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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第一章
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#4 あれは現実だったようだ

「いいか、こうやって俺の携帯に本部からの指令が届くんだ。今回救うべきターゲットは横小路町子、二十八歳、女性」


 私は今八神君と念願の密室で二人きり状態だ。けれど残念な事にそこに恋人同士の甘い雰囲気は全くない。むしろ業務連絡と言った感じ。完全に上司と部下の関係である。


(でもさ、良くドラマとかの給湯室で主人公二人が「あちっ」からの「大丈夫ですか?」のちムフフとかあるじゃん?)


「ないから。いいか?君は俺のナビゲーター。つまり下僕を意味するわけ。だからあちっもなければムフフもない。断じてないってこと」


 ペシリと八神君が私の形のいい頭を叩いた。母が言うには「めぐるの頭が断崖絶壁にならないように、あんたが赤ちゃんの時、毎日右、左、抱っこを腕が痛くても頑張ったんだから。感謝しなさいよ!!」との事である。


 流石にそれは親の責務では?と思ったが、まぁ断崖絶壁にならなくて済んだのでそこは素直に親に感謝している。


 ではなくて。


「八神君、何で私の心が読めたの?」


「口に出してたから」


「あ、なるほどです」


 まさか心の声が漏れ出していたなんてと私は驚いた。そして両手を口にあて、物理的に言葉が洩れないようにしておいた。完璧である。


(あ、だけど、町子さんがターゲットって言ってた。一体町子さんって誰?)


 折角口に手を当てた所ではある。けれど私はすぐにそれをやめて口を開いた。


「町子さんがターゲットって言ってたけど、何の話ですか?」


「は?君さぁ。人の話を聞けない子なの?もしかして頭悪いの?」


「まぁ、はい。そんなに成績は自慢できるほどではありません。そもそもこの学校にもまぐれで受かったようなものですから、深海魚って感じで底辺を浮遊してます」


「浮遊って……それ既に死んでない?」


「ええ。まぁ。近い感じではありますね」


 そうなのだ。私はやたら偏差値が高い学校にまぐれで入ってしまった深海魚なのである。トップの成績を維持する、海面付近を彷徨えるくじらやイルカ、それにサメと言った人気者達とは違う。深海をのそりのそりと辛うじて這っている、良くてワヌケフウリュウウオなのだ。というか、私と同じなんて口にしたワヌケフウリュウウオに既に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「海面近くに行ったら目が飛び出しますね。確実に」


「というかさ、君は、もっと大人しい子だと思ってたけど、意外と良く喋るし、なんか、変わった子なんだな」


「それは八神君に言われたくありません。突然こんな誰も居ない文芸部の部室にいたいけない私を言葉巧みに連れ込んで。何かと思えば町子の話をするし。町子が好きなんですか?次のターゲットって、まさか町子を落とす手伝いを私にしろって事ですか?このヤリモゴモゴめ!!」


 私は悲しかった。私は八神君が確かについさっきまで好きだったし、尊敬していた。いや、今もだけれども。


 けれど完結王子の八神君に二十八歳、横小路町子を好きだなんて告白されて、そんなの地獄でしかない。だって年上好みの八神君と私は絶対に両想いになんてなれないのだから……。


 私は泣きはしなかった。けれど、ひたすらどんよりと落ち込んだ顔をこれみよがしに八神君に向けた。


(ふひひひひ。私の全身から発せられる負のオーラ―を受けとるがいい)


