#23 八神家と月野家の遭遇1
国家機密に関わる事だからと母と私は学校から黒塗りの車に乗せられて、八神君のご自宅までドライブという名の誘拐気分を味わった。
そして到着した八神君のご自宅は純日本様式といった格子戸の門がバーンとそびえる豪邸。既にその門の前に立った時点で私と母は速やかに回れ右をし帰りたい気持ち満載だった。
けれど、八神君のお父様がそれを許してくれるはずもなく、そのまま門を潜りご自宅の玄関まで歩く事になった。
「ねぇ、大丈夫なのかな?本当に八神さんて警察庁の人なの?なんか……」
裏家業っぽいよね。としっかりと顔に書いてある母。それもそのはず、和風な門から家の玄関まで松の木やら、ししおどしやら、よくわからない大きな石やら。普通の家では滅多にお目にかかれない、日本風なあれやこれが満載だったのだ。
「本当にオレオレ詐欺とかに加担しているんじゃないわよね?」
私の腕をしっかりと握りしめる母は、八神君のご自宅の玄関に到着した時点で既に疲労困憊。涙目になっていた。
挙句、引き戸の立派な玄関をカラカラと開けると、どどーんと大きな額縁入りの筆字が飾ってあった。問題はそこに書かれた文字。書家が書いたような達筆な筆字で「忠義」と書いてあったのである。
「めぐる。あんた本当に大丈夫だよね?」
それこそ高梨君の愛するゾンビに近い血の気の引いた顔で母が私に力なくそう尋ねてきた時には、もうなんか色々話す気にもなれなかった。何故なら私も相当びびっていたからである。
「や、八神君ちって、ご、豪邸なんだね」
「そうかな。俺はこの家で育ったから普通だと思うけど。でも君がそう思うなら豪邸なのかもな」
特段興味もなさそうにそう返されて、あぁ本当のお金持ちなんだな。そう私は八神君の事を少し遠く感じた。
今の時代、恋に身分の差などない。そう思いがちだがそんな事はない。付き合っていく上で価値観は大事。そして価値観は大抵育った環境で育まれていくのである。
(マンション住まいの我が家と豪邸一軒家住まいの八神君。その差は歴然。きっと結婚しても野菜の値段で揉めるんだ)
私はその事に思いつき、どんよりとした気分になったのである。
とにかくそんな豪邸の一室に母と私は拉致された。
「私は仕事柄、政府に近い場所におりまして。それで我が息子にも取り扱いのとても難しい、デリケートな仕事を手伝ってもらっております」
「そうでしょうね……」
母は私達と並んで座るソファーの前にあるローテーブル。そこに置かれた八神君のお父様から頂いたばかりの四角い名刺に視線を送りながら納得した声を出した。
そこにある名刺には「警察庁 警視監 八神八雲」と明朝体でシンプルに書かれていた。シンプルなのが八神君のお父様が警察庁でとても偉い人なのだと知らしめているようで、やっぱり怖かった。
「これから話す事は、一部の者にしか知らされていない事実です」
八神君のお父様の言葉に、ゴクリと母が咽を鳴らしたのが私にもわかった。
「月野さん、あなたは妖怪の存在を信じますか?」
大真面目な顔で、立派な肩書を持った大人の口からとんでもない言葉が発せられた。あまりに非現実的すぎる光景にてっきりこれは夢なのではないか?私は一瞬そう思ってしまった。
けれどさり気なく膝の上で重ねた手をつねったら痛かった。だからやはり現在八神君のお宅に母とお邪魔している事は、残念ながら現実であるようだ。
「妖怪ですか。あぁ、妖怪関係の。なるほどそれでめぐるを」
「えっ、お母さん?いいんだよ?物わかりのいいお母さんを演じなくても。ちゃんと驚いても誰も責めないと思うけど」
何故か「なるほどね、妖怪」とすんなりと受け入れている様子の母に私はそう助言した。流石に先生の前ではないし、そこまで「いい母」を演じてくれる必要はないのである。
「あぁ、ごめんなさい。めぐるはまだ先かなぁって思って言ってなかったんだけど。月野家ってどうも昔からそういう妖が見えちゃう家系みたいなの。だから、あぁついにめぐるも見えちゃったかって。やだ、今日はお赤飯を買って帰らないとだ」
母はそう言うと「あそこの、角の所のお惣菜屋さん、あの店って何時までやっていたっけ?」などと主婦の顔に戻っていた。
「え、ちょっと待って。じゃ、お姉ちゃんも、お母さんもお父さんもみんな妖怪が見えるの?」
「お父さんは見えないと思う。ほら、婿養子だし。みくるは見えてるんじゃない?けどみくるって陽気な子でしょ。だからあんまり陰気な妖怪は見えないみたい。私もどちらかというと、みくるみたいに陽気な妖怪しか見えないかなぁ」
母は顎に手を当て「今日の天気はどうかな?洗濯は外干し?それとも乾燥機?」くらいの気軽さで私にとっては衝撃の事実を口にした。
「月野……月野……あぁ、なるほどあなたがあの月野家の」
今度は八神君のお父様が今までこちらに見せていた、探るような少し怖い感じの表情を完全に崩した。そしてスッキリとした顔になり、それから親しみやすい優しい笑顔を私達に向けた。
(一体何が大人達に起こっているの?)
