#10 横小路町子の場合6
説明しよう。
八神君に「まやかしの異世界では何でもあり」だと教えられた、麦田大学付属高等学院二年I組月野めぐる十六歳。好きな食べ物はポップコーンと納豆。好きな人は迷わず八神君であって、日々完結を目指す意識だけは高い系文芸部員。
そんな私の考える最強が、魔法少女――その名もミラクルメグルンである。
「ミラクル、ミラクル、くるりんぱ。この星を救うのは私!!」
毎回その台詞と共に変身をし小学低学年女子に大人気色ピンクのフリフリがついたひたすらゆめかわなコスチュームに身を包み、手には武器となる星型のステッキを持ち、床に付きそうなほど長いピンクの髪をツインテールにし、日夜世界の悪と戦う少女。
それがミラクルメグルンである。
設定としては、中学一年生。ミラクルメグルンは日本のごくごく普通の家庭の明るく可愛い女の子。けれどその実は、くるりんぱ星のお姫様なのである。くるりんぱ星と因縁ある星、ぺろりんぱ星が地球を侵略しようとしている事を嗅ぎ付け、お節介にも「私が地球を守る」と全く自分と関係ない地球を救いにきているお人好し、それがミラクルメグルンなのだ。
(懐かしすぎる)
そう、忘れもしない、私が人生ではじめて夢中で執筆した作品だ。
(あの頃は自由帳に下手な挿絵までつけて、うん、楽しかったな)
世の中を知らない子どもの想像力は無限大だ。その無限大に広がる空想の世界を私はひたすら自由帳に書き綴ったのである。
勿論完結はしていない。何故なら子どもは好奇心の塊だからだ。
ほどなくして魔法少女ブームが自分の中で過ぎ去り、今度は推理小説ブームが私に密かに到来した。江戸川乱歩の探偵少年シリーズに夢中になってしまった私は『探偵少女めぐるの巡る犯罪の世界』という作品を執筆し始めた。まぁ、お察しの通りこちらも未完結である。
(と、とにかく!!私は今魔法少女メグルン)
私は幼い頃のウッキウッキで執筆していた時の気持ちを思い出し、自分を奮い立たせた。
「よ、横小路町子さんッ!!帰ろう。現実世界に」
「何よ、あんたに何がわかるのよ。ずっと、ずっと好きだった人を奪われ、周囲はみんな結婚ラッシュだし。あげく産休とか言って長期休暇を取って、その分私の仕事を増やして。だから彼氏を作る暇なんてなくて。若い子が新入社員で入ってくればお局様扱いされるし、そんな世界に帰るわけ、ないッ!!」
のっぺらぼうになっている町子さんは毒を吐き出すように、本音を口にする。そして少しだけ本来の顔が戻ってきた。
「そ、それは確かに辛いですね」
薄っすらとだけれど、顔のあるべき場所にパーツが戻ると表情がわかる。すると私は先程まで自分が感じていた町子さんに対する恐怖の心が少しだけ薄らぐのを感じた。
「あんたはまだ若そうだし、彼氏もいるみたいだし、そっち側の人にはわからないよ。私の気持ちなんて」
「そ、それがですね。八神君は私の彼氏になってくれないんです。私達濃厚なキスまで交わした仲なのに」
「えっ?そ、それってまさか、やり捨て?」
のっぺらぼう状態の顔に薄っすらと浮かぶ町子さんの顔が驚きの表情になった。
「やり捨てか……。確かにあれが人生に一度きりしかない異性とのファーストキスって結構辛いかも。それに、私は八神君に嫌われてますしね。八神君の好きな所、喉ぼとけと完結するとこ、それしか思い浮かばないし。けど私は本当に好きなんです。本人は信じてくれないけど」
私は手に持った白い柄に黄色く輝く、星型宝石のついたユメカワラブリンステッキを頼るようにギュツと握りしめる。自分で口に出して、どんどん悲しくなったからだ。
(どうせ、私なんて八神君にやり捨てされて、ボロ雑巾のように捨てられるんだ。いや、もう既に捨てられてる!!)
