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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第二章
18/83

#18 高梨れんの場合4

「マイナージャンルだと悪いのかよ。そこで一位を取っても食べていけなくて。書きたくもないジャンルの物を嫌々書いて評価される世の中ってそんなのおかしいだろ!!」


 高梨君は心の内を吐き出すようにそう言うとギュッと目を閉じた。


「めぐるちゃん、やばい。高梨君の負の気持ちに怨念が集まり始めてる。このままじゃ、まやかしの異世界に転生しちゃうかも!!」


 さくらちゃんがそう言って私の脇の下に手を入れた。そして有無を言わさぬ勢いで、ズルズルと高梨君から物理的に私の距離を取らせようとした。


「え、でもまやかしの異世界に転生したら妖怪になっちゃう」


「けど、かなりまずい状況。羽鳥先輩が煽ったから」


 私の言葉にさくらちゃんはキリリと美しい顔で、羽鳥先輩を睨みつけた。


「え、俺のせい?っていうか君達何の話をしているんだよ?僕は別にれんを馬鹿にした訳じゃない。れんの表現力を買ってるからこそ、是非みんなに知ってもらいたくて、短編でもいいから異世界転生ものをかけってアドバイスしただけなんだけど」


 ポリポリと呑気に頭を掻く羽鳥先輩。


「それがこいつにとって、余計なお世話だったってことだろ」


 いつのまにか陸に上がってきていた水も滴るいい男状態の八神君。砂の上に無残に座り込む私の手をグイッと引っ張り私を助け起こしてくれた。なんだかげっそりしているように見えるのは確実にアレのせいだろう。美味しいものも食べすぎると飽きてくるのである。


(朗報です!!まさかの八神君、巨乳にお腹いっぱい説。貧乳の時代キターー!!)


「ちょっとやめてくれるかな?もう勘弁してくれ。とにかく、こいつは俺が責任を持って――」


「ちょっと待った。怨念にのまれかけた格好のクライアントを横取りするつもり?」


 八神君の言葉を遮ったのはさくらちゃんである。


「別にこいつは君のじゃないだろ?」


「あんたのでもないわ」


 いつぞやの繰り返し。八神君とさくらちゃんが一触即発状態といった感じで睨み合っている。既視感が半端ない。


(つまり、これはキッスの予感)


「しないし。というか、俺のナビゲーター。月野めぐるがトリガーを引いた可能性が高い。なんてったって怨念を引き寄せる力を持っているんだから。つまりナビゲーターの不始末は捜査官である俺の責任。だからコイツは俺の案件だ」


 八神君はきっぱりとそう言い切ると、水着のポケットからチャック付のビニール袋を取り出した。全国のお母さんが好きなZIPなんちゃらだ。そしてその中に入っていた黒革の手帳――ではなくて、小さなピンバッチを取り出した。そして八神君はそのピンバッチを素早く口元に当てたのである。


「こちら国家公安執筆パトロール隊、第九班一係の八神とばりだ。俺のナビゲータ月野めぐるの不祥事によって、妖怪化しそうなクライアントを発見。このままでは一般市民を巻き込む恐れあり。直ちにまやかしの異世界に飛ぶ許可を願います」


『ただいま声紋認証中――確かに国家公安執筆パトロール隊、第九班一係の八神とばり巡査と確認致しました。ただいまよりまやかしの異世界に飛ぶ事を、内閣総理大臣の権限を持って許可致します』


「ありがとう」


 八神君とサイコな力で繋がっているせいだろうか。私の頭の中に淡々とした落ち着いた女性の声が響いた。


(って月野めぐるの不祥事って何!?)


