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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第一章
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#5 横小路町子の場合1

横小路町子(よここうじまちこ)、二十六歳。大学受験専門の予備校、花咲ゼミナールの教室スタッフをしている女性社員だ。彼氏はいない。けれど意中の男はいるらしい。どうやらそれは年下。塾のチューターと呼ばれる生徒をサポートするアルバイトをしている、麦田大学三年の永山晴斗。年齢は二十一歳だ」


 八神君がそう言ってマル秘と書かれた捜査資料を私に見せてくれた。現在私達がいるのは、高等学院と同じ敷地内にある麦田大学の図書館だ。とても大きな図書館で付属高校、中学の生徒は生徒証についた磁気を通す事で自由に出入り出来る。そのせいで八神君と私がその場にいても誰もおかしいとは思わない。


(というか、私達って影薄いし)


 目立つ成績を取っているわけでも、運動部のエースでもない。所詮文化部の中でもカーストに位地する文芸部の八神君と私を気にする人なんていないのである。


「あ、とばり君。あれれ?何で二の島のめぐるちゃんといるの?」


 前言撤回。八神君を狙う文芸部の部員。七尾あみかちゃんだけは目ざとくモブCと化す私達をいえ、八神君を見逃さなかったのである。


「こんにちは、七尾さん。二の島の月野さんが一の島を目指してやる気を出したらしくて、俺は今小説を完結させる為に大事な事を教えてあげているところ」


 もっともらしく八神君が小さなボソボソ声でそう七尾さんに伝えた。確実に私に嫌味を込めた二の島言いが少々ムカつく。けれど二の島である事は事実なので私はギュツと口を噤んだ。


「ふぅん。そっか。めぐるちゃん本腰入れたんだ。けどまた試験の点数落ちて親に塾に放り込まれないといいね。じゃ頑張って」


 言いたい事だけ言って七尾さんは友達と図書館の奥に消えてしまった。


「もしかして、君は七尾さんに嫌われてるのか?」


 八神君が私と七尾さんの実に含みあるやりとりを見て顔を曇らせた。


(確実に八神君。あなたのせいだと思われます)


 そう言葉にしかけたが、ここで七尾さんの恋心を私が八神君に伝えるのはフェアじゃない気がしたのでやめておいた。


(というか、私が八神君を好きな気持ちには気付いてるくせに、何で七尾さんの気持ちに八神君は気付かないんだろう?)


「気付いてる。けど、君ほど興味が湧かないだけ。あの子は完結できるだろ?だから妖怪エタルンの標的にはなり得ないし」


「え、また私ってば、口に出てた?」


 慌てて私は口を押さえた。


「あー。うん。何となく君の言いたそうな事がわかったって言うか、まぁいいから、取りあえず横小路町子の件だ」


 そう言って八神君は先程七尾さんが来た瞬間素早く裏返した、マル秘の資料をまた表に戻した。何となくはぐらかされた気がした。けれど確かに町子の事が気になった私は深く追求しないでおいた。


「横小路町子は現在ネット上の小説投稿サイト、小説家になりたい上でエッセイを投稿してる」


 八神君はそう言うと制服の黒い学ランの胸ポケットからスマートフォンを取り出した。そして慣れた手つきでスルスル指を動かすと「ほらこれ」と私に自分のスマホを見せてくれた。


「お借りします。ふむふむ、エッセイかぁ。あんまりみないジャンルだけど」


 勿論私も小説家のたまごとして、小説家になりたいには登録している。けれど、主に私がチェックするのは恋愛カテゴリーが多い。その中でも私の好物は「第二王子」「魔女」「使い魔」「ハッピーエンド」のタグである。


 という自分の趣味嗜好は横に置き、私は取りあえず八神君が示してくれた横小路町子のページとやらを確認した。


 ペンネームは『花咲雪うさぎ』なかなかに可愛らしいイメージである。そして私は投稿してあるエッセイのタイトルを見る。そしてふとある事に気付いた。


「あれ、これって、もしかして日々の愚痴をエッセイにしてるって感じ?」


「そうだ。彼女のやんわりと吐く毒が主に女性達の共感を呼び、何気にエッセイジャンルで日刊三位を取った事もあるらしい」


「そうなんだ。日刊三位は凄いね」


 私は八神君のスマホを借りたまま花咲く雪うさぎの「あてなるもの」という話をぽちっと押した。


(あてなるもの、古文だよね。えっと確かステキって感じだっけ?)