『ちょっと、待てよ。それは聞き捨てならない。いてっ。俺は君をやり捨てなんてしてないし、ボロ雑巾のように捨てたりしてないだろッ!!というか、君まで横小路町子の現世に対する怨念に呑み込まれそうになって、ウッ、どうすんだよッ!!くそっ』
八神君の珍しく苦しそうで、焦ったような声が私の頭の中に響いた。
私は慌てて中庭に視線を向ける。すると、何と八神君の上にかつをさんが乗っかっていた。八神君はかつをさんが自分を斬ろうとする刀を自分の刀の側面に両手を当て押さえているというピンチな状況だ。
「八神君!!ちょっと、かつをさん!!八神君から離れなさい。八神君の上に乗っていいのは、私だけなんだからね!!」
(そう、八神君に触れていいのは私だけ!!)
その気持ちが暴走した私の周りが急にピンク色の光に包まれる。私の足がふわりと宙に浮いた。そして私は意識せず自然にステッキを上に投げた。明るい光を放つステッキが私の手から離れ、クルクルと回転し無事私の手に着地した。
「ミラクル、ミラクルくるりんぱ!!八神君に触れていいのは私だけ!!」
私は自然にその言葉が口から飛び出していた。そして手に持ったユメカワラブリンステッキの星型の部分をかつをさんに向けた。
シャラランシャラランと私の持ったステッキの先から、虹色の光がキラキラ溢れた。
まるでサンタクロースが真っ赤な鼻のトナカイさんと鈴の音を鳴らし夜空を飛んでいる。そんな優しい光景を思い浮かべ、自分のステッキの先から鳴り響く鈴の音に聞き惚れた。
しかし次の瞬間、ステッキの先から飛び出した七色の光が筋肉モリモリの大きな手を形どる。そしてグーの形を作るとぐるぐると遠心力でパワーを貯めるような動きをして、それから容赦なく八神君の上に馬なりになっていたかつをさんをパンチしたのだ。
「うぉぉぉぉぁぁぁ」
かつをさんの体が物凄い勢いで飛んで行き、白壁の塀にドズンと音を立ててぶつかった。それからズルリと地面に力なく落ちた。しばらく観察していたがピクリとも動かない。
「え、やだ。死んじゃった?私は前科一犯?というか、まさか今の暴力的なやつ、私がやったの?」
見た目は確実にザ・魔法少女といったゆめかわな私。そんな私の攻撃はあまりに物理的で筋肉派で全く可愛くなかったのである。
「気絶してるだけだ。妖怪は俺たちのようにそうそう簡単に死なない。それと、あ、ありがとう。月野さん、その、助かった」
地面から体を起こし、私の元に歩いてきた八神君が言いづらそうに、けれど確実に私に感謝の言葉を述べた。八神君が私の前に辿り着くと、お風呂上がりの石鹸の香りに八神君の戦闘でかいた野性的な汗の匂いが混じる香りが私の鼻にほわっと漂った。
(うっ、萌え死ぬ。スマホで録画しておけばよかった)
「そういうのはいいから。それより、早くその「陰」しか纏わない横小路町子に『陽』の気を浴びせるんだ」
「は?無理だよ。陰キャでモブCの私には無理だよ。無理難題言わないでください」
「けど、今は君は、えーと、わからない。無知ですまない。けど一体君のそれは何?」
「えへへ、魔法少女ミラクルメグルン。くるりんぱ星のお姫様だよ」
私がニッコリとそう八神君に答えると、益々八神君は混乱したような顔を私に向けた。
「そっか。とにかく君の考える最強がそれなんだろう?だったら出来る。君は自分で思ってるより、ずっと明るい子だと思うし」
正直、表に出さない私は明るい。だけど他の陰の気を纏う人だってみんなそうだ。いつもウジウジしてばかりじゃない。そんなんじゃ社会の荒波で生き残れないから。だけど本当に明るい人というのは、ちゃんと明るい部分を外に出せる人の事を指すのである。
(それに、私が明るくなれるのって、家族以外は八神君やさくらちゃん。仲良しの人の前だけだもん)
クラスではこう見えて口数の少ない月野さんで通っている。だから陽の気を放つなんて無理だ。私はどんよりとした気持ちになった。
「やっぱ、あなた達付き合ってるじゃない。嘘つき」
底冷えのするような冷たい声が私の背後から聞こえた。私は慌ててくるりと後ろを振り返ると、そこにはチロチロと二股に別れた舌を出し私を憎しみの籠もった赤い瞳で睨む大きな白蛇がいたのである。