 私は八神君にサイコな念話越しに抗議の声をあげる。私は不祥事について全く覚えがない。


「いちいち本部に説明するのは面倒だろ?悪いけど夜桜さんはこいつらの記憶についての方を頼む」


 八神君は私の抗議に対しサラッと答え、さくらちゃんにも急いだ様子で指示を出している。取り敢えず高梨君が妖怪化をしかけているのは間違いない。私は渋々「月野めぐるの不祥事」という件について目をつぶる事にした。


「えー。記憶の方って、それって絶対貧乏くじじゃない。やっぱり私はめぐるちゃんが欲しかった!!」


 さくらちゃんが不服そうにそう言うと、ぷくうと頬を膨らませた。やっぱり体が目当てなのね?と私は確信した。けれどさくらちゃんのぷくうが可愛かったので全て許す事にした。可愛いと恰好いいは正義なのだ。


「じゃ、行くよ」


 八神君が私の手をしっかりと握る。私はドキドキしながらも素直にそれを受け入れる。好きな人に触れてもらう事は、如何なる状況下でも嬉しいでしかないからだ。


 そして八神君は何かを堪えるように体を抱え目を瞑る高梨君の腕を力強く掴んだ。そして八神君がゆっくりと目を瞑る。私は八神君と繋がる手を通し、自分の体の中に沸騰したような熱が伝わってきたのを感じる。


 八神君の海水で濡れた髪の毛がぶわっとしぶきを立て水を弾いた。


 次の瞬間、私の体中の内臓が全て下から押し上げられる感じがしてその感覚を堪えるように私も目を閉じた。そして次に私が目を開けた時、そこはもう今までいたビゾンホテルのプライベートビーチではなかったのであった。


 ☆


「ここは、どこ?あれ?高梨君は?」


 キョロキョロと辺りを見回すと、どう見ても何処かのショッピングモールの中だった。ただし人が全然見当たらず静まり返っている。どことなく私は恐怖を感じブルリと体を震わせた。


(普段賑やかな場所ほど、静かだと怖く感じるのかも)


「そうだな。ここは高梨れんが作ったまやかしの異世界だ。横小路町子はエッセイの題名から分かる通り、平安時代が好きだったのだろう。だから、あんな風に情緒あるまやかしの異世界を作り上げた。高梨れんはどうやらショッピングモールに何か思い入れでもあるのかも知れない」


 私の手を離し、状況を確認するかのように周囲を見回しながら八神君がそう説明してくれた。


「それって、今八神君が言った事が本当ならかなり、いや、相当まずいかも知れないよ?」


 私は自分の脳裏に浮かんだ考えにサッと顔を青ざめる。


「まずい?」


「うん。だって高梨君の得意ジャンルはSFだもん」


「SFか。だけどどうしてそれがまずいんだ?」


「うん。確実にアレだからだよ。SFの中の小ジャンル。パニックが得意なんだって。ほら見て、ゾンビキターー!!」


「まじかよ……」


 八神君がウンザリとした顔を向ける先。そこには大量のゾンビが低い声で「ウゲー」と言いながら、私達に向かって両手を前に出し行進してきたのだ。


「と、とにかく武器だ。俺は名刀三日月宗近を出す。君は例のアレで」


「ミラクルメグルンね。了解!!」


 長年連れ添った夫婦のように「あれとって」「はい、あんたこれね」といった阿吽の呼吸で、私は八神君の口にした「アレ」の意味を瞬時に理解した。


(これはもう、彼女を超えてもはや夫婦と言えるのでは?)


「だから違うし。って早く。やつら案外歩くのはやい」


「わ、わかったよ。念じればいいんだよね」


「そう。ここはまやかしの異世界。俺達は何にでもなれる」


 八神君の力強い言葉に私は頷いた。そして目を閉じ、くるりんぱ星のお姫様。お人よしのミラクルメグリンを頭に思い描く。


 すると前回より素早く私の体にピンクの靄がまとわりついた。そしてその靄の中で私の体はピンクのフリフリの衣装に早変わりをしていく。


 手から離れたステッキがくるくると回転し私はこなれた手つきでそれをキャッチした。


「ミラクルミラクルくるりんぱ!!ミラクルメグルンここに見参!!」


 私は新たに考えたそれっぽい台詞を口にして、ステッキをシャキーンと前に出し格好良く構えた。


「月野さん、キメポーズしてる場合じゃない。ゾンビが来る!!」


 隣の八神君が私のキメポーズに対し否定的な発言をした。


「む、今の結構自分史上最高に――って確かにゾンビ!!」


 八神君はと言えば、また薄いグレーの着物姿で名刀菊正宗……ではなく、三日月宗近をギュツと握りしめている。


(なるほど、LIMEのアイコンはこの刀なのか)