 するとそこにはこんな文章が書かれていた。


『あてなるもの、つけ心地の良いブラトップ。ビーズで編んだリボン。垂れ込めた雲の合間に見える太陽の光。少し贅沢して買ったデパ地下のフルーツが沢山乗ったケーキ。そして、エレベーターのドアを私が入るまでさりげなく押さえてくれたあの人』


 実に誰でも情景が目に浮かびやすい事ばかりで確かにあてなるものばかりが並べられていると私も感じた。


(え、なんかほっこりする。いい)


 そう思った私はもう一つ「ねたきもの」というタイトルのエッセイをポチッとしてみる。


(ねたきものって。忌々しいとかだよね?こっちは毒の方なのかな?)


『ねたきもの、折角上手く髪にコテが巻けたのに、雨に降られて台無しになった時。調子に乗って料理を作りすぎて、二日間それを自分で食べなければならなかった時。それお揃ですねと言ってきた子が私よりずっと、可愛い子だった時。毎日直しているはずなのに家電の線が無駄に絡まってしまう時、上司がこれ出来ますよねと出来ること前提で書類を手渡してきた時――』


 こちらもまた、あるある的な感じで共感度が高いと私は思った。ただ、あてなるものよりずっとこっちのねたきものの方がつらつらと長く、町子さんの熱量を感じた。


(ねたきものだけ読んでたら、すごく不満がある人なのかな?って想像しちゃう)


 とにかく横小路町子さんという人物は、ほっこり優しいかと思えば時折辛辣な感じもする人だ。そして毎日色々な事に心が揺れ動かされている様子が窺い知れる。ある意味丁寧にこの世界で生きているんだろうな。そんな印象を彼女のエッセイに目を通した私は感じたのであった。


「なるほど。こういう、世の中の些細な事を書くのが流行ってるんだね。みんなお疲れなのかな」


「というか、大人はきっと社会が回るように普段は我慢してるんだろうな。だからこういう場所で色々毒を吐きたくなるんじゃないか?わかんないけど」


「そうだね。何か早く大人になって好きな物を沢山買ったり、夜遊びとかしてみたいって思っていたけど、いいことばっじゃなさそう」


「働くって大変なんだろうな」


 八神君がそう言ってちょっと大人びた顔を私に見せた。


 秘密組織、執筆パトロール隊に所属する八神君もある意味サラリーマンだ。私にはわからない重責を高校生だけれど彼は既に抱えているのだろう。


 何となくそう思った私は八神君に「お疲れ様です」と口にしてスマホを返す。するとスマホを八神君に手渡す瞬間、八神君の手が私がスマホを握る手と少しだけ触れ合った。


(うわ、やば。触れた、八神君が私に触れた!!故意にだったかも)


「違うから!!いちいち、過剰に反応しないでくれるかな?ってそれで、横小路町子の事だけど、この人、三ヶ月前からエッセイを更新しなくなった。だから彼女の周囲を調査したところ、既にかなり作者本人が怨念を溜め込んでいそうだとここには報告されている」


「えっ、そういうのわかるの?」


 私は八神君が指差した書類の文字を眺めながら驚いた声をだした。


(だって私には怨念なんて見えない)


 だから横小路町子さんに怨念が溜まっているという事をどうやって本部は知ったのか。それがとても気になったのである。


「エタルンが目をつけやすい人の傾向みたいなのはあるようだ。そもそも小説を未完結のまま放置している。それには少なからず作者なりの理由があるはずだろ?だから本部は作者がエタった理由を調べ、それを元に妖怪化しそうな人を選び出す。そしてターゲットを決めたら今度は俺たち捜査官が実際にその人物と接触してみるって感じ」


「え、でもエッセイは一話完結してるよ?」


 未完結作品を残して消えた作者や読者にエタルンが目をつける。それは幾度となく八神君の口から説明してもらって何となく理解できた。けれど今回に限って言えば、横小路町子さんのエッセイは一話完結型である。


(だからエタルンは寄り付かないはずだし、そもそも横小路町子さん自身も未完結のまま放置していると思っていないんじゃ……)


「でもほら。この作品のタイトル『雪うさぎの枕の掃除』ってとこ、作品の表紙に飛んでみて」


 私は言われた通り、エッセイがまとめられた表紙に飛んだ。すると確かにそこには例の文字があったのだ。


『この連載小説は未完結のまま三ヶ月以上、更新されていません』


 雪うさぎさんのエッセイは確かに一話でしっかりとまとめられ完結している。けれど、表紙のあるエッセイはある意味短編の詰め合わせのようなものだ。だから作者が「もういいや」と完結ボタンを押さない限りその作品は永遠に続くのである。


 その事に気付いた私は、ふと思う。


(ん?一個何かエッセイを書いて完結ボタンを押したら、私も晴れて一の島のエリートになれるのでは?)


