#43 相羽幸之助の場合9
「八神君、後ろから砲撃が来るよ」
「わかった。月野さんもシートに掴まってて」
八神君が操縦桿を手前に引いたり奥に押し込んだり、巧みに操作しながらミサイルの弾幕を避けて行く。八神君の操縦は私よりずっと冷静で上手だった。
その結果私は少々手持ち無沙汰で口だけを動かしている状態だ。
「あのさ、何か自分が戦闘している時は気付かなかったけど、自軍の戦艦からの攻撃も味方に当たる恐れがあるじゃんね」
私はホワイトドラゴンの砲台から放たれる明るい閃光の軌跡を追いながら、少しだけ怖いなと思った。
「まぁ、そういうもんなんじゃないか。自軍からの通信を聞いて避ければ問題ないわけだし」
「ここで死んだら、私達はどうなるの?」
八神君が機体を斜めにしながら一気に降下した。太い光がリヴァイアサンに向け私達の機体スレスレの場所を通過して行く。
自分自身が操縦桿を握っている場合、アドレナリンが過剰に放出されるのか怖いとは思わなかった。しかし八神君の背後で窓の外を眺めながら戦闘に参加している状況というのは、案外恐怖を感じると私は先程からビビリまくっている。
「俺達が、特に君がもしこの世界で命を失う事により、相羽幸之助が纏う怨念。それを浄化出来なくなったら一生この空間で漂う事になるのかもな」
「う、現実に帰れないってことか」
それに行方不明者として家族から捜索願いを出されても、まやかしの異世界にいる私達は死体すら見つからないのかも知れない。
(お父さんにお母さん。それにお姉ちゃんも少しは泣いちゃうかな)
ひたすらナーバスな気持ちになった私はコックピットから無限に広がる黒い空間を眺め少しだけ泣きそうになった。
「帰れる。絶対帰る。君はまだ小説を完結させてないし。完結したいんだろ?」
「うん。したい」
「だったら今は俺を信じて。君をこんな所で絶対死なせたりなんてしないから」
八神君がそう言ってスロットルを全開にして、機体が一気に速度を上げた。
(八神君、やば。私の心のスロットルも全開だよ。今のめちゃくちゃ心にきた。大好き。早く結婚して)
「――ッ、き、君はな、なんて事を口にするんだ。お願いだ。今は集中させてくれ!!」
八神君の動揺が機体を操る操縦桿に伝わったのか、くるりと私達の機体は一回転した。
そう言えばとむにわでもこんなシーンがあったなと私は呑気に思い出す。
「八神君が攻撃を受けてさ、腕の骨を折るわけ。そして私が八神君の代わりに操縦桿を握るんだよ。とむにわではそうだった。間違いない。そうなっても私は多分ミネナよりは上手く操縦出来るから安心して腕の骨を折っていいからね?」
「君は俺に被弾して欲しいと。それはいくら何でも聞けないお願いだ」
「え、じゃあ、他のお願いなら聞いてくれるの?」
私は思わず期待に胸が膨らむ。彼女になる事を拒む八神君へのお願いは、もう迷わず「私と結婚して」にしようと思った。そうしたら誰かに私達の関係を聞かれても「嫁です」とキッパリ伝える事が出来るのである。
「お願いなんて、悪いけど今は無理だ」
「ちえっ」
私の儚い願望「嫁にしろ」はこちらに向かってくるミサイルを避けるより早く散ったのであった。
「そんな事よりそろそろリヴァイアサンに通信出来そうじゃないか?」
「あー確かに。随分距離が縮まったもんね」
お互い向かい合う状態だったホワイトドラゴンとリヴァイアサン。
現在八神君はホワイトドラゴン周囲にいるコモス統合軍の戦闘機を次々と撃破した所だ。そしてホワイトドラゴンはリヴァイアサンに向け砲撃を受けながらも着実に前進している。
「よいしょっと」
私は背後の席のシートベルトを外し、思いっきり体をびょーんと前に伸ばした。すると私の体が水平状態になる寸前くらいで、何とか操作基板に手の先が到達したのである。
「うわ、何してるんだよ」
「えっ?通信装置のチャンネルをラジオみたいにいじっているんだけど」
それが何か?と私が後ろを振り返ると、八神君が真っ赤になっていた。
(え、何で?)