 私はようやく八神君の厨二病っぽいアイコンが目の前の日本刀と結びついた。八神君は厨二病ではない。刀剣が乱舞しちゃう系男子なのだ。


 ぺちゃり。


 私の頭にぬめっとした粘液が確実に付着した。


「えっ?」


 私は八神君から顔を逸らし自分の目の前を向く。すると私の目の前には既に顔面蒼白な男の人の顔が迫っていた。しかもさり気なく前に伸ばした手は私の肩にぴちょりと当たっているのである。


「キャァァァァァ!!ゾンビ、やだ。人型怖い。攻撃無理!!」


 私は驚異の身体能力で後ろにピョンと飛び跳ね迫りくるゾンビの張り手攻撃を何とかかわした。そしてすかさず八神君の背後に駆け寄るとチャンスとばかり、八神君の背中にピタリと貼りついたのである。


(人型はまずいって。どのゾンビにも絶対サイドストーリーがあるだろうし)


 私の記憶だとゾンビ化する人は大抵、裏切りや、誰かを庇ったせいでゾンビになった可哀相な設定なのである。そう、ゾンビはかつて人間だった人なのだ。


「無理無理無理。いい人がゾンビになったくらいで私には彼を裏切れないよ。というか、人がゾンビになってその人を殺したら、私は殺人者になるのかな……まだ八神君とキスしかしてないのに!!やだ!!」


 もはや自分でも何を言っているかわからないが、ゾンビは本当はいい人なのだ。何処かの国の政府が秘密裏に世界を牛耳ろうと開発した新薬によってゾンビになってしまっただけなのだ。たぶん。


「ちょ、月野さん。勝手に離脱しないで。とにかくこのショッピングセンターの何処かにいる高梨れんを探さないとキリがないだろ」


 八神君は少し怒った感じで私にそう指示を出しながら、目の前のゾンビに刀を振り下ろした。するとゾンビは断末魔をあげることなく、バタリとその場に倒れた。それからプワワワーと白い煙になってその場から消えていなくなったのだ。


「うっ。なんと酷い事を。アイラブハワイのTシャツを来た人の良さそうなお兄さんを容赦なく斬るなんて。八神君は鬼畜ですね」


 私は涙目になりながら、けれど「今の八神君、だいぶ格好良かった」などと密かに萌えつつ、八神君の着物をどさくさに紛れギュツと握りしめながら抗議の声をあげた。


「ただのゾンビだろ!!うわ。それより早く俺と一緒に戦って。いいからそのメルヘンチックな棍棒で戦え!!」


「こ、棍棒?せめてメイスと言って。じゃなくて、私のこれはユメカワラブリンステッキだよ」


 私は咄嗟に考えた星型のキラキラ光る宝石のついたステッキの名前を自慢げに八神君に披露する。


 その間にも、八神君は迫りくるゾンビを次々と無双ゲーの勢い。両手で握った名刀三日月宗近でぶった斬って行く。


「月野さん。落ち着いて。ほら良く見て。これはまやかしのゾンビ。人だったわけじゃないし、斬ってもまたこの通り。さっきのアイラブハワイTのゾンビ。最後尾で復活しているだろ?あいつはまやかし。高梨れんの創りだした空想のゾンビだ。わかった?」


 八神君の言葉に迫りくるゾンビ列の最後尾付近に私は視線を動かした。すると確かに先程八神君が容赦なく斬りつけたアイラブハワイTに身を包む、人の良さそうなゾンビが腕を前に突き出し元気に私達に向かって行進をしていた。むしろ先程より血色が良くなっている――気もしなくはない。


