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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第三章
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#22 進路相談は波乱の始まり

「めぐるさんは文学部志望ですよね。まぁこのままの成績でも何とか大丈夫だと思います。そう言えば、お姉さんのみくるさんは政経でしたっけ。そこを目指すとなるとめぐるさんはもう少し頑張る必要があると思います」


 我がクラスの担任、アラフィフの田中先生がハッキリと我が麦田大学の花形学部。政治経済学部は私には無理だと口にした。


「みくるとめぐるは性格も趣味も随分違いますし。何より本人が文学部に行きたいと言っているので、我が家は本人の希望を尊重しようかと思っております。それより学校でこの子、ちゃんとやっていますか?」


 私の隣に座る母は紺色の上下のスーツに身を包み、お化粧もバッチリ。言葉遣いも余所行きで、まるで見知らぬ奥様だ。けれどそれは我が母に限った事ではなく、毎年この時期恒例の光景である。


 そう、私は今三者面談の最中なのである。


「めぐるさんは、後期になって図書委員に自ら立候補してくれました。私はそれが嬉しかったですねぇ。今まではあまり目立つ感じではなく、学校では穏やかで静かに過ごす事を好まれているようでした。けれど自ら立候補してくれた。クラスの役に立つ事に積極的になってくれたのはとてもいいですね」


 田中先生はそう言って私にニコリと微笑みかけた。いつもはジャージだったりするのに、今日の先生はパリッとした背広に身を包んでいる。三者面談は母と先生、余所行き同士の戦いだと私は呑気にそんな事を考えていた。


「月野さん、どうして急に立候補してくれたんだい?」


「あ、ええと、それは、本が好きだから……です」


 突然振られた先生からの問いかけに無難に答える私。完璧である。


(実際は先に八神君が図書委員になったって聞いてたからなんだけどね)


 それでも立候補するのは緊張したし、何といってもさくらちゃんが一緒にやってくれると言ってくれた事が大きい。一人なら、絶対勇気がなくて立候補なんて無理だった。いくら愛の力があっても私にとっては人前で目立つ事による恥ずかしさの方が強敵なのである。


「そう、めぐるが図書委員に。でも安心しました。それは私にとっても嬉しいお知らせですわ」


 隣に座る母が私に優しくまるで聖母のように私に微笑みかけた。


(おえー。お母さんやりすぎ。もう十分いいお母さんはアピール出来てるから)


 母が私に見せる普段とのギャップに少々気持ち悪さを覚えつつ、私の三者面談は無事につつがなく終了した。


「ふぅ、超疲れたわ。これで後は三年までないもんね。あ、でも成績が下がると呼び出される危険があるんだった。めぐる、お母さんの事を大事に思うなら、お願い赤点は取らないでね」


「はーい」


 我が家の母はグラフィックデザイナーだ。というと恰好いいけれど、実際は母が得意とする紙媒体のチラシが激減しているので、最近は掃除機の取説など母曰く「白黒でつまらない」仕事を定期的に在宅でこなしている。


『今日は在宅で朝からPCの前にいたし、お化粧してないからスーパー行きたくない。めぐる帰りにお買い物してきて』


 こういう事が頻繁にあるくらい我が家の母は出不精である。だから年に数回しかない保護者会も「やばい、服が入らない!!」や「そもそも着てく服がない。美容院も行かなくちゃ。あ、ネイルもだ!!」などと毎回大騒ぎなのである。


(ま、ほんとありがとうとは思ってるけどさ)


 行きたくないを連発する母ではあるが、何だかんだで大事な時はきちんと綺麗な恰好をして出席してくれるのでこちらとしては有難く思ってはいる。


「では、他に何かありますか?」


「いいえ、大丈夫です!!」


 食い気味に母が「これにて終了で」という気持ちの籠もった「大丈夫です」という言葉を全力で口にし、私の三者面談はあっさりと終了した。


 そもそも目立たない、特段成績がいいわけでもない。今回もギリギリではあったけれど赤点も回避した。付属大学の人気学部の推薦枠を狙ってもいない。あげく姉の時にこの学校のシステムを経験済みの母とくれば、先生にとってもクレームなく安心案件な月野家なはずである。つまり私の三者面談はあまり意味がないとみんなが思っているに違いない。


 そんな事を考えながら廊下を歩いていると前方から自由なアホ毛を持つ愛しい人の姿が私の目に映り込んだ。


「あ、八神君だ」


 私が母と歩いていると、K組の教室から八神君が丁度出て来た所だった。


(八神君はお父さんなんだ。ってまさか、将来のお義理父さま!!)


 私の心の声が聞こえたのか、八神君がチラリとこちらを見た。


(あ、不貞腐れてる。何かあったのかな?)


 いつもぬぼーっと見える八神君ではあるが、ああ見えて意外に表情豊かな所があるのだ。今日の八神君はむくれている。三者面談後という事から察するに、きっと将来の事で父親と見解の違いでもあったのかも知れない。私はそう当たりをつけた。


(八神君、私、無視した方がいいよね?)


