#14 あってはならないこと(三コンボだドーン)
「お、お姉ちゃん、多分これはない。相当やばいんだけど」
私は試着室のカーテンで体を隠し、自分の水着を選んでいる姉にか細い声をだした。
「あ、めぐる試着できた?どれ、見せて?」
「ぎゃーー!!」
陽キャの塊が歩いているような姉が、私が幾分貧相なその身を隠していた天女の羽衣。試着室の肌色のカーテンを容赦なくサーッと勢いよく引いた。
「あ、まぁ、うん。次、次、はい。こっちのワンピースタイプがいいかも。じゃいってみよー」
コメントすら放棄した姉にシャーツと試着室のカーテンを引かれてしまう可愛そうな私。
(お姉ちゃんが、露出するなら思いっきりって言ったくせに!!)
私は姿見に映った自分の大胆ビキニ姿に思わず目を細める。発達中とは言え栄養不足な胸。それなのにぽよよんとお腹には肉がついている気がする。
(というか、普段禁欲的なセーラー服に身を包んでいるせいか、やっぱビキニってもはや下着としか思えないんだけど)
私は鼻息荒く一人思い描いていた「八神君に魅惑のおへそをアピールしちゃうぞ作戦」が既に一着目のビキニを試着した時点で挫折しかかっていた。
(これはもう、一番しっくりくるスクール水着で勝負するしかないのかも……むしろ目立っていい?)
そんな風に錯乱しかけ、当初の目的をすっかり忘れ初心に返る私であった。
結局その日私が親のお金で購入したのは、タンキニタイプという水着だ。出来るだけ痩せて見えたいという乙女心の勝利により、上は黒。下は黒と白の大判のギンガムチェックのスカート……に見えるパンツだ。辛うじておへそが五分の一くらいは見えている。はっきり言って色々と妥協した。けれど「おへそ」そこはしっかり当初の予定通り、ちょっとだけではあるが、見せる事の出来る水着を購入する事に私は成功したのである。
「年相応、可愛いし。似合ってる。高二で露出に慣れたら、大学になったら全裸でもオッケーな痴女になりかねないし。それがいいよ。それとも、いっそコスプレ系でオタク男子の心を鷲掴みしちゃう?これとか。メイド喫茶で働いてる時お客さんに人気だったよ。魔法少女、プリプリプルリン」
色々なタイプの水着を散々私に提案してくれた姉。そんな姉の手には、最終的にアニメコラボのアイドルが着るブリブリの服が上下にぱっくり分かれた、そんな怪しい水着が握られていた。
勿論私はまやかしの異世界では本当の魔法少女ミラクルメグルンを経験済みなので「そういうのは間に合ってます」と姉には丁寧にお断りしておいた。
因みに私の合宿にかこつけて「えーずるい。私も新しい水着がほーしーいー」と母に甘え「仕方ないわね。じゃこれで二人分よ?」とちゃっかり自分の水着の軍資金をゲットしていた姉。
そんな姉はテニス部で鍛えたメリハリボディに明らかに私のタンキニよりずっと面積の少ない水着を購入していた。憧れの南国花柄模様の大人ビキニだ。
『来るときが来たら、貸してあげるから』
姉は上機嫌で私にそう言った。しかしそんな魅惑的でサンバカーニバルな感じのセクシーな水着を私が着る事は一生ないと思われる。そもそも胸のサイズが違う。よって谷間の分量も雲泥の差なのである。
それからその日は姉と仲良く亀田コーヒーに行き、私は口止め料のパンケーキをご馳走になった。私はそこで八神君を私の手の平の上に着地させる恋愛的アドバイスを姉からもらう気満々だった。
『お姉ちゃん、どうしたら両思いになれるの?』
『んーわからない。だっていつも気付いたら告白されてるし』
『…………』
私のアオハルでだいぶ恥ずかしい質問に姉は全くもって役立たずな答えを返してきた。そして私は悟った。異性にモテる姉は切ない片想いのアドバイザーとして不適任であると。
そんな感じで、姉と一日デートを満喫していた日の夜。
私はさくらちゃんとLIMEというコミュニケーションアプリでメッセージを送りあっていた。
>えー、見せて。写メして
私がとうとう水着を購入したと報告すると、さくらちゃんが我儘を言ってきた。
>さくらちゃんのビキニも見せてくれたら送るよ。
美人で可愛いを兼ね備えるさくらちゃんの水着姿。それに対し、スクール水着がしっくりくるような冴えない自分の水着の写メ。それを対価交換として持ち出す私は、はっきり言って社会を舐めている。
(けど、恥ずかしいじゃん?)