「あのさ、ここは狭いわけ。君の体が邪魔で俺の腕と君の色んな所が触れ合っちゃうわけで。それにその短いスカートが危うげというか何というか。もうやめてほしい」
「八神君の変態。こっちを見なきゃいいんでしょ!!ほら、戦闘に集中して」
私は痴女ではない。状況的に仕方がないのである。しかし八神君にならパンツの一枚くらい見せてあげてもいい。などと思ったが、生憎ミラクルメグルンのコスチュームの下はかぼちゃパンツ。つまり見えても平気。安心安全仕様なのである。
「どう、夜桜さん達と通信が繋がりそう?」
八神君は私の言った通りこちらを視界に入れないように努力した結果、私と反対方向。やや右を向きがら尋ねてきた。
(ここは期待に応えないと)
私は手にミラクルラブリンステッキを素早く召喚した。
「ええと、ミラクルミラクルくるりんぱ。さくらちゃんに回線をつないで!!」
私は潔く、ミラクルパワーを無線機に直接かけた。私のミラクルラブリンステッキからサラサラとした光が無線機に降り注ぐ。
「は?まさかの力業?」
「だって向こうの回線の番号とか周波数とかわからないし」
大抵アニメの場合こういった戦闘では敵味方もれなく相手に無線が傍受されなようになっているのがセオリーだ。つまり素人の私がチャンネルを探った所で該当のチャンネルが見つかるわけがないのである。
「だったら、最初から後ろの席でその棍棒を振ればいいじゃないか」
「えーだって後ろの座席だと、八神君の顔が見られないんだもん」
私は口を尖らせながら、横を向いてしっかりと八神君の顔を見つめた。
(うん、大好き)
「君はその言葉を言わないと死んじゃう病気か何かなのだろうか」
「ある意味あってるよ」
私がそう言いながら「よいしょ」と掛け声をかけ、後ろの席に戻ると機内に透過されたモニターに懐かしい顔が映し出された。
「あ、めぐるちゃん、無事でよかった。ちゃんと八神君に会えたんだ」
「うん、あばらを三本折られたけどね」
「えっ、八神君最低だね」
さくらちゃんは八神君に向けてモニター越しに軽蔑の眼差しを送っている。
「あー、とばり君!!お久しぶりです」
さくらちゃんを押しのけ、突然白夜君がモニターの画面を占領した。頭には勿論白い毛皮が乗っている。
「あぁ。久しぶり。というか白夜、今すぐ攻撃をやめてくれないか?」
「え、何でですか?楽しいのに」
「おい!!」
「冗談ですってば。ということは、無事に帰れそうな感じなんですか?」
「そうだよー。私達が田中雄太さんをホワイトドラゴンごと連れてきたから」
「スケールでかっ。わっかりました。今すぐ帰還命令を出しますね」
白夜はクスクス笑いながら画面外に消えた。多分箸が転がっても面白い年頃なのだろう。
「所でさ、めぐるちゃん。何でパイロットスーツ着てないの?そのやたら魔法少女感満載な媚びた服は何?」
白夜君の代わりに画面を占領したさくらちゃん。
「さくらちゃん、それはね――」
手持ち無沙汰な私はいい話し相手が見つかったとばかり、ミラクルメグルンの誕生のきっかけ。すなわち小学生時代からの事をさくらちゃんに延々と語った。
その間八神君は一人で黙々と機体の操縦に専念し私を無事にリヴァイアサンに送り届けようと頑張ってくれていたのであった。
☆
リヴァイアサンの攻撃が停止しコモス統合軍の機体も無事ドックに回収された。
そして私と八神君もリヴァイアサンに接岸したホワイトドランゴンの艦内にオデュッセイアを着陸させた。そしてコックピットから格納庫に飛び出したのである。
