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【完結】月野めぐるは完結できない  作者: 月食ぱんな
第一章
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#1 月野めぐるは完結できない

数ある小説の中からお立ち寄り頂きありがとうございます。

 月野(つきの)めぐること私は今、スイカの種と絶賛格闘中である。


 しかし文芸部の私は日々、言葉を研究する努力家だ。


 つまり私が口にする表現は時折比喩的な表現になる事も多く――現に私は今プップップと種を飛ばしてもいなければ、先割れスプーンでスイカの種をほじくっているわけでもない。


 実際の所、現在私はスイカの種にしか見えないあいつ。マークシートの楕円の黒丸に頭を悩まされているのである。


(やばい、スイカが食べたい。もう食べたい、今すぐに。スイカ、スイカ、スイカ)


 私の頭の中は、現実逃避とばかりみずみずしい水分たっぷりのスイカで埋まる。


(って、スイカは食べたい。けれど逃げちゃダメだ。今はこのテストに向き合わねば。ぐぬぬ。わからない。スイカの種にしか見えない。迷える子羊のスイカ……)


 私は自分でも、自分の頭の中がさっぱりわからなくなってきた。これがきっと俗に言う、ご乱心状態というやつだろう。


 取り敢えず気分をリフレッシュして状況を再確認してみようと私は一旦静かに目を閉じた。そして深呼吸を数回ほど。次にパッと目を開けてみる。


 現在私の視線の先には四問ほど縦に一列。綺麗に黒丸が深堀状態で並んでいるという状況。


(怪しい。非常に怪しい。四回も同じ番号って続く?それに四が四回ってのも怪しいし)


 私の周囲ではマークシート用の割高な高級鉛筆がキュッキュッと軽快な音を立てている。


(みんな迷う事なく黒丸を埋めている気がする……四が四回。もはやそこはスルーすべき??)


 私は再度問題用紙を眺め、やっぱり四が四回。それが正解だと思った。


 けれど、四が四回。綺麗に縦に並ぶ私の答案。それを見つめれば見つめるほど、私の目にはそこだけとても不自然に映って見えた。


(あぁ、神様。四が四回も並ぶなんて、そんな昭和の親父ギャグみたいなことってあるのでしょうか?)


 自分の答えに自信がなくなった私はひっそりと神様に問いかけてみる。ついでに両手をギュッと合わせ神に教えを乞うように指を折ってみた。そしてまたもや私は目を閉じる。


(へ、返事がない。ただの屍……いやそれは違う)


 困った時の神頼み。そんな都合の良い私の頼みには当たり前のように神様からの救いの一言はなんてものは届かない。


(よし、決めた!!)


 私は消しゴムを手に取り、四、四、三、二と先程まで綺麗に一列に「四」が並んでいたスイカの種をわざと横道に逸れるよう修正したのであった。


 ☆


「さっきの英語、大門三ってさー」


「あぁ、あれ。四が四つ縦に並んでたよな」


「あ、やっぱそう?つーかさ、問題を作った人。絶対性格悪いよねー」


「だよな。実力じゃなくて、心理的に俺達の心を揺さぶるとか、絶対鬼畜な教師が作っているに違いない」


 休み時間になると見た目良し、性格よし、文武両道。全国の親たちが「あんな子になってほしい」の声を具現化したような、スクールカースト最上位に位置するクラスメイト達の声が私の耳に入った。


「げっ、やばい。私は迷った末、四、四までは許す事にして、後は三と二に変えちゃった」


 私は思わず小声でそう呟く。勿論しまったという顔もセットで。


「わかる。私は四、四、四まで信じて、その後一にしちゃった。というか、私達みたいなその他大勢。モブC辺りの子って四を四回縦にする勇気がないから、きっとモブCのまま一生を終えるんだよ」


 私と同じ文芸部所属。親友の夜桜(よざくら)さくらちゃんが、私に同意しつつ実に哲学的な言葉を発した。


(確かに、あそこで四を四回。迷わずグリグリ塗れるって事は、自分の答えに、つまり自分に自信があるって事だもんね……)


 私はさくらちゃんに実に哲学的に顎に手を添えてウンウンと大きく頷いた。


「所詮モブ界のトップスター。モブAにもなれず、次点のBの位置すら無理そうな陰キャの巣窟にどっぷり生息する私達。巣窟の影でひっそりと生きていたいのに、四が四回も連続するこのテストにすら不要だと言われるなんてね。ははは。もう悲しみでしかない」


「めぐるちゃんに完全同意。ついに世の中にまで捨て置かれるとかどんよりだよ。ってそうだ、めぐるちゃん。次の「コドカワのハートフル短編小説大賞の公募締め切りには間に合いそう?」


 さくらちゃんの口から飛び出した言葉に私はドキリと心臓が震えあがった。というか一回心肺停止したのち、イケメンに人工呼吸されなんとか復活した。最後の方は完全なる私の願望である。


「あ、あー、あれね。ええと、なんて言うか、ルシアン様がミカエル様に告白ってシーンでどうしても、まだモダモダさせたくなっちゃって、それでもう少しすれ違いをさせようと事件を盛り込んだら、今度は設定が崩壊しかけて、それを修正しようとしたら、更に壮大な伏線ができちゃって。今度は――」