 私はひたすら顔に縦線を入れた人になって、フヒフヒとちゃぶ台越し、向かい側に座る八神君の顔を見つめた。


「おい、やめろ。まさかだとは思うが、君は俺とナビゲーターの契約をした事は覚えているよな?」


「アリゲーターなら……え、ナビゲーター?あれは夢ですよね?」


「現実だけど」


「え、じゃ、私と八神君が、濃厚なキッスをしたのも?」


「まぁ、それもわりと、現実」


 八神君は横を向いてポリポリと鼻を掻きながら誤魔化すようにそう言った。


「じゃ、既に私は八神君の彼女ということで?」


「は?違うけど」


 真正面を向いた八神君が即座に私の願望を込めた確認を否定した。


「え、だけどキッス……。やっぱ八神君ってヤリモゴモゴなんだ!!最低、女の敵。私のファーストキス、早く返して下さい。今すぐ!!」


 私は思わず今度こそ本当に泣きそうになった。だって考えて見て欲しい。ファーストキスがあんな亜空間みたいな所で、しかも襲われるみたいに無理矢理されて、その上親友さくらちゃんに見られているとか、もう死にたい。


(唯一の救いは、あんな状況だったけど、推しメン八神君とキス出来たってこと……え、もしかしてラッキー?逆転の発想?ピンチはチャンス?)


 その事に気付いた私の心は一気に悪魔に支配された。心の奥で悪魔が私の耳元で囁くのだ。


「私の唇をネロネロと舐め回した事を言いふらされたくなければ付き合え。今すぐ私と付き合え……ハッ!?悪魔が私の口を乗っ取っ――」


「いい加減にしろ。君が俺を好きな事はわかってる。その気持ちを利用して君をナビゲーターにした事も認める。けど、付き合うとかそういうのは、ちゃんと心が伴っていないと駄目だろ?」


「それって、つまり八神君は私の事が嫌いってこと?」


 真面目な顔で八神君に叱られた私はしょんぼりと肩を落とした。そして自分にとってきっと酷な答えが返ってくるのを承知で八神君にそう聞いてみた。


「嫌いじゃない。だけど……好きでもない。今はただの部活のメンバーの一人。それと俺の大事なナビゲーターだ」


「ナビゲーター。ええと、それはまさか、夢の中でさくらちゃんが言ってたやつのことですか?」


 ここまでくると流石に私も亜空間で遭遇した驚きの出来事が、実は現実だという話も信じる気持ちになった。もし私だけに都合のいい夢だったならば、八神君は私とキスした事を認めないはずである。


(それに今までそんなに会話らしい会話なんてした事なかったのに、現在部室に二人きりで居る。これがまずおかしいもん)


 案の定八神君はふぅーと本当に呆れたような長いため息をついた。


「そう。俺も夜桜さくらも執筆パトロール隊の隊員だ。執筆パトロール隊はこの世界に溢れる作者不明による浄化されない作品に溜まる作者、読者の怨念を晴らす事を目的に設立された政府の秘密機関。とは言え、今は作者不明の小説以外でも、怨念、妖怪関係の取り締まりは俺らの管轄になってしまっている部分はある」


 私はうんうんと頷いた。確かに亜空間でその事はさくらちゃんに一度聞いたからだ。その時私は「良くできた設定だな」と「今度その話をパクって小説書こうかな」などと考えていた気がする。


(なんせ夢だと思っていたから)


「そもそも小説には人間の様々な思いがこもりやすい。勿論書き手もそうだが、作品を読みながら自分の置かれた状況をトレースする人間が多いのも原因だ。君だってそうだろう?小説を執筆する時や読むとき、恨み、悲しみ、喜び、様々な感情を抱くはずだ」


 八神君の言葉に私はまたうんうんと頷いた。確かに小説には良くも悪くも多大な熱量を持って接している方だ。だから私は部活に文芸部を選んだのである。つまり八神君の言う通りだと思った。


「その中でも特に問題なのは、負の感情や悩みを持つ人々の怨念だ。小説を読む事により、自らの秘めた怨念を周囲に発散し、一定数その怨念が溜まると妖怪となってしまう事が確認されている。人が異世界転生し行方不明になってしまうのは、そんな怨念妖怪エタルンが作者を、読者を現実世界からリクルートし、まやかしの異世界に連れ去ってしまうからだ」


「リ、リクルート。就活とはおさらばってやつ。そこは微妙に羨ましいような、羨ましくないような」


 大真面目な顔をした八神君の言葉に私は驚いた。けれど同時に心底ホッとしてもいた。何故ならば私は小説を執筆するが、それを何処かに公表した事はない。ネットの荒波に漂流させた事もなければ、完結させた事もないのである。


(ふふ、完結出来ないスキルがこんな所で役立つとはね!!)