すると既にリヴァイアサンと連絡通路を繋いだ場所に田中さんの姿が確認できた。こちらに向かって自身の存在をアピールするかのように大きく手を振って待っていてくれたのだ。
「田中さんこれからその、ええと大丈夫ですか?」
私は一応最終確認の気持ちを込めて、田中さんにそう声をかけた。
これから相羽先生と対面をするのだ。ここから先、田中さんの行動一つで私達が現実世界に戻れるか否か。それが決まると言っても過言ではない。そのくらい相羽先生にとって目の前の男性、田中雄太は重要人物なのである。
(だから、ここで悪い方の疾風のユウタに戻られちゃ困るわけで)
私はジッと田中さんの顔色を伺った。先ほどと変わらずスッキリとした表情をしている。
「あぁ、もう大丈夫だ。それより今はリヴァイアサン内部に足を踏み入れる事に素直に感動している」
田中さんの表情は既に戦艦オタクのそれだった。けれどそのお陰で悪い気持ちを持った疾風のユウタさんは自分が間違っていた事に気付く事が出来たのだ。
(オタク万歳だよ)
「は?」
「いや、こっちのことだよ。気にしないで」
いちいち律儀に答えてくれる八神君も復活した。後は妖怪スゴ森になりかけている相羽さんを正気に戻せば任務完了なのである。
(この世界と別れるのは何だか寂しいけど)
でも充分満喫出来た。
私はそんな満足な気持ちを持ちながらリヴァイアサンの艦内に足を踏み入れたのである。
「めぐるちゃん、お帰り!!」
「うわぁ、リアル魔法少女だ」
さくらちゃんが私に飛び付き、白夜君はミラクルメグルンに変身した私に目を丸くした。
そして私達は相羽先生がホルマリン漬けのようになっている場所――最重要区画を目指した。途中移動しながら私はホワイトドラゴン内部であった事をさくらちゃん達に説明した。
「なるほど。つまり田中雄太さんと、相羽先生は親友だったと」
「うん。だから田中さんを逮捕はしない方がいいかも。相羽先生もそれを望んでいないかも知れないし」
「そっか。まぁ、全ては相羽さんが元に戻ってから決めよう」
さくらちゃんはチラリと田中さんを見て、複雑な表情を浮かべていた。
(まぁ、疑う気持ちもわからなくはないか)
さくらちゃんは田中さんから話を直接聞いていないのだ。他人の部屋に侵入し、データーを泥棒した。起こった事実のせいで未だ信用出来ない気持ちを抱いてしまう。それは仕方がない事なのである。
(一度誤解されると、それを正すのは時間がかかるもんね)
寂しいような気もする。けれど案外人間なんてそんなものだ。ただ、誤解が解けた後はきっと前よりお互いを信用出来るようになるかも知れない。少なくとも田中さんと相羽先生に限っては特にそうなればいいなと、私は密かにそう信じたい気持ちで一杯だった。
そうこうしているうちに相羽さんがブロッコリーを自らの体に培養している部屋の前に到着した。
「八神君と田中さん、二人がオアシス軍の軍服を着ているせいかなんかもう小説のクライマックスみたいに感じちゃう」
「あながち間違ってはいないな」
私の言葉に八神君が自分の制服をチラリと見ながらそう答えた。
「さ、開けるよ。覚悟はいい?」
さくらちゃんが私達に真剣な顔を向ける。
(相羽さんの妖怪化を止めなければ、私達はこのまやかしの異世界から現実世界に戻れない)
「そうだな。彼の心に抱える問題を解決出来なければ、俺たちはもう大地に足をつける事はない」
八神君が小説の中のキャラクターのような、ちょっと格好いい言葉を発した。
けれどその言葉は本当の事。
私も、それから他のみんなも八神君の言葉にそれぞれ頷いた。そしてさくらちゃんが開錠の為触れた操作盤を緊張した面持ちでみんなで見つめていたのであった。




