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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第二章
13/83

#13 夏だ、海だ、恋のゾンビパニックだ

「めぐるちゃんのドイツ語で最後かな。どう?とばり君。全部、答案揃った?」


 エリー島の住人七尾あみかちゃんが、隣に座る八神君にそう言って体を寄せた。


(くっ、何て演技派なのだ)


 私は向かい側に座る七尾さんと八神君の狭まった距離に嫉妬する。


 何故なら、先程から七尾さんは八神君のりんごマークのついた、意識高い系ノートパソコンを覗き込むフリをして、明らかに八神君との距離をジワリジワリと、しかし確実に当初より縮めているのだ。


(逃げて、八神君逃げて!!今すぐ逃げて!!)


 私は先程ドリンクバーでゲットしたばかり。メロンソーダをゴクゴク飲みながら八神君に心で必死にメッセージを送る。


 しかし八神君は「返事がない。ただの屍のようだ」の態度を先程からずっと、私に対して貫きまくっているのである。


 何故なら八神君は私達文芸部の部長として、重要任務をコツコツとこなしているからである。


 現在私達、と言っても四名であるが麦田大学高等学院文芸部は期末後の打ち上げ兼定例会議中だ。


(そう、陰の気を纏っている私達もしっかりとテスト後の開放感に身を委ねひゃっほいするのだ!!)


 ただし、残念ながら仲良しだから。という理由ではない。私達がいっちょ前に陽キャを気取って打ち上げをするのにはきちんとした理由がある。


『過去問は部員勧誘における、最大の武器である』


 これは代々我が文芸部に伝わるありがたい教訓。いつの時代も部員勧誘に苦労する文芸部ならではの秘策――それが過去問なのである。


 というわけで、我が文芸部には昭和の頃よりずっと、先輩達の汗と涙と一夜漬けの証。定期テストの問題と答案がセットで保管されている。その数ざっと六十年分ほど。


(最初の頃の分なんて、テストを作った先生は亡くなってる可能性すらあるよね……)


 口には出さないがみんながそう思っているに違いない。けれどこれは我が部の誇る過去から現在に続く大事な大事な伝統なのである。


 今更やめたら、先輩の怨念にそれこそまとわりつかれそうだ。


 その膨大な数のデータは現在全てデジタル化されている。というのも昨年卒業した先輩が率先し、紙ベースだったそれを全てデータ化してくれたからである。


『これで必ず、細々とでもいい。必ず部の存続を頼む!!』


 そう言って先輩は涙ながらに、文芸部部長任命式で大事な過去問の入ったUSBを八神君に手渡してくれたのだ。


 因みに仮入部の時はそれらの大事なデーターは全部渡さない決まりがある。かつて「文芸部の仮入部に行けば過去問を貰えるらしい」と新入生の間で口コミが広まり、その結果仮入部に新入生が殺到。そして過去問だけ奪われ新入部員は一名という悲しい事件があったらしい。


(全く我ら文芸部の偉大なる心優しい先輩を騙すなんて、非道な新入生め!!)


 その事件は現在までしっかりと文芸部内で語り継がれ、仮入部の時は古い過去問をチラつかせるだけに留めている。本入部となって初めてパンドラの箱、過去問フォルダーが火を吹くのである。


「国数英社理。保健に情報、チャイ語にドイツ語。こんなもんか」


 八神君は私のメッセージを華麗に無視し、自分のノートパソコンをパタリと閉じた。そして私達に任務完了のお知らせを疲れた顔で口にしたのである。


「後はこのデーターをクラウドにあげておけば完了。今はWi-Fiが使えないから、家に帰ったらやっておく。みんな協力ありがとう」


「いいえ、やが――」


「とばり君こそお疲れ。毎回の事とは言え、大変だよね。まとめておくのは結構手間だし」


 私は八神君に労いの言葉をかけようとした。すると七尾さんは私の小さな声に自分の言葉をかぶせた。そして私の八神君への愛ある労いの言葉をしっかりと遮ったのである。


(許すまじ七尾さん)


