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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第二章
19/83

#19 高梨れんの場合5

 私と八神君は私のミラクルで暴力的な攻撃によって出来た空間を、次のゾンビが復活する前にと必死で走り抜ける。


「ねぇ、八神君。私気付いちゃったんだけど。ここはマオコーマーケットプレイスかも」


「え、何それ?」


「うちの地元のオアシス。何かこの並び、見た事あるなって思って」


 私は走り抜けながら左側に並ぶお店の看板に目をやった。そこには千円カットのお店や、百円ショップが並んでいる。そしてこの先にはトイザラウスという大きな玩具屋さんがあるはずだ。


「あ、やっぱトイザラウスだ。あそこでお姉ちゃんが「どうぶつの林」同梱版ウイッチが欲しいとか言い出して。私は去年の年末にさ、なんと朝七時から抽選会に参加する券をゲットすべく寒空の下一緒に並ばされたんだよ。ま、私が華麗に当てたんだけど」


 私は見慣れた地元のトイザラウスを発見し、それに付随する姉との思い出を少し自慢げに八神君に説明した。


「え、それって凄いな。ネットでもニュースになってたやつだよね?転売ヤーが無駄に購入したせいで、ウイッチが全国的に品薄になったって」


「そうそう。本当に欲しい人の邪魔をして自分だけ儲けようとするなんて酷いし、何より人の作ったもので儲けようとか全然クリエイティブじゃないし、何かそう言う人生って惨めだよね。将来転売ヤーにだけはなりたくないよ、私」


「転売ヤーになろうと思ってなる人っているのか?そこは激しく疑問だけど。ま、先が見えない職だからやめて置いた方がいいと思う。ってまじか!!」


 私がうっかり八神君と憎き転売ヤー談義で盛り上がっていると、キキキキキーと八神君が急に体にブレーキをかけたように停止した。


「やだ、八神君。いきなり止まってどうしたの?急に止まると横っ腹が痛くなるよ?」


 私は数歩遅れてその場でジョギングをしたまま八神君を振り返る。横っ腹が痛くなるのは勘弁だからだ。


「ふはははは。コイツを返して欲しければ、月野めぐる、お前は俺とこい!!」


 しばらく忘れていた。けれど一度は聞いた事がある声に私はハッとしてトイザラウスの入り口に立つ人物に視線を向けた。


「前回はお前の力を侮り、敗北を期した。しかし、今回は確実にお前を我が妖怪軍に招き入れる。そして無限妖怪製造機として俺の配下で永遠に働かせてやるのだ。ふはははは」


 現在私に熱烈アピールをしているのは忘れもしないあの男。一つに纏めた濡れ羽色をした艶やかな髪をサラリと揺らすイケメン妖怪。妖怪軍東方参謀、桂かつをさんだ。


 しかも今回のかつをさんは前回と違いソロ活動ではない。既にぐったりとした高梨君を横抱きにしているのである。


(やだ、ちょっとリアルBLTサンド!!きたきたきた来たーー!!私が求めている恋の先を予感させそうな展開。これは、この先には横抱きからのちゅうとかあるのか!?)


 私は鼻息荒く「どっちが受け?責め?かつをさんが責めとみせかけて、高梨君が受け?読者的にはそっち?私的には両方ありかも」などと激しくBLTサンドの世界。いえ、我が完結できない小説の世界に思考を飛ばした。


「おい、月野めぐる。そんな目で俺を見るな。気持ちが悪い。いいから早く俺の配下に入れ」


 かつをさんが私を鬼の形相で睨みつけた。怒りの気迫が人間のそれを遥かに超え私は思わず身震いしてしまう。


「イケメンが私を求めている。やだ怖い。八神君助けて」


 私はうっかり飛んだ思考を戻し、ここぞとばかり八神君の元にジョギングのまま駆け寄ると彼の背中にピタリと貼りついた。というかよく考えたら前回八神君への愛の力で、私はかつをさんを白壁に吹き飛ばしたのだった。


(つまりかつをさん。あなた本当に生きてて良かったよ)