「わ、わかった。やるよ。やればいいんでしょ!!」


 私はゾンビが元気に復活するのを確認しとうとう戦う覚悟を決めた。そして唯一の武器、ユメカワラブリンステッキを握りしめる。


「って、ちょっと待って。八神君!!」


「は?今度は何?」


 八神君が自分の背中に纏わりつく私を庇うように(願望)ゾンビをなぎ倒しながら不機嫌な声をあげた。


「斬っても復活するって事はさ、それってエンドレスって事じゃない?永遠のコンティニューとかまずくない?」


「まぁ、そういうこと。だからとにかくここで留まる意味はない。こいつらを倒しながら、先に進むのみ!!もう、いいから俺についてきて」


 八神君はそう言うと、タンと足を踏み込む音を響かせ、右へ左へと刀を振り回し、けれど確実にゾンビを斬り倒して前に進み始めた。


「あ、八神君。右に陽気なピエロの恰好をしたゾンビが!!」


 八神君が左から迫りくる中年男性。仕事に疲れていそうなサラリーマン型のゾンビに気を取られている間に右側から陽気なピエロのゾンビが八神君に大きく手を振りあげている。


「八神君に触れちゃダメ――!!」


 私のスキル「嫉妬」がもれなくゾンビに発動し、ユメカワラブリンステッキが突然上空へ私の手のひらからスポンと抜けて飛んで行った。


 そしてピロロンとこの荒廃したショッピングモールには到底そぐわない、可愛らしい音色が辺りに響き渡る。


 その音色に反応するかのように、私の体は勝手に動く。地面を力強く蹴り普段ならば有り得ない身体能力を遺憾なく発揮し、私は空中で新たな武器、ユメカワラブリンアーチェリーをキャッチする。


「ミラクルミラクルくるりんぱ!!八神君を困らせるゾンビはお仕置きよ!!」


 私の口は勝手に動き魔法少女らしい可愛い口上を述べる。勿論ゾンビたちは私に夢中だ。というか、こちらの攻撃を待っていてくれている様子ですらある。


(全く健気なゾンビさん。本当にごめんね)


 内心そう思わなくもないが、私は既に臨戦態勢。


 進化したミラクルメグルンは左手に持った、真っ白で星と羽の飾りのついた弓を腕を伸ばし顔の前で構える。そして私は右手にスッと矢を召喚した。召喚した矢の後ろには黄色く発光する星がついているのが特徴だ。


 次に私は静かにその矢を弓についた溝にセットする。そしてピエロのゾンビに狙いを定めると、引き手を顎につけるくらい弦をしっかりと後ろに引いた。


「お待たせして申し訳ございません。では行きます。行かせて頂きます。くらえ!!ミラクルアロー!!」


 私は一応ゾンビに丁寧に謝り、それから引いた指から弦と矢を離す。


 キラキラと弧を描くように私の放った弓矢はゾンビ目掛けて落下して行く。


 すると何故か落下する矢が突然何本にも増えた。そしてそれらはやたら筋肉質な腕に変化し腕の先についた手の平がグーを形取った。そして私が召喚した筋肉質なグーは暴力的な感じでゾンビの大軍にもれなくボディブローをしっかりと決め込んだのである。


「え、ユメカワ要素はどこ?」


 私は唖然としながら、左側で薄っすらと白い煙になって消えていく大量のゾンビを視界に入れながら地上へトタンと足をつけた。


(ええと、弓に矢をセットして。って今のやつステッキよりかなりの工程をこなしたような気がするんだけど)


 確実にゾンビさんを待たせたし。挙げ句の果てにグーでパンチをして仕留めるとか、そんなの全然可愛くないし。弓の意味あるって感じだし。


 私は自分の攻撃を客観的に考察し、少し落ち込む気持ちになった。けれど結果オーライである。何故なら右側に巣食っていたゾンビはきれいさっぱりお片付けされているのだ。


「やったね、八神君。今のうちにいこうよ」


 私は達成感に浸り、あざと可愛らしく八神君に微笑みかける。


「だからさ、最初からそれをだそうよ……」


「あははは。愛の力がないと、私は本気になれないみたい」


 左側のゾンビを片付けた八神君は薄目になっている。そして私をどうしてだか恨みがましく見つめていたのであった。


 全くこのツンデレめ!!もう大好きだよ。八神君!!

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