「また、間に合わなかったのね」


「またがグサリと刺さりました。無念、うっ……」


 さくらちゃんの「また」という、私を取り巻く現実をこれでもかと突きつける言葉。


 その言葉を真正面から受けてしまった私はガクリと力なく机に倒れ込み、そのままうつ伏せになって固まった。


「めぐるちゃん、一度でいいから完結させなよ。完結してサイトに投稿すると世界が広がるらしいって八神君も言ってたじゃん。それにさ、めぐるちゃんは文芸部のスター「完結王子」こと八神とばり君の瞳に映る世界を私も見てみたいって言ってたよね?」


 グサリ、グサリとさくらちゃんの言葉が私の胸に突き刺さる。


(だって、全部、間違ってないし……また、完結出来なかった)


 そうなのだ。私こと、月野めぐるはいつか作家デビューを夢見る、けれど執筆している小説が一向に完結出来ない高校生二年生。


 好きな食べ物はポップコーンと納豆。十六年間彼氏なし。因みに早生まれだ。


 勿論アオハルなJKの私には好きな人がいる。それが同じ文芸部の八神(やがみ)とばり君である。


 彼は文芸部の中でも最難関。書き上げた小説をきちんと成仏させた勇者にだけ与えられるという「完結スキル」保持者だ。


 そんな彼は部員から「完結王子」という称号を与えられ、「未完結の女王」と全く有難くない名前で呼ばれる私にとって最上級に憧れで大好きな人なのである。


(そりゃ私だって完結したいけど)


「わからないのね?告白して付き合うってこと」


 まるでどこぞの超能力者のように、頭に浮かびかけた私の言葉をハッキリと代弁してくれるさくらちゃん。


 がばりと机から体を起こし、私は右斜め前の席に座るさくらちゃんにしっかりと顔を向けた。


「そうなんだよ!!付き合った事。いいえ。そもそも告白した事すらない、彼氏いない歴十六年のわたくしこと、月野めぐるはわかりません。恋する気持ちの先にある物が見えません。だからハッピーエンドに辿り着けません。あしからず。以上!!」


 そう言って私は全身の力を抜き、ダラリと両手を床に向けて下ろした。そして机に頬を付け、呆けた顔をさくらちゃんに晒す。


「いっそ告白してみればいいと思うんだけど」


 さくらちゃんの衝撃的な言葉に私はがばりと再度蘇った不死鳥のように体を起こす。


「は?今何と?ちょっと待って。いつ、どこで、誰に?何時何分、何秒?地球が何回ほど回った時?私が、告白、するというの?え?」


 まるで小学生男子が意気揚々と口にしそうな台詞を吐き出し混乱を極める私。多分私の目玉はぐるぐると三周くらい太陽系で駆け巡っていそうだ。


「え、八神君にめぐるちゃんが告白するに決まってるじゃない。今日でもいいし、明日でもいいし。今でもいいし二時間後、部活の時でもいいよ」


「無理、むりむりむり。絶対無理。だって私、陰キャでモブCだよ?あんな完結出来る雲の上みたいな人と付き合うとか、それは二次元創作の中のお話であって、そんなの夢物語でしかないよ……」


 さくらちゃんに力強く私は主張した。論理的根拠もしっかりと述べ、無理であると伝えたのだ。


「陰キャでモブCだけど、好きになるのに陰も陽も関係ないよ。それに私は結構めぐるちゃんの執筆する話が好き。だから続きが読みたい。振られたとしてもさ、それも全て小説の糧になると思えば無駄ではないでしょ?」


(き、き、鬼畜だ!!可愛い顔して鬼畜だ!!)


 さくらちゃんはハッキリ言って周囲から「根暗」「キモイ」と思われがちな文芸部に所属しているのが何でか分からない。もはや学校の七不思議に入るのでは?そのくらい可愛い。


 さくらちゃんのようにモデルみたいにスラリと伸びた手足、ツルツルの肌にピンと真っ直ぐな髪。大きな瞳にピンクの頬を持っている場合、絶対にスクールカーストの頂点。あの尖った部分にいてもおかしくないと誰もがそう思っているのである。


(何で私といてくれるのかな)


 そう思う事、数百回。性格良し、見た目良し、文武両道、友達思いなさくらちゃんは小説を完結する事すら出来ない私の相棒としてそぐわないジャンルの人なのだ。


(お金か?お金が目当てか?)


 私は咄嗟にそう思いかけた。けれど、残念ながら我が家の経済状況は限りなく下に近い中流家庭。たまたま母の実家が資産家だったので、この学校――麦田大学付属高等学院の中学部に中学受験で入学する事が出来たのだ。そしてそのままエスカレーターの黄色い線から何とかはみ出さず、無事高等学院に進級できた。


 そう。何を隠そう、私の学費を支払ってくれているのは母の祖父と祖母である。


 つまり、お小遣いが月に五千円の私が、母に新しい携帯が欲しいと言えば「まだ使えるでしょう?自分で買うならいいわよ」と遠回しに「無理」と告げられるくらい、私の実家はそこそこ普通の良くある家庭。母の実家がお金持ちなだけなのである。


「だからお金をせびられても、無理ですッ!!」


「せびらないし」


 さくらちゃんのツッコミは今日も冴えている。


「とにかくさ、告白でも何でもして、めぐるちゃんに一度でいいから完結して欲しい。そうじゃないと、アレがアレになるからさ」


「アレがアレの意味がわからないけど、告白は無理でも完結は頑張ってみるよ……」


 その時もまた、私はいつも通り模範解答「頑張ってみるよ」を親友に返したのであった。

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