 私は心でキリリと七尾さんを睨みつけておいた。


「伝統行事みたいなもんだし。俺は別に気にしてないよ」


 八神君はボソボソと七尾さんにそう言うと、大人ぶって砂糖を入れないブラックコーヒーの白いカップを口に運んだ。


(ファミレスで八神君が大人ぶったコーヒーを飲んでいる。もう既に文豪っぽい雰囲気。恰好いい。すき)


「ぶっ」


「と、とばり君大丈夫?あ、ほら、これ。良かったら使って」


 私が心で呟いた文学的な言葉に八神君が思わずコーヒーを吹いた。隣に座る七尾さんはすかさず、ハンドタオルを八神君に差し出している。先程まで彼女のスマホの下に敷いてあった花柄の女の子らしいハンドタオルである。


(八神君の咄嗟のトラブルに即座に対応出来るなんて、ま、まさか、彼女はエスパー?)


「ほんと、やめろ」


 八神君が長い前髪の向こうから真っ黒な瞳でギョロリと私を睨みつけた。


「え、とばり君どうしたの?」


「あ、ええと七尾さんじゃなくて、何か邪念が、というか空耳がうるさくて。えっと、この紙ナプキン使うから大丈夫。タオルは汚れちゃうし。ありがとう」


 焦った様子の八神君は、普段は私にしか見せない滑舌の良さを存分に発揮し七尾さんに照れた笑みを向けている。そんな八神君に七尾さんは少し驚いた顔を見せた。それから真っ赤になって俯いた。


 しまった。大失敗である。


 あれは完全に恋する乙女が「えっ、意外な一面見ちゃった。でも好き。もっと好きになっちゃった」という態度である。


 私はぐったりと敗北感一杯で、ファミレスのツルツルしたソファーの背もたれに自らの背中をペタリと貼りつけ、天を扇いだのであった。


「来年は、これで部員が増えるといいけどね。果たして本当に効果はあるのやら」


 私の隣に座るさくらちゃんが、手に持っていた自滅の刃の六巻をテーブルに置きながら諦めの入ったような声をあげた。


「夜桜さん、そういう置き方すると本が痛む」


 顔を顰めた八神君がさくらちゃんにそう指摘する。八神君の言葉を受け私はさくらちゃんの置いた自滅の刃の六巻に素早く目を向ける。


 すると確かにさくらちゃんの自滅の刃六巻は表紙と背表紙を上にした状態でテーブルに伏せて置いてあった。その状態で一晩明かすと、確かに本に開き癖がついてしまうのであまり良くない事だ。


「うわ、細かッ。ちょっと置いちゃっただけじゃない。ほんとにこんな奴の何処がいんだか全く理解に苦しむんだけど。みんな趣味悪い」


 明らかに七尾さんと私に向けた台詞を吐いたさくらちゃん。けれど文句を言いながらも直ぐに紙ナプキンを一枚手にしている。そしてさくらちゃんは自滅の刃六巻の読みかけの部分に紙ナプキンを挟むと、今度はきちんと本を閉じて置いたのであった。


 一連の流れを目の当たりにした私はハッとする。


 どうやら八神君は小説を完結できるだけではなく、本を大事に扱う事の出来る本にはとても優しい人のようだ。それに気付いた私はこっそり、自分の心の中に書き留めてある「八神君の好きな所メモ」に既に記載されている、完結できる所と咽ぼとけ。その二つに「本は大事にする所」としっかりと付け加えておいた。


 因みに本「は」としたのには意味がある。それは私には全然優しくないからである。だから私はせめてもの仕返しのつもりで「は」という文字に嫌味を込めておいたのだ。


「さ、無事に過去問の収集作業も終わったし、次は夏休みの活動計画の話だね。コホン。実は部員の皆様に、部長のとばり君より緊急発表があります。パチパチ」


 副部長という職権乱用をここぞとばかり行使し八神君の隣。神席に座る七尾さんが八神君に向かって拍手をしながら意味深な言葉を発した。


「え、緊急発表ってまさか、とうとう廃部?」


 すかさずさくらちゃんが不吉極まりない事を口にした。その言葉を受けた私はその場でミロのヴィーナスのように、というか固まった石膏のように口を開け他状態で文字通り固まった。


(そ、そんな……私の心のオアシスなのに……いや、エリー島の住人にプレッシャーをかけられているから、むしろストレス?否、クラスの違う八神君を愛でる少ないチャンスの時間。よって私にとって文芸部はなくてはなら――)