『別に』


 八神君が前方に迫り、一応私は話しかける前に八神君に心でお伺いを立てた。いつもならば飛びつく勢いで話しかける所だ。けれど、生憎今日はお互い保護者同伴。何だかちょっと気まずいかな、そう思ったのだ。


 しかし意外な事に八神君から話しかけてもいいとお許しが出た。ならば迷わず話しかけるのみである。


 私は前髪をサッと直し、今日に限って下ろしていた背中まで伸びた髪をサササと撫でて整えた。何せ将来のお義理父様になる人にこれから挨拶をするのだ。第一印象はすこぶる大切なのである。


「コホン、コホン、あーあー」


「やだ、めぐる。風邪引いたの?」


(違うから、声の調子を整えていただけだから!!)


 心で母にそうしっかりとツッコミを入れ、私はついにこちらに向かって歩いて来る距離が迫った八神君に向け第一声を発した。


「あ、八神君。ごきげんよう」


「「え?」」


 今の「え」は八神君と、そして私の母だ。


「やだ、どうしたの、めぐる。ごきげんようだなんて。お嬢様ごっこが流行ってるの?もしかして女子高に行きたかった?」


 母が容赦なく私の多少ぎこちない挨拶に食いついてくる。全くこういう空気が読めない所があるから、お母さんという人種には困ったものだと私は思わずため息が出そうになった。


「お前の知り合いなのか?」


「あ、うん。部活で一緒の月野めぐるさん」


 八神君のお父様は目つきの鋭いイケテルおじさん、通称イケオジだった。スーツの着こなし方もピシッとしていて、何より私を見るや否や頭の天辺から足のつま先まで素早く視線で確認したのである。


(やば、こいつ只者ではないな)


「ぷっ。やめて、月野さん、笑える事言わないでくれるかな」


 八神君が思わずと言った感じで私の心に反応し、思った事をそのまま口に出してしまった。これは非常にまずい状況である。私と八神君がサイコな関係だとバレてしまう。親と言うものは、案外子どもの異変には素早く、そしてうざいくらいに気付いてしまう要注意生物なのである。


 案の定、母は八神君の顔を見て、私の顔を見て、また八神君の顔をみて、ニヤニヤしだしてしまった。


「や、八神君。嫌だなぁ。私は今笑える事なんて言ってないのになー」


 私は取りあえずその場を取り繕うように、誤魔化しの言葉を全力で口にする。既にセーラー服の背中に嫌な汗をかいている気がする。


「もしかして、君は息子のナビゲーターなのか?」


「アリゲータ?えっ、ワニ?彼女じゃなくて?ワニ?」


 この親にしてこの子ありとはよく言ったものだ。私はアリゲーターと聞き間違えた母の気持ちが非常にわかる。わかるけれど、現場は大混乱である。


 何故八神君のお父様が私の事を八神君のナビゲータだと見破ったのか。そして案の定母が私の秘密裏にしている八神君への恋心を見破っているっぽい事。そして八神君が必死に笑いを堪えている事。もう大ピンチが厄介だ。


「俺の父親、警察庁に勤めてるから。その関係で俺も君に手伝ってもらっている仕事をやらされているってわけ。言ってなかったけど」


「そ、そうなんだ」


 私は八神君の今更な説明に取りあえず返事をした。


(そう言う事は先に教えておいて。何故ならば……)


 チラリと横にいる母を見上げる。するとまぁ、予想通り。


「めぐる?仕事を手伝うって何?高校生まではアルバイトはしちゃダメって約束でしょ?そんなにお小遣いが足りないのなら、ちゃんと理由を添えて私達に相談すればいいでしょう?内緒はよくないわ。そして嘘はもっと良くない事よ」


(ですよねぇ)


「えっ、まさか君、ご両親にちゃんと言ってなかったのか?」


(そりゃ言えないよ。濃厚なキスをしてナビゲータになりましたとかさ)


『濃厚なの部分やキスってとこも誤魔化せば言えたんじゃ』


(嘘は駄目って言ってたし)


『今更な気もするけど』


 全く他人事にむしろこの状況を楽しむかのような八神君。先程まで不貞腐れていたのは確実に彼の方だった。けれど今は私が不貞腐れた気分と顔をしている。


「そうですか。お嬢様が息子の。大変申し訳ございません。未成年でありますし、こちらも先に月野さんのご両親にお伺いを立てるべきでした。今日はこの後何かご予定はございますか?なければ是非、息子とお嬢様の仕事についてお話をさせて頂きたいのですが。これは国家の安全に関わる事ですので、是非」


 八神君のお父様が有無を言わさぬ勢いで、母に前のめり気味に説明をした。


「国家の安全ですって?めぐる一体何に手を出したの?オレオレ詐欺とかじゃないでしょうね?」


「ち、違うよ。だいぶ、正義の味方側だと私は思ってるけど」


 キリリと私を睨む母。思わず私はその視線に耐えられず、視線を逸らした。


「わかりました。今日はとことん八神さんのお話にお付き合いさせて頂きますわ!!」


 こちらもやはり前のめり気味に、八神君のお父様からの申し出を了解する母。


 その姿は子どもの事には全力になりがちな、模範的で、そしてとても私達子どもにとっては厄介なお母さんの見本そのものであった。

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