流石に自慢できるボディでもないのに、一人部屋でウキウキになり新しい水着を着用した写真をさくらちゃんに送りつける。
そんなのは無理だ。羞恥で昇天しかねない。
>えー、めぐるちゃんのスマホがハックされたら、私の画像がネットに流出しちゃうじゃん。やだよ。
>それを言うなら、さくらちゃんのスマホだってウィルスに感染したら流出しちゃうじゃん。つまり、水着の写メを撮った時点でもうアウトなんだよ。
>けどなぁ。めぐるちゃんがスマホ落としたらアウトだし。
>大丈夫、ダウンロードしない。約束する。むしろちょっと見るだけ。見たら消す。ちゃんとそのスクショを後で送る。
水着着用写真を出し渋るさくらちゃんに私は、あの手この手で何とか画像を送信させようと必死で説得した。もはや当初の目的を忘れ、ただのエロ親父になってきた気分だ。
その時ピロンと音が鳴り私のスマホにLIMEで八神君から個別チャットにメッセージが飛んで来た。
実は八神君とはもうずっと文芸部のグループでは仲間だった。だからお互いLIME上の連絡先は知っていた。だから私は良くわからない厨二病っぽい剣のマークがついた八神君のアイコンに指を添え、何度も彼に個別チャット、通称個チャを送信しようと試みていた。
けれど、クラスが違うと気軽に振れる話題がない。ならば部活の、小説関連の話なら何か共通な話題があるかも知れない。私はそう考え頭を悩ませた時期もあった。しかし八神君は完結王子であり私の憧れ。その上エリー島のエリート住人様だ。それに対し私は小説を完結できない、していないだらけ島のしがない住人。
(私が八神君に個人的なLIMEをするなんて、おこがましいにも程がある、それに既読スルーされたら怖いし、ショックだし。それにきっと私のLIMEなんて迷惑だろうし)
結局の所勇気が出せなかった私は八神君にLIMEの個チャを送る事なんて出来なかったのである。
だから私は八神君の剣のマークを眺め、部活の連絡事項を八神君が流す度それをラブレターのごとく有難く受け取り満足せざるを得ない日々を送っていたのだった。
そんな八神君と個チャをするようになったのはつい最近。
というのも、執筆パトロール隊の業務連絡を八神君の方から私に個チャしてくれたのである。
それをキッカケにまるでダムが決壊し流れ出た水の如く、私は八神君にLIMEを日々送りまくっている。勿論重要な事以外は既読スルーされがちな上に彼のレスポンスの遅さにむっと来ることも多々ある。
けれど私と八神君の仲はネットの中でも確実にその距離が近づいたのだ。
その事実が目に見える八神君と私だけの世界、それが個別チャットである。私は例え既読スルーをされてもやりとりがしっかりと文字になって残るこの関係に今は充分満足しているのである。
そんな普段は私の一方通行気味な八神君とのLIMEでのやりとり。お察しの通り八神君から私にメッセージを送って来る。すなわちそれは業務連絡の可能性が高い。そこに私が常日頃抱く彼への愛が加算されるわけで。つまり八神君からのメッセージは何をさておき最優先で既読にする必要があるということ。これは如何なる時も絶対なのである。
私はさくらちゃんとの会話画面から移動して、八神君との個チャに飛ぶ。するとそこには数日前に私が質問した『お菓子はいくらまで持っていくとかありますか?それとバナナはお菓子に入りますか?』という素朴な、そしてベタなジョークもを織り交ぜた高度な質問に対し八神君から丁寧な返信がきていたのである。
>質問されてたやつ。あまりにくだらないから冗談だと思って無視していたけど、君の場合俺が答えないと周囲に迷惑をかけそうだし、意外と本気で知らないのかもという可能性に思い当たった。だから一応伝えておくけど、お菓子にバナナは入りません……というのが通説だ。それと別に持って行くお菓子の金額は決まってない。ただし常識の範囲内で。
「やだ、八神君優しいし真面目。しかも巻物みたいに長文で返してくれた。やば、愛かも。というか、お菓子を持って行ってよかったんだ。ふふ、良かった」
私は一人スマホ画面にデレッとした顔を向け、八神君からの返信を何度も読み返し彼の優しさにどっぷり浸る。そして心が満たされた事を自覚し、今度は自分の部屋の隅に置かれたスーツケースに視線を移す。既に半分くらいが埋まっている状態で放置されている私の黒いスーツケースである。お父さんが出張用に買った物のお下がりであるそれは、夏合宿に持参する予定で着々と用意が進んでいる。
