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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第一章
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#2 第一の島エリー島、第二の島だらけ島

「そっか、七尾(ななお)さんはコドカワの短編、間に合ったんだおめでとう。特別考査の試験もあったのに、ほんと、偉いと思う」


 少し癖っ毛の、所々アホ毛を飛び散らし、自分で切っているのか不揃いで少し長めの前髪の少年。文芸部のスター「完結王子」こと八神とばり君はボソリとそう七尾あみかさんに言葉をかけている。


(七尾さんは出せたんだ……)


 八神君のお隣。完結王子の隣はいつだって完結女王七尾あみかさんの指定席。


「そんな事ないよ。八神君も今度の中学館のラノベ大賞に応募するんでしょ?あっちの方が最低十万字だし大変だと思うな」


(十万字……もはや雲の上の会話でしかない)


 私は地獄耳状態で八神君と七尾さんの会話を盗み聞きしながらカタカタとノートパソコンのキーボードに指を滑らせている。


「あ、そう言えば、めぐるちゃんも短編に応募するって話してなかったっけ?めぐるちゃんは、間に合った?」


 七尾さんの可愛らしい声が私の名前を口にした。


(何で私に話を振るんだろう。みりゃわかるじゃん。しかも二の島の住人である私をそちらの高尚な会話に混ぜないで欲しいんだけど)


 私はつい七尾さんに八つ当たり気味に心の中で毒を吐いた。けれどそれは全て私が悪いわけではない。


 何故ならば、部員数の少ない文芸部に割り当てられた教室の狭さ。そこにまず問題があるのだ。


 そもそも文化部の花形は吹奏楽部オンリー。その他はあってないようなもの。そのあってないようなもの扱いされる文化部達は、毎年契約更新という新入生勧誘の儀式において、各部の存続をかけ、部員確保の熾烈な争いを繰り広げているのである。


『今年こそ!!』


『『『絶対合格するぞー!!』』』


 もはや何の掛け声かわからない。けれど、とにかく一致団結した文芸部のメンバー四人。


 結果はご覧の通り。


 今や文芸部の部員は部の存続の為、名前貸しの幽霊部員を入れてもたったの八人しかいないのだ。


(文化部の中でもワーストナンバーワンですね!!)


 その結果私達文芸部は、何故か左右を運動部の更衣室に挟まれた、とても、物凄く、究極に狭い部室という名の更衣室で日夜執筆活動に精を出しているという状況である。


 しかし悪い事ばかりではない。前入居者であるサッカー部の汗臭い男子臭が残る部屋に、文芸部OBの先輩からのご厚意により畳が敷かれたのはつい先日のこと。


 家で使わなくなった電気ケトルを持ち込み、最近ではみんなでお茶も出来るようになったのだ。(勿論消臭剤も部費で購入済み)


 しかし、日々快適になるその部屋の中で変わらないものがある。


 それは部屋の中に置かれた二つのちゃぶ台の存在だ。


 長方形を形どる部室に唯一設置された貴重な窓。丸いちゃぶ台の一つはその窓際に置かれている。つまりそこは日当たりのいい一等地だということを意味する。


 そしてそんなVIPな場所を陣取っているのは、完結スキルを持つ天上界の住人。八神君と七尾さん。我が文芸部のエリート達である。


 二人は既に完結を経験し、本気で作家になりたいという夢を持ち、日夜執筆に励んでいる。そんな意識高い系の島、通称エリー(とう)に居を構えるエリート住人なのである。


 対する未完結の女王である私は、冬は寒さに凍え、年中無休で窓からの優しい光が一向に届かないという劣悪環境に身を置いている。廊下側に設置された隙間風が入り込む第二の島の住人だ。


 完結出来ない私の周囲を固めるのは、さくらちゃんのみ。


 最近二の島では完結を諦め「この本がよかった」「これはあんまりよくなかった」「はい、自滅の刃の五巻を貸してあげる」といった会話が頻繁に交わされ「作家になりたい」という当初の希望を早くも諦めかけた者の集まりになっている。


