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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第四章
41/83

#41 相羽幸之助の場合7

「お前は月野めぐる!!何故ここにいるッ」


 八神君が怖い顔をしてまるで田中さんを庇うように、艦長席と私の間に立ちふさがった。


「八神君のフルネーム呼びは嬉しいけど。だけど私はちょっと田中雄太さんに聞きたい事があるの。だから話をさせてもらいたいなーって」


「駄目だ。早くコイツを拘束しろ!!」


 八神君の白い軍服には一際高価そうな肩から胸に繋がった金のモールが輝いている。そして長いマントが正義の味方っぽくてたまらなく素敵だ。


「八神君、ちょっと落ち着こう?というか八神君はさ、あなたが愛する唯一の私を見ても何とも思わない?ほら、心の片隅にちょっとポワンと暖かい気持ちが湧き起こるとかさ」


「一切ない」


 即答である。八神君らしいといえば、八神君らしくもある返しに私はクスリと笑みを漏らす。さっきの私のあばらの骨折状況を顔色を変えず口にする八神君より、こっちの方がいつもの八神君のようでまだマシだと思えたからだ。


「何を笑っている」


 八神君が警戒したように私を睨みつける。


「かつをさん、何とかならないかなぁ?」


 現在私はまだ愛のミラクルパワーがエンプティ状態だ。だから今しばらくお待ちください状態なのである。つまり現在八神君を浄化させる力が私にはない。だからかつをさんに妖怪パワーでポンと八神君を正気に戻してもらえないかと咄嗟に閃いたのである。決して楽をしようとしたわけではない。


「そうだな。お前が俺の配下に入れば助けてやらぬ事もない」


「えー、そういうのは先祖代々妖怪軍に仕える桂家のモットーに反するんじゃなかったっけ?」


「ここに連れて来てやっただけでも充分だろ。一度甘やかすと人間はすぐ調子に乗るからな。飴と鞭は使い分ける必要がある」


「えー。飴だけでいいのに」


 私は不服な気持ちをアピールするためにあざとく口を尖らせる。けれどかつをさんは頭の後で両手を組み、こちらを見て見ぬフリをしはじめた。私のあざと可愛いとんがり口は全く効果はないようである。


(まさかの裏切り。こうなったら八神君だけでも先に浄化しないと。だけど八神君は田中さんの怨念パワーに引きずられちゃっているわけで……)


 私が先程まで何となく考えていた「効率よく愛のミラクルパワーで浄化しちゃうぞ」作戦では田中さんを浄化する事により、怨念パワーの発信源を失った八神君も元に戻る。そういう作戦だったのである。


(その為にも田中さんと話をしたいところなんだよねぇ)


 その為には現在艦長を守ろうとして私の前に立ちはだかる正義感溢れまくりの八神君が非常に邪魔な存在なのである。


「私の事は全然守ってくれないのに……こんなにも私は八神君の事が好きなのに」


 私はしょんぼりとした顔を八神君に向ける。これは作戦その一「好きな子の悲しむ顔は無視できないだろう?」作戦である。私はうっすら目尻に涙を浮かべる勢いで八神君に可愛く迫る。


「な、何だよ。俺を色仕掛けでお、落とそうとしているのか?くっ、ちょっと可愛いからって。何とも卑怯なッ!!」


(ん?動揺している上に、今なんかとても素敵な言葉が飛び出したような?)


 私はたった今八神君の口から飛び出した言葉を確かめる為に口を開いた。


「八神君、オアシス軍の制服格好いいね。願わくば私はそのマントになりたいな」


 私は持ちうる限りのあざとさを総動員し、コテンと首を傾げニコリと微笑んでみた。


「うっ、やめろ。くそうーー!!月野めぐる、お前は俺を萌え殺す気か!!」


「つーか、こいつ。相当お前の事好きなようだな。というか、一体何をどうしたらそこまでお前に夢中にさせられるんだ?薬でも盛ったのか?」


 かつをさんが心底驚いたような顔を八神君に向けている。


(私もビックリだよ……)


 私は自慢ではないが自分よりさくらちゃんや七尾さんの方が見た目のレベルは高い事を客観的に認識している。これは私が雨の日も風の日も「八神君すき」とサイコな念話で囁き続けた結果、「俺は月野さんが好き」だと八神君をマインドコントロール出来た結果かもしれない。


