神君も着替えたらいいじゃん。私、向こう向いてるし」
八神君の変身シーンを見たい気もしたが、意外にシャイな彼の事だ。何となく嫌がりそうだと思い私は気を遣ったのである。
「そっか、着替えるか。よしやってやる」
八神君はパッと明るい顔をして、ブツブツと何か口にしだした。菊正宗と同じ系統な雰囲気の漢字っぽい呪文を唱えている。
すると私が変身する時のように八神君の体が突然体の内側から発光しだした。そしてキラキラと発光した粉を周囲にまき散らす。そしてその光が収束すると八神君は懐かしの和服姿になっていたのである。
薄いグレーの着物に紺の帯を腰にぐるりと巻く着流しスタイル。V字になった襟元から丸見えの喉ぼとけの色っぽさも健在だ。
「八神君、格好いいよ!!」
「あ、ありがとう」
「三日月宗近は?」
「お、ちゃんと言えてる」
八神君が嬉しそうな顔を私に向けた。尊くて死にそうだ。
(ちゃんとあの後ネットで調べたし)
「ふぅん。意外に勉強家なんだな」
八神君に関する事だけだけどね。というのは言わないでおいた。今更な気はしなくないが、八神君の全てを知りたいだなんて私が思っている事を彼に知られ今後色々と警戒されても困るからだ。
「ちょっと、そこイエローカード!!」
突然現れた七尾さんが向かい合う八神君と私の間に入った。彼女はまだ真っ赤なドレスを身に着けている。
「めぐるちゃん、八神君に変な魔法を使うのはやめて」
「え、使ってないけど」
「八神君。早く舞踏会に戻ろう。みんな待ってるし」
七尾さんは現実とこの世界が混同してきているのか、八神君の腕を掴むとグイッと明かりのある方へ引っ張った。
「あ、えーと。七尾さんごめん。俺はいかない」
八神君はその場で足を踏ん張りながら七尾さんにそう告げた。
「やだよ。私、ずっと八神君が好きだった。だから小説だって褒められたくて、一緒に一の島に居たくて、無理矢理完結させてた」
「うん、知ってる」
全てをお見通しといった感じに静かに頷く八神君。
「え、そうなの?七尾さんって無理矢理系だったの?」
初耳の私は驚きを隠せない。
(そりゃ、無理矢理完結させる事は出来るかもだけど。いや、私にはそれすら無理だけど……)
同じ所でウロウロして先に進めない。私の小説はそんな感じだ。だから無理矢理でも完結させられる七尾さんは凄いと素直にそう思った。
「そうよ。私は無理矢理完結させる。こっちの都合で完結させてるから、辻褄が合わないし、中途半端な感じで夢オチで終わってる話だってある」
八神君から手を離した七尾さん。彼女はまるで自分を恥じるような顔で地面に植えられた芝生を睨みつけていた。
「あのさ、俺と七尾さんは結構似てる所があるって言うか」
「え、私と八神君が?」
「そう。完結させられる。けどそれは完結させなきゃいけない目的があって、だから完結させている。例えばコンテストに出す期限を守るためとかさ。実は完結している作品の中でちゃんと小説の中で書きたい事を全て綺麗にまとめられた。だから完結って感じの作品、意外に少ないだろ?」
八神君が七尾さんに優しい声でそう聞いた。
「うん。そうかも。八神君の言う通り。私は実は楽しくて書いていたのなんて最初の方だけだったかも知れない。八神君に嫌われたくなくて、出来ない子って思われたくなくて、意地になって完結させてた」
七尾さんがふぅとため息をついた。そして私を睨んだ。
「けど、八神君がめぐるちゃんみたいに、全然完結させられない駄目な子を好きになってるって事が、私は許せない」
「あ、うん。そこはほんと、ごめん……」
それを言われると何とも言い返せない私である。
「けどさ、月野さんは誰より小説を書く事を楽しんでる。凄く楽しそうに悩んで、楽しそうに先に進もうとしてる。俺はそこが凄く見ていていいなと、まぁ思った」
八神君が初めてくらいの勢いで私を褒めてくれた。私は嬉しくてびっくりして、目を丸くして固まった。
「でもめぐるちゃんは二の島だし、私達より真剣に小説に向き合ってない。いい加減だよ。誰にも見せないで完結も出来ないで、めぐるちゃんの小説はただの自己満足をさせるだけのものじゃない」
七尾さんの言葉に私はまたもや何も言い返せなった。私の小説愛は「書いていて楽しいから」それに尽きる。つまり自分が書いていて楽しいからいつまでも完結しないくせに小説を執筆しているのである。
それに私は別に誰かに公開したくないわけではない。人並みに承認欲求を満たされたいと思うし、誰か一人でもいいから「面白かった」と感じて欲しいとも思っている。そしてそう思う私が作品を世に公表しない理由はただ一つ。
(だって完結させてから、公表したいタイプなんだもん)
これは性格なのかも知れない。心の友さくらちゃんは私の専属編集者なので別としてもそれ以外の人にはきちんと私の完成した世界観をみてもらいたい。押し付けがましくもそう思ってしまうのである。
きっと一作でもいいからきちんと書き上げ、誰かに読んでもらい万が一星を一つでももらえたら、きっとまた違う世界を見れる。そしてそこから学ぶ事もきっと沢山あるのだ。それは私も重々承知している。
(だから私だってちゃんと本気で完結させたいとは思っているんだよ)
私は七尾さんの言葉に、こっそりとそう答えた。
「八神君は、本当に完結する努力をする私より、書く事を楽しいだけ。完結出来ないめぐるちゃんを選ぶのね?」
「うん。そうだ。俺は月野さんが小説を楽しそうに書く姿を見ているのが好きだから。それに、まぁ、他にもいい所は沢山あるし」
(その「他に」に一括りにした部分を詳しく知りたい!!)
『いつか、機会があれば、な』
(えー、それって何時、何分、何分、八神君が何回寝た時!?)
『君は小学生ですか?』
いつもの八神節に私はつい嬉しくなって顔を上げてニマニマとだらしなく頬を緩ませる。
「もう、やだ。私だって八神君が好きなのに!!」
(あ、まずい)
私がそう思った時には既に七尾さんの体が物凄い勢いで黒い靄に覆われていた。
「私は、八神君が好き。めぐるちゃんずるい。私よりずっと出来ない子なのに。ずるい!!」
苦しそうに言葉を吐き出しながら、黒い靄の中から七尾さんの腕がニョキっと腕が伸びてきたのであった。




