#15 高梨れんの場合1
「初めまして。これを機に交流が深まり、尚且つこの中から未来の作家が一人でも多く生まれる事を願っている。今回は短い間だけどよろしく」
慶愛高校三年、文芸部の部長羽鳥かけるさんは白い歯とセット。とても爽やかな笑顔で挨拶をすると、さくらちゃんに握手を求めスッと手を伸ばした。
「ええと、私は平部員なのですが。我が麦田の部長はこちら。八神とばり君です」
さくらちゃんは押しの強いキラリン星人、羽鳥かけるさんにタジタジになりながらも八神君を紹介した。
(八神君、ファイト。もうすでに麦慶戦は始まりのゴングがなっているよ)
『戦いのって……交流会みたいなもんだし。というかこの人の発する圧がなんか、す、すごいよな?』
私の心の声に八神君も狼狽え気味な様子でそう答えてくれた。流石の八神君も羽鳥さんのキラキラオーラーに押され気味なようだ。
「しまった。これは失礼。って冗談だ。こちらのキラキラガール達につい目を奪われてね」
羽鳥さんは一応私や七尾さんに気を使い「達」と口にした。けれど明らかにさくらちゃんの前に立っているし、さくらちゃんにしか微笑みかけていない。ある意味猪突猛進型男子。分かりやすくはある。
だだ、どう贔屓目に見ても我が部の外見的序列はさくらちゃん、七尾さん、私の順である。つまり、この場でさくらちゃんに迷わずロックオンする羽鳥さんは、自分に自信があるに違いない。
(そうじゃなかったら、可憐なさくらちゃんの前に立つ事すら出来ないよね)
現に羽鳥さんの背後に控える慶愛高校の部員達は先程からさくらちゃんに「うお、可愛い」という熱の籠もった視線を向けるも、誰一人近づいて自己アピールするまでには至っていない。まぁ、さくらちゃんにロックオンした羽鳥さんに遠慮しているだけかも知れないけれど。
「こんな可憐なレディ達が一体どんな小説を執筆しているのか興味はつきないねぇ。本当にこの合宿が実現出来て良かった」
羽鳥さんはキラリンと白い歯をさくらちゃん、それから私と七尾さんに向けた。私は羽鳥さんの陽が溢れるキラキラオーラに当てられくらりとしてしまう。いきなりはまずい。陽の気は徐々に慣らしていかないと陰達は一気に乾燥し干からびてしまう恐れがあるのだ。
(そ、それに私は八神君オンリーだから)
チラリと愛しの八神君を見ると、いつもの通り自分で切ったのかアホ毛が自由を求め空に向かっていた。それに加え前髪がジャングルになっているせいで凛々しい瞳は絶賛行方不明中。けれどそれを見た私は古巣に戻ったかのようにとても安心した。やはり私の居場所、心のオアシスは八神君しかいない。
「私にはとばり君がいるし」
七尾さんもキラリン星人羽鳥かけるさんがさくらちゃん狙いだという事を瞬時に察したようである。あろうことか、八神君の腕をギュッと握った。そして高校生女子的にけしからんたわわな胸をギュュュウと八神君に押し付けている。
「は、は、は……」
予想外の斜め上を行く出来事に私は呼吸が乱れる。そして持っていたスーツケースの取っ手から思わず手を離してしまった。私はスーツケースを斜めに持っていたせいで、バタンと虚しい音を立て私の可愛げのない父のお下がりのスーツケースが床に見事に貼りついた。
(は、破廉恥め!!最低、八神君何赤くなってんの?そうなんだ、八神君もそっち系なんだ。巨乳は正義派ですか。ふんだ!!)
私は心で八神君に全力で非難の言葉を浴びせる。ついでにお地蔵さんのように真っ赤に固まる八神君をキッチリ軽蔑の眼差しで睨みつけておいた。巨乳好き男子は滅びてしまえ。今すぐに!!
「あれ、もしかして、月野めぐる?」
私が八神君にキィィィー!!となっていると、対峙する慶愛高校側から男子生徒の声で私のフルネームが聞こえた。
(まさか、私の二つ名。未完の女王という不名誉な名は陸を伝わり列島の隅々まで行き渡っている周知の事実であると!?)
慶愛高校に思い当たる知人の顔を咄嗟に思い出せなかった私はそう思って焦った。
「あ、やっぱめぐるだ。久しぶり。僕は中央小学校六年二組だった高梨。覚えてる?」
八神君と違いとても柔らかそうな髪質の小柄な男子生徒が私に自己アピールしてきた。そして親切にも私が倒したスーツケースを拾い上げながら笑顔もくれた。しかし生憎私はその男子生徒の顔に全く見覚えがないのである。
(他人の空似?)
私はコテンと首を傾げた。そして上に向けた手の平にグーをポンと押し付け、閃いた!!のポーズを取った。
(これが噂のドッペルゲンガー!!)