 私はそう得意げな顔をした。完結出来ない事をこんなに嬉しかった事は人生ではじめてだ。


「君だって、夜桜がお前を保護しなきゃ、やばかったんだぜ?」


「えっ?けど私、誰にも見せてない……あ、一回だけある」


 私は瞬時に自分の黒歴史を思い出した。あれは忘れもしない中学二年の夏。超大作と名を打ち、私は当時の想いを書き溜めた。


 そう、思春期特有の親に対する「生まれてたくて生まれてきたわけじゃない」から社会への「勉強したって、私の人生結局はサラリーガール!!むしろ少子化待ったなしで年金を貰えない!!」という反抗期丸出しの作品。


『人生諦めたら異世界転生したのち悪役令嬢になってぎゃふんをしたら、ぎゃふん返しにあったけど最後は第二王子に愛を囁かれ年金生活でつつましやかに暮らしそれなりに幸せになる件について』


 という、もう何が何だか自分でも良くわからない話を確かに書いた。そして案の定途中で挫折した。


(確かあの時、仲良しだった子達に「続きが読みたい」そんな風に言われて調子に乗ってみんなに見せてたんだっけ)


 今思えば、よくあんなものをという作品だ。けれど当時は友達の「続きが気になる」「面白かった」という声を励みに夢中になって執筆していた。その結果、夏休み開けに行われた二学期の中間テストで爆死。これはまずいと両親に無理矢理塾に通わされ、その結果、執筆する時間がなくなった。そしてその小説はそのまま未完結の状態でお蔵入りになっているのだ。


「思い出しただろ?君の書いたあの小説には当時、君の友人だった者達の怨念がかなり詰まってた。あのままじゃ、君か君の周りの誰かがまやかしの異世界に飛ばされて妖怪化。もう二度と君の前には現れなかっただろう」


「え、こわい。って待って。私が恨まれていたってこと?」


「それもあるかも知れない。君が執筆をやめたら続きは一体誰が書く?読者はいつまで待てばいい?そういう気持ちは怨念化しやすい。それに、君自身の完成出来なかったという負の心。それもまた怨念化にはもってこいだ」


 正直八神君の口にする事は馬鹿げている。そう思う。


 けれど、確かに世の中に未完結の作品は多い。勿論中には大変残念だけれど作者がお亡くなりになってしまい先が読めなくなるパターンもあるだろう。


 けれど大半はそうではない。


 現在私の住む世界はインターネットが発達し、簡単に自分の作品をボタン一つでネットの海に漂流させる事が可能になった。その結果発表される作品の数は膨大に膨れ上がりその分未完結、つまり作者が「エタる」現象を読者である私達が目にする機会は増えた。そしてその事を残念に思う人が多いのが現状だ。


 そしてきっと一番悔しいのは作者自身。何故なら続きを書かない限り忌まわしい文字が小説投稿サイトに一生表示され、自らの汚点としてインターネットの荒波を一生彷徨いつづけるからだ。


「この連載小説は未完結のまま○ヶ月(もしくは○年)以上、更新されていませんの呪いの血文字……」


「俺たちは内閣総理大臣所管の国家公安執筆パトロール隊。秘密裏にこの連載小説は未完結のまま更新されていませんの呪い、通称「未完の呪い」に集まった小説の怨念を払う、そして小説の作者、読み手、世界中の人達が作品に怨念を溜めない事。それを目的として活動している秘密組織の一員だ」