(グッジョブ、私)


 私はその事に気付き一人ニヤリと口元を緩ませる。


「なるほどわかったぞ!!こいつはマニアなんだな?」


 突然かつをさんが閃いたといった感じで手をポンと合わせた。


「え?一体何のマニアなの?」


「それは貧にゅーーイテッ!!」


「お黙りなさい。かつをさん。そういう事を言ってはいけないとお母さん妖怪に教わらなかったの?八神君はそういう他の女の子より少し足りない所があっても私が好きって事。愛は巨乳を超えるのよ?ね、そうだよねーー?」


「俺がお前をすきだと??」


 八神君は混乱しているのか目を見開き頭に両手をあて「あ、ありえるのか、そんなこと」と小さく呟いている。


「だって私達、すでに濃厚なキッスをもう何度もした仲じゃない」


「そ、それは本当か!?お、覚えていないな……くそっ、勿体ない」


 八神君は心底悔しそうな顔をしてそれからガクリとその場に膝をついて崩れ落ちた。よくわからないがたぶん愛が勝利した瞬間だ。


(とりあえず八神君にはそこで私への愛を噛み締めてもらう事にして)


「ええと、田中雄太さん。小説家になりたい上では、ペンネーム疾風のユウタさん、ですよね?」


 私は艦長席に座り、肩肘をついてこちらを楽しそうに見ている男性に声をかけた。


「うん。そうだ。俺は田中雄太であり、疾風のユウタでもある。君は誰?中学生くらい?」


(は?中学生?)


 ちょっとそれは聞き捨てならないと私は鼻息荒く訂正の言葉を口にする。


「私は月野めぐるです。高校二年です。そこの八神君が執筆パトロール隊という政府から任されたお仕事をしていて、そのアシスタント、通称ナビゲーターをしています。いいですか?高校生ですからね?」


「へぇ。高校生なんだ。って俺も高校を卒業してだいぶ経ってるし、高校生がどんな感じかすっかり忘れちゃってるんだな。失礼した。で、そっか。執筆パトロール隊ね。それって都市伝説かと思ってた。まさか俺の元に来るなんて驚きだ。で、俺は何の罪で君に逮捕されちゃうわけ?」


 田中さんは余裕な様子でニヤリと片方だけ口元をあげた。


「そ、その前にお聞きしたい事があるんですけれど、いいですか?」


「ん、まぁいいけど」


「田中雄太さん、あなたはとむにわの作者、相羽幸之助先生と知り合いですよね?」


「そうだね。高校時代からの親友。ま、そうだと思っていたのは、俺の方だけだったみたいだけど」


 少しだけ寂しそうな顔を見せる田中さん。その顔を見て私は自分が予測している答えが限りなく正解に近いと確信した。


「田中さん。あなたは学生時代とむにわの世界観を相羽先生と一緒に創作していたんじゃないですか?」


 私は真っ直ぐ田中さんを見据えハッキリとその言葉を口にした。私は頭の中で散らばり断片となった情報を照らし合わせた。その結果先程述べたように、相羽先生と田中さんはとむにわの共同作者だったのではないか。その事に行き当たったのだ。


「へー。君よく気付いたね。誰もが僕を盗作だ何だって責め立てていたのに。流石執筆パトロールの捜査官だ」


「あ、いえ。私はあくまでそちらで、私への愛に悶えている八神君のナビゲーターなので。残念ながら全ては八神君のお手柄という事になるわけです」


 ここは大変重要な部分なのできちんと私は訂正しておいた。


「そうなんだ。君はそれでいいの?彼、全然役に立っていないようだけど」


 床に膝をつけて床とブツブツ語り合う八神君にチラリと視線を向けた田中さんが見たままの現状を口にした。けれどそれは間違いである。


「あ、今は緊急事態なのでこんな感じですけれど、普段は物凄く私の役に立ってくれているので、全然問題ありません」


 私は再度自慢げにそう田中さんに説明する。八神君はそこに存在していてくれているだけで私にとっては尊い存在。大変役に立つ人物なのである。


「まぁ、君達は男女。しかも付き合ってるんだもんね。別に自分の手柄を取られてもなんとも思わないか」


「あ、そこもまた微妙でして。私達は両思いの筈なんですけれど、何というか「付き合おう」みたいな言葉はお互いなくて」


 それどころか彼女面をすると叱られている。この関係を人に説明するのは本当に難しいなと私は少しだけ落ち込んだ。


(しかもキスされまくってるわけだし)