 つまり、でもでもだってと完結できず、怠惰に身を任せまくった意識低い系の住人が集う島。それが私の住む第二の島。通称だらけ(とう)なのである。


 明らかに一の島と二の島には意識的、スキル的な格差がある。それは日々暗黙の了解となり、各々の領海を犯さぬようひっそりと静かにお互い線引きをして活動しているのだ。


 つまり、何が言いたいかと言うとエリー島の住人である七尾さんが私に話かけてくるのは、私にとって非常に迷惑だという事である。


 しかしただでさえ部員が少ない中、わざわざ荒波を立てるほど私は馬鹿ではない。だから心の葛藤をひた隠し七尾さんにはこう答えるのである。


「えーと、何か色々忙しくて、へへ」


 私はふにゃりと笑って七尾さんの質問「間に合った?」に対し誤魔化すようにそう答えた。


「そっか。確かに特考(とっこう)の方が大事だもんね」


 七尾さんの言葉がグサリと私の胸に突き刺さる。


 付属大学の行きたい学部へ行く為に、それなりの点数を必要とされる特別考査試験。確かにそれは大事だ。けれど私だって公募に間に合わせたかった。八神君に「偉い」とボソボソと褒められたかった。しかし不出来な私は勉強を取らざるを得なかったのだ。


(って言うのはいいわけだよね)


 出来る人は何でも出来るのだ。言い訳を言う時点で私は七尾さんに負けているのである。


「月野さんは、次は何を目標にするの?」


 ボソリと八神君の口から私の苗字が飛び出した。私はその場で小さく肩をピクリとさせる。


(え、次?次なんてまだ考えてないよ)


 流石意識高い系であると私は納得する。一個公募が終わったらもう次だなんて、完結できる人は違うのだ。


「わ、私はまだ今書いてるやつ、これをもう少しまとめるつもりです」


 八神君とは同じ学年である。けれど完結できる八神君は私にとって神様のような人。だから崇拝の気持ちが勝り、ついうっかり私は敬語で返答してしまった。


 そもそもだらけ島の住人である私はエリー島の八神君とあまり喋る機会もない。だから、口にした言葉をそんなに噛まなかっただけでも素晴らしいと自分を褒めておいた。とても健気だ。


「そっか。まだ完結してないんだもんね。頑張って」


 八神君は口元をクイッとあげて私に微笑んだ。完結王子の尊い笑顔だ。


(う、八神君のアホ毛になりたい)


 私は咄嗟にそう熱望した。けれどすぐに八神君は私から視線を逸らし、七尾さんと向き合って、カタカタとキーボードを鳴らしはじめてしまう。部活中にあるかないか神のみぞ知る貴重な完結王子と触れ合いの時間終了のお知らせである。


「あのさ、めぐるちゃん、今日八神君に告白しないの?」


 私と同じだらけ島の住人、さくらちゃんが小声で私に聞いて来た。


(こ、こ、このっ、ばかちんがッ!!)


 こんなに狭い部屋で固有名詞プラス告白なんて口にしてはダメだ。私の心のオアシス、八神君と同じ空間に二度と足を踏み入れられなくなってしまう!!


 そう焦った私はさくらちゃんをジッと怖い顔で見つめる。


「お静かにさくらちゃん。もうそれ以上はダメ。ほら大人しく自滅読んでなさい」


 私はさくらちゃんがちゃぶ台に置いた、大人気少年漫画「自滅の刃」の五巻をツツツとさくらちゃんに向かって「口を閉じろ。これを読め」と態度と視線で示した。


「大丈夫だよ。八神君、耳からうどんして集中してるし」


 さくらちゃんの言葉を聞いて、私はハッとして振り返る。すると確かに八神君は通称耳からうどん。確かにうどんと完全一致した見た目を持つワイヤレスイヤホンを耳から垂らしていた。


「危なかった。うっかりモブCの秘めたる想いを聞かれる所だったよ」


 私がそうホッと肩を下ろした瞬間、立て続けにあり得ない事が起こった。


「ねぇ、めぐるちゃんって、とばり君の事が好きなの?」


 突然、だらけ島に居てはいけないエリート様が私の隣にちょこんとしゃがみこんだのである。そしてあろうことが、私に小声で爆弾を投下したのだ。


「え?なんで七尾さんがこちらの島にいるのかな?ええと完結の女王様のお席はあち――」


「私はとばり君が好きだよ。大好き。じゃ」


「え……」


 七尾さんが明るく、まるで「今日の夕飯はカレーだよ」くらいの軽さで口にした言葉に呆気に取られる私。


「宣戦布告されちゃったね」


 さくらちゃんはそう言うと、自滅の刃をクスクスと笑いながら読み始めた。


(自滅の刃って、そんなに笑えた話しだっけ?)


 私はとにかく七尾さんの言葉の意味がわかりたくなかった。だからその日はそんな風に現実逃避しながら、結局さくらちゃんと自滅の刃を読んで部活を終えたのであった。

※この小説はフィクションであり登場人物、団体名等は全て架空のものです。実在のものとは一切関係ありません。ありません。大事な事なので二回。

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