「くそっ、なんて卑怯な。けど仕方ない。悪いけど月野さん。そういうことだから」


 八神君は自分の背中に貼りついていた私の肩を片手でグイッと引っ張った。そして私の背中をポンと押して桂かつをさんに私を差し出したのである。


「え、八神君?愛は?私への愛は?」


「そもそもないし。それに――君は今最強の魔法少女だろ?この世界から抜け出れば桂かつをの力は半減する。そしたらあいつはもはや俺や君の敵ではない。だから今はとにかく高梨れんをこっちが引き取らないと」


 私の背後で八神君がコソコソと内緒話をするようにそう言った。耳に八神君の爽やかな息が吹きかかり私はこんな状況なのに真っ赤になってしまった。全く罪深い男である。


「わ、わかった。作戦ってことね。り、了解!!」


 息も絶え絶え何とか八神君にそう答える私。そして諦めた感じの表情を作り、とぼとぼと自らかつをさんに近づいた。


「素直なのはいい事だ」


 背の高いかつをさんが私を満足そうな顔で見下ろした。


「高梨君を離して下さい」


 私は辛うじてかつをさんの手が届かない所で立ち止まり、しっかりとこちらの要求を口にする。


「なるほど。ただの馬鹿ではないようだな。しかし俺は妖怪軍東方参謀、桂かつを。妖怪軍にこの男ありと言わしめる精鋭だ。すなわちお前達のように完結も出来ない低能な人間の考えている事など全てお見通しなのである!!」


「ちょっと、私は完結できないけど、八神君は完結王子なんだから!!謝りなさいよ、今すぐ。八神君に謝って!!」


 私はつい頭に血がのぼり、グググと体をかつをさんに近づけ至近距離で彼を睨みつけた。


「あ、馬鹿、月野さん近づくな。そもそも俺は気にしてないから!!」


 八神君の焦った声が聞こえた時。私は既にかつをさんの小脇に抱えられていたのである。因みに高梨君が左脇。私が右脇に抱えられているという状況だ。


「あれ?あははは。困ったなぁ」


 グオンと体が動き、かつをさんは私達を抱えたまま宙に浮くと、そのままトイザラウスの店内に突入した。


「おい、待て!!高梨れんを離せ」


 八神君の声が背後から聞こえ、パタパタと床を走る音がする。


 一応追ってきてくれているようだ。しかし、ここで私の名前が口から出ない事に八神君の私への愛の薄さを感じ、何とも悲しい気持ちになった。


「まて!!」


「待つかよ、ボケ」


「止まれ!!」


「止まるかよ、ボケ」


 八神君とかつをさんはとても息の合ったリズミカルな掛け合いをしながら、店内で鬼ごっこを楽しんでいる。


 小脇に抱えられた私は浮遊しているせいか、かつをさんがカーブで曲がる度、体に適度なGがかかり足がブランブランと揺れまくる。まるで遊園地の乗り物に搭乗しているかのようだ。そう気付いた私は振り回される事にちょっと楽しくなってきてしまう。


「ふふふふ。やばい。楽しい」


「全然楽しくないよ。月野さん」


「あ、おはよう。高梨君」


「あのさ、僕の世界に魔法少女も、変な妖怪も、それにあいつ。ひたすら和風な八神とばりも不釣り合いなんだけど」


 高梨君は沸々と溜め込んだ怒りを吐き出すかのようにそう言った。


「ご、ごめんね。これには深い事情があって……」


 私は尋常じゃない高梨君の静かな怒りに当てられて、小声でモゴモゴと言い訳を口にした。


「僕のゾンビだけの、ゾンビのためだけに存在する世界を穢すな!!」


 高梨君が自身の胸の内に抱えるゾンビ愛を大きな声で叫んだ。するとかつをさんの左脇に抱えられていた高梨君の体が黒い靄に包まれはじめる。


「お、怒りを爆発させたか。いい感じで怨念を纏い妖怪化しているな。月野めぐる、やっぱお前は流石俺が目をつけただけのことはある。妖怪製造機として最高の性能を発揮しているぞ!!」


