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アスル凱旋

 もうじき夕焼けを迎えようという王都に、にわかな影がかかった。

 これなる影をもたらしたのは、雲ではない……。

 遥か天上を飛翔する、巨大な人工物である。


 空飛ぶ船とも、怪鳥とも取れる造形のそれは、継ぎ目一つ見当たらぬ総金属ごしらえであり……。

 底部から発する不可思議な光により、浮遊力と推進力を得ているかのようであった……。


 ――空から来たモノ。


 ……そうと形容するしかないそれを出迎えた時、王都の市民たちはいずれもが家屋の中に引きこもっていた。

 普段ならばまだまだ街中が活気に溢れている時刻であり、当然ながら市民らが自主的にそうしたわけではない。

 ではなぜ、そのように引きこもっているかというと……これは王都の中を巡回する騎士団のふれによるものであった。

 騎士たちいわく、


 ――かつての第三王子が、大胆不敵にも教皇猊下(げいか)と接触する旨を予告している!


 ――何事かあってはならぬので、市民らは自宅にて待機するように!


 ……とのことである。

 それは、いざ第三王子が姿を現した際、荒事になる可能性を示唆した言葉であり、すでにかの人物を英雄視する者も多い市民らにとっては、なかなか受け入れがたいふれであった。

 しかしながら、上意下達(じょういかたつ)は封建社会の常……。

 反抗心は隠さぬまでも、市民らは各々の家や宿泊する施設に引きこもり、内心、かの王子が何をやらかすのか楽しみにしながら、予告された時を待っていたのである。


 そこにきて、これだ。

 市民らの総意を言葉にするならば、


 ――ド肝を抜かれた。


 ……これに尽きよう。


 ――あれはなんだ!?


 ――船か!?


 ――空に浮かんだ城のようにも見えるぞ!


 ――いやいや、ばかでかい鳥じゃないか!?


 ――話に聞く竜種でもあれだけの大きさにはならないぞ!?


 ――そもそも、アレは第三王子殿下が関わっているモノなのか!?


 木窓の隙間から上空をうかがっていた市民たちが、王都の各所でそのような声を上げる。

 まるで、それを待ちわびていたかのように……。

 空を飛翔する物体に、変化が巻き起こった。


 これを船に例えるならば、上甲板に位置するだろう区画の一部……。

 そこから、さながら潮を吹くクジラのように……おびただしい量の光球が噴出したのである。


 緑色に輝く光球は、一見すれば魔術師が生み出す照明用のそれにも思えたが……。

 これだけの量を生み出すとなると、王都どころか国中の魔術師を集めても足りるはずはなく、しかも、輝きの力強さといい、宙空を舞う動きの自在さといい……到底、人の力で生み出せるそれには思えなかった。


 しかも、大量の光球はただ、空中に飛散させられたわけではない。

 まるで、よく訓練された軍隊が隊列を組むかのように……。

 光球一つ一つが最速の動きで己に課されたのだろう場所へ配置されていき、おお、これは……。


 ――『米』。


 近頃、世間を賑わしているこの文字を形作ったのである。

 これは――旗だ。

 遥か上空に生み出された、巨大な光の旗なのだ!


 ――オオオオオッ!


 王都中に、市民らの歓声が鳴り響く。

 こうなってはもはや、疑う余地がない……。

 空中に浮かぶアレは――船だ!

 第三王子アスルが搭乗せし、空飛ぶ巨大な船なのである。


 市民らがそれを確信すると同時、空に再び変化が訪れた。

 夕焼けに染まりつつある空が、さながら巨大な『テレビ』と化したかのように……。

 市民らが待望した青年の姿が、上空に映し出されたのである。


『親愛なる、王都市民の諸君……』


 はた目には、宙空へ浮かび上がる巨人のごとき第三王子……。

 彼が口を開くと、果たしていかなる方法によってか……王都全域へその言葉が響き渡った。


『五年の歳月を経て、はるか『死の大地』より……。

 私はこの故郷、王都フィングへと帰って来た!』


 ――オオオオオッ!


 このような手段を使われては、市民らが家屋へ引きこもらされていても関係がない。

 建物から身を乗り出すようにしながら上空を見上げていた人々が、歓声でもって王子の言葉を迎えた。


『テレビの近くにいる人間は確認して頂きたいが、現在、王都で繰り広げられている光景は中継され王国各地で視聴されている!

 よって、ここから私が発する言葉は何も王都市民に対してのみ向けたものではなく……愛する全国民に対してのものであると思ってもらいたい!』


 市民らは、知るよしもないことであるが……。

 この言葉には、王城へ集う歴々が苦い顔をすることとなった。

 今の発言はつまり、王都各地へ展開している騎士団がうかつなマネをしないよう、掣肘(せいちゅう)する意味が込められていたからである。

 もっとも、このような事態に際し、王都が誇る騎士も魔術師も、一体どのような手が打てるのかという話ではあるが……。


『まずは、諸君らが抱いているであろう疑問に答えておこう……。

 今、王都上空に浮かんでいるこの巨大な船!

 これこそは、我が先祖が『死の大地』に封印せし超古代の遺物……。

 ――その名も、『マミヤ』である!』


 ――オオオオオッ!


 もはや何度目かという歓声が、王都中から鳴り響く。


 ――『マミヤ』。


 これなる存在が人々に与えた衝撃は、絶大なものであった。

 すでに、『米旗隊』が各地へ供給した食糧の数々や『テレビ』を用いた放送により、第三王子が発見した遺物の力は万人が知るところとなっている。

 しかしながら、この超巨大な……空飛ぶ船舶の姿は、それら全てを吹き飛ばすほどのものがあったのだ。


 これほどの巨大建造物が、空を飛び……。

 果ては、空中に描かれた光の旗や、空そのものを『テレビ』の画面としたかのような不可思議な力を用いている……。

 底部から光を発し、人々に威容を見せつけるそれに更なる神秘的な力の数々が封じられていることは、想像するに容易であり……。


 これを残した先人たちの偉大さに打たれ、あるいは、その大いなる力によってもたらされるであろう数々の未来を夢想し……。

 中には、感動の涙を流す者の姿すら見受けられたのである。


『……これより本船は、王都大聖堂へと向かう!』


 人々が『マミヤ』という名を……。

 そして、そのすさまじさを十二分に飲み込んだタイミングで、空中に浮かび上がる第三王子がそう宣言した。


『そしてそこで、私は教皇猊下(げいか)をここへ迎え入れることになるであろう!

 王都の市民らはそのまま!

 各地の諸兄はテレビを通じ、その光景をご覧いただきたい!』


 その言葉と同時に……。

 見せつけるかのようにゆったりとした動きで、宙に静止していた『マミヤ』が大聖堂へと移動を開始する。


 第三王子の言葉は、大聖堂の奥へ引きこもるある人物に、決断をうながすものであった……。

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