「エッセイって一見簡単そうに見えるけど、公募となると文字数の制限が千六百とか二千字以内とか案外シビアなものが多い。短い文章で起承転結をスッキリまとめる、それってある意味センスが問われるし、長編を執筆するより難しい気がするけど」


 八神君が指摘したエッセイについての見解は確かにためになったし、正しい意見なのだろう。けれど私は思い切り眉をしかめる。何故なら、またもや私の心の声に八神君が反応したからである。これはおかしいと深海魚の私でも流石に気付くレベルである。


「まさか、八神君。私の心の声が聞こえてる?」


「えっ、なんで?」


 私から咄嗟に顔を逸らし、またもやはぐらかそうとする八神君。けれど私だって流石にこの件を曖昧なまま放置する気はない。今の時代、個人情報漏洩は危険すぎる。厳しく取り締まらなくてはいけないのだ。


 そう思った私はカマをかけてみる事にした。


(ばーか、ばーか、八神君のばーか。ええと、おたんこなすに、陰険、それに陰湿で、人の気持ちを弄ぶ悪代官で、だけど完結できる所は凄いと思ってる。あ、ばーかばーか、八神君の)


「あのさ、君の語彙力に一抹の不安をおぼえているんだけど。大丈夫?本当に小説家になるつもりある?もっと本を読んだほうがいいんじゃないか?」


「うぐっ、ほ、本はこれからもっと沢山読むし。だ、だけど、やっぱり八神君は私の心の気持ちを読んでる!!」


 私は八神君の口から飛び出した「小説家になるつもりがある?」という言葉に悔しい気持ちになった。けれど確かに自分の語彙力のなさは認めるところである。ただしそれは今回に限ってだ。


(だって、好きな人の悪口なんてそうそう言えなくない?悪口を言えるくらいなら好きじゃないんだし。あ!)


 私は急いで八神君の顔をジーッと見つめる。すると八神君は少し目元を赤く染め、プイと私から視線を逸らした。


(なるほど、私の心が聞こえていると)


 私の全力の告白が聞こえた結果、顔を赤らめていると思われる八神君。これは完全に黒である。私はジッと八神君を見つめる。そして「どういうことか説明しろ」という気迫を送る。


「つ、つまり俺の力を君に譲渡したわけだから、不本意ではあるが俺と君は精神的に繋がってしまった。その結果、君のそのくだらない呟きが俺にダダ漏れてるというのが現状な気がする。他の捜査官のナビゲータにはそういう現象はない。だから君のそれは謎だし、正直迷惑ではあるけど」


 八神君は開き直ったのか、不貞腐れた顔を私に向けた。それに八神君は精神的に繋がったと表現していた。一見、両思い的な感じもして、聞こえはいい。けれど実際はこちらの声が八神君にだだ漏れだということを意味している。これはプライバシーの侵害だ。そしてフェアじゃない。


「でも、私は八神君の心の声が聞こえないよ?それって不公平じゃない?」


 出来たら八神君の心の声も私は聞きたい。口の悪い八神君の事だ。私を心で散々罵倒しているに違いない。けれど罵倒でもいいので八神君が私の事を思い浮かべ、僅かでも考えてくれているならばそれを知りたい。そう思ってしまった。


(うん、私はかなりの重症。だけど八神君の心の声を私も聞きたい)


「確かに俺の心の声は君に聞こえない。そこもまた不可解ではある。まぁ俺の日々の精神的鍛錬の賜物。もしくはただ君が異常にお喋りなだけじゃないか?」


「八神君は失礼男子ですね。そう言えば、八神君は何で私をナビゲーターに選んでくれたの?」


「それは、君が俺を好きだから。だから俺を裏切らないと思った。それと、君は未完結の女王の名を欲しいがままに――ってイテッ!!」


 蹴った。私は図書館で向かい合って座る八神君の足を蹴った。体罰はいけないから勿論軽くしておいた。


「私だって別に、そんな不名誉な称号、欲しいがままにはしていません」


「と、とにかく、完結出来ない君なら、ターゲットの気持ち、なぜ続きが書けなくなったのかが、俺なんかよりずっとわかると思った。俺達の目的は人間の妖怪化を防ぐこと。妖怪化するのを阻止するためには説得が必要なんだ。だから君を選んだ。以上」


「なーんだ。全然私を好きな要素ゼロじゃんか」


「悪いけど、そういうことだ」


 八神君の全く乙女心がわからない、真面目すぎる答えに私はあざとさ全開でぷくぅと頬を膨らませたのであった。

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