 八神君の事だから、遊び感覚で私とそういう事をしているとは思えない。思いたくはない。けれど、付き合っていないのにそう何回もキスをするのは、そしてそれを許す私は、やっぱりちょっとおかしいのかも知れない。


「まぁ、君の顔を見てれば二人が身体だけの関係って事はわかった。で、俺をどうしたいんだっけ?」


「体だけ!?まさかもう俺は……それも覚えていないなんて!!」


 田中さんのアダルトな言葉に反応しガバリと起き上がる八神君。


「ちょっと八神君。紛らわしい事言わないで!!いから黙ってて。本当に好きだから、黙って床ぺろしてて!!」


「わ、わかった。よくよく思い出せないか色々と考えてみる。俺は月野めぐると一体どこまでしたんだ?」


 一人ピンクな世界に入り込む八神君を完全に無視し私は田中さんに集中する。


「私は向こうの、コモス統合軍の母艦にいる相羽幸之助先生をあなたに助けてもらいたいと思って今ここにいます」


 最初は田中さんは盗作癖のある悪い奴だと思った。けれど、もしかしたらそれは勘違いなのかも知れない。それに相羽先生がスランプに陥るほど悩める原因を作ったのは良くも悪くも、目の前の人物。田中雄太なのである。だとしたら田中さんをリヴァイアサンに連れ帰り、二人でじっくり話をしてもらった方が手っ取り早いと私は考えたのだ。


「田中雄太さん。あなたは一体「とむにわ」の何なんですか?」


 私は大真面目な顔をして、確信に迫る言葉を口にした。


「何なのか。そうだな、俺と相羽は高校時代、文化祭の出し物として文芸部の部活動中に共作で小説を書き上げた。それがとむにわの元になる話だ」


「じゃ、二人でアイデアを出し合って書き上げた世界という事になりますよね。どうして共作で発表しなかったんですか?」


「俺には時間がなかった。大学を卒業して、俺は趣味で小説を書いている程度。それも最初のうちだけだ。入社して三年も経てばそれなりに責任ある仕事を与えられる。そのうち、俺は趣味で小説を書く事より、リアルな世界でそれなりに出世する事を選んだのさ。だから俺は、相羽に誘われた時、あの作品をもう一度書き直す。その時間も熱意もなかったんだ」


 戦闘指揮所にある大きな窓の方を向いて、顎に手を置き辛そうに眉間に皺を寄せている田中さん。苦しい表情をして語る彼は社会人である田中雄太の顔をしていた。


 その顔を目の当たりにした社会経験のない私には、彼に何と声をかけていいかわからなかった。


(それに、きっと学生の私が何を言っても、説得力がない)


 親の庇護下にいる私にはまだ夢を見る事が許されている。だからその夢を諦めて社会の歯車となり働く辛さなんて全くわからないからだ。


「俺は、人並みの幸せを求めた。相羽は、あいつは夢を追いかけた。俺が毎日スーツを着てネクタイを締め、着実に会社で認められる人間になってボーナスをそこそこ貰い生活に困る事がなくなった時、あいつはまだ小説家になる夢を諦めてなかった。バイトして執筆活動を続けていたんだ」


(就職で決定的に二人の進む道が二つに分かれた。だけどどっちの判断も正しいような気がする)


 自分で苦しんで選んだ結論ならば、どっちの選択が正しいかなんてきっと部外者は簡単に口を出してはいけないのだ。


「あいつは会う度、ヨレヨレの服を身に纏い「新しい話が思いついた」だとか「異世界転生ものが人気だし、自分も書きたい」だとかいつまで経っても現実を見もせず、そんな子ども染みた言葉を口にしていた。そんなあいつを見て俺は心の底で馬鹿にしていたんだ。こいつはいつまで夢を追い続けるのだろう。貯蓄もなく老後はどうするんだろうって。三十を前にして、未だ成功していないって事の意味、それにいつ気付くんだろうって」


(確かにそれは、色々考えちゃう状況かも知れない)


 私はその状況を想像し、私なら夢を追うか、諦めるか。どっちを選ぶだろうと考える。けれどそんなにすぐに答えが出せそうにない問題だと気付いた。だから今は自分の事に置き換えた場合を一旦保留にしておいた。