スーツケースの中には、既に新品の下着セット、花火、お菓子が詰まっているのだ。
何故既に下着が詰まっているかというと、そこにいやらしい意味は残念ながらこれっぽっちも含まれていない。というのも、我が家には旅行の度に下着を新着してもらえるという謎のルールがあるからだ。母に言わせるとこんな理由らしい。
『脱衣場でヨレヨレは恥ずかしいでしょ?娘の下着に気を配るお母さんって思われたいし』
つまり全ては「気配り出来るお母さん」と世間様に思われたいという母の見栄の為。
因みに買ってもらえた下着はそこで解禁され、次の旅行の時までこちらからねだらない限り買って貰える事は稀だ。学校の体育の着替え時にうっかり女子友にチラ見された場合の方が私的には問題なのだが、母の拘りが旅行に限って発揮されるので、まぁ文句は言わないでおいている。
数日遅れではあったけれど珍しく返事をくれた八神君の親切で的確なアドバイスに返信しようと私はチャット入力の画面をタップする。すると今度は絶妙なタイミングでさくらちゃんから個チャが飛んできたのである。
私は慌ててスマホ画面を操作し八神君からさくらちゃんとの個チャに移る。
>めぐるちゃんが先に送って来てくれたら、私もその後送る。
どうやら先程の水着画像を送り合う件についてのようだ。しかしこれは絶対にさくらトラップであると私は即座に判断した。先に送った方が負ける仕組み。政治の世界でどちらが先に握手の手を差し出すか。それと同じレベルでの重要なかけひきだ。そう瞬時に理解した私は即座にさくらちゃんにメッセージを打った。
>その手には乗りません。じゃあさ、九時四十五分になったら送り合おうよ。同時にさ。
>えー、わかった。キリがないからそれで。ただし、絶対だよ?
>絶対送る。
>了解。
さくらちゃんはそのメッセージの後に、みかんが侍に擬人化したスタンプで「御意」と私に了承を伝えた。
ふと時計をみるとさくらちゃんと約束した、九時四十五分まであと少しだけ時間がある。
この間に八神君に先程くれたメッセージのお礼を打とうと私は本気モードになった。両手でスマホを持ち、親指二本で文字の部分を上下左右に巧みに動かしフリック入力をする。そして八神君に感謝の気持ちと控えめな愛を同時に伝える言葉を送信した。
>教えてくれてありがとう。実はもう用意してあったんだ。勿論八神君の分のお菓子もあるよ。所で八神君はつくし派?切り株派?
私はお礼と共に八神君に対するリサーチを忘れない。
国民的お菓子、つくしの森と切り株の里。その二つは世の中でこう言われている。
『酒の席で政治と、宗教、そしてつくしと切り株の話はしてはいけない』
この国が二つに分断され「よろしい、ならば戦争だ」状態に突入する危険性があるデリケートな話題。それが「つくしと切り株」問題だ。そこに私は敢えて斬り込んでみたのである。
「二人が近づくには、避けては通れない道だし」
私は緊張した面持ちで画面を見つめ、八神君の答えを待つ。
因みに私は断然つくし派だ。でももしかすると八神君は切り株派かも知れない。となると、どちらかオンリーの箱ではなく、両方入ったファミリーパックを買っておけば良かったかも知れない。
そう後悔しつつ、私はひたすら八神君からの返事を待った。時計を見るとさくらちゃんとの画像交換の約束まで、まだもう少し時間がある。
「一応、私のお菓子の進捗状況を八神君に教えてあげようっと」
私はベッドからぴょんと飛び降り、部屋の隅に寄せてあったスーツケースからお菓子の入ったビニール袋を取り出した。
旅行まで一週間以上ある。ということは万が一夜食代わりにと、ついお菓子に手が伸びてしまった場合を考慮しておく必要がありそうだ。私は八神君の好きなお菓子に手をつけないようにするため、事前にこちらも重ねてリサーチしておこうと考えたのである。
「二人が近づくには、お菓子と愛。夕暮れ時の海辺で私と八神君。お腹がすいた私達の手元にはポッチーが一本。そんな私達は両端からパクパクしちゃったりして。むふふ」