世の中には自分とそっくりな姿をした人が三人いる。しかもそのそっくりさんに会うと死んでしまうとかななんとか。急に思考がホラー地味てきたので、私はそれ以上ドッペルゲンガーについて知っている記憶を掘り下げる事を中止した。
『確実に知り合いだと思うけど。君の名前、しかもフルネームを口にしているわけだし』
七尾さんから距離を取った八神君はいつもの八神君に戻り、私に冷静な指摘をしてきた。流石執筆パト―ロール隊の捜査官である。洞察力が半端ないと私は益々八神君に恋に落ちた。
「高梨だよ。昔はほら、中受のストレスで今より太っていたし、僕は眼鏡かけてたから。これでわかる?」
私が一向に言葉を発しない事を見かねたのか、高梨と名乗った男子生徒は自分の顔に指で丸を作った。それを見た私は走馬灯のように記憶が遡り、確かに今よりずっとぽっちゃり系で色白の眼鏡をかけた真面目そうな少年だった高梨れん君を瞬時に思い出したのだ。
「あ、もしかして高梨れん君。中受組の」
私は自分が久々口にした「中受組」という言葉で、我が地域を取り巻くお受験問題を唐突に思い出した。
私の母校中央小学校は駅に近い場所に住んでいるタワーマンションの住人がこぞって通う公立小学校である。都市開発で一気に建てられた数棟のタワーマンションのせいでおそろしく人口密度の高い小学校。それが中央小学校だ。
それでも小学校は比較的区域が細かく分けられており、生徒が校舎に入りきらないほどではなく、そこそこ快適なスクールライフを送れていた。
問題は各地域が小学校より大きく区分けされ集められる中学校である。我が母校中央小学校は周辺二校の小学校と合体し一つの中学になる。そして私の学区である公立中学校は我が家から歩いて四十分もかかる場所にあるのだ。
そもそも我が家は最寄駅までマンションから歩いて八分。通勤通学に電車を利用するには丁度いい距離に居を構えている。つまり、私達タワマン組は歩いて徒歩八分の駅に行く方が地元の中学に通うより圧倒的に近いという事である。だから歩いて地元の中学に通うのと、電車で同じ路線内にある私立中に通うのは時間的にあまり差がない場合が多いのだ。
それに加え昨今、中学生が誘拐される事件も多発し『部活で遅くなった場合、駅からの方が人通りも多く安全』という親の声も多く聞かれる。
そういった事情から、中央小学校は約三分の一が私立中を受験する。いわゆる世間一般のいう所「お受験組」がそこそこ多い小学校だったのである。
御多分にもれず、私も姉に続けとばかり中学受験をした。そして麦田大学付属高等学院中学部という「中・高・大」と贅沢にも三つの学校機関の名が入る学校に入学する事が出来たのである。
因みにこの長い名前のせいで母は書類を書くときに『あぁ、また入りきらない!!』と毎回中学部時代は愚痴をこぼしていたものである。
そして今私の目の前にいる高梨れん君もどういった理由で受験をしたのかは知らないが、私と同じ中央小学校出身、そして中受組だったのである。
「僕はさ、中学になってコンタクトにしたし、受験が終わって痩せたからね。でもめぐるに気付いて貰えて嬉しい。君も随分変わったね。あ、勿論いい方に。懐かしいなぁ」
(え、ちょっと待って、今口説かれてる?八神君、私口説かれてるよね?慶愛高校のコミュ力半端ないんだけど!!)
『それは口説かれているのか?』
珍しく八神君が自信なさげに疑問形で私に念話を通し言葉を返してきた。
「めぐる?相変わらず君はちょっとボーっとした所があるんだね。変わらない所があってなんか嬉しい」
高梨君がまたもや私に微笑みかけた。これはもう確定であろう。
(やっぱ八神君。これは絶対私を口説いてるよ。そうとしか考えらない。だって私に男子が微笑みかけているんだよ?)
『普段、君が周囲にいる男子から受けている扱いを垣間見れ、少しだけ君に同情した。というか、うるさいくらいお喋りな君の事をボーッとしているとか、ちょっと彼は洞察力に欠けないか?』
私の周囲にいる男子、それは八神君しかいない。けれど八神君は都合よく解釈したらしく、少し憐れんだ視線を私に向けてきた。そしてついでとばかり、まるで嫉妬の塊のような言葉も口にした。
それに気付いた私は八神君と桂かつをさんが横小路町子さんのまやかしの異世界で、私を取り合っていたのを思い出した。
(二人とも、喧嘩をやめ――)
「違うから。あ、ええと……どうも。麦田大学付属高等学院二年。文芸部の部長をしている八神とばりです。うちは四名しかいませんが、お手柔らかにお願いします」
うっかり私の心に声を出し返答した八神君。そのまま自己紹介兼部長の挨拶に繋げた。段々誤魔化しのスキルが上達してきているようだ。
「そうか。君はれんの幼馴染なのか」
今までさくらちゃんしか目に入っていなかった様子の慶愛高校の羽鳥さんが私に視線を向けた。
(やばい、恋のトライアングル注意報!!)
『ないから』
八神君は即座にそう私にツッコミを入れた。
「真面目な話をすると、我ら慶愛高校は、部員数十五名。今回欠席もいるので参加者は十名ほど。僕を含む数名は既に執筆した作品が某出版社主催のラノベ大賞を取ったり、最終選考常連組みだったり。だから今回の合同合宿は、君達にとっていい刺激になると思う」
キラキラ星人羽鳥かける先輩はそう言って私に微笑みかけた。私はその笑みを受け、やっぱりキラキラしている人は落ち着かないとムズムズした気持ちになった。だから私は心のオアシス八神君の自由を求めすぎるアホ毛をチラリと横目で盗み見て「あぁ、八神君、好き」と心を落ち着かせていたのであった。