「あいつが俺にとむにわを書き直したい。一緒に書き直さないかと言って来た時、俺は今の生活が大事だと断った。けれどとむにわが世間に認められ、そして成功したあいつを見て俺の心には何故か嫉妬する気持ちが沸いたんだ」


 田中雄太さんの顔が歪んだ。そして今度は最初に会った時のまま。疾風のユウタの顔になった。


「そして、何で俺は心からあいつの成功を喜んでやれないんだって。そう思った時気付いたんだよ。俺も小説を書きたいって心の何処かでまだ思っているんだって。けれどブランクもあったし、何より昔から表現力ではあいつにかなわない。書いても誰にも評価されないんだ」


(わかる。けど、完結してない私なんて日々その気持ちと戦ってるもん)


 私はウンウンと深く頷いた。そしてあなたより低レベルな事で悩む人はここにいますと視線で励ましておいた。流石に口に出して「小説を完結したこと、ないんですよねぇ」なんてちょっとこの状況では恥ずかしすぎて口に出来なかったのである。


「そんな時とむにわの最新刊が本屋でたまたま目に入った。何となくブームになっているのが悔しくて、今まで避けていた。けれどその時の俺は気付けばふと小説版とむにわを購入していたんだ」


 そこで田中さんはふっと体の力を抜いた。


「それを読んで、俺は激怒したんだよ」


「あ、わかるかも」


 思わず私は同意のこもった相槌の言葉を口にする。


(だって、自分が書いた物が評価されてるのに手柄は全部相羽先生のものなんだもんね。一度相羽先生の誘いを断ったとは言え、何か納得出来ない気持ちはわかるかも)


 自分が同じ目にあったら、私もきっと怒ってしまうだろうと安易に想像できたからだ。


「俺は元々戦艦とか好きだったし、だから高校時代、相羽と共作すると決めた時、迷わず宇宙を舞台にする事を決めた。そういうわけでメカニックの事に関して言えば、俺はあいつより詳しいと自負している」


(なるほど、やっぱり田中さんはミリオタってやつだったのかな?)


 何となく田中さんがメカについて語る口調が熱を帯びた気がした。それにこの戦艦の内部は相羽先生の創り出したリヴァイアサンより精巧に見えた事を思い出した。だから私は「田中さんはミリオタ」だとこの時確信を持ったのであった。


「俺は発売されたあいつの小説を読んでとむにわに出て来る戦艦や戦闘機について、あいつが勝手に解釈して省いているのが許せなかった。そう思った時気付いたんだ。そうだとむにわ、あの作品は俺の作品でもあったんだって」


「あ、そっちか。だから、相羽先生のパソコンから小説のデータを盗んだんですね」


 自分が思っていた激怒の理由とは少し違う気もした。けれど田中さんが何故相羽先生の小説のデーターを盗んだのか。その犯行理由が今この瞬間判明したのである。


「そうだ」


 田中さんの独白はとても重いものだった。


(やり方はどうかと思わなくもないけど、だけど、彼の言い分もわからなくはない気がしちゃう。私はどうしたらいいんだろう……)


 私がすっかり何が正しいのかわからなくなり俯いていると、突然懐かしいとすら感じる冷静な八神君の声が響いた。


「もしかして俺、妖怪化しかけてた?君に変な事言わなかったよね?」


 私はハッとして八神君の顔を見る。すると八神君はいつもの無愛想な顔を私に向けている。


「八神君!!戻ったの?」


「え、わかんないけど。何でそんな嬉しそうなんだよ」


 何か企んでないかと疑うような視線を私に向ける八神君。私はその顔を見て何だかとても嬉しい気持ちになったのだ。そして田中さんの重い独白を聞いてどうしていいかわからなかった暗い気持ちがパーツと晴れた。


「八神君がいつものツンに戻ったからだよ!!それに、起こった事をくよくよしててもしょうがないでしょ?もう、先に進むべきなんだよ。田中さんも!!」


 私はそう言って八神君に抱き着いた。


「うわ、ちょっとやめてくれる?ひ、人前で迷惑なんだけど」


 真っ赤になりながら、本当にうんざりしたような顔を私に向ける八神君。そんな八神君を見て私の心に例のパワーが湧き起こるのを感じる。


 私はやっぱり私を嫌がる八神君が大好きなのである。

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