妄想を膨らませ、私はベッドから床に置かれた物をまたぎながら、部屋の隅に置かれたスーツケースの元へ辿り着く。
そして床に散らばったプリント類をパパパと片付け、お菓子以外周囲に映り込まないのをしっかりと確認した。そして綺麗にお菓子を並べスマホで撮影をする。
パシャリ、パシャリと何回かスマホのシャッターを切り、私は画像フォルダーを確認する。
「大成功」
私は「ふひひ」と一人で満足気に笑みをもらす。いかにも整理してある部屋を装ったのが成功し、写真には映える構図で撮影されたお菓子と掃除してある風な綺麗な床のみしか映ってなかったからだ。
「計画通り」
ニヤリと笑い、八神君にお菓子の画像を送ろうとして、事件は起こった。
ピロンと私のスマホから音が鳴り「さくらちゃんが画像を送信しました」とスマホの上部画面に通知が届いたのである。
私は慌てて左上のスマホの時間を確認する。すると既に九時四十五分だったのだ。
「まずい!時間厳守!」
このままでは嘘つきになってしまうと私は慌てて画像フォルダを開いた。そして華麗に指先で私の門外不出のタンキニ姿を選び出し送信ボタンをポチリと押した。
すると、ポコンという音と共に私のタンキニ姿がネットの海に流され、即座に既読の文字がついた。送信時間は九時四十五分。
「ふぅ、間に合った」
そう一息ついてベッド座る私。親友との大事な約束は守られた。そう安心した私はベッドの上でゴロンと横になる。
>あのさ、新手の嫌がらせ?
大きな仕事を終え、リラックスする気満々の私の瞳に、どう見ても八神君っぽい雰囲気のメッセージが映った。
「え、うそ??」
どうやら、あってはならない事が起きてしまったようだ。瞬時に状況を理解した私は全て無かったことにすべく、急いで恥ずかしみ満載のタンキニ画像を選択し送信取り消しボタンを押した。
すると無情にも「友達のLIMEからは消えない恐れもあります」などどアプリに警告された。
送信取り消し、大失敗である。
一度世に出したものは、二度と消えないのだ。全く無情な世の中である。
>八神君、それ誤爆だから気にしないで消して。今すぐに!!そしてちゃんと消した証拠にスクショ送って下さい。かなあrず!!
慌てたせいで「必ず」が文字化けしてしまったまま送信してしまう。けれどそんなのは些細なミスだ。今はとにかくさくらちゃんに水着画像を送らねば絶交の危機である。
私は慌ててさくらちゃんとの個チャに移り急いで画像を選択する。時間を確認するとギリギリ九時四十五分。
「今ならまだ、間に合う。間に合え。間に合わせよ」
古文の活用のパクリのような言葉を口にし、私は願う気持ち一杯で画像の送信ボタンを押した。
しかし、その時の私は確実に混乱していた。なんせキスしかしていない八神君に、門外不出である私の水着画像を誤爆した後だったのだ。一番やってはいけない有り得ない事である。最悪八神君が「セクハラされた」と裁判所に訴えたら私は確実に逮捕されてしまう恐れすらある事件だ。それに怯えていた私は他の事にも、いやもう全てにテンパっていた。だからその流れで私が負の連鎖の神様に愛されてしまったのは仕方が無い事。
そう、私は何故かさくらちゃんに先程撮った、映えるお菓子の画像を送りつけてしまったのである。
>めぐるちゃん、舐めてんの?
さくらちゃんの怒りのメッセージは、みかん侍が青筋を立て「切腹するでござるか?」という激おこなスタンプと共に私に届けられた。
「キャーー!!」
自らが起こした誤爆の連鎖「ニコンボだどん」に思わず悲鳴をあげる私。そんな大騒ぎする声を聞きつけたのか、廊下で人が歩く音が近づき、私の部屋の扉がバタンと開いた。
「めぐる、近所迷惑よ!!って部屋を掃除しなさいよ。それと床にお菓子を置かないこと。明日までに改善しておかないとそのお菓子は没収するからね」
「あ、はい。掃除します」
私は負の連鎖三コンボめ。怒った母に部屋の汚さがバレ、期限付きの掃除まで言いつけられてしまったのだ。
こうして私は親友を怒らせた。そして八神君からはタンキニ画像を最後に、何度メッセージをこちらから送信しても華麗に既読スルーをされ続けた。あげくボスママから部屋の掃除という気が重たくなる期限付きの任務をお小言と共に伝えられた。
「最悪だ……」
私は一人、悲しみで枕を濡らしたのであった。