「長いし。もっとコンパクトにまとめて。ってあ、またもや邪念が……」


 わざとらしくこめかみを押さえた八神君。しかし私は彼が反応してくれたので沈みかけていた気持ちがすぐにぷかぷかと浮遊する。


「実は、慶愛高校から夏合宿の誘いを受けて。勿論断るつもりだったんだけど」


 八神君が言いづらそうに私達にそう告げた。


「私がまたとないチャンスだと思って、とばり君を説得しましたー。パチパチパチパチ」


 七尾さんがそう言うと自慢げに自分に拍手をした。私も一応つられて七尾さんに拍手をしておいた。


「えっ、だけど慶愛の文芸部って私達麦田と比べ物にならないくらいレベル高いじゃん。見た目も、中身も、実績も」


 ズバズバと事実を容赦なく口にするさくらちゃん。八神君もそして私も同時にどんよりとした顔になる。


 慶愛高校は、我が麦田大学付属高等学院と歴史、知名度、学力共に設立以来、常にお互いをライバル校として認定し合う学校だ。


 特に春と秋に行われる野球部の大正時代より続く交流戦「麦田慶愛戦」はOBを世間をも巻き込んで、ニュースになるくらい知名度が高い。


 勿論野球部以外、勿論文化部も麦田と慶愛。両校に存在する部活の数ほど交流戦や交流会と名を打ちお互いライバル視しつつも、意外と仲良く顔を合わせる機会をそれなりに設けているのである。


(でも、文化部ワーストワンの麦田の文芸部が?四人しか部員がいないのに?)


「向こうは十五人も部員がいるらしい。それに部長の羽鳥かけるさんは高校生にして既に書籍化を経験済み。やっぱやめよう……」


 いつも以上、ボソボソとした声で意気消沈しまくりの八神君。気持ちはわかる。数で負けている上に書籍化作家の高校生なんて、もう迷わずサインを頂戴するレベルだ。ライバルどうこう言っている次元ではないのである。


「けど、きっと私達の刺激になるよ。だってこのままじゃ居の中の蛙になっちゃう!!もっと上を見て頑張らないと!!」


 七尾さんはそう言って私を見た。確実に見た。全く感じの悪い子である。


(すみませんね。エリー島の住民様の刺激に全くならなくて)


 私は悔し紛れにギリギリと歯を噛み合わせた。


「めぐるちゃん、噛み合わせ悪くなるよ?」


 さくらちゃんの的確な指摘に私は直ぐに歯を噛み合わせるのをやめる。歯科矯正は痛いと高いがセットで怖いイメージがあるからだ。


「とにかく、もう行くって返事はしたから。水着持参で一週間ほど合宿しますので。夏は恋の季節だしね。とばり君」


 七尾さんはそう言って、八神君に眩しい位、下心全開の笑顔を真っ直ぐに向けていた。


「めぐるちゃんはどうする?なんか行かないって選択はなさそうだけど。めぐるちゃんが行かないなら私は行かないけど」


「わ、私は……え、水着?ど、どうしよう!!スクール水着しかない!!流石にまずい。胸がお腹がどうとかの前に、スクール水着がやばい!!」


 ここ最近、一年に一度の贅沢、夏休みの家族旅行と言えば寒い地方が流行っていた一家総出でへそ曲がりな我が月野家。ニュージーランドにオーストラリア。そんな日本と真逆の気候の国に旅行に行くのに水着など必要ない。よって、私はお洒落な水着など一着も持ってない!!


(やばい、八神君に愛想をつかされる!!ここはビキニか、おへそを出して、へそ踊り。これは私のおへそをアピールチャンス??)


「やだ、めぐるちゃん、スクール水着しかないの?勝った。勝負あり」


「めぐるさん、あなた行く気満々ですね……」


「お願いだ。もう勘弁してくれ」


 七尾さんのドヤ顔からの勝利宣言。さくらちゃんの呆れる顔に言葉。八神君が頭をガシリと抱え項垂れる姿。それらが全て目に入らないくらい私の頭の中はスクール水着とビギニで埋め尽くされていたのであった。

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