 高梨君をパッと自らの腕から離したかつをさんがとても嬉しそうな声を出した。


(全然褒められてる気がしないんだけど)


 私はムッとした顔をしながら黒い靄で包まれる高梨君を窺う。現在高梨君はトイザラウスのフロアの床でうずくまっている。そして小さく震えながらその姿を人ならざる者に変えて行く。


「僕は、僕は、自由に小説が書きたい。これからも、この先もずっと。うぁぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱えた高梨君が突然立ち上がる。そしてグググと物凄い勢いで彼の身長が急成長した。


(成長期にもほどがある!!)


「思い通りの未来を描けない世界なんて、滅びてしまえ!!」


 高梨君の心の叫びが彼を覆っていた黒い靄を一気に取り払った。するとそこにはボロボロになった慶愛高校の灰色のブレザーの制服を纏った大きなゾンビが現れたのである。


 ゾンビは頭に角が二本ついている。何だかゾンビになり切れていない鬼のようで、アンバランスな感じだ。


(まさか、妖怪化の失敗?)


 そんなパターンもあるのかと私は高梨君の頭に生えた鬼のような角に釘付けになった。


「ほほう、これは。シシュン鬼か。これはまた、随分と大きく成長したな。月野めぐる。お前に集まった怨念をあいつが飲み込んだからだこんなに立派に成長したんだ。喜べ」


「それ、全く誉め言葉になってないですけど。ってシシュン鬼の「キ」はまさかの鬼ですか?」


「俺はお前を全力で褒めてるぞ?それとシシュン鬼の「キ」はお前が気付いた通り鬼だ」


 かつをさんは私を小脇に抱えたまま、嬉しそうに口元を緩ませる。


「月野さん、そいつはシシュン鬼。大体十一歳頃から十八歳頃までの子どもがなりやすい妖怪だ。ハンコウ鬼とセットになると厄介だけど今回はシシュン鬼のみ。だからきっと出来る。さぁ、月野さん。前みたいに、横小路町子の時のように彼を正気に戻すんだ!!」


 八神君が地上で私を見上げている。普段は前髪に隠れ素敵で陰気な印象しかない八神君。けれど上を、こちらを見上げた事により長めの前髪が横に流れ、私への期待に満ちたキラキラした瞳が丸見えだ。


「うっ、尊いよ八神君。けど「正気に戻すんだ!!」とか、滑舌良く滅茶苦茶恰好良く言われても、ちょっと困るかな?ほら、私囚われているわけだしさ」


 現在私はイケメン妖怪かつをさんの右脇にガッチリホールドされている状態である。むしろ自由に動ける八神君がどうにかすべきなのでは?と思わずにはいられない。なんせ私がミラクルメグルンであるように、八神君だって名刀三日月宗近の主なのだ。


 八神君への愛はある。確かにある。けれど無理な事はあるのだ。


「お前さ、今あいつに丸投げされたぜ?やっぱ仕える相手はよく考えるべきだと思うが。俺なら今の状況では一緒に戦う事を選ぶけどなぁ」


「だ、だけど、きっと八神君なりに作戦とか」


「ないだろうな」


「け、けど、八神君は私がシシュン鬼高梨君と戦っている間に、この世界から逃げ出す方法を実行に移そうとか」


「全く思ってないだろうな。むしろお前を盾にして自分だけ生きて逃げるつもりだというのが丸見えだ」


「ひどい、かつをさん。ひどい」


 私は悲しみで胸が一杯になった。


 先程七尾さんと仲良く海で黒ひげ危機一髪ごっこをしていた八神君が急に私の脳裏に思い出される。


(どうせ私なんか貧乳で、根暗で、普通の恋愛もBLTサンド的なやつもわからなくて、完結出来なくてダメなんだ。だから八神君は私の事が嫌いなんだ)


 そんな風に私の心にどんよりとした思いが次から次へと雪崩れ込んで来る。一度崩壊した私の心の防波堤はとても脆いようだ。次から次へと、自分でも良く思いつくなと感心するほど、自分の駄目な所が頭に思い浮かんで離れない。