「怨念がたまるとエタルンによってまやかしの異世界に飛ばされて妖怪化しちゃうのか……小説ってなんか怖い」


 気軽に思いつくまま書いている私。そんな私の拙い作品でさえ怨念妖怪エタルンに目をつけられてしまうのならば、もう小説を半端な気持ちでかけないと私は絶望的な気分になった。


「俺たちが妖怪化を止めないといずれこの世界で発表される小説は作者が全てエタり、未完結の作品ばかりになってしまう恐れがある。だから早めに手をうつ。そのために俺は執筆パトロール隊の捜査官をしている。小説は書くのも、読むのも好きだから」


 八神君が誇らしげに自分の使命みたいなものを私に教えてくれた。私には難しい事はよくわかない。だけど、出来れば気に入った小説はやっぱり最後まで読みたい。そして自分もいつかちゃんと完結できるようになりたい。


(だってまだ妖怪にはなりたくないもん)


 私は心底そう思ったのであった。


「それで、君は俺のナビゲータ。つまり相棒だ。君がサイコな力、ええと、超能力みたいな事が出来るようになったのは、俺との粘膜接触により君の体に残留するように設計された特殊なチップを流し込んだからだ」


 八神君は敢えて業務連絡を告げるように簡素に、私と交わしたキスの事をそう説明した。


「そこは出来れば粘膜接触ではなくて、キスもしくはキッスと言って欲しいような……ってえ?私ってもしかしてサイボーグになっちゃったの?人造人間?え、それは困る。ピアスの穴を開けるのだってお母さんが「私が産んだ。つまりあなたの体は私の一部!!傷をつけるなんてダメ」って言って大変だったんだよ?人造人間になったなんて、そんなの言えないんだけど。ちょっとそういう大事な事は先に言って欲しかった」


 私は恨めしそうに八神君を睨んだ。八神君の事は好きだ。けれど母に叱られるのは面倒だし出来れば避けたい。


「ごめん。それについては悪かったと思ってる。だけど、時間がなかったっていうか。と、とにかく俺が言うのも何だけど、ナビゲータの更新は一年単位。だから、一年後君がもう俺に愛想をつかせてやめたい。そうなったらすぐにその能力を解除してもらう事は一応可能だけど……」


 突然私の知る八神君らしくボソボソと小さな声で口ごもり気味に言葉を発する八神君。どうやら昨日の事についての謝罪、それからナビゲーターの契約システムについて私に説明をしてくれたようだ。


 ボソボソ話す八神くんを見て私はもしかしたら八神君は私にナビゲーターをやめて欲しくないのかも知れない。やめてほしくないから契約の事について口ごもっていあるのかも知れない。そんな風に自分に都合よく解釈した。


「わかったよ。とりあえず、もう仕方ないから色々と受けいれるけど。あ、そのさ、粘膜接触は一回だけなのかな?」


「君は俺のナビゲーターだから、俺の力とリンクしている。君か俺、どちらかがパワー不足になったら、その時は粘膜接触でお互いのパワーの残量を分け与える事は出来るだろうけど」


「うっ、私、やばい。今、圧倒的にパワー不足……」


 私は持てる力の全てを具合が悪そうという演技力に注いだ。迫真の演技である。


(全ては、またあの濃厚なキッスのために……)


「あのさ、やっぱ君って相当、やばいな。月野、めぐる、さん」


 八神君は私のフルネームをいちいち確認するように言葉を切って口にした。


 そんな八神君に対し、苦しむ顔を見せてパタリと部室の畳の上に倒れた私。


 そんな私を思わずといった感じで八神君が見下ろしている。


 彼の顔に浮かぶのは「やれやれ」といった呆れた感じ。だけど普段私に見せていたものより、少しだけ親密に見える自然な笑みだった。だから私はそれで手を打った。充分八神君のレアな笑顔に満足したからである。

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