『さぁ?とりあえず君の今日の夕飯がお赤飯だってことくらいしか、俺には理解できていない』
八神君の呑気な返答が頭に響く。でも確かに母が口にした言葉から推測するに、私も自分の夕飯がお赤飯だと言う事はわかった。つまり妖怪が見えるという事は、我が月野家にとってめでたい、大人の一歩的な扱いなのだろうと、それは何となく理解できた。ちょっとお赤飯は大袈裟で恥ずかしい気もするけれど。
「あぁすまない。きちんと説明をしなくてはな。我が国に古くから伝わる、竹取物語という古代小説を君達は知っているだろう?」
私と八神君がポカンと間抜け面を晒していたのに八神君のお父様が気付き私達に向け口を開いた。
(竹取物語ってかぐや姫だよね)
『うん。何か見えてきたかも』
(え、私にはわからないけど)
『君の苗字に関係するんじゃないかな』
八神君は一人先を歩いて行ってしまったようだ。私は自分の事なのに話の先が見えない。それなのに八神君は大人達が見せる「なるほど」といった納得の表情を私に向けた。完全に裏切りである。
「その竹取物語のかぐや姫は月から来た者だと解釈される事が多い。そして物語の中で最後に月に帰るとされているのだが」
「実はかぐや姫は少々やんちゃで、既に帝とねんごろな関係になってて、赤ちゃんを産んでその子を地球に残し、それで月に帰ったんですって。あ、勿論めぐる達は、自分達で子どもを養えるようになるまで、そこはしっかりとね。えっと、何の話だったかしら?」
私の母は最低である。常日頃から性教育に対しオープンな家庭ではあると思ってはいたが、それが許されるのは家庭内でのこと。八神君の前で恥ずかし過ぎるのである。それに母は「めぐる達」の所でしっかりと八神君の顔も見ていた。つまり私達が付き合っている。そう勘違いしているに違いないのだ。
案の定母の言葉を受け、八神君が真っ赤になって俯いてしまっている。
(ご、ごめんね。キスしかしてないのに、ほんとごめんね)
『やめてくれる?追い打ちをかけないでくれるかな、月野さん』
八神君に一応謝罪の言葉を述べたが、素っ気なく返されてしまった。
「かぐや姫が子を残して去ったという所です。月野さんの末裔はかぐや姫と帝の子から連なる由緒正しい血筋の家系。だから不思議と妖が見える。そうですよね?」
「ええ。妖に好かれやすいみたいで」
おほほほほと母は呑気に笑って、和やかな雰囲気になっている。
「え、じゃあもしかして私が怨念を引き寄せやすいのって」
「血筋だろうな」
八神君がきっぱりそう言い切った。だから私も「なるほどだからなのか」と何となくストンと受け入れた。だって妖怪が見えるのは本当だし、怨念がどうやら私の周囲に漂いがちなのも事実だったからだ。
(それにかぐや姫の子孫って、ちょっと恰好いい。私に付加価値が着いたって感じ)
『そういうもんなのか?』
(多分そういうもんだよ)
私は八神君に心で答えながらニコリと笑う。だってこうやって親のいる前でこっそり八神君と会話が出来る。それはもうわたしのかぐや姫の子孫としての血のお陰に違いないと、私は確信を持ってそう思ったのであった。