「おい、桂かつを!!いい加減な事を月野さんに吹き込むな!!」


 地上から八神君の怒った声が聞こえる。


「月野さん、しっかりしろ!!君は今シシュン鬼高梨れんの発する怨念に惑わされているだけだ。君はいつだってうざいくらいに明るくて、くじけない子だろ!!俺は案外、君のそういう所、まぁ、小指くらいいささやかではあるけれど、こ、好ましいと思っていないこともない……」


 最後はいつもの調子でボソボソとモゴモゴが混じって普通の人には解読不明の文芸部部長、八神とばり口調になっていた。けれど八神君への愛に溢れる私は彼の口の動きを読んで――そう、読唇術で全ての意味を瞬時に理解したのだ!!


「えっ、八神君、もしかして今、一番存在感のある親指の爪くらい、私の事を大好きって言った?」


「色々間違ってるけど、所々あってると言えなくもない。だから、高梨れんを連れて、俺と元の世界に戻ろう!!」


 八神君が私に手を伸ばした。私は今まで生きてきた中で一番嬉しい気持ちになった。そして体に愛のパワーが漲るのを感じた。


(そう、ミラクルメグルンの源は愛のパワー)


 私は一度目を瞑る。そして息を大きく吸い込みパッと目を開けた。


「ミラクルミラクルくるりんぱ!!今すぐ八神君の元へ帰らせて!!」


 私の手元にユメカワラブリンステッキが召喚される。そしてそのステッキから例によって、ユメカワと反比例する筋肉質な腕がビヨーンと伸びた。そして私を抱えるかつをさんの脇腹をソフトリーな感じでこちょこちょとくすぐり出した。


「うお、やるならやれ!!その触っているのか、いないのか。微妙な感じはやめてくれーー!!」


 かつをさんがたまらずと言った感じで私の体を離した。


「八神君!!大好き。受け止めて、私を。そして私の重すぎる愛を!!」


 大好きパワーを身に纏い、私は八神君めがけ両手を広げ落下した。照れたように、けれど八神君も私を受け止めようと手を広げてくれて地上で待っていてくれている。


 私は今、全世界で一番幸せだ。私の溢れ出す愛に満ち満ちた幸せパワーで世界を崩壊しかねないか心配だ。


「うわ、おもちゃが次々とゾンビ化してる!!」


「えっ、八神君?」


 あと数ミリで八神君の腕の中というハートが弾ける絶妙なタイミング。そんな時に限って八神君にゾンビ化した玩具が襲い掛かった。


 八神君は名刀三日月宗近を即座に腰に下げた鞘から引き抜きながらゾンビの攻撃を避ける。そしてそのままゾンビ化した玩具との戦闘に入り、落下する私の視界から忽然と姿を消した。


 私は驚異の身体能力でくるりと空中で一回転をし、一人寂しく床にコツンとブーツのつま先から着地する。


「ゆ、ゆ、許すまじ、ピピちゃん!!子どもの頃一緒にお風呂に入ったり、着せ替えをしたり、顔が茶色くなるほど連れ回した記憶があるけど、あるけど許すまじピピちゃん!!」


 そう。八神君に襲い掛かったゾンビ化した玩具は対象年齢一・五歳以上。お世話を通してやさしい心を育てるがキャッチコピーの愛育ドール。私もお世話になったピピちゃんであったのだ。


 私はイナゴの大軍のように私に飛び掛かる、愛らしい顔を顔面蒼白にしたピピちゃんをユメカワラブリンステッキで容赦なく叩き飛ばした。


 勿論八神君とのラブシーンを邪魔された怨念込みで。


 私はメグルン。愛の魔法少女ミラクルメグルン。


「さぁ、この育ち切った私の恨み。はらさでおくべきか!!覚悟、ピピちゃん!!」


 この時の私は、翼の生えた、悪魔のようであったと。後日八神君に軽蔑の眼差しを持ってそう